コラム

  • 【北海道新聞】

    「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。福沢諭吉の「学問のすゝめ」の有名な一節だ。平等主義の主張と理解する人が多いが、実は意味合いは少々異なる▼文章はこんなふうに続く。<人は生まれながらの貴賤(きせん)の別はないが、いつの間にか仕事や身分に差ができる。それは、学問をしたかどうかの違いだ>。どことなく現代の子どもの貧困と重なる▼厚生労働省の調査で、子どもの7人に1人が貧困家庭で暮らしていることが分かった。特にひとり親世帯は2人に1人と、主要国中最悪レベルだ▼やっかいなのは、貧困が次世代に連鎖することだろう。家庭の貧困のために十分な教育が受けられない。それによって生じる学力差が学歴の差となり、就職にまで影響する。非正規雇用や低就業率が収入の差として表れ、再び貧困を生む▼連鎖を断ち切るためにも、教育の無償化や学習支援、親を含めた生活支援など、あらゆる対策を検討しなければならない。財源の問題はある。だが、貧困を放置すれば15歳までの子どもたち全体の生涯所得は減り、国の財政収入が16兆円減少するとの試算も示されている▼これが、増税などの形で国民にのしかかることもあり得る。若者もお年寄りも無関係ではない。だからこそ、子どもを社会全体で支える仕組みを考えたい。学ぶ環境の違いによって「人の上」や「人の下」をつくらないように。2017・6・29

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  • 【河北新報】

    世界中を釣り歩いた作家、故開高健さんが奥只見湖畔(福島県檜枝岐村など)で自然に触れた感動を書いている。「水は水の味がし、木は木であり、雨は雨であった」(エッセー集『白いページ』)。「ありのまま」の素晴らしさがじんわり伝わる▼巨大イワナ、サクラマス、ワカサギがすむ清流。空を見上げれば鳥が飛び交う。釣りとは風景との語らいであり、開高さんは地元の自然保護にも尽力した▼今週末の土曜日、東北の主要河川はアユ釣りが解禁となる。今、この釣りそのものが観光資源として注目されている。ある旅行会社は訪日外国人を取り込もうと、冬場に富士山を眺めながら山中湖でワカサギを釣るツアーを企画。長野、岐阜、静岡の各県などは釣り客の案内板に外国語表記を加えた▼先頃、来日した台湾政府観光局の局長が仙台市の講演でこう述べている。「東北に行かないと体験できないプログラムを用意することが大切」。ごもっともである。東北には自慢の山河と人情があるではないか▼昨年1年間に東北6県に宿泊した外国人は64万人余り。前年比22%増で国土交通省の過去10年の調査で最多だが、全国の伸びに比べれば「釣果」はまだまだ。開高さんが朝から晩まで奥只見を楽しんだように、心ゆくまでもっと遊んでほしい。(2017.6.29)

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  • 【東奥日報】

    前日は激しい雨だった。それが一転、天と示し合わせたかのように、とびきりの晴天に恵まれたのである。テレビ中継をしたNHKの北出(きたで)清五郎さんは<「世界中の秋晴れを全部東京に持ってきてしまったような…」>とマイクに語りかけた。同僚で、ラジオ担当の鈴木文弥さんは<「開会式の最大の演出家…それは太陽です」>と実況を彩った。ともに、のちに語り継がれる名アナウンスであった。昭和39年10月10日の開会式のようすを、『東京五輪1964』(佐藤次郎、文春新書)が伝える。美しい、抜けるほど、みごと…翌日の新聞各紙に寄稿した文人たちは、いちように青い空に言及し、絶賛した。晴れるであろう日を選んだ時点で、開会式は成功であった。長年の気象統計をもとに、10月10日には秋の長雨が終わっていることが多い。そんな「特異日」として、この日が選ばれたと聞く。きのう28日、またはきょう29日が、本州では大雨が降りやすい特異日という。ただ、ことしは外れたらしい。きのうも、きょうも、県内はおおむね晴れ、本州で大雨の地域はなさそうである。晴れることが多い「文化の日」11月3日など、おもな12の特異日を、『気象の事典』(平凡社)が例示している。2020東京五輪は、7月24日にはじまる。1964に負けない好天を期待しつつ、暑さ対策は大丈夫だろうかと心配でもある。

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  • 【デーリー東北】

    天鐘(6月29日)日本語は、ほんのわずかの違いで意味が少しずつ違ってくることが多い。例えば「として」という言葉を辞書で引いてみると、「その資格・立場であることを表す」などとある。最後に「も」を付けて「としても」だと、「仮に…と仮定しても」の意味にもなる▼さて、この人が使った「として」に、「言ってる意味が自分で分かってるのか」と、あきれ返った人が多かったのではないか▼稲田朋美防衛相が東京都議選の応援演説の中で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言した。自衛隊員の政治的行為を制限する自衛隊法に違反する—などと、各方面から批判が出ている▼発言の「としても」はどうみても「自衛隊や防衛相の立場でも」だろう。まさかと思うが、仮に本人が法の趣旨を知らなかったとしても、撤回で許される話ではない▼安倍晋三首相の意向で、自民党は憲法9条に自衛隊の存在を明記するよう改正案をまとめるらしい。是非は置くが、組織の性格、あるべき姿など最低限の議論はするはずだろう。しかし肝心の大臣がこの能天気ぶり。「1強のおごり」か「政治の劣化」か。改憲論議の中身もこのレベルだろうか▼「として」は否定表現と呼応すると「例外なしに」の意味になる。手元の新明解国語辞典の例文は「一時(いっとき)として気の休まる時はない」だ。そう感じているのは、防衛相だけではあるまい。

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  • 【秋田魁新報】

    「アジサイ日和」という言い方があることを、最近になって知った。本来「日和」とは晴天を意味するが、アジサイとなれば色が鮮やかさを増す小雨の日を連想させる▼通勤路沿いでアジサイの花が目立つようになった、と思わず書きたくなるが、花びらに見えるのは萼(がく)で、本当の花(真花=しんか=)と区別するために装飾花と呼ばれる。真花は装飾花の茎(正確には葉柄=ようへい=)が集まった中心で小さく咲く▼真花は装飾花よりやや遅れて開花するため、外からはよく見えない。装飾花が開けば「アジサイが咲いた」と表現して構わないと思うが、それでは済まないのが気象台の職員たちである▼アジサイの開花は、サクラの開花やウグイスの初鳴きなどと同じく季節の移ろいを把握する指標で、開花はあくまでも真花で判定することになっているからだ。秋田地方気象台の敷地にも観測用のホンアジサイが植えられていて、職員が装飾花をかき分けて真花の開き具合を毎日確かめている▼アジサイ前線は今月2日に福岡と佐賀で開花したのを皮切りに北上し、新潟には昨年より6日遅れの23日に到達した。秋田の開花は平年が7月6日、昨年は6月25日。県内でも環境によって差があり、きのう紹介した男鹿の雲昌寺は装飾花の開き具合が秋田市内よりかなり早い▼サクラは気象会社が競うように開花予想し、気象台も開花宣言するが、アジサイの開花日はホームページ上の一覧表に載るだけ。ひっそり感がアジサイにはふさわしい。

