コラム

  • 【北海道新聞】

    瓦屋根の商店やビルから火の手が上がる。「油断すると消防隊の力も及ばぬ。数千カ所の発火とともに毒ガスが来る」との標語。昭和の初め、日中戦争が始まったころ軍の監修で作られたポスターである。空襲を想定した▼いざという時の避難を促しているかのように見えるが、一方で当時の防空法は、空襲時の消火活動を国民に義務付けていた。逃げようものなら、軍人が燃えている家に引き返せと命じることもあったそうだ。空襲で多くの犠牲者を生んだ原因だという。水島朝穂、大前治著「検証防空法」に教わった▼平成の世なのに、まさか空への備えを想定するとは思いも寄らなかった。政府が北朝鮮からの弾道ミサイル攻撃に備えて、避難方法をインターネットのサイトに掲示している▼「頑丈な建物や地下街へ」「地面に伏せて頭を守る」。先の大戦時と違い、国民の安全を考えての措置であろうが、ひっかかるのはなぜか▼トランプ米大統領は北朝鮮に対し「全ての選択肢がある」と言って、武力行使をちらつかせているが、締め付ければ逆に暴発を招く恐れがある。日本政府が米国の方針を唯々諾々と評価するだけで、国民の命を守れるだろうか▼昭和初期に無季俳句を作った渡辺白泉の1句が頭に浮かぶ。<戦争が廊下の奥に立つてゐた>。気がつけば、いつか来た道へまっしぐらでは困る。ちょっと引いて考える余地はないのか。2017・4・26

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  • 【河北新報】

    「収支でなくサービスを追求する」「良いサービスから自然に利益が生まれる」。戦後を代表する経営者だったヤマト運輸元社長、故小倉昌男さんの哲学だ。41年前に始めた宅急便の急成長を「ドライバーがお客さまの希望や都合に対応しているから」と語った▼何が消費者に便利か、との発想で地域の家庭向け小口配達を開拓。国に小包配達市場の規制緩和を訴え、宅配を「一企業の事業でなく社会のインフラ」に広めた。生鮮食品の保冷発送なども普通のサービスになった▼その陰で、便利さを支えるドライバーらが疲弊していた。同社は先日、グループの約4万7千人への未払い残業代が2年分で190億円に上ると発表。人手不足とサービス残業の慢性化で「夜9時ごろまで14時間休めない」といった実情が報じられた▼配達量は10年前の6割増。ネット通販の荷物が現場をパンク寸前にするまで急増した。客と接する担い手を「サービスドライバー」と呼び大切にした小倉さんも、スマートフォンで簡単に買い物ができる時代は読めなかったか▼24日から当日の夜の再配達受付時刻が早められ、働く場の改善が始まった。見えたのは、便利さには限度があるという現実。誰かの身を犠牲にするようなサービスが当たり前の世の中はやはりおかしい。(2017.4.26)

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  • 【東奥日報】

    弟王子は父親に似ていた。体型までも…。はじめて会って握手を交わしたとき、ものすごい顔でにらまれた。「こいつは憎き日本人だ」というように。<あの時の王子の鋭い目は、いまも忘れていない>故金正日(キムジョンイル)総書記の専属料理人をしていた藤本健二氏が、幼いころの金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の印象を、『金正日の料理人』(扶桑社)に書き残している。高慢ちきな、印象そのままに大きくなったようである。藤本氏がこの本で<二男王子・ジョンウン>と紹介するまで、この人物は外部にほとんど知られていなかったという。朝鮮人民軍創建85年記念日のきのう、周辺国・関係国は緊迫した朝をむかえた。北朝鮮が記念日にあわせて、6回目の核実験や弾道ミサイル発射実験にふみきる恐れがあったからである。緊張のなか日米韓3カ国は、核問題をめぐる6カ国協議の会合を都内でひらいた。北朝鮮への圧力を最大化することで一致したという。そのころ朝鮮人民軍は、過去最大規模の砲撃訓練をおこなっていたという報道もある。警戒はつづく。藤本氏が北朝鮮・平壌(ピョンヤン)中心部に日本料理店をひらいた−と外電がつたえたのは、ことし2月である。正恩氏の許可がなければかなわなかった出店であろう。百貨店ビルに入ったとされる「たかはし」は、順調に営業をつづけているのだろうか。藤本氏から「その後」を聞きたい。

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  • 【デーリー東北】

    天鐘(4月26日)22年前のきょうは青森県の歴史に残る日だ。六ケ所村にある日本原燃の施設に、原発の使用済み核燃料を海外で再処理した高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)が初めて搬入された。日本の原子力史にとっても節目の日である▼当初は前日に運び込む予定だった。しかし、当時の木村守男知事が「青森県を最終処分地にしない確約」を国に求め、フランスからガラス固化体を運んで来た輸送船の港への接岸を拒否した▼結局、夕方に科学技術庁長官が確約文書を提出、翌日の搬入に。実は入港予定日の直前に「貴職の意向が確実に踏まえられるよう確約する」との文書が出されたが、努力目標のような内容に、知事は「解釈に差異が生じる」として納得しなかった▼あらためて出された文書には「知事の了解なくして青森県を最終処分地にできないし、しないことを確約する」と記された。これには「県民の視点が抜けている」「知事が替わればどうなるのか」との批判もあった▼かくして一時貯蔵は始まった。貯蔵期間は30年から50年とされた。だが、搬出先となる最終処分地はまだ決まっていない。候補地の選定方法は何度も見直されたが、具体的な進展は見えない。時間だけがむなしく流れた▼福島第1原発の事故もあった。一部の原発は再稼働の方向だが、核燃料サイクルの行方は不透明。果たして国は処分場や貯蔵期間の約束を守れるのか。

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  • 【秋田魁新報】

    きのう小欄で引用した「大きな玉ねぎの下で」は、地下鉄東西線の九段下(くだんした)駅を出て坂道を上り、日本武道館に向かう情景を歌っていた。その坂道をさらに進むと靖国神社(東京・九段北)に着く▼坂道を上って靖国神社を訪ね、本殿の右手にある遊就館(ゆうしゅうかん)を見学した。明治維新から昭和の太平洋戦争まで、近代の日本が関わった戦争を軍人・兵士の遺品や遺書、実際の兵器などでたどる資料館だ▼中でも「靖国の神々」と銘打った展示コーナーには衝撃を受けた。太平洋戦争で亡くなった兵士の遺影が壁面を埋め尽くしている。いずれも若い。名簿と対照すれば出身県が分かる。男鹿半島に多い「沢木」姓の遺影は、いかにも秋田県人の顔つきだった▼靖国神社の前身は1869(明治2)年に建てられた東京招魂社(しょうこんしゃ)で、明治維新の内戦で死亡した新政府軍(官軍)兵士の慰霊と顕彰を目的としていた。その目的は現在まで一貫しており、戦死者を「英霊」と呼び、神として祭っている▼靖国神社の春季例大祭に合わせて安倍晋三首相が供物を奉納し、一部の閣僚や国会議員団が参拝した。これに対して中韓両国政府が「遺憾」を表明した。先の大戦は正しかったとする靖国の聖戦史観が常に問題視される▼だが例大祭や8月15日のたびに公人の参拝と隣国からの反発が繰り返されていて良いわけがない。誰もがわだかまりなく戦死者を追悼できる環境が必要だと思う。でなければ、あの「沢木」さんも落ち着かないだろう。

