コラム

  • 【北海道新聞】

    「天気予報」と掛けて「宝くじ」と解く。その心は「どちらもなかなか当たらない」—。そんな謎掛けが通用したのは昔の話。現代は確度も向上し、毎日の空模様はもちろん、商売の仕入れや災害対応など、日常生活になくてはならない▼だが、かつては天気予報が公表されない時代もあった。1941年12月8日、旧陸海軍は真珠湾攻撃に合わせて当時の中央気象台に気象報道管制を命じ、これを境にラジオや新聞から天気予報が消えた。気象情報は軍事機密だから、との理由だ▼確かに北海道新聞の前身、北海タイムス8日朝刊には「札幌南西風天気良いが後曇雪模様」とある。しかし、9日以降は見当たらない▼影響は市民生活にも及んだ。42年の周防灘台風では例外的に警報が発表されたが、用語の制限などがあって市民に徹底されず、結果的に死者、行方不明者は千人以上に上った▼天気予報が復活したのが、45年のきょう8月22日だ。翌日の北海道新聞朝刊には「札幌地方北西の風晴時々曇」とある。実際の天気は分からないが、気象庁によると最高気温は29・2度だから天気はよかったのだろう。戦後最初の天気予報は、当たりだったようだ▼いま、新聞やテレビ、スマホで当たり前のように得られる天気予報も、戦争は簡単に奪ってしまう。そう思うと本欄の右上に毎日載る天気図が、何やらとてもありがたいものに感じられる。2017・8・22

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  • 【河北新報】

    動画投稿サイト「ユーチューブ」における「ピコ太郎」の楽曲『ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)』は計算し尽くされた演出で人気を博した。ヒョウ柄衣装、パンチパーマ、小学生でも分かる簡単な詞。再生回数2億突破はだてではない▼プロデュースした青森市出身のお笑い芸人、古坂大魔王(こさかだいまおう)さん(44)は振り返る。「(制作は)歌の最初のフレーズだけで何年もかかっている。意味のないもの見てキャーキャー笑ってるってすごいハッピー」。テレビの対談番組で語っていた▼入念な準備、奇抜さ、幅広い層の支持、明るさ…。ネットを使う宣伝は何とも難しい。7月5日公開の仙台・宮城観光キャンペーンの動画は再生回数が300万を超えながらも、「性的表現が不快」との批判もあった。結局、制作担当の宮城県は26日のイベントを区切りに配信をやめる▼県民が得たもの、失ったものは何だろう。「しゃれの分かる宮城」と思った人がいれば、女性を中心に幻滅感を抱いた人もいたに違いない。ただ、古坂さん風に言うなら、みんなが「ハッピー」となる内容ではなかった▼観光キャンペーンのテーマは「涼(りょう)・宮城(ぐうじょう)の夏」。お日様に見放された8月、県民は何度恨めしく空を見上げたことか。動画をやめるにはいい潮時だったかもしれない。(2017.8.22)

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  • 【東奥日報】

    48歳のころ、パニック障害になった。医師で作家の、鎌田實さんである。長野に赴任し、39歳で病院長になった。経営をまかされ、つぶれかけていた病院を再生させる。いそがしくて、人を怒鳴ったりしたこともあったという。そんな経験から『〇に近い△を生きる』(ポプラ新書)を書いた。〇と×の間には、無数の△=「別解」がある。「正解」や「正論」にこだわらなくていい、と。△を生きるようになって<パニック障害もうつ病もやってこなくなった。安定剤も一切いらなくなった>という。鎌田さんの寄稿連載『いっしょに目指そう長寿県』がはじまった。短命県だった長野を、平均寿命日本一にみちびいた人である。<青森県は最短命県から脱出できる>。背中を押されると、その気になってくる。鎌田さんは連載で、青森との縁にふれた。養父が黒石出身だったという。貧乏のなか、捨て子の自分を育ててくれたその親に、高校3年生のとき初めて抵抗した。18歳夏の出来事、抑えきれなかった感情を、『遊行(ゆぎょう)を生きる』(清流出版)で生々しく告白した。古代インドの聖人は、人生を四つの時期に区切った。最後を「遊行期(ゆぎょうき)」という。鎌田さんは<自分に正直に、肩の力を抜いて、しがらみから離れて生きていく大切な時期>と、とらえている。遊行を生きる鎌田さんの健康指導は、受ける方も肩の力を抜いて。