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  • 【山形新聞】

    ▼▽ノンフィクション作家の沢地久枝さんは、毎日の金銭の収支を克明に記録する習慣があった。旧満州からの引き揚げ時の決算、初めてかけたパーマ代、安保の年の結婚費用…。著書「家計簿の中の昭和」に書いている。▼▽石油危機で必需品の買いだめが広がった1973(昭和48)年頃の家計簿には、例えば「バケツ一個(三百円)、百ワット電球七個(七百円)、肌着五枚(九百円)」。あとがきに綴(つづ)っている。「つくづく思う。わたしは『生活人間』であった」。出納簿は生きた手形だったと。▼▽暮らしを支える商品の値動きが分かる総務省の小売物価統計調査。そこで半世紀前と比べてほとんど変わっていない品目があるのを知った。バナナ1キロの値段。東京五輪当時の1964(同39)年は228円、2015年は237円。約50年でその差9円アップにとどまる。▼▽庶民の味方、卵などと並ぶ「物価の優等生」だろう。だがこれは例外。スーパーでのまとめ売りの缶ビールなどが法改正の影響で値上がりしている。「家飲み」の楽しみも減る運命か…。他にもはがきなど値上げが目立つ今月。庶民の嘆息を永田町や霞が関にも聞かせたい。

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  • 【岩手日報】

    2017.6.29神戸港で今月、南米原産のヒアリが国内で初めて確認された。「火蟻」の名の通り強い毒を持ち、刺されるとアレルギー反応によって死に至る恐れもある。新たな侵入者だが、決して珍しいことではない▼貿易に大きく依存する日本には日々、膨大な貨物が海外から到着する。そこに紛れて入り込むことは十分ありうる。神戸の場合もコンテナが発見場所だった。こうした「密航」の始まりは幕末の開国にさかのぼる▼きのう6月28日は貿易記念日。1859(安政6)年、徳川幕府が鎖国政策を改め、米英仏露蘭の5カ国に横浜など3港での貿易を許可した。閉ざされていた島国に、「招かれざる客」も押し寄せてきた▼明治維新後に輸入した苗木とともに入ってきたカイガラムシ類の果樹害虫が一例だ。その後も侵入は続く。ハルジョオン、セイタカアワダチソウ、ムラサキイガイ、アメリカザリガニ…。新たな日本の風景となったものも多い▼厄介なのは、人間に危害を及ぼす生物。4年前には盛岡と北上でオーストラリア原産の有毒グモ、セアカゴケグモが見つかった。「岩手では越冬できない」という専門家の見解に胸をなで下ろした覚えがある▼外来生物は、日本本来の自然が壊された「荒れ地」に適応し、定着していく。水際作戦とともに大事なのは、足元の自然を見つめ直すことだ。

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  • 【福島民報】

    松方弘樹さん(6月29日)平日の昼が楽しみという年配者も多い。倉本聰さんの脚本による「やすらぎの郷」(福島放送)が「大人のための帯ドラマ」という新ジャンルを開拓した。テレビ界で活躍した役者らだけが入所できる老人ホームを舞台に石坂浩二さん、八千草薫さんら往年の名優が顔をそろえる。テレビ世代も年を取った。若者向けのドラマにはひかれない。いつも同じ演技の若手俳優ばかりの中にベテランが登場するとホッとする。だが、そんな名優を一人また一人と見送らなければならない。「やすらぎの郷」に出演した野際陽子さんの訃報も残念だった。今月、しのぶ会が開かれた松方弘樹さんは画面を支配するすごみを持つ最後の映画スターだった。NHK大河ドラマ「八重の桜」では会津を支えた京都の顔役、大垣屋清八を演じた。大垣屋が登場すると画面が引き締まった。松方さんの父は戦前戦後に活躍した時代劇俳優の近衛十四郎。食料難の戦後、松方さんは巡業で一座を率いた父とともに何度も川俣町を訪れていた。芝居がかかる時間、松方さんは近くの食堂で近所の子どもと遊んでいたという。記憶の奥の小道には、いつまでも愛すべき名優の背中がある。

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  • 【福島民友新聞】

    「水無月(みなづき)の夏越(なごし)の祓(はらえ)する人は千歳(ちとせ)の命延(の)ぶというなり」(拾遺和歌集)。時がたつのは早いもの。今年も明日で1年の折り返しとなる▼歌の中にある「夏越の祓」は、残り半年の無病息災を祈る神事。神社の拝殿前などに茅(ちがや)や藁(わら)で作った大きな輪を置き、宮司や参拝者がくぐる「茅(ち)の輪くぐり」は夏の風物詩でもある。県内でも新暦、旧暦、月遅れなど時期はさまざまだが、各地で行われている▼その夏越にちなんだ新しい行事食「夏越ごはん」が話題になっている。米穀安定供給確保支援機構(米穀機構)がコメの消費拡大を目指し、一昨年から提唱しており、取り扱う飲食店やスーパーが増えているそうだ▼夏越ごはんは、雑穀入りのごはんの上に、ゴーヤや赤パプリカなど色鮮やかな夏野菜を使ったかき揚げをのせ、おろしだれをかけたものが基本。かき揚げは茅の輪をイメージし、たれには百邪を防ぐというショウガ汁も入れる▼夏の行事食では、土用の丑(うし)の日に食べるウナギのかば焼きが思い浮かぶが、夏越ごはんは定着するか。丼物と言えば本県には「丼を、もっとうまくする、天のつぶ」(県CM)がある。流行の兆しを見せる夏越ごはんを県産米の売り込みに使わぬ手はない。

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  • 【下野新聞】

    ショウガといえば冷ややっこなどの薬味に欠かせない。体を温めたり、解毒・殺菌などの効能も知られ、漢方薬の7割に用いられているという▼どちらかといえば脇役的存在だが、栃木市の「岩下の新生姜(しんしょうが)ミュージアム」では主役を張っている。漬物製造販売の岩下食品が、若者に自社の主力商品を知ってもらおうと2015年6月に開館した▼館内に入ると、新生姜の漬け汁色のピンク一色。カフェは食事、飲み物、スイーツまですべてのメニューに新生姜を使用。新たな利用法を提案している。高さ5メートルの新生姜のオブジェやジンジャー神社などユニークな展示には思わず顔がほころぶ▼日本人の食習慣が変わり、漬物業界の市場規模はこの20年で3割減った。こうした右肩下がりの現状に対する危機感が開館のきっかけとなった。漬物のイメージを一新する博物館のアイデアは、若い社員たちが知恵を絞った▼宣伝臭は極力排し、楽しい思い出を持ち帰ってもらうのがコンセプト。入場者は当初、年間1万人と予想したが、2年間で18万人。半数以上が県外で、はとバスの観光コースにもなっている▼開館後、商品の売り上げは2割増に。大手コンビニ1社が全国の店舗で扱うようになった。今年は発売30周年。進化しなければ生き残れないことを岩下食品の取り組みが教えてくれる。