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  • 【山形新聞】

    ▼▽日本における3・11と同じように、その国では4・26という日がずっと人々に記憶され続けるのだろう。1986年の爆発事故から30年以上を経たチェルノブイリ。今なお廃炉には程遠く、広範囲に影響が残っている。▼▽「原発事故国家はどう責任を負ったか」(馬場朝子・尾松亮著)は、事故の5年後に成立したチェルノブイリ法に着目する。国家が国民を守る責任を明確に規定、世代を超えた被災者への補償を定める。ソ連中央政府と一共和国だったウクライナ政府が編み上げた法律だ。▼▽法が成立した年の暮れにソ連邦は崩壊した。クレムリンが造らせた原発、モスクワから配分されるはずだった補償財源—。当然ながら“隣国”ロシアは資金拠出を拒む。法を受け継いだ独立国ウクライナには今、法を完全に履行できるだけの財力もなく、補償は滞りがちだ。▼▽翻って、日本はどうか。自主避難は「本人の責任」、震災が「東北で良かった」と言い放った復興大臣が辞任に追い込まれた。被災地に最も寄り添うべき閣僚のあるまじき発言に、あきれるほかない。被災者と誠実に向き合い、責任を果たしていく国の覚悟が問われている。

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  • 【岩手日報】

    2017.4.26原作小説を読んだ後で映画やドラマを観賞して、がっかりすることがある。逆に読書体験とは趣を異にする感動に、心が震えることもある。同じテーマでも、文字と映像では伝わり方が違うものだ▼東京の情報関連会社が今春まとめたアンケート調査で、10〜18歳に「一番信頼する情報源」を聞いたらテレビ局が1位で39・3%、新聞社は2位で21・8%。「どこも信用していない」は23・6%だったと本紙報道にある▼公益財団法人「新聞通信調査会」の昨年の調査では、インターネットでニュースを見る人の割合が69・6%。新聞を読む人との差がほぼなくなったと報じられた。メディアの多様化は、情報の見え方にも変化を促すだろう▼中高年層には「新聞ぐらい読まないと」と言われて育った向きも多いはずだ。若い世代が、昔ほど新聞に親しんでいないことには実感がある。親元を離れて久しいわが子らからして恥ずかしながら熱心な読者とは認め難い▼共同通信の世論調査で、監視社会への懸念から過去3度廃案になった「共謀罪」から「テロ等準備罪」に名を変えた改正案への賛成率は、30代以下が格段に高く59%。40〜60代以上は30%台にとどまった▼これが情報の見え方の違いだとして、それを権力が利用しようとしたら、なるほど報道に「政治的公平」を求めたりもするだろう。

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  • 【福島民報】

    鉄馬好きよ集結せよ!(4月26日)残雪と新緑を眺めながら「ほんとの空」の下で風を切る。遠くにあったはずの吾妻小富士が目前に現れる。どこにもないような雄大な景色を走れる磐梯吾妻スカイラインをバイク愛好家は「聖地」と呼ぶ。今年も再開通後、多くのライダーが「鉄馬」にまたがり大空の中の道を走り抜けている。東日本大震災後、全国のライダーの間で東京電力福島第一原発事故の風評に苦しむ福島をツーリングして、復興を後押しする動きが広がった。スカイラインの魅力も全国区となり、昨年度は浄土平に駐車した二輪車が震災前の2倍以上の1万4950台になった。こんな心優しいライダーを歓迎する「RISE福島」の取り組みが県内で広がっている。飲食店や観光施設14カ所をお得な特典があるライダーズピットに指定した。ライダー限定サービスが受けられる宿泊施設も80に上る。ホームページには地元愛好家が厳選したツーリング場所や写真投稿も載る。全国でも珍しいライダーに焦点を当てた活動の合言葉は「鉄馬好きよ福島に集結せよ!」。県民と鉄馬好きの交流は福島ファンを増やす。大型連休にも「鉄馬」が県内を疾走するだろう。ありがとう−。

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  • 【福島民友新聞】

    「最高に幸せな水泳人生だった」。ロンドン五輪男子平泳ぎ銅メダルの立石諒さんが、今月開かれた競泳の日本選手権で、現役最後のレース後に万感の思いを語った。立石さんの快挙に県内が沸いた五輪当時を思い出し、引退に胸を熱くした人も多かっただろう▼幼い頃、郡山市で競泳を始め、同市の桜小で学んだ立石さんのメダル獲得は復興に向かう県民をどんなに勇気づけただろう。立石さんは五輪後も県内を訪れて県民を励まし、選手たちを指導してくれた▼立石さんの競泳の原点でもある本県で、各地に屋内プールの整備が進む。あすは伊達市の保原プールがオープンする。同市で2カ所目の屋内温水プールで、市民にはさらに水泳が身近になる▼今年はほかにも新しいプールのオープンが続いている。西郷村、二本松市では、住民らが既に初泳ぎを済ませ相馬市では5月から利用が始まる。郡山市で7月に開所するプールは県内初の水深2メートル屋内50メートルプールで選手育成に期待がかかる▼立石さんを目標に水泳の練習に励む選手も多い。天候に影響されず選手たちが練習できる環境が整ってきた本県でどの選手が頭角を現すか。立石さんに続くメダリストが誕生するのも夢ではない。

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  • 【下野新聞】

    弾道ミサイルの発射を繰り返し、緊張を高める北朝鮮。「はて?」と考え込んでしまうのが政府が公表した「弾道ミサイル落下時の行動について」である▼文書は21日に内閣官房がホームページにアップした。それによるとミサイルは「発射から極めて短時間で着弾」するという▼政府は防災行政無線や緊急速報メールで情報を伝えるので、屋外にいる場合は「できる限り頑丈な建物や地下街などに避難」し、適当な建物がない場合は「物陰に身を隠すか、地面に伏せ頭部を守る」などと呼び掛けている▼事態を想定し、取るべき行動を事前に考えておく備えは大切だろう。しかし過去のケースでは発射から約10分でミサイルは日本上空を通過したという。そんな短い時間に果たして対応ができるのか。万全な対処方法はなさそうだ▼北朝鮮の技術向上のため、ミサイル防衛能力を高めても完全な迎撃は困難とされる。米国が先制攻撃したとしても発射基地を全て破壊するのは難しく、反撃発射の可能性は残るという▼小社に主筆として在籍したことがあるジャーナリストの桐生悠々(きりゅうゆうゆう)は1933年、新聞社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」で「敵機を関東の空に迎え撃つということは、我軍の敗北そのものである」と書いた。ミサイルを撃たせない−。本当の対処方法はその一点に尽きるだろう。

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  • 【茨城新聞】

    古代ギリシャの哲学者・ソクラテスは妻から数々の手ひどい仕打ち受けたことでも知られる▼日頃から口うるさく一日中稼ぎのなさを愚痴られることもあった。友人からは「あの小言によく耐えられるね」とあきれられたが、哲人は言った。「水車の回る音も聞き慣れれば苦にならないものだよ」▼ある時はどんなにののしられても全く相手にしなかったがためにおけいっぱいの水を頭からぶっかけられた。ずぶぬれになっても哲人は平静だった。「雷の後に雨はつきものだ」▼結婚をためらう人が増えている。国立社会保障・人口問題研究所の2015年調査で、本県の場合、50歳までに一度も結婚していないのは男性でほぼ4人に1人、女性も10人に1人に上ることが分かった。生涯未婚率は5年ごとの調査のたび上昇中だ▼幸せな結婚生活とは言い難かったソクラテスだが、若い弟子たちにはむしろ結婚を奨励した。「とにかく結婚したまえ。もし良妻なら幸福になるだろう。もし悪妻なら哲学者になれるだろう」▼哲学者になれるかはともかく、哲学的な気分だけは味わわせてはくれる。自分は妻にとって一体何なのか-そんな実存的な自問を繰り返す御仁は多かろう。あす27日は「悪妻の日」という。(敏)

