47NEWS >  スポーツ >  高校野球 >  ①綾錦(あやにしき)織りの優勝旗 人間形成の大会に          選抜甲子園の結果

大会日程ナビ

  第1日     第2日     第3日     第4日
  第5日     第6日     第7日     第8日
  第9日     第10日   第11日   第12日
  第13日   第14日   第15日   第16日
  最終日

yonnana.jpg

①綾錦(あやにしき)織りの優勝旗 人間形成の大会に

heikaisiki.jpg 大正4年(1915年)に第1回全国中等学校野球大会が始まった。
朝日新聞社が6月末に大会開催を決め、開幕が8月18日。わずか2カ月足らずの準備期間で大会の体裁を整え、10地区の代表校がそろった。大衆に支えられ、人気を保ち続けた大会のルーツは慌ただしさの中で芽生えていた。

 他のスポーツに先駆けた全国大会の趣旨は、中学生の体位の向上に気力の充実を図ること。野球という集団スポーツは犠牲的精神も必要で、それを体得すれば人間形成に役立つというもくろみも含まれていた。野球は教育の一環、とした大会の教えはここで産声を上げている。

 主催者が作成した大会史に今では珍しい写真がある。羽織、はかまにパナマ帽での始球式。その背後に立つ審判長もフロックコートにシルクハットの礼装だ。高い見識と理想を掲げた大会の幕開けにふさわしい光景と言えるかもしれない。

 球児が夢見る深紅の大旗も誕生した。「日本一の旗を」という意気込みが込められている。
縦1・051㍍、横1・515㍍の綾錦織り。大学出の初任給が40円から50円の時代で、この優勝旗の制作費が1500円。常識外の力の入れようだったと伝えられている。出場選手には参加章と、大会前日の茶話会でお土産として大阪名物の岩起こし1缶が贈られただけ。多くの会社や商店からの商品寄贈はことごとく断ったことは、以後の大会の清新さを保つ源にもなっている。

 会場は豊中グラウンド(大阪府豊中市)で、球場と言うより運動場。両サイドに木製のスタンドに天幕とよしず張りの屋根で暑さに対応したという。優勝したのは京都二中(現鳥羽高)で、決勝戦は延長13回のサヨナラ勝ちで秋田中を下した。 

 【写真】昨年の第89回大会を制し優勝旗を受け取る佐賀北の市丸大介主将(中央)。深紅の大旗は第40回大会から使用されている2代目だ。

 万代隆(まんだい・たかし)1941年大阪市生まれ。長い野球記者生活で培った確かな取材力と幅広い人脈を誇る。春夏の甲子園大会もネット裏から熱い視線を送り続け、持ち味の平易な語り口で共同通信のコラムなどに思いをつづっている。今春、コラム集「球界時評」(高知新聞社、南日本新聞社発行)を上梓した。