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  • 【茨城新聞】

    蟻の一穴という言葉がある。日本原子力研究開発機構の大洗の施設で起きた被ばく事故は、鉄壁であるべき安全という壁にいくつもの小さな穴が開いているように見えてならない▼原因となった容器は26年間一度も点検されず保管されてきた。長く閉ざされてきた危険なプルトニウムを扱う上で、慎重な事前調査と万全な備えは欠かせないはずだ。十分であったのか、それとも安全に対する思考の欠落があったのか、検証が必要であろう▼作業員1人の肺から2万2千ベクレルの放射性物質が検出されたという発表にも驚かされた。実際は体表面に付着していたものが計測されたとみられ、権威ある研究機関が初動とはいえ内部被ばくの数値を大幅に誤るようでは、原子力界への信頼が揺らぐ▼作業員の除染に長時間を要したことも危機管理面で問題が大きい。除染を行うスペース確保の備えが十分ではなかったためとされる▼今回の事故で機構は当初「想定外」と繰り返した。東海村臨界事故、福島第1原発事故をはじめ、原子力で重大事が起きるたびに耳にする言葉である。本当にそうなのか。安全への備え、想定が甘いだけではないのか▼小さなミスが重大事故を招く種となる。心して安全に努めてほしい。(幸)

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  • 【上毛新聞】

    ▼桐生市街を巡ると、同市出身の女優、篠原涼子さんのポスターをあちらこちらで見かける。ほぼ全面に篠原さんが写り、魅力的な表情で見つめている。桐生市のイメージを向上させようと、同市が2015年に作製し、商店街や企業に配布した▼このポスターについて、脳科学者の茂木健一郎さんが異議を唱えた。24日に市内で行った講演で「どうして東京で活躍する彼女を取り上げるのか。現在の桐生市の魅力と関係がない」というのだ▼茂木さんは各旅先で10キロ走りつつ、自身の目で街の魅力を確かめている。同市を度々訪れており、織物で栄えた街ならではの歴史的な建物を「すごくいい。桐生にしかない魅力がある」とたたえた▼桐生に限らず、どこの市町村にも路地裏、店などの一つ一つに個性があるとし「『うちの街には何もない』なんて事は絶対にない。地域に誇りを持つべきだ」と語った▼篠原さんのポスターはこれまで市民にも市外の人にも好評だった。新聞やテレビで度々取り上げられ、桐生の知名度アップに一役買った。効果は確実にあったと思う▼ただし、古里の個性を大事にすべきだという茂木さんの意見に、異論の余地はない。旅先といわず、まずは住み慣れた古里を走ってみよう。一人一人が誇らしい魅力を見つけて広めることで、街の未来が変わるかもしれない。

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  • 【信濃毎日新聞】

    「平和がほしい」「爆弾が雨のように降っています」。昨年9月、少女のつぶやきが始まった。シリア内戦の激戦地アレッポに住むバナ・アベドさん(8)。母親と始めたツイッターは、明日の命も分からない瓦礫(がれき)の街からの戦場報告だ◆動画でメッセージを発した。空爆がなければ生き延びることができる、と。その最中にも爆発音がとどろいていた。11月27日、自宅が爆撃を受けた。土ぼこりにまみれたアベドさんの写真と「今夜は家がない。瓦礫の中で死にかけた」との訴えが載った◆政権軍が迫った12月に投稿が途絶えたが間もなく再開。その後、家族とともに隣国トルコに避難した。アサド政権から「反政府勢力のプロパガンダ」と非難されてもフォロワーは37万人を超えている。米誌タイムが「インターネット上で最も影響力がある25人」に選んだゆえんだ◆中東の戦火は絶えない。イラクでは過激派組織「イスラム国」(IS)が最後の要衝モスルに籠城。旧市街の住民を「人間の盾」に使い抵抗を続けている。アベドさんのように明日の命も分からない子どもが多いはずだ。その訴えは世界に届いていない◆アベドさんが救出を求めていた12月半ば、首都ダマスカスで同じ年頃の少女が警察署で自爆した。事件前に少女が「殉教します」と語る映像が公開されている。イスラム過激派が爆弾を取り付け遠隔操作で起爆したらしい。「ファトゥマ」と呼ばれた少女は光が注ぐこともなく飛び散った。(6月29日)

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  • 【新潟日報】

    6月29日「アスベスト」は、ギリシャ語で永遠、不滅を意味する。神戸新聞記者の加藤正文さんの著書に教わった。題名は「死の棘(とげ)・アスベスト」である▼日本語では石綿。熱に強く、燃えにくい特性を持ち、値段が安いことも手伝って建材など産業用素材に広く使われた。その丈夫さを見ればアスベストなのだろう。いまでは石綿の繊維を吸い込むと中皮腫や肺がんの危険性が高まることが分かっている。「死の棘」にも違和感はないはずだ▼石綿が使われた公営住宅が本県を含む全国で2万2千戸以上もある。「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」が調べた結果が、紙面にあった。大半は既に対策工事が施されているそうだ。それでも、公営住宅で暮らした記憶をたどり、不安に胸を突かれた人がいると思うと切ない▼石綿被害を克明に描いた労作の中で、加藤さんはつづっている。有害と分かりつつも「管理して使えば安全」と十分な規制を怠り、大勢の人たちが犠牲になる。この不作為の構図は原発事故を招いた原子力政策にも重なると▼東京電力福島第1原発事故を巡り、強制起訴された東電旧経営陣の刑事裁判があす始まる。裁判を通じ、改めて浮かび上がってくる教訓もあるだろう▼石綿はかつて「奇跡の素材」と呼ばれた。美辞や麗句が思考を停止させ、実体を隠す手助けをする。その怖さを思う。福島で以前見た「原子力明るい未来のエネルギー」と書かれた看板を思い出す。被害や事故の教訓こそ永遠でなければならない。

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  • 【中日新聞】

    「戦争は、軍人に委ねるにはあまりに重大な問題だ」との警句を発したのは、第一次大戦時の仏首相クレマンソーだ▼一九六四年に公開された映画『博士の異常な愛情』では、正気を失い、世界を核戦争に導いていく米軍の司令官が、こんなせりふを吐く。「戦争についてクレマンソーは何と言った?彼が五十年前にそう言った時は正しかったかもしれん。だが現代の戦争は政治家の決める事ではない。奴らには、その時間も素養もないのだ」▼ぞっとする言葉だが、そういう考えで軍を動かす将軍が出ぬような歯止めが、民主主義の国々には、ある。国民に選ばれた政治家ら文民が軍事権を制御し、暴走させない仕組み「文民統制」と、軍の政治への介入を防ぐ「政治的中立の厳守」だ▼だが、この歯止めが、どうも危うい。自衛隊の制服組のトップは、憲法九条をめぐる首相の改憲論について「一自衛官として申し上げるなら、非常にありがたい」と言った。自衛官の政治的中立を、どこに忘れたか▼稲田朋美防衛相にいたっては、都議選の応援演説で、「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と口にした。文民統制にあたる大臣が、自衛隊を政治的に利用するような発言をするのだから、ブレーキとアクセルの区別もつかぬらしい▼自衛隊は、この手の人々に委ねるには、あまりに重大な組織ではないか。