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  • 【上毛新聞】

    ▼群馬県は60歳以上の選手を対象にした還暦野球の発祥地。1981年に県内チームを束ねる連盟が発足し、同年初めて県大会が開かれた。第1回全日本大会の会場も群馬県。ちょうど「昭和還暦」の年にあたる85(昭和60)年だった▼以来、野球熱は鎮まることはない。連盟によると、還暦のチーム数は69、70歳以上の古希のチーム数は31、さらに年齢が上のグランド古希、傘寿を合わせると計110チームに上り、他の都道府県を圧する数だという▼今月20日に伊勢崎市で決勝があった県大会を観戦した。攻撃前に円陣を組み、気合いを入れる様子はまさに「野球少年」と変わらない若々しさだ▼「勝った、負けた、打った、打たないと一喜一憂してしまう。興奮する」「試合ごとに、ケースごとに『同じ』は絶対にない。だから面白い」。野球の魅力について語る選手の口調は熱い▼連盟の大会は小中学生や高校生らの球場使用に配慮し、平日が中心。最近は仕事と重なり、メンバーがそろわないケースも増えたという。優勝チームの投手も準決勝は欠場した▼年金の支給開始年齢引き上げに加え、政府の「1億総活躍プラン」で高齢者の就労促進がうたわれる。還暦プレーヤーにとっては逆風かもしれない。ただ、働いて社会に貢献するだけでなく、球場で輝くことも大事な「活躍」だろう。

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  • 【千葉日報】

    春を彩った桜は瞬く間に葉桜に衣替え。どこからともなく聞こえるカエルの鳴き声に、田植えの時季を実感する。空と雲が映るほど田んぼは満々と水をたたえる▼田園地帯にトラクターのエンジン音が響き、タイヤから落ちた泥が道路に“地紋”を描く。これも農村部の風物詩の一つだろう▼農閑期、道端で出会うのは愛犬を連れた住民ぐらいで人影はまばらだった。田植えを皮切りに早朝から日没まで働く農の人を目にするようになる▼軽トラックが行き交う道は子どもたちの通学路でもあり、ヘルメット姿の中学生が自転車で走り去る。ランドセル姿の小学生が、毎日ほぼ同じ時刻に自宅前を通る。決まった時間に家を出て、いつもの道を徒歩通学しているのだろう▼わが子の姿が見えなくなるまで見送る母親を見かけた。親子の何気ない日常のようだが、ベトナム国籍で松戸市の小3女児が遺体で見つかった事件の後だけに、心配の度合いが高まっているのかもしれない▼取材先に行く都市部の歩道で、女児とすれ違った。緊張感を漂わせた厳しい視線を向けられ、驚いた。大人に対する警戒感と思われる。事件では、死体遺棄容疑で元保護者会会長が逮捕され、不安と動揺が広がっていて、地域社会に一層の子どもの見守り対策が求められる。<何を信じ、信じさせればよいのだろうか>自問するが、答えは見いだせない春だ。・・・【残り605文字】全文を読むには、会員登録が必要です。→会員登録へ(月額486円のライトプランがおすすめです)既に会員登録している方は、ログインして下さい。→ログイン

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  • 【信濃毎日新聞】

    記念日を国挙げて大仰に祝うのは独裁国家に共通する。北朝鮮にとって「4月25日」は朝鮮人民軍の「創建」から85年の節目という。いわれは故金日成主席の物語。1932年、中国東北部で抗日パルチザンを組織した日と伝えられる◆日本が傀儡(かいらい)国家満州国を建国した直後だ。英雄にふさわしい舞台設定なのだろう。第2次大戦の終戦後に朝鮮に戻り、旧ソ連の後押しもあって北朝鮮の指導者に。他の幹部を次々粛清し権力基盤を固めた。「建国の父」にまつわる革命神話は事欠かない◆肖像画は個人崇拝を象徴する。アンドレイ・ランコフ著「北朝鮮の核心」によれば、70年代に家庭や工場などに掲げるよう命じられた。こんな逸話もある。洪水に見舞われた工員が自宅から肖像画と5歳の娘を抱えて避難した。わが子は奔流にさらわれたが肖像画は守り抜いた—◆2007年夏のことだ。工員は「身近な英雄」と褒めそやされたという。正日氏、正恩氏と3代続く世襲の支配体制は、子の命を失った悲劇さえも英雄譚(たん)に転換してしまう。核とミサイル開発も国民の危機感をあおり士気を高めるため必須の物語なのか◆きのうの記念日は核実験やミサイル発射もなく終えた。米国の軍事的圧力の成果と見るのは早計だろう。平壌の「万寿台の丘」に立つ金親子の銅像には早朝から市民が献花に訪れた。虚実入り交じる物語で民衆をがんじがらめにした体制がいかに強固か。足元の歴史を振り返っても分かる。(4月26日)

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  • 【新潟日報】

    4月26日南極で暮らす親ペンギンは、気が気ではないのだという。翼を広げると1メートルを優に超えるナンキョクオオトウゾクカモメがすきあらば、とうかがっているからだ。狙いは卵やひなである▼だが、敵はこうした生物だけではないようだ。国立極地研究所と米航空宇宙局(NASA)が相次いで、南極海を覆う海氷の面積が先月、過去最小になったと発表した。海水温の上昇に伴い、氷河が解ける速度が増している可能性もあるという▼南極の氷が全て解けると海面が現在に比べ40〜70メートル上昇するとされる。これは極端にしても、海水温の上昇がペンギンの生殖能力低下など生態系に影響を及ぼす可能性がある。南極に刻まれた何億年も前の自然の姿も失われかねない▼世界気象機関(WMO)は観測史上最も暑かった昨年に続き、今年も異常気象が多発すると予想している。温室効果ガス濃度や海水面温度の上昇など地球の温暖化が進行しているのが理由だ▼そのことを知ってか知らずか、トランプ米大統領が温暖化対策に向けた規制の見直しを指示する大統領令に署名した。世界2位の二酸化炭素排出国の規制が後退する。海面上昇により水没の危機に直面しているツバルなどの太平洋の島しょ国には、無力感さえ漂っているのではないか▼WMOの当局者は「われわれの理解を超えた地球の驚くべき変化を目にしつつある。まさに未知の領域にいる」と警告する。この事態を省みないとき、私たちにはどんな世界が待ち受けているのだろうか。