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  • 【デーリー東北】

    天鐘(8月22日)「はるかの遠い外洋から波はよせ波はかえし—」。草野心平の詩『絶景』の抜粋だ。波と言えば「寄せる波」に「返す波」と思っていたら、文法にうるさい人によると本来は「寄る波」に「返る波」だという▼国語で習った動詞の分類である。「戸が開く」など主語自身の動きを表す自動詞と、「戸を開ける」など作用が他に及ぶ意味を持つ他動詞とに二分される(大辞林)▼何ものかが波を動かしている訳ではない。波自体が寄ったり返ったりしているので自動詞を使うべきだとの指摘だ。だが「寄って返る」では岩礁に押し寄せ、ぶつかって砕け散る波の力強さがまるで感じられない▼このように大自然を表す言葉には自動詞の代わりに他動詞を使うケースが多い(金田一春彦著『ことばの歳時記』)という。なるほど「潮が引ける」の自動詞より、「潮が引く」の他動詞の方がしっくり来る▼地震や津波、台風などの天変地異は、それ自体の動きを表すだけでは済まないほど環境に甚大な影響を及ぼす。その自然現象を引き起こす「何ものか」を恐れ、苛(いら)立ちを鎮めるには他動詞が必要なのかもしれない▼冷たいヤマセが吹き続いた。やっと回復の兆しだが農作物被害が心配だ。この「ヤマセが吹く」も他動詞的用法とか(同)。人工知能万能の時代だが何ものかが背後で糸を引いているのかもしれない。自然への畏敬の念を忘れるな—と。

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  • 【秋田魁新報】

    昨年8月、101歳で亡くなったジャーナリストむのたけじさんの次男武野大策(むのだいさく)さん(64)は少年期に「むのたけじ」と本名の「武野武治」を区別していたと、ある月刊誌に書いている▼社会的な発言を続ける父が周囲から浮き立ち、家族も特別な目で見られるのではないかと心配したのだ。むのさんは「反骨」などと形容されることが多かった。ジャーナリストにとっては勲章のような言葉だが、家族には重荷になることもあっただろう▼むのさんの一周忌と妻美江(みえ)さんの十三回忌が先週末、大仙市神宮寺の宝蔵寺で営まれた。遺族ら約30人が参列し、むのさんに密着したドキュメンタリー映画「笑う101歳×2」の鑑賞会も行われた▼むのさんは戦争のない世界を願い、その実現を若い世代に託そうと晩年は講演に力を入れた。映画でも、ジャーナリスト志望の学生たちに熱く語り掛けるシーンが特に印象深い▼参列者の中にも若者の姿があった。秋田大学大学院教育学研究科に在籍する竹内恭平さん(22)は、むのさんを招いた授業や講演を通じ、その迫力に圧倒されたという。教員を目指しており、「子どもたちに平和の大切さを伝えたい」と話していた▼平和の種をまくような晩年のむのさんの活動は大策さんに支えられていた。講演も執筆もまさに二人三脚だったという。大策さんは「(北朝鮮を巡る緊張で)戦争が起きようとしている今の状況は、父が最も嫌っていたものです」とむのさんの思いを代弁した。

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  • 【山形新聞】

    ▼▽県内は既に先週始まった小中学校もあるが、多くはきょうから2学期という。子どもたちは夏休み中、海や山で大いに自然と触れ合ったに違いない。思い出と宿題を持ち寄り、日焼けした顔が並んだ教室が目に浮かぶ。▼▽自由研究の定番は今も昆虫採集や植物観察だろうか。せみ時雨が降り注ぐ山形市の霞城公園では先月来、虫捕り網やカメラを手にした親子連れを何組も見かけた。ただ最近はセミの声に様変わりを感じる。かつて多数派だったアブラゼミに代わり、ミンミンゼミが圧倒的だ。▼▽山形など内陸部の市街地で十数年前から、アブラゼミの減少が指摘されている。都市化が進み乾燥した土が幼虫の成育に適さないとの説や、アブラゼミを補食する鳥が増えたとの説も聞くが、要因は定かでない。福島が北限とされるクマゼミも生息域を拡大しているそうだ。▼▽そのクマゼミは数年前、本県でも鳴き声情報が寄せられ話題になった。温暖化が要因の一つとの分析もあり、人間社会の営みがセミの生息環境に影響を及ぼしている可能性はあろう。これはひと夏に限らず観察を続けねばなるまい。提出期限のない大人の自由研究テーマだ。

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  • 【岩手日報】

    2017.8.22怖がっている人に、さらなる恐怖を与える。世の中には、そんなことを愉快に思う人物が存在するらしい。エミリー・ブロンテの名作「嵐が丘」で、主人公ヒースクリフが言う▼「おれはなぜか、おれを怖がってるらしい相手を見るととても乱暴な気持ちになるんだな!」(小野寺健訳)。自分をいじめ、傷つけた者に次々と復讐(ふくしゅう)を果たしていく。希代の悪党にふさわしいせりふだろう▼一国の指導者が「ヒースクリフ型」では世界が困る。周りに恐怖をまき散らす北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、米領グアム沖へのミサイル発射という新たな恐怖をほのめかす。それに米国のトランプ大統領が「炎と怒りに直面するだろう」と応酬した▼米国の力を十分怖がっている北朝鮮にさらなる恐怖を与える。うまくいけばいいが、同じレベルの脅しは大国らしからぬ。きのう米韓の合同演習が始まった。一度静かになった北を、また挑発に走らせないか▼ヒースクリフを愛しつつ、憎しみ合ったキャサリンは言う。「あたしはヒースクリフなのよ」。米朝の指導者も互いに似ていると言うべきか。恐怖には恐怖で応じる面が▼嵐が丘の悪党は亡霊に付きまとわれ、弱みもさらけ出した。弱いからこそ、虚勢を張って攻撃しようとする。それもまた「ヒースクリフ型」の指導者では、世界が迷惑しよう。