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  • 【伊勢新聞】

    ▼平成25年度全国最低だった障害者雇用率の向上に本腰を入れ始めたころ「障害者を労働力とは思わない」と語った鈴木英敬知事だが、障害者が農業の担い手となる「農福連携」を県が23年度から取り組んでいたという▼来月開く「農福連携全国都道府県ネットワーク」の設立総会で発起人代表になる。記者会見で、農福連携の意義を「農業の担い手確保や障害者の働く場の確保につながる」と説明し「都道府県の連携が重要。連携を強め、農林水産業の活性化や障害を持つ方の社会参画を進めたい」▼障害者を労働力と認めた上での話だろう。障害者雇用率向上に農業の担い手などは言わなかったのだから別人の思いはあるが、知事の意気込みに異論はない。16日の県議会で「もうかる農業とは」と問われ「農業者の所得向上や収益力の高い農業だけでなく、農村地域で生み出す価値の向上が県内各地で積極的に展開されている状況を指す」と答えていた▼所得向上や収益力だけでは心に若干のひっかかりでもあったか。生活として農業を営む兼業農家中心の県の農業が、専業農家や法人経営が軸となりそうな「もうかる農業」で守られるわけではない▼販路拡大に加え「消費者へのアプローチにも取り組みたい」とも。北川正恭元知事がそう言って、農林水産部と商工部門を統合し、国の大反対を受けて退任後、旧に戻した。農林水産部担い手支援課の経営体支援班の中に農地の集積、企業の参入、経営構造対策、高性能農業機械など16の職掌の一つとして農福連携担当者を置く。狙いは透けて見える気はする。

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  • 【静岡新聞】

    2017年6月29日【大自在】(2017/6/2907:47)▼「戻ってくるなんて信じられない」。サッカーJ1ジュビロ磐田のムサエフ選手(ウズベキスタン)は来日して半年。うっかり紛失した財布を3日ぶりに手にして感激する様子が、きのう本紙に紹介された。異国で接した善意には感謝以上に驚きが大きかったようだ▼現金やカードが入った財布は、拾った場所と時間が書かれたメモと一緒に磐田市内の駐在所に匿名で届けられた。落とし物は交番へ−は日本人だれもが子どものころから刷り込まれる社会規範の一つ。だから窓口に集まる拾得物も毎年おびただしい▼県警によると、2016年の拾得物は前年比約2万7千点増の50万5千点余り。落とし主の手元に戻る率は財布やキャッシュカードなどで9割前後。ムサエフ選手が感心し、東京五輪招致の際のアピールポイントでもあった「治安の良さ」の表れともいえる▼一方で、返還割合が1%とほとんど顧みられない落とし物も。県内で拾得が約3万5千点と最も多かった傘である。内閣府の16年調査では、傘を落としても捜さずに諦めるとした人は2人に1人。財布などは、ほとんどの人が警察に届け出るとしただけに対応の差が際立っている▼安価品が多く大量流通する傘と貴重品では比ぶべくもないが、それでも傘の肩を持ちたくなる。<使い捨てでいいの。もったいないの心はどこ>。傘の嘆きが聞こえてくるようだ▼落とし物が戻る社会は世界に誇れても、大切にすべき公徳心は他にもあろう。当分続く梅雨空に傘は手放せそうにない。置き忘れにはくれぐれもご注意を。

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  • 【北國新聞】

    きょうのコラム『時鐘』2017/06/2901:27「ビートルズと金沢(かなざわ)」のタイトルにひかれて金沢出身(しゅっしん)でオランダ在住(ざいじゅう)の音楽評論家(おんがくひょうろんか)・宮永正隆(みやながまさたか)さんのエッセー(北國文華(ほっこくぶんか)・夏号(なつごう))を読んだ身近(みぢか)なローカル話(ばなし)が違和感(いわかん)なく世界(せかい)の音楽史(おんがくし)につながる。こんなふうだ。ビートルズの楽曲管理会社(がっきょくかんりがいしゃ)は「ノーザン・ソングス」で、訳(やく)せば「北国楽譜出版社(ほっこくがくふしゅっぱんしゃ)」。日本(にほん)の北端(ほくたん)でもないのに「北国(ほっこく)」と呼(よ)ばれる文化圏(ぶんかけん)に育(そだ)った者(もの)にしかこのニュアンスは分(わ)かるまい、と言(い)う奈良(なら)の都(みやこ)から見(み)て北(きた)にあったため「北国」の名(な)が残(のこ)るわが故郷(こきょう)と、ロンドンの北にあるビートルズの出身地(しゅっしんち)リバプールがこうして結(むす)びつく。国際性(こくさいせい)とローカル色(しょく)が難(なん)なく融合(ゆうごう)するユーモアだ1966(昭和41)年(ねん)はどんな年(とし)か。ビートルズが来日(らいにち)した年(とし)だと語(かた)る年配者(ねんぱいしゃ)が少(すく)なくない。テレビ小説(しょうせつ)「ひよっこ」の今週(こんしゅう)のテーマも「ビートルズがやって来(く)る」だ。1960年(ねん)うまれの宮永さんが半世紀前(はんせいきまえ)の出来事(できごと)を追(お)い続(つづ)けて「ビートルズ来日学(がく)」を著(あらわ)した60年(ねん)も70年(ねん)も時代(じだい)の節目(ふしめ)とされる。が、66年(ねん)こそが社会(しゃかい)の曲(ま)がり角(かど)だったのかもしれない。後(あと)になって分かるのが節目というものだ。

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  • 【福井新聞】

    【越山若水】久しぶりに目にする懐かしい名前である。ポケットベル(ポケベル)。受信端末機を使った呼び出しサービスで、発売開始の1968年当初は医者や営業マンが緊急連絡用に持たされた▼90年代に入ると、若者を中心に暗号化した数字メッセージが大流行。「33414(さみしいよ)」「14106(愛してる)」といった文字が飛び交った▼96年に行った新成人の全国意識調査では、恋人との連絡方法(複数回答)は1位が一般電話で77%。次いでポケベルが55%。携帯電話・PHSの11%を大きく上回った▼まさにわが世の春を謳歌(おうか)していたが、ITの進化につれケータイに主役の座を奪われた。ちょうど10年前、2007年3月にサービスを終え「3470(サヨナラ)」となった▼引退したはずのポケベルが、再び脚光を浴びている。建物内や地下でもつながりやすい電波の特性から、災害情報を確実に提供する手段として自治体が注目しているという▼屋外スピーカーや戸別受信機は聞きにくいのが欠点。しかしポケベルの端末機であれば、緊急の防災情報を文字で表示でき、音声にも変換可能である▼折しも、インターネットの交流サイト最大手・米フェイスブックの利用者が20億人を突破したという当世風ニュースが届いた。ポケベル世代としては、郷愁を込め「災害防止にぜひ活躍を」とエールを送りたい。