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  • 【中日新聞】

    共生とは何か。動物生理学の研究者・本川達雄(もとかわたつお)さんは、近著『ウニはすごいバッタもすごい』(中公新書)で、こう定義している▼<異なる二種の生物が、同じ場所で互いに緊密な結びつきを保って生活していること>。共生することで、どちらの種も利益を得ることを「相利共生」と呼び、一方のみが利益を得れば「片利共生」と呼ぶそうだ▼その相利共生のすばらしい例が、サンゴと植物プランクトンの一種・褐虫藻(かっちゅうそう)の支え合いだという。サンゴは褐虫藻が安全に暮らせる丈夫な家を提供している。サンゴが動物なのに樹木のような形をしているのは、褐虫藻が光合成をしやすくするためだ▼褐虫藻が光合成でつくりだした酸素や栄養を使ってサンゴは生き、サンゴが吐き出す二酸化炭素などを使い褐虫藻は生きている。この絶妙な共生こそがサンゴ礁の豊かな生物多様性の礎(いしずえ)となっているのだ▼そういう豊かな海の中でも、日本生態学会や日本魚類学会など十九の学会が「我が国で最も貴重な海域の一つ」「世界に誇るべきもの」として保全を求めたのが、沖縄の大浦湾だ。だが、そこに基地を造るための埋め立て工事がきのう、始まった▼安倍首相はかつて国会で、日本全体を「多様性を尊重する共生社会に変えていく」と語っていたが、首相が言う共生とは、どんな意味なのか。潰(つぶ)されゆく「共生の海」は何を物語るか。

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  • 【伊勢新聞】

    2017年4月26日(水)▼県議会の選挙区調査特別委員会がまとめる選挙区の見直し案が、五月の委員長報告に間に合わない可能性も浮上してきたという。さもありなん。が、少数会派の委員が語ったという「本来はもっと時間をかけて、議会のあるべき姿から議論すべき話」だからではない▼いつぞや外部識者などで「議会改革諮問会議」を設置したが、「報酬に見合った職務を十分に遂行している」などの答申を額面通りに受け入れることはできなかった。「あるべき姿」から定数を導き出したとしても、現状の五一を超えた場合は採用することができにくいのが議員かたぎというものである▼議員の首を切ることにもなりかねない定数の変更は、従って熟議を重ねればおのずと正解が見えてくるというものではない。議論が出尽くしてなお結論に遠く、さらに議論を重ねて、結局時間切れで不承不承〝見切り発車〟というのが一つのパターンだ。その意味で、前期の選挙区調査特別委は制度を決めたものの、実施は次期の選挙からと、先送りしてしまった。「改めて議論」の余地を残したから、精も根も尽き果てる前に幕を下ろした格好である▼現行の選挙区調査特別委は昨年五月の設置。議員からの意見聞き取りで、議論が尽くし切れていなかったことが明らかになった。今回はどうか。検討期間は一年だが、改選までには二年ある。締め切りがあるようでないような。死にものぐるいになるにはまだ余裕がある▼同委が任期最終年に設置され、実施を次期に先送りするなどの安易な手を使ってこなかったのはそれなりの理由があるのであろう。

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  • 【静岡新聞】

    2017年4月26日【大自在】(2017/4/2607:45)▼カンボジア東部、イスラム系の少数民族チャム族の村で昨年8月撮られた1枚の写真。「現代の奴隷制」といわれる人身取引の闇から、現地NGOによって救出された女性が家族と再会を果たし、しゅうとめの肩を固く抱きしめるシーンだ▼NGOのボランティアスタッフとして活動した県立大4年の山川侑哉さんの作品で、国連広報センター主催の学生フォトコンテストで優秀賞に輝いた。先日、山川さんは学内で受賞報告に立ち「写真を通して被害者の思いを想像してほしい」と訴えた▼一家は貧しく、夫はマレーシアへ出稼ぎ。女性も後に続くが、ブローカーが約束した賃金は支払われず夫とも離れ離れに。挙げ句は不法滞在で拘留された。1年以上仕送りは滞り残された家族は家の部材を切り売りして食いつないだという▼「せっかく帰れたのに家も稼ぐあてもない」。抱き合う二人を見詰める子どもらの目もどこかうつろだった。カメラを向けながら、やりきれなさに胸を突かれたと振り返る▼人身取引は暴力、脅迫、詐欺などの手段で人の自由を奪い労働や売春を強要し人権を侵害する。経済格差などを背景に犯罪組織は世界中で暗躍。警察庁によると昨年、国内でも44件が摘発され、被害者は日本人25人を含む46人、10代と20代で8割を占めた▼被害は国境をまたぐことも、ごく身近で起こることもある。「ただ、弱い立場の人が搾取される図式は同じ。人身取引は決して人ごとではない」。山川さんは写真に込めた問題意識をさらに深めたいと卒論準備に取り掛かっている。

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  • 【北國新聞】

    きょうのコラム『時鐘』2017/04/2602:46百人一首(ひゃくにんいっしゅ)の選者(せんじゃ)である藤原(ふじわらの)定家(ていか)の日記(にっき)が波紋(はもん)を呼(よ)んだ。「赤気(せっき)」と記(しる)した現象(げんしょう)が800年前(ねんまえ)のオーロラだったというのであるオーロラは太陽(たいよう)の活動(かつどう)と関係(かんけい)する現象で日本列島(にほんれっとう)でもまれに出現(しゅつげん)する。それが13世紀(せいき)の京都(きょうと)で見(み)えたとなると仰天(ぎょうてん)すべき事実(じじつ)だが、当時(とうじ)の気象(きしょう)環境(かんきょう)を示(しめ)す古文書(こもんじょ)や海外(かいがい)の記録(きろく)と合(あ)わせて事実だったと証明(しょうめい)されたのである古文書が現代(げんだい)の科学(かがく)と出会(であ)って新(あたら)しい知識(ちしき)を生(う)む事例(じれい)が増(ふ)えている。きっかけは先(さき)の震災(しんさい)だった。平安期(へいあんき)に東北(とうほく)を襲(おそ)った「貞観(じょうがん)地震(じしん)」が有名(ゆうめい)で、古(ふる)い記録の点検(てんけん)から何百年(なんびゃくねん)おきに同規模(どうきぼ)の災害(さいがい)に襲われるかが分(わ)かる「本能寺(ほんのうじ)の変(へん)」(1582年)の前、日本上空(じょうくう)に大(おお)きな彗星(すいせい)が現(あらわ)れて人々(ひとびと)の間(あいだ)に不安(ふあん)が広(ひろ)がったと外国人(がいこくじん)宣教師(せんきょうし)が書(か)いている。この星(ほし)は西欧(せいおう)でも観測(かんそく)されていて、ハレー彗星より明(あか)るい「1582J1」と呼(よ)ばれている。東西(とうざい)の学問(がくもん)が結合(けつごう)して戦国期(せんごくき)の世相(せそう)が浮(う)き彫(ぼ)りになった珍(めずら)しい例(れい)である闇雲(やみくも)に「過去(かこ)に学(まな)べ」と叫(さけ)んでも説得力(せっとくりょく)はない。事実をして語(かた)らしめよ。未来(みらい)に役立(やくだ)つ歴史学(れきしがく)、新しく計画(けいかく)されている公文書館(こうぶんしょかん)や図書館(としょかん)の役割(やくわり)もそこにある。

