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③聖地、甲子園の誕生 名物のカレーライスも

kousien2.jpg 球児が高校野球のメッカとしてあこがれる甲子園球場が誕生した。大正13年(1924年)春からの昼夜兼行の工事で7月末に完成した。陸上競技やサッカーなどにも使用できる多目的運動場で、ファウルグラウンドが広かったのもうなずける。外野は土盛りだったが、内野席は50段の鉄筋コンクリート造り。高さ14・3㍍の威容を誇り「東洋一」とうたわれた。

 第10回大会は甲子園の幕開けで、野球熱とマンモス球場の物珍しさも加わって6万人収容のスタンドが埋まった。「1度は来ておかないと男の恥」という男性や、洋装のハイカラな女性も来場したという。食堂では今も甲子園名物となっているカレーライスが売られ、水洗便所が完備された近代的なセンスも受けたようだ。

 この大球場を象徴した外壁のツタは創設時にはなく、ヨーロッパの古城にヒントを得てコンクリートを覆うように植え付けられた。内部はその後も部分的な改修がされ、29年には1、3塁の内野と外野の間にあった木造スタンドが鉄筋の50段席に生まれ変わった。これが今でも親しみを込めて呼ばれる「アルプス」だった。

 この24年に第1回選抜中等学校野球大会が名古屋市の近郊、八事の山本球場で開催された。「春のセンバツ」で知られる大会は翌年の第2回大会からは舞台を甲子園に移した。これで春、夏の大会が歩調を合わせることになり、野球人気の盛り上がりは一層熱を帯びることになった。甲子園の誕生は大きな意義を持ったことになる。

 戦争時の金属回収で供出された「鉄傘」も、一九五一年にアルミ製の「銀傘」として復活。現在、リニューアルを進めている甲子園は、近く銀傘も張り替えるという。少しずつ姿を変えながらも、球児の聖地としての位置を保っている。

【写真】誕生から80年以上を経て老朽化した甲子園球場。今春の選抜大会は内野スタンドなどがリニューアルされて開幕した。広場整備などを含めた聖地の全面改装は2010年春に完成する。(2008年3月22日、共同通信ヘリから)

万代隆(まんだい・たかし)1941年大阪市生まれ。長い野球記者生活で培った確かな取材力と幅広い人脈を誇る。春夏の甲子園大会もネット裏から熱い視線を送り続け、持ち味の平易な語り口で共同通信のコラムなどに思いをつづっている。今春、コラム集「球界時評」(高知新聞社、南日本新聞社発行)を上梓した。

(次回掲載は26日)