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  • 【京都新聞】

    論語に「駟(し)も舌に及ばず」という言葉がある。駟は4頭立ての馬車で速いが、それで追いかけても舌の速さに及ばない。いったん口から出た言葉は取り返しがつかないという意味だ▼漢書の「綸言(りんげん)汗の如し」も似た意味だし、日本にも「口は禍のもと」などのことわざがある。西洋の「沈黙は金、雄弁は銀」なども含めて古今東西、不用意な発言を戒める言葉は数多い▼だが、そんな戒めの通用しない閣僚が、わが国にはなんと多いことか。稲田朋美防衛相が東京都議選の自民党候補を応援する集会で演説し「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と訴えた▼防衛省と自衛隊が組織を挙げて特定の候補者を応援する、と言っているに等しい発言である。隊員が法律で政治的中立を厳しく求められていることをまさか知らなかったわけでもあるまいし、あまりにも軽率すぎる▼稲田氏は過去にも、軍国主義に結びついた教育勅語について「全くの誤りというのは違う。日本が道義国家を目指すべきだという精神は変わらない」と持論を展開するなど閣僚の資質が疑われる発言が目立つ▼安倍晋三首相にとっては、政治信条の近い「秘蔵っ子」だ。今回も発言撤回を受けて職務継続を指示した。「月満つれば則(すなわ)ち虧(か)(欠)く」という格言でも贈るか。

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  • 【神戸新聞】

    作家の不機嫌が伝わってくるような一文が目にとまる。「一言デ言エルコトナラ、一言デ言イマス」。太宰治によるカタカナの随筆「走ラヌ名馬」である◆あなたの小説を読んだが、あれは一言で言うとどういうことでしょう?再三聞かれ、さすがの文豪も悲しくなった。「以後、ボクノ文章読マナイデ下サイ」とまで書いているから、よほど気に障ったのだろう◆いわゆる文学作品とは時に難解で、うん?と首をひねることは多い。ところが、それにも勝る読解力がこの人の発言を聞くときにはいるらしい。稲田防衛相が選挙応援で「自衛隊としてお願いしたい」と訴えた◆自衛隊の政治利用だろう。そうつっこまれ、「日ごろ活動に協力的な住民に感謝を伝えたかった」。さらに「誤解を招きかねない」から発言を取り消すという。よく分からない。まるで言葉通りに受け取ったこちらの読解力に難あり、とでも言いたげだ◆中国の「論語」がいまに伝える孔子の格言を一つ。「一言以(いちげんもっ)てこれを蔽(おお)う」。あれこれ書かれていたとしてもすべてを言い表す一言がある−。太宰は怒るかもしれない◆小欄もつまり何が言いたいのかといえば、“失敗”が続く大臣の資質を疑う、の一言となる。言葉通りに受け取ってもらってかまわない。2017・6・29

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  • 【奈良新聞】

    衆院の定数削減で次期総選挙に向けた自民党の候補者調整が注目を集める中、焦点に浮上しているのが比例代表の候補を対象とした73歳定年制。党執行部が実施した先日のヒヤリングで、県連は地盤の選挙区を失う候補について比例代表で優遇を要望。併せて定年制の見直しも求めたようだ。ただ若手優先の弊害を指摘して制度を批判したのが、自ら候補者調整の渦中にあり、まさに対象の73歳に達した奥野県連会長というのでは保身のための主張とも見られ兼ねず、説得力を欠く。今どき高齢者の活躍を一律に拒む姿勢は好ましくないし、微妙な年齢設定など制度には不明朗さも残るが、公党の内規だけに扱いは慎重にすべき。また政党が比例代表を便利に使うやり方も問題といえる。たとえ特例措置だとしても、制度を曲げてまで一部の政治家を救済するなら、党内力学が当落を決めたという印象をぬぐえなくなる。だから定年制の見直しは今回の候補者調整とは別に論議するのが良いが、そうはいかないのが政治か。政治家にではなく有権者にとって良い結果が出ることを期待したい。(松)

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  • 【紀伊民報】

    『温泉の秘密』(海鳴社)という本を読んで驚いた。紀南の温泉5カ所が6枚のカラー写真で紹介されていたからである。収録された写真は117点。そのうちカラーは16点だから、なんと3分の1以上を紀南の温泉が占めている。▼写真の掲載順でいえば「川原の湯」(川湯・仙人風呂)、「海を臨む」(白浜・崎の湯)、神秘の空間(南紀勝浦・忘帰洞)、「小栗判官再生の湯」(湯の峰・つぼ湯)、「青い湯」(同)、「美人の湯」(龍神・元湯)である。▼筆者は信濃毎日新聞の編集委員、飯島祐一さん。2度の新聞協会賞に加え、科学ジャーナリスト賞も受賞している医学、医療問題の専門記者である。今回の本も、世間に流布する「ガイド本」とは違って、温泉の効能を医学と健康の両面から掘り下げて紹介している。▼そういう本に、全国の有名な温泉に並んで紀南の温泉が数多く紹介されたのは、それだけ当地の温泉が医学、健康面で評価が高いということだろう。温泉が好きで、ことあるごとに紀南の温泉を自慢してきた僕にとっては「わが意を得たり」という気分である。▼有名無名を問わず、紀南には他にもそれぞれの特徴を持った素晴らしい温泉がいくつもある。こうした温泉そのものの価値をもっと積極的にアピールできないか。▼地元の宝を再発見し、それを磨き、誇り、社会に広くアピールしていくのである。官と民が力を合わせれば道は開けるはずだ。(石)

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  • 【山陽新聞】

    焼夷(しょうい)弾が落ちてくるときのザーという音が今も耳にこびりついているそうだ。72年前のきょう、1945年6月29日未明、当時15歳の額田昭子さんは、岡山空襲で燃え上がる岡山市街地を数キロ離れた高島地区から見た▼絵の好きな女学生だった。思わず目に映る光景をスケッチ帳に写生した。1枚描き終えた後は、ぼうぜんと街を見つめた。岡山城の天守閣が焼け落ちていく様子も見えた。「ああ落城だ」。気付けば涙が出ていた▼その絵が岡山シティミュージアム(岡山市北区駅元町)で開催中の戦災資料展に並んでいる。街の至る所から赤い炎が噴き上がり、夜空を焦がす。焼失寸前の岡山城の輪郭や落下中の焼夷弾も描いてあった▼会場では、授業の一環で市内の高校生が見学していた。生徒たちに印象深かった展示品を聞くと、16歳の女子生徒は額田さんの絵を挙げた。「空に上る炎の勢いが恐ろしい」▼資料で下調べしていたが、絵の迫力は想像を超えていた。額田さんの「絵を見た若者に、二度と戦争をしてはならないと思ってほしい」との願いも届いたのではないか▼引率の教諭によると、高校生の祖父母でさえ戦争を知らない世代が増えている。身近では戦争の体験談などに触れる機会がほとんどなくなったという。惨禍をどう語り継ぐか。「時」が突きつける課題でもあろう。(2017年06月29日08時00分更新)