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  • 【福井新聞】

    【越山若水】「決闘」とは争い事や遺恨の決着をつけるため、決められたルールで闘う真剣勝負。貴族や騎士による緊張をはらんだ儀式で、欧米では20世紀初頭まで続けられた▼本来は神明裁判の一つだという。告訴内容の真偽や正邪の判定が困難な場合、原告と被告が決闘によって裁きを受けた。神は正しい者に味方するというわけだ▼生命を落とすこともあった。ただ決闘の目的は相手を殺すことでなく、傷つけられた名誉を取り戻すこと。だから介添人が決闘をしないで済む方法を探ったらしい▼きのうは日本中が、いや世界各国が固唾(かたず)をのんで見守った。人民軍創建85年を迎えた北朝鮮の動向である。国連安保理決議に耳を貸さず、核実験や弾道ミサイルの発射に踏み切るか警戒を強めていた▼米国が「全ての選択肢がテーブルの上にある」とけん制すれば、北朝鮮は「無謀な妄動を続けるなら事前通告なしに懲罰の先制攻撃を加える」と威嚇、決闘も辞さない構え▼一触即発の様相だが、武力衝突だけは避けねばならない。第一には無軌道ぶりが目に余る北朝鮮のトップ、金正恩(キムジョンウン)氏が自制心を取り戻すことだろう▼さらに名誉を重んじる決闘は、極論すればメンツが立つかどうか。双方の自尊心が満たされたなら無事解決となる。決闘の歴史をひもとけば介添人がカギを握る。一番手はもちろん中国。その役割は重大である。

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  • 【京都新聞】

    「同じ病の人たちに望むこと。それは笑ってほしい。勇気を出していろんな人と出会い、笑うことができれば忘れることが不安でなくなる」。認知症の越智俊二さん(故人)の訴えは、今も胸にグッとくる▼2004年秋、国立京都国際会館での国際アルツハイマー病協会京都会議。認知症の本人が講演するのは初めて。「この病気は物忘れだけなんです。安心して暮らせるよう手を貸して」。語り終えると、同じ病の人たちが次々歩み寄ったという▼13年ぶりに、同じ場所で国際会議がきょう開幕する。主催に「認知症の人と家族の会」(京都市)が加わり、認知症本人の声が会議に取り入れられた。越智さんの訴えから大きな転換が始まったという▼会の事務局に聞くと、会議では認知症の人が積極的に発言し、課題や要望について話し合う。今では認知症の診断に絶望するのではなく、前向きに生きようという人が増えている。語り合う場や働く場が地域に少しずつ生まれているそうだ▼認知症になっても、安心して暮らせる社会にしたい。周りに理解と支えがあれば、人に出会いに行ける。迷っている認知症の人を見かけたら、やさしく声をかけよう▼27、28両日、国際会館イベントホールの一般公開に出かけては。悩んで閉じこもる人に、笑ってほしい。

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  • 【神戸新聞】

    うさぎ、うさぎ、何見てはねる。十五夜お月さま、見てはねる−。光る満月の中、影絵のように餅をつうさぎがいる。ところが作家の司馬遼太郎さんは子どものころ、そうは見えなかった◆周りに聞けば、みんなうさぎが見えると言う。孤独な気がしたと「街道をゆく」シリーズの沖縄編に書いている。それによれば、沖縄や北ヨーロッパでは同じ月を眺め「水おけをかつぐ人」を思い描いたそうだ◆いつかの司馬少年の寂しさが重なるようでもある。「ごらん、あれは基地負担を減らす一つの方法さ」と本土政府に言われても、どうしてもそう見えない。それがいまの沖縄の多くの声であり、怒りなのだろう◆きのう、辺野古沿岸の埋め立て工事が始まった。米兵による蛮行に県民が悲憤の涙を流し、普天間飛行場の返還が発表されたのは21年前。代わりに、と差し出されたのが辺野古だった。基地は島に集中し続ける◆影なくして光なしという。敗戦までは陰鬱(いんうつ)なイメージがつきまとう昭和という時代も、その後は輝きを放った。だが、沖縄はずっと「暗い昭和」を背負わされたまま。21年前の知事、大田昌秀さんの言葉である◆波打ち際に石材が次々と放り込まれる映像を見た。青く光る“美(ちゅ)ら海(うみ)”に暗い時代が刃(やいば)を刺すように。2017・4・26

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  • 【奈良新聞】

    寝たきり芸人・あそどっぐを知っていますか。昭和53年、生まれて間もなく骨髄性筋萎縮症を発症。動くのは目と口と指1本のみ。その体で熊本を拠点に芸人活動をしている。「なら国際映画祭」で日本人映像作家強化養成プロジェクトにも選ばれた島田角栄監督が、彼を追ったドキュメンタリー映画「寝たきり疾走ラモーンズ」を見た。お涙ちょうだい、感動の押し売り作品ではない。あそどっぐのコント、島田監督との会話はブラックジョーク、下ネタ満載で、決してPTА推薦にはならないだろう。島田監督をはじめ、芸人仲間、交代で世話するヘルパーの皆さん。偏見もなければ同情もない。あくまで人対人の関係として彼に接しているのがさわやかだ。島田監督は単刀直入に聞く。「(絶望して)自殺しようと思ったことは」。あそどっぐは「舌をかみ切ろうとしたことがあったが、かみきる力はなかったので」。あまり面白くないとも評されるギャクを、懸命に考えるあそどっぐ。人を笑わせるのが生きる意味。私たちは問われている。「おまえはどう生きているのか」と。(栄)

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  • 【紀伊民報】

    これを新聞記者の職業病というのだろうか。新しい施設ができた、変わった店が開店したと聞けば、即座に足が向く。先週末は、新しく田辺市に開設される「サービス付き高齢者向け住宅」の内覧会に出掛けた。▼自分が入居したいわけではない。身内に入居させたい人がいるわけでもない。けれども、人づてに「高齢者が終末期を過ごす豪華な施設ができる」と聞いては、平静ではいられない。やじ馬気分で見学した。▼建物は3階建て。南方熊楠顕彰館や市役所に近く、古い町並みの残る一角にある。3階には入居者用のラウンジやフィットネスルームがあり、広くて開放的なテラスからは市街を一望できる。1、2階の居室も木のぬくもりの感じられる落ち着いた雰囲気だった。▼見学しながら、人が終末期を迎えて願うことは何か。この世との別れを人はどのように受け入れるのか。幸せな死に方があるとすれば、それはどのような形が望ましいのかと思いをはせた。▼それぞれ88歳、87歳の長寿を保ち、最期まで自宅で家族と過ごして亡くなった両親は、顔を合わせるたびに「なじみのある景色を眺めながら死ねるのが一番」といっていた。先日亡くなった友人は「葬式も墓も不要。骨か灰をまいてくれればそれでいい」と言い残していたと聞いた。▼慣れ親しんだ土地で余生を送り、人生を全うする。それが最高の幸せ。骨も灰も大地に返して、という心境が分かるような気がした。(石)

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  • 【山陽新聞】

    彼の名はワレリー・ボデムチュクさん。当時34歳。旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所の運転員だった▼1986年4月26日に起きた、4号機の試験運転中の爆発事故から31年。彼は今なお、4号機の中にいる。あまりに高い放射線量のために捜索できず、行方不明のままだ▼辛うじて人が近づける場所に慰霊碑がつくられ、彼の存在を伝えているという。あらためて、事故の過酷さが胸に迫る。運転員をはじめ、消火に当たった消防士ら数十人が急性放射線障害で死亡した。周辺の約33万人が移住を余儀なくされ、故郷を失った▼当時、事故は日本でどう伝えられたのか。翌日の山陽新聞朝刊に関連記事はない。それもそのはず、当時のソ連政府は事故を隠した。公式発表は発生から2日後だった。放射性物質は欧州全域に広がり、日本でも観測された▼当時の日本は中曽根内閣。事故の4日後には、後藤田正晴官房長官が記者会見で「日本の原発は安全」と説明した。日本の原子炉はソ連のものと構造が異なり、十分な安全対策をとっている、というのが理由だ▼東京電力福島第1原発事故から6年が過ぎた。チェルノブイリと福島。二つの事故の教訓といえるのは想定を超えて事故は起きるということだ。原発再稼働へと進む日本。教訓はどれだけ生かされているだろうか。(2017年04月26日08時00分更新)

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  • 【中国新聞】

    「負けました」2017/4/26将棋や囲碁のテレビ観戦で最後にどちらが勝ったのか、分からないことがある。「負けました」と相手にはっきり伝えるのが本来、投了の決まりらしい。「どうも…」とか何とか口ごもるのは悔し紛れの不作法と察するが、いささか感心しない▲「負けました」と頭を下げることをいいかげんにする限り、上には行けない—。14歳でプロ棋士となり、史上最年少の21歳で名人位に就いた谷川浩司九段の言葉と覚えている。だが谷川さんにも、こんな語り草がある▲5歳で将棋を覚えたばかりの谷川少年は悔しがり方が半端ではなかった。負けた腹いせに、よく駒をかんでは壁に投げ付けたという。そんな日々があればこそ、敵は盤の向こうの相手ではなく、おのれ自身だと気付くのだろう▲第一人者の羽生善治3冠も、負けてなお強しと思わせる。デビュー後の連勝街道を突っ走る14歳棋士、藤井聡太四段と対局。無念の金星配給にも、「負けました」ときちんと頭を下げた▲かつては、声がかすれては恥だからと投了前に決まって湯飲みに手を伸ばし、喉を潤した棋士もいる。連勝の記録はいつか途切れる。藤井四段がその時にどんな所作を見せるのか、興味が尽きない。

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  • 【日本海新聞】

    北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」に、米子市の拉致被害者、松本京子さんの兄孟さんが初めて肉声を乗せたのは2006年の11月だった。「ばあさん(母三江さん)が好物のたくあんを漬けて待っとる」◆東京にある特定失踪者問題調査会の収録スタジオで、米子弁で思いの丈を語った。翌月には被害者家族会に入会し、救出を訴える講演活動に本腰を入れていく。問題を風化させず、世論をバックに事態を動かそうという気概が伝わってくる◆孟さんは今年、古希を迎えた。この10年の辛苦を拝察する。三江さんは12年に89歳で亡くなった。日朝両政府は拉致被害者の再調査でいったんは合意したものの、核実験に対する日本の独自制裁に反発した北朝鮮によってほごにされている◆核・ミサイル開発を金正恩(キムジョンウン)氏が誇示すれば、トランプ氏は軍事力の行使をちらつかせる。北朝鮮情勢が緊迫する中開かれた拉致問題集会で、被害者の家族は日本政府に「(救出へ)何もできなかったのは国家の恥だ」と強い言葉をぶつけた◆1977年10月、29歳だった京子さんが行方不明になって今秋で丸40年となる。拉致問題の報道に際し、絶えず意識させられてきた「時間との闘い」の重みは、高齢の家族はもちろん、被害当事者にも当てはまる。切実さが時の経過とともに増し続ける。(圭)

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  • 【山陰中央新報】

    反発し合って仲が良くないことを「水と油」の関係に例える。日本と中国の間柄も近年、そんな感じに映る。同じアジアの隣国同士なのに、どうもしっくりいかない。食文化の違いが、それを暗示しているのだろうか▼食の歴史に詳しい歴史学者・宮崎正勝さんによると、中国料理のベースは「油」なのに対し、日本は「水」だったという。欧州から日本に揚げ物が伝わったのは16世紀。安価な菜種油が普及するのは江戸期になってからだそうだ▼考えてみれば、日本文化と切り離せない漢字や仏教、儒教は中国から伝わった。毎日使う箸もルーツは中国で、厩戸王(うまやどのおう)との併記が話題になった聖徳太子の時代に伝わり、宮中に広まったとされる。『魏志倭人伝』が正しければ、その頃までは手食だったようだ▼しかし風土などの違いからその後、食文化は分かれ、箸の形状にも違いが出る。大皿から取り分ける国と、それぞれに用意する「銘銘膳」では使いやすい箸の長さは違うし、肉食ではなく魚菜が中心だったことで、箸先も細く削られたらしい▼箸の置き方も、今となっては象徴的だ。横に並べる日本に対し、中国はナイフを置く時のように箸先を中央に向けて縦に置く。元は中国も横だったが、騎馬遊牧民が進出した時代を契機に、縦に変わったという▼たかが食習慣だが、その違いが余計な誤解を生む場合もある。水と油をなじませるには、サラダドレッシングをよく振ってから使うように、頻繁な意思疎通を図るしかないのかもしれない。(己)

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  • 【山口新聞】

    森林の癒やし効果を健康づくりに生かす山口市徳地の「森林セラピー基地」がオープン10周年を迎えた。基地内で活動するガイド「森の案内人の会」が10年の歩みを支えてきた▼森林セラピーは、森林浴の効果を科学的に解明し心身の健康に生かすもの。植物が発するフィトンチッドと呼ばれる物質は、心の安らぎやリフレッシュに効果があり、森の案内人は気軽に森に入るお手伝いをしてくれる▼2014年からは森に親しむきっかけとなるイベント「森カフェ」を企画。来場者から「次回は出展したい」と声が掛かるなど、森をキーワードに輪が広がり、地元のお店や地域おこし協力隊ら参加団体も増えた▼森の中は季節や時間によって刻々と変わり、見どころも違ってくる。案内人は常に下見を欠かさず、小さな変化もキャッチ。深呼吸にぴったりの場所や植物が子孫を残すための知恵を教えてくれる▼「10年を支えてきたのは人の力。ガイドこそが徳地の魅力」と、案内人の会事務局の岸本由香里さん。徳地の森は、人を圧倒する深い森ではなく、生活を支えてきた里山だ。どこにでもある森かもしれないが、案内人と一緒に歩くと隠れていた魅力に気付くことができる。(沙)

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  • 【愛媛新聞】

    残念ながら実物は見たことがない。ピカソの代表作「ゲルニカ」。ただ、徳島県鳴門市の大塚国際美術館に陶板の複製がある。高さ3.5㍍、幅7.8㍍。原寸大の迫力に圧倒される▲80年前の今日、スペイン内戦でフランコ将軍の反乱軍を支援するドイツ空軍が、バスク地方の町ゲルニカを無差別爆撃した。焼夷(しょうい)弾で古都の町並みは壊滅し、7割の建物が炎上。犠牲者は1600人超ともいわれる▲当時パリにいたピカソはゲルニカへの爆撃を聞き、この大作を一気に描き上げた。死んだ子どもを抱く女性や燃える雄牛、折れた剣を握って横たわる兵士、悲惨な光景を照らすように光る電球。モノクロの絵に戦争への深い怒りが込められている▲第1次世界大戦に敗れ、空軍の保有を禁止されたドイツは1935年に再軍備を宣言した。スペイン内戦はドイツ空軍にとって、新たに開発した軍用機や爆弾などの効果、運用方法を試す「絶好の実験場だった」と駿河台大学の荒井信一名誉教授は分析する(「空爆の歴史」岩波新書)。実験台にされた住民はたまらない▲北朝鮮の不穏な動きが気になる。弾道ミサイル発射の可能性があり、日本政府は「頑丈な建物や地下街に避難」などと、万が一の対策を呼び掛ける。まるで戦時中だ▲ゲルニカのような悲劇は二度とあってはならない。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長には強く自制を求めたい。人間はそこまで愚かではないと信じたい。