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  • 【中国新聞】

    バブルとゆとり2017/6/29ボーナスが入れば高級車を買えと言い、連休を取れば「海外旅行か」と聞く。毎晩のように飲み歩いた昔を武勇伝のように語る…。バブル期に入社した世代が、若い社員を困惑させることがあるとか▲セクハラやパワハラならぬ、「バブハラ」という言葉を最近知った。若い世代にとっては古い価値観を押し付けられるようで煩わしいらしい。日本中が空前の好景気に浮かれたバブル期のライフスタイルを、今の若者に当てはめるのは無理があろう▲ことしの新入社員の約半数は、上司や同僚が残業していても自分の仕事が終わったら、先に帰ることに気がとがめない—。日本生産性本部などが先日まとめた、働くことの意識調査で、そんな結果が明らかになった▲「けしからん」とたしなめるなかれ。長時間労働を美徳としてきた働き方や意識の改革は避けては通れない。むしろなれ合いに流されがちな職場に「ゆとり世代」の新入社員は、新風を送り込んでくれるかもしれない▲<ゆとりでしょ?そう言うあなたはバブルでしょ?>。「サラリーマン川柳」の人気投票で1位になった句だ。こんなふうに若手が軽妙に切り返せばバブハラなんてどこ吹く風だろうけど。

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  • 【日本海新聞】

    国内の野外に生息するコウノトリが100羽に達した。放鳥から12年。当時、絶滅種をかつて生息していた人里に野生復帰させた例は世界でもないと聞いた。関係者は感無量だろう◆各地に生息していたコウノトリは、明治時代の狩猟解禁で乱獲され、戦時下では営巣木の松が伐採された。高度成長期の河川改修や農薬の影響で餌場を奪われて数を減らし1971年、兵庫県豊岡市で最後の1羽が死に、国内の野生種は途絶えた◆豊岡市で長く保護増殖の取り組みが行われ2005年、同市の県立コウノトリの郷(さと)公園が野生復帰に着手。放鳥に立ち会った秋篠宮妃紀子さまは翌年、長男悠仁さまを出産され「コウノトリのご縁」と地域が沸いたのを懐かしく思い出す◆放鳥した当初は、コウノトリが餌に困らない郷公園を離れようとしなかったり、感電死したりと困難もあったが、予想外に自然下での繁殖が進んだ。今では全国各地で飛来が確認されているという。鳥取でもたびたび目撃情報が寄せられる◆コウノトリはドジョウやフナ、ヘビなどを食べ、それらが生息する環境でしか生きられない豊かな自然の象徴だ。ここまで繁殖するには環境づくりを進めた人々の貢献もある。コウノトリが普通の存在となる日が来るように、引き続き自然環境の維持・改善に努めたい。(す)

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  • 【山陰中央新報】

    おもてなしの功罪米国で勤務したことがある木村武元日銀松江支店長は日本のおもてなし文化に複雑な思いを抱いている。安心、安全とおもてなしのコストはゼロ。米国に住んでみると、日本の住みよさをつくづく感じるそうだ。国際会議の開催地で最も人気があるのが日本という。ホテルなどでチップを渡さなくても、最上の接客サービスをうけることができるのも理由のひとつと推測する▼東京五輪を控え「おもてなし」がキーワードになっている。言い換えると、心尽くし。その「心のサービス」に対価を求めるのは、どこか厚かましさが漂って憚(はばか)られる。金銭的な見返りを求めないことこそ、日本的な接客美学と多くの日本人は感じているのではないか▼しかしその日本文化の美質が日本経済の足を引っ張っていると木村氏はみる。日本のサービス産業の生産性は先進国の中で最下位クラス▼製造業と比べサービス業の生産性が低いのは、輸入品との競争にさらされていないのが原因というのが経済学の決まり文句だが、対人サービスに適正な価格が反映されていないことは見過ごされがちだ▼運輸や宿泊など最近のサービス業の人手不足は、おもてなし精神による過剰サービスも原因となっているとみられる。今後人口減少で働き手が細る中でその「ただ働き」をいつまで維持できるのか▼勤労者に過重労働を強いるおもてなし競争を調停するのは消費者の成熟であり、日本文化の美質を値踏みする目利きが働き方改革の突破口となるかもしれない。(前)2017年6月29日

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  • 【山口新聞】

    「隊中様」を共通項に山口市の平川地域と阿東地域の住民交流が実現した▼隊中様は幕末、長州藩内で結成された奇兵隊など諸隊の隊士のことで民衆が尊敬を込めてこう呼んだという。そんな隊中様は維新後、藩政府の常備軍編成で多くが解雇。倒幕の末の失業に反発した隊士が蜂起したのが1870年の脱隊騒動になる▼平川の鎧ケ峠に墓がある藤山佐熊も蜂起した一人で、鎮圧軍の反撃によって戦死。平川の人たちは若くして亡くなった藤山を哀れみ、峠に墓を建てて供養。いつしか平川の隊中様奉賛会が組織され、毎年春の命日に慰霊祭が営まれている▼藤山は阿東嘉年出身で、縁もない平川地域で手厚く慰霊されていることを知った阿東地域は「知らん顔はできない」と昨年秋、住民40人が平川を訪れ、慰霊墓参した▼これをきっかけに相互交流が生まれればと期待されたが、嘉年にもある藤山の墓を平川住民が訪ねる話がまとまり、一昨日に15人が墓参。阿東側の受け入れ態勢も万全で、市原家など周辺の史跡も案内して有意義な交流となった▼今回の地域同士の交流が行政の世話にならず、住民主体で進められたことに意義があり、今後の発展も間違いないものと思われる。(畑)

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  • 【愛媛新聞】

    熊本地震で被害を受けた熊本城の状況が、折に触れて報道される。そのたびに、痛々しい姿の「地域の誇り」を目にする住民の胸の痛みはどれほどかと、思わされる▲先日訪れた江戸東京博物館では、被災地の埋蔵文化財調査報告があった。熊本は古墳被害も大きく、写真で見た内部は無残にも石材が崩れていた。解説員は言う。「古墳への関心は低い。だが、今後震災で被害が出たとき、熊本での復旧は大切な先行事例となる」▲東日本大震災に見舞われた東北では、道路建設などに合わせて発掘が進む。古墳時代の遺跡で、墓地に納めるガラス玉が住居跡から出土するなど、全国的に珍しい発見が相次ぐ。「地域の宝」が増える様子に、歴史の深さを知る▲東北の歴史では、岩手の知人の言葉を思い出す。「教科書って東北蔑視ですよね」。平安時代、東北を治めたアテルイと、大和朝廷側の坂上田村麻呂の戦いのことだ。かつては、田村麻呂が「征伐」し、侵略された側のアテルイが「反乱」したとの記述が多かった▲「故郷の英雄を反逆者扱いするのはおかしい」との怒りは当然。近年は再評価が進むと聞くが、一度学んだ知識を改めるきっかけはなかなかない▲先人の歴史や文化財は住む人たちの大切な誇り。そして、被災地の埋文調査結果は日々、全国に発信され、それに触れると思いは自然に東北へと向かう。先人の生きた証しは「震災の風化」を防ぐ役割も果たす。