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  • 【徳島新聞】

    明らかだ。この人は、その任にない。人の痛みがまるで分からない。そんな政治家はいらない東京電力福島第1原発事故の自主避難者の帰還を「本人の責任」と言い放った、あの今村雅弘復興相である。「言葉の伝わり方がまずかった」と言い逃れしたが、今回はそうはいかなかった東日本大震災の被害を巡って、「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると莫大(ばくだい)な額になった」と述べた。東北で良かった、とは。すぐに撤回、謝罪したものの、だからといって許される話ではない。責任をとり、その職を去るのは当然だろう震災で1万5893人が亡くなり、2553人の行方が分からない(3月11日現在)。生きたくても生きられなかった人に、いまだに肉親と再会できない人に、どうわびるつもりなのか。心ない言葉に踏みつけられて、傷ついた被災者は大勢いる「良かった」と発言したきのう、今村復興相は、岩手県へのふるさと納税で三陸鉄道を支援する「三鉄オーナー」に就任した。元鉄道マンで、「鉄道には人一倍の愛着がある」そうだ。では復興相らしく、東北に愛着があったといえるのか北朝鮮がきな臭い、この非常時にも、政権のたがは緩みっ放しである。同じ事を何度繰り返せば気が済むのか。任命した安倍晋三首相の責任は重い。

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  • 【高知新聞】

    鎌倉時代の後嵯峨上皇の第2皇女、延政門院がまだごく幼かった頃、上皇の御所へ参上する人に歌をことづけた。「ふたつ文字、牛の角文字、直(す)ぐな文字、歪(ゆが)み文字とぞ君は覚ゆる」。父君を恋しく思っていることを告げる謎歌だという。つまり「ふたつ文字」とは「こ」、牛の角は「い」、直ぐなは「し」、歪みは「く」を表している。吉田兼好が「徒然草」に書き留めた一文を、中野孝次さんの現代語訳で読んだ。当時はこうした判じ物の文字遊びが、はやっていたのだろうか。親を恋しく慕う子の心は純真で、けなげだ。表現が直接的でない分、心情が思いやられる。こちらは慟哭(どうこく)の「恋しい」である。乗客106人と運転士が死亡し、562人が重軽傷を負った尼崎JR脱線事故から、きのうで12年となった。カーブに猛スピードで進入しマンションに激突。原形をとどめないほど大破した列車の映像は記憶の中に鮮明にこびりついている。遺族の心には悲しみとともに、亡くなった身内を「恋しい」と思う気持ちがますます募っているのではないか。「会いたい」「なんで先に死んだん」「区切りはこない。むしろ逆」。絞り出す言葉に、置き去りにされたあの日がよみがえる。追悼慰霊式に出席したJR西日本の社長は、「何事にも代え難い本当に大切なものを奪ってしまった」と謝罪した。であれば、再発防止の徹底と遺族への誠実な対応に、終わりはない。4月26日のこよみ。旧暦の4月1日に当たります。みずのとひつじ五黄仏滅。日の出は5時23分、日の入りは18時45分。月の出は5時19分、月の入りは18時25分、月齢は29.0です。潮は大潮で、満潮は高知港標準で5時36分、潮位184センチと、18時14分、潮位188センチです。干潮は11時53分、潮位4センチです。4月27日のこよみ。旧暦の4月2日に当たります。きのえさる六白大安。日の出は5時22分、日の入りは18時46分。月の出は6時03分、月の入りは19時34分、月齢は0.6です。潮は大潮で、干潮は高知港標準で0時13分、潮位37センチと、12時33分、潮位−6センチです。満潮は6時10分、潮位187センチと、19時00分、潮位190センチです。

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  • 【西日本新聞】

    「ナチスをだました男」と呼ばれる画家がいる。オランダの画家メーヘレン。敵国のナチス・ドイツの高官にオランダを代表する画家フェルメールの絵画を売り渡したとして、第2次大戦後、逮捕・起訴された。ナチスの文化財略奪に加担した罪に問われた▼裁判はミステリーさながらの展開に。ナチスに売った絵画は、実は自分が制作した贋作(がんさく)だ、とメーヘレンが告白したのだ。実際に法廷でフェルメールの筆致をまねた絵を描いて見せた▼問題の作品をエックス線検査した結果と併せ、ナチスが手にしたのは贋作であることが証明された。国家の至宝を敵に売り渡した売国奴と糾弾されたメーヘレンは、一夜明ければナチスをまんまと欺いた英雄と称賛された▼20世紀最高の贋作家と比ぶべくもないが、こちらはまことにお粗末な偽物である。神奈川県が所有する棟方志功の板画が、いつの間にやらカラーコピーにすり替えられていた▼3年前に美術館で展示した際、複製ではないかと来場者に指摘された。板画を保管する財団が本物を捜したが見つからず、紛失の報告を受けた県が被害届を出した▼本物は和紙に刷られていた。一方、偽物は普通紙にコピーしたもの。専門家でなくとも気付かないものか。いつ、誰がすり替えたか不明といい、紛失判明から3年も問題にされなかったのもふに落ちぬ。すり替えの謎より、関係者の対応の方がよほど謎である。=2017/04/26付西日本新聞朝刊=

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  • 【宮崎日日新聞】

    中日のコーチ星一徹が大事な場面で目元に手をかざした。打者の伴宙太はサインと受け止めたが、実は一徹は対戦相手の息子飛雄馬の成長ぶりに感激して涙を拭いていた-。アニメ「巨人の星」であった痛恨のサインミス。相手が発するメッセージを読み違えると、偶発的な衝突につながりかねないのが北朝鮮情勢だ。昨日は朝鮮人民軍創建85年で恐れていた核実験やミサイル発射はなかったが、過去最大規模の砲撃訓練を行ったようだ。軍事力行使も排除しないとの構えで圧力を強める米国に対して、一切譲歩しないとの強硬姿勢を示すのだろう。ただ故金日成主席の生誕記念日を2日後に控えた13日、サインの読み違いが深刻な事態につながりかねない出来事があった。「大規模で重要な行事があるので準備を」と北朝鮮が海外メディアに通告。最近の情勢から「核実験もあり得るのでは」と緊張が走った。しかし実際あったのは、高層住宅団地の落成式に登場した金正恩朝鮮労働党委員長のテープカット。裏をかかれた形になった。トランプ政権は通告に「核実験をやれば軍事的行動もあり得る」と警告を発していたが全くの過剰反応。北朝鮮にとって「大規模で重要な行事」とは最高指導者に関連するものという分析まで至らなかったことが読み違いの原因だった。核実験場に設けられたバレーボール場は何のサインだろう。まさか「サインはV(勝利)」?激しい神経戦が続くが、北朝鮮は政権存続を図って落としどころを探っているのかもしれない。日本もメッセージを読み取る外交努力が必要だ。