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  • 【徳島新聞】

    なるほど、と思った言葉は書き留めるようにしている。<ことばは翼を持つが、思うところに飛ばない—「スペインのジプシー」ジョージ・エリオット>もそうだ本紙連載の「ことば遍路」で取り上げられていた。これをたどったのは、稲田朋美防衛相から失言が飛び出したからだ。「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」。東京都議選の自民党候補を応援する集会で演説したという防衛相なら無論、熟知しているはずの自衛隊法である。隊員の政治的行為を制限しているが、稲田氏の発言は、防衛省と自衛隊が組織を挙げて候補者を支援すると言っているようなものだ。法にも抵触する恐れがある発言の一部を切り取ったものではない。政府高官が言うように「前後の文脈と関係なく、まずい」のである。言葉は思うところに飛ばない—。野党はもとより、身内である自衛官からも「軽率だ」という批判の声が上がった物議を醸してきた国会での答弁を再び思い出させた。それにしても撤回、謝罪に追い込まれた失言は3カ月ほどで忘れるものなのか。いつか来た道である。今回も稲田氏は発言を撤回した作家や詩人のようにとは言わないが、政治家の言葉には、なるほどと思えるものがあまりない。自戒を込めて記したい。「惜しみ惜しみ」語るべきである、と。

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  • 【高知新聞】

    「それ、もう一度立たぬか、みんなのためにもう一度立たねか」—。1933年2月、プロレタリア作家の小林多喜二が特高警察の拷問で死亡し、自宅に運ばれた。その時、母セキが息子の遺体を抱きながら上げた悲痛な声である。多喜二を死に追いやった治安維持法は1925年に公布。ときの加藤高明内閣は、この法律は無政府主義・共産主義を取り締まるものだ、との説明を繰り返した。だが、状況は一変する。3年後の田中義一内閣が同法を改正し、「国体変革」を目的とする結社をつくった者や、加入者への処罰を強化。最高刑を死刑とした。さらに結社の目的遂行のための行為をした者も罪に問えるようにした。公布、即日施行は1928年のきょう、6月29日のことだ。作家の半藤一利さんは、この法改正が治安維持法を「真に悪法たらしめた」とみる。さしたる証拠がなくても、官憲が「目的遂行のため」と判断すれば処罰の対象になる。実際、悪法の網は学者や宗教家、作家など広範囲に及んだ。1945年に廃止されるまで、数え切れないほどの逮捕者、拷問やでっち上げによる多数の獄死者を生んだ。法の運用は、ときの政権や当局の判断次第。安倍政権が強引に成立させた「共謀罪」法にあまりにも似ていないか。私たちの思想や言論の自由は、第2の暗黒時代の入り口に立っているのかもしれない。「それ、もう一度立たぬか」という慈母の声が胸に刺さる。6月29日のこよみ。旧暦の閏5月6日に当たります。ひのとゐ四緑仏滅。日の出は4時58分、日の入りは19時20分。月の出は10時21分、月の入りは23時18分、月齢は5.0です。潮は中潮で、干潮は高知港標準で3時36分、潮位90センチと、15時50分、潮位42センチです。満潮は9時15分、潮位164センチと、22時30分、潮位169センチです。6月30日のこよみ。旧暦の閏5月7日に当たります。つちのえね三碧大安。日の出は4時59分、日の入りは19時20分。月の出は11時20分、月の入りは23時53分、月齢は6.0です。潮は小潮で、干潮は高知港標準で4時33分、潮位90センチと、16時36分、潮位60センチです。満潮は10時12分、潮位151センチと、23時15分、潮位163センチです。

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  • 【西日本新聞】

    〈自衛隊員は選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない〉と自衛隊法61条は定めている。自衛隊員に任用される際の「服務の宣誓」にも〈日本国憲法および法令を順守し〉〈政治的活動に関与せず〉と▼自衛隊員の政治活動が厳しく制限されているのは、天皇の統帥権の下に軍部が暴走し、無謀な戦争に突き進んだ過去を繰り返さないためだ。防衛力は文民が統制する。それが平和国家・日本の根幹である。だが、その文民が考え違いをしたら…▼稲田朋美防衛相が都議選の自民党候補の集会で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてお願いしたい」と支援を訴えた。自衛隊の政治利用、もっと言えば私物化と指弾されても仕方あるまい。隊員らは「組織を挙げて応援せよ」というトップの“指令”と受け取るかもしれない▼そもそも、選挙の応援は一政治家としての立場だ。防衛相の肩書で、自衛隊を代表するかのように、特定の候補の支援を求めるなどもっての外。発言を陳謝、撤回すれば済むという話ではない▼先般は統合幕僚長が憲法9条に自衛隊を明記しようという改憲案を「ありがたい」と述べて批判を浴びた。トップの姿勢が組織のたがを緩ませているのでは▼弁護士の稲田氏は言葉の重みをよく知るはずなのに、問題発言が相次ぐ。そのたびにかばってきた安倍晋三首相。行政の中立を軽んじた今回はかばいきれるか。=2017/06/29付西日本新聞朝刊=

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  • 【宮崎日日新聞】

    米国で保険会社の経営に役立っている法則がある。労働災害の発生確率を分析した「ハインリッヒの法則」。1件の重大災害の裏に29件のかすり傷程度の軽災害があるという。さらに、その裏にはけがはしなくても、ひやっとした300件の体験があるというもの。畑村洋太郎著「『失敗学』事件簿」によると、この法則は失敗発生にも適用できる。事件として報じられる1件の重大事故の裏には、29件の顧客からのクレームや苦情がある。さらに社員が「やばい」と思っても見逃しているケースが300件あるということだ。同書によるとこの「やばい」小さな失敗を放置していると、300倍の大失敗になって返ってくることが統計学的に証明されているというから怖い。民事再生法の適用を申請したタカタにもこの法則が当てはまるようだ。自動車メーカーからの報告でエアバッグの不具合を2004年には認識していたという。ホンダが最初のリコールをしたのが08年。当初のトラブルを軽視せず、早めの対処を取るべきだった。原因究明や製品の回収、新製品の開発を行っていれば、優良企業のタカタがここまでの苦境に陥ることはなかっただろう。その後欠陥エアバッグの事故により、米国だけで少なくとも11人の死者が続出。リコールは膨大な台数に上った。タカタの破綻はメーカーの安全意識を問う教訓になろう。「小さな失敗は重大事故の予兆」。畑村さんは、メーカーがリコールに及び腰な風潮を変える大切さを説く。きちんと対応して信頼性を高めれば、リコールは改革への近道になる。