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  • 【長崎新聞】

    秒速5メートルで走り、開通当時は日本一のスピードを誇っていた、と弊社が昭和の頃に出した「長崎県大百科事典」にある。長崎市の稲佐山の頂と、麓の淵町を結ぶ「長崎ロープウェイ」が通ったのは58年前▲20年ほど前には、民間から長崎市へと無償で譲り渡された。それ以降では最も多い19万5千人の利用者数を昨年度、記録したという。「世界新三大夜景」の名に効果あり▲ゴンドラをガラス張りにする、駅や待合所を改修する。こんな努力もあってのことだろう。利用客の数が底辺をうろうろしていた頃、この先どうするつもりだ、と市議会で市が問いただされた覚えがある。すっかり昔の話になった▲他県から訪れた人を稲佐山の展望台に案内したとき、例外なく驚かれる。坂の町だなあ、ずいぶん山の方まで家が続いているんですね、と。例外なく答える。斜面地に住む人も年を取って、夜景はきれいでも住むのはけっこう大変なんですよ、と▲〈長崎は眺望の町養花天(ようかてん)〉奧村京子。当欄のお隣の「きょうの一句」に昨春載った。養花天とは桜の頃の曇り空を言うらしい。この句の時期よりもやや遅いけれど、曇天の眺めもまた、さまになる▲いろんな暮らしが詰まった〈眺望の町〉。その光は、山から見る人が増えたからなのか、心なし輝きを増したようでもある。(徹)

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  • 【佐賀新聞】

    秋声の風呂桶2017年04月26日05時00分きょうは語呂合わせで「良い風呂の日」とか。大正から昭和にかけて活躍した作家徳田秋声に、風呂桶(おけ)をテーマにした小説がある。主人公は何を見ても、自らの命のはかなさと結びつけてしまう◆銭湯通いの日々が煩わしくなり、内湯を作ろうと思いついたはいいが、ようやく運び入れた風呂桶につかっても「この桶は幾年保(も)つだろう」「おれが死ぬまでに、この桶一つで好いだらうか」と不安になる。広々とした銭湯に比べて、どうにも窮屈で「段々自分の棺桶(かんおけ)のやうな気がして来るのであった」◆きょうはまた、31年前に旧ソ連、現在のウクライナのチェルノブイリ原発が爆発した日でもある。原子炉が吹き飛び、放射線を封じ込めるために巨大なコンクリート製の棺桶「石棺」で覆うことになった。その石棺も老朽化で、今度は石棺ごと、巨大な金属製シェルターで覆う。100年密封できるそうだが、その場しのぎでしかない◆東京電力福島第1原発の原子炉は、溶け落ちた核燃料を冷やすべく、大量の水が注ぎ込まれている。汚染水は1日400トンずつ増えており、もはや汚染水を入れておくタンクの置き場にさえ困る状態だ。さながら底の抜けてしまった水風呂か◆それにしても巨大石棺といい、破れた水風呂といい、原子力とのつきあいは相当にやっかいだと覚悟しておかねば。(史)

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  • 【南日本新聞】

    鹿児島県内各地から転入教職員の歓迎会の便りが届いている。ご当地料理のもてなしは、「カツオのびんた」で知られる枕崎市が始まりのようだ。古老によると、終戦から2、3年の頃、空襲に台風が追い打ちをかけた街に先生が赴任することになった。歓迎しようにも物資が乏しい。そんな折かつお節業者が「塩煮にすれば喜ぶ」と分けてくれたのがカツオの頭だった。初ガツオの季節である。作家の池波正太郎さんも好んで食べた。「味と映画の歳時記」(新潮社)に「鰹(かつお)の刺身ほど、初夏の匂いを運んでくれる魚はない」とある。そのカツオも近年は漁が振るわない。業を煮やした高知県はこの春、資源回復を目指し、産官学の「県民会議」を設立した。皆で知恵を絞ろうという算段だ。カツオは海外で缶詰用の引き合いが強く、熱帯域で各国の巻き網船がしのぎを削る。乱獲で日本周辺への回遊が減ったとすれば複雑である。南洋でも2月以降、急激な不漁で、冷凍カツオが高騰している。こちらもかつお節製造に響くので頭が痛い。近海の生鮮用といい、漁獲が好転しなければ日本の食文化は細りかねない。池波さんはカツオの刺し身にショウガをつけて口に運ぶとき、夏の訪れを感じたという。マグロやウナギのように規制の憂き目に遭うのか。食通で鳴らした作家が健在なら、昨今のカツオ事情にどんな筆を執るだろうか。

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  • 【琉球新報】

    先日亡くなったフォーク歌手加川良さんの1971年の作品に「戦争しましょう」がある。「大日本帝国の勝利と正義」を信じた男の悲惨な末路を描く▼歌は「今すぐ戦争の用意をしましょう」と呼び掛ける。それが真意ではないのは、アメリカを攻撃するため男が爆弾を担ぎ、太平洋を泳いで渡ったという大げさな設定からも分かる。戦争の愚かさを逆説的に説いたのだ▼「教訓1」という歌は、国のために身をささげよという命令には「青くなってしりごみなさいにげなさいかくれなさい」と忠告する。庶民は弱さや意気地なさを盾に強権と抗(あらが)えという教えである▼「教訓1」を加川さんは晩年まで歌い続けた。2014年の西日本新聞のインタビューで「歌うたんびに新曲だと思えるんです。今は『集団的自衛権』というタイトルで歌っています」と語っている。今なら「共謀罪」のタイトルで歌えそう▼為政者は時折勇ましい言葉を発し、庶民の心を惑わせる。その言葉は決まって正義の衣をまとっている。足元をすくわれることがないよう対処法が必要だ。加川さんの歌はいい処方箋となる▼またぞろ「先制攻撃」という勇ましい言葉が飛び交うようになった。庶民の不安をあおり、あらぬ方向へ導こうという意図が背後にあるのなら、危険この上なし。付和雷同することなく注意深く事態を見つめていよう。

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  • 【沖縄タイムス】

    どうも腑に落ちない。沖縄市が、市職員の私物の宅配用荷物を市役所で受け取れる仕組みを始めることにだ(本紙22日付)。取り組みの理由に、宅配業者の再配達による負担軽減を挙げる▼インターネット通販の拡大で宅配便の利用が急増する中、受取人不在による再配達が増えている。人手不足や長時間労働が問題化し、便利さの恩恵を受けている消費者として、業界の実情は人ごとではない▼市の「企業支援の一環」との思いにけちをつけるつもりはない。ただ、職員の私物の荷物を市役所で受け取れるようにするよりも、まず市民が利用できる仕組みを考えることが先ではないか▼いわずもがなだが、市役所は市民の税金で運営する公共の場。地方自治に詳しい立命館大学の村上弘教授は「職員の労力とスペースの一部が職員へのサービスに転用されるのは問題」と指摘する▼京都府は本年度、多くの人が荷物を受け取ることができる共同利用の宅配ボックスを設置する事業者へ助成を始める。形は違うが、市民目線に立った仕組みづくりは知恵次第だろう▼「市民の理解が得られない」「便利になる」。市役所内でも賛否の声はある。市は半年間の試行期間を設けて課題などを検証するという。当然ながら「企業支援」の名の下に、公私混同があってはならない。幅広い点検が必要だ。(赤嶺由紀子)

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