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  • 【長崎新聞】

    立った姿勢で抱いて支える夫に、昔のダンスの記憶が一瞬よみがえったのか。妻が無邪気に問い掛ける。〈立つたまま妻抱きをればダンスすると思ひけるにや『音楽ハ?』と訊(き)く〉桑原正紀。妻は認知の機能が損なわれている▲「人生の節目で読んでほしい短歌」(NHK出版新書)に教わった。選者の永田和宏さんが文を添えている。妻が状況を過酷と思わずにいるのは「せめてもの妻の幸せであり、夫の慰めであるのかもしれません」▲もちろん老いも病も介護も、一つとして生易しいはずはない。そうと分かっていてこその、せめてもの幸せであり慰めだろう▲高齢者らが介護が必要になった主な理由で、認知症が初めて1位になった。介護する側もされる側も75歳以上という老老介護は、初めて3割を超えた。国の2016年の調査結果で見た「初めて」の文字に、この先にある現実の厳しさを思う▲本に教わったもう1首。介護施設に夫を残し、帰るなと言う夫を振り切るように去る。〈かならず逢ひにくるから雨の日も逢ひにくるから許してください〉岡部由紀子▲必ず、あすが土砂降りであっても必ず。せめてもの思いとはずっと不変で、普遍のものだろう。会ったことも会うこともない人の思いと分かっていながら、あすの天気は−と梅雨の曇天を見上げる。(徹)

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  • 【佐賀新聞】

    アニメ100年2017年06月29日05時00分第2次世界大戦末期、1945年公開の「桃太郎海の神兵(しんぺい)」は日本の長編アニメ映画だ。DVDが先日、米国で発売された。昨年、デジタル修復版が日本で公開され、米国の会社が北米での販売権を獲得していたという◆旧海軍省が松竹に作らせた白黒のプロパガンダ映画。狙いは戦意高揚だが、米国では「同時期に作られたディズニー映画にも引けを取らない」と評価は高い。姉妹編の日本初の長編「桃太郎の海鷲(うみわし)」(43年)には、佐賀市で少年期を過ごした持永只仁(もちながただひと)さん(19〜99年)が製作に参加している◆龍谷中学出身の持永さんは、日中両国における人形アニメーションの創始者。人形を動かし1コマずつ撮る。コマがつながり動画になるという気が遠くなるような作業だ。以前見た彼の作品は、人形がまるで生きているように繊細な動きをするのに感心した。今、東京国立近代美術館フィルムセンターで、その作品、資料が見られる展覧会が開催中だ(9月10日まで)◆国産アニメが誕生し今年で100年になる。今や日本は世界に冠たるアニメ王国に。スタジオジブリの作品はもちろん、昨年は「君の名は。」や「この世界の片隅に」などが脚光を浴び、大人も楽しめる一大ジャンルだ◆持永さんら先人たちのまいた種は芽を出し、見事な花を多く咲かせ、次の早苗も育っている。(章)

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  • 【南日本新聞】

    「住宅街に有毒ガス7人死亡近くの会社員宅捜索」。ちょうど23年前のきょう、本紙が1面トップで報じた松本サリン事件である。第一発見者の河野義行さんが“犯人”として扱われた。自らも中毒で入院した後、厳しい取り調べが続いた。「体調が悪く、『やりました』と言ってしまう不安もあった」と述べている。事件は翌年オウム真理教の犯行と分かり、河野さんの潔白は証明された。身に覚えのない罪をつい認めそうになるほど、追い詰められるのが密室の取り調べの怖さだ。だが、義弟を殺した罪に問われた大崎町の原口アヤ子さんは、捜査段階から一貫して無実を訴えてきた。逮捕から38年、鹿児島地裁が裁判のやり直しを認めた。最高裁で懲役10年が確定し、刑期いっぱい服役した。「罪を認めれば仮釈放もある」とのささやきもあったろう。それでも「あたいは、やっちょらん」と訴え続けた。この執念が再審の重い扉を開けた。河野さんは犯罪被害者や冤罪の支援に奔走し、オウムの元信者や警察官とも交流してきた。「恨まず憎まず楽しく生きていきたい」と手記にある。静かな心境に達するまで、どれほど多くの苦悩を味わってきたのだろう。90歳になった原口さんはだいぶ前から体調がすぐれないという。待ち望んだ再審が決定した後の会見の場に姿はなかった。人の罪を問い、裁くことの重さをかみしめる。

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  • 【琉球新報】

    同僚に殴られ、組織から圧力を受けても屈しなかった。訓練で銃を持つことを拒む彼は「臆病者」「変人」と罵倒された。同僚の兵士は問う。「殴られても殴り返さない、お前はそれで国の大事な家族を守れるのか」▼映画「ハクソー・リッジ」は浦添市の前田高地が舞台。衛生兵として銃を持たず沖縄戦に従軍し、75人の負傷兵を救ったデズモンド・ドスさんの実話を描いた。生々しい戦闘で死体の山を築く様は、戦争の愚かさを物語る。彼の行動がそれを一層際立たせる▼家庭内の暴力体験が聖書の戒律「殺すなかれ」を守る信念の源だ。軍法会議で裁かれても、銃を持たない信念を貫く。婚約者に「信念を曲げたら生きていけない」「皆は殺すが、僕は救いたい」と明かす▼映画公開と同じ24日、安倍晋三首相は、自衛隊の意義と役割を憲法に書き込む自民党案を秋の臨時国会で示し、議論を進める考えを表明した。北朝鮮や中国の「脅威」に対抗する姿勢は軍事重視に前のめりだ▼アジア・太平洋戦争で多大な被害・加害を経験した日本は戦争の愚かさを身に染みて知っているはずである。憲法9条の「戦争放棄」「戦力不保持」の理念はその教訓の結晶といえる▼9条の理念を「信念」として生かす選択をいま一度考えたい。信念を貫いたドスさんを手本に。「現実的でない」と何度言われても「殺さず命を救いたい」と。

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  • 【沖縄タイムス】

    フランスの詩人、ポール・ヴァレリーに、人生をボートに例えた次のような作品がある。「湖に浮かべたボートを漕(こ)ぐように人は後ろ向きで未来へ入っていく」▼後ろ向きにこぐボートは、前を見ると、進んできた風景しか目に入らない。人生も同じで、過去や現在は見えても、明日の景色を誰も知らないように、人は未来を見通せない▼だが時に、自らの「未来」を悟りつつ、残された時間と真摯(しんし)に向き合う人もいる。乳がんを患い闘病生活を送り、34歳で亡くなった小林麻央さんもその一人である。ただ、希望を捨てず、前向きな姿勢でここまで多くの方の心を打った人はいない▼3年前にがんを告知され、夫と二人の幼子との闘病生活が始まった。昨年9月にはブログを開設し、身辺雑記だけでなく、がんの転移も包み隠さず発信。登録読者数は250万を超えた▼長くはない余命を覚悟しつつ、奇跡を願う家族や周囲の支えを背に必死にボートをこぎ続け、そして静かにその手を止めた▼ブログの文章を読み返して思う。何故、彼女はこれほどまでに強く、どうしてあそこまで人に優しくなれたのだろうかと。「感動した」との月並みな言葉で表現するにははばかられる。「すごい人だな」と夫が称したその人はこれから、3人が乗ったボートを天国から優しく見守っていくのだろう。(稲嶺幸弘)

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