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  • 【福島民報】

    行くよ。(8月22日)リオデジャネイロ五輪体操男子金メダリストの内村航平さんが優しくほほ笑む。その写真の下に大きく「行くよ。」の文字。福島市のコラッセふくしまに飾られた復興庁のポスターを見ていてうれしくなった。県が昨年夏に作製したポスターが並ぶ。喜多方市の「鏡桜」の幻想的な夜景の写真に「来て。」とうたい、話題になった。いずれも郡山市出身のクリエイティブディレクター箭内道彦さんがプロデュースした。鏡桜の呼び掛けに内村さんが答えてくれているようで、胸が熱くなる。「行くよ。」と言って、県内に移り住む人が増えている。県のまとめによると、昨年度は117世帯に上った。震災前の2010(平成22)年度は72世帯。震災後は40世帯台で推移していた。2年前から回復傾向にあり、今年度はさらに増える見通しという。全体の半数は会津地方だが、被災地の手助けがしたいと、浜通りを目指す移住者も少なくない。地域おこし協力隊の隊員をはじめ、20歳代から40歳代の若い世代が目立つのは心強い。6年以上たっても震災前に戻るのは容易でない。いくつもの「行くよ。」はきっと、復興を前に進める新しい力になる。

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  • 【福島民友新聞】

    社会や企業の仕組みを変える存在として「若者」や「よそ者」などがよく言われる。これらの人材には、慣習や従来の価値観にとらわれないアイデアや行動力があるからだ▼彼らはどんな発想でこたえてくれるだろうか。大学生を対象にした復興庁の「復興・創生インターン」事業が県内11企業で始まった。就業体験をしながら、企業が抱える課題解決に経営者と取り組む▼東日本大震災の被災地を対象にした事業で、本県では今回が初めて。首都圏を中心に県内外の24人が参加している。学生は約1カ月間にわたり、学生同士が共同生活を送りながら企業に通い職業観や課題解決能力を養う▼大学生を対象にしたインターンシップはこれまでも数日間程度のものはあったが、結果的に就職に結び付かないケースが多かった。長期で仕事の知識や経験を積み、県内での暮らしをより深く理解してもらうことで正社員や定数する人が増えることを期待する▼インターンに参加した学生が県内に就職すれば、復興への力になる。たとえ就職に結び付かなかったとしても企業にとって若者らに学ぶことも多いだろう。何より県外の学生たちには本県のファンになってもらい各地に輪を広げてほしい。

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  • 【下野新聞】

    宇都宮市は2年に1度、中心商店街で歩行者と自転車の通行量を調べている。日曜日は1985年の18万8千人余がピーク。2015年は5万4千人と、30年間で3分の1以下にまで落ち込んだ▼原因は空洞化に尽きる。郊外に大型商業施設の開店が相次ぎ、消費者が流れた。だが、シャッター通りが目立つ他の地方都市と比べれば踏ん張っている。のれんを下ろした老舗店に替わって新規出店も多い▼空洞化の歯止め役を担ってきたのが、今年で20周年を迎えた宇都宮パルコではなかろうか。再開発ビルのテナントとして出店。当時は市内で複数の百貨店が競合し、周辺市町からも客が集まり、商都として活況を呈していた▼一方、開店の前年に宇都宮環状道路が全線開通。その後、バブル崩壊の影響などもあり、上野百貨店や西武百貨店などが閉店し、中心市街地の求心力は低下していった▼宇都宮中心商店街活性化委員会の斎藤公則(さいとうきみのり)理事長は「もしパルコがなかったら、さらに空洞化は進んでいただろう」と振り返る。中心商店街の核としての存在感は大きいと言う▼宇都宮パルコは先ごろ、20周年を記念して市などとの共催で都内のライブハウスで音楽イベント「宇都宮餃音(ぎょおん)祭」を開き、市内への観光をPRした。地域に根を張り、県都のイメージアップにも大いに貢献している。

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  • 【茨城新聞】

    本塁打量産の全国高校野球選手権大会が注目を集めている中、短歌甲子園を名乗る盛岡市など主催の第12回全国高校生短歌大会で、県立下館一高が優勝したという吉報が入ってきた▼同校にとっては第5回大会以来の2度目の全国制覇。当時生徒として出場したメンバーが、今回は顧問教諭だったというから、歴史の積み重ねを感じさせる。関係者にとっては感慨もひとしおだろう▼本家・甲子園の方は強打ぶりが話題。それまでの大会記録の本塁打数(60本)を、20日には上回って累計64本に達した。1試合で2本の満塁本塁打が飛び出したり、史上初めて代打の満塁本塁打を記録するなど、暑い夏が続いている▼高校日本一を決める大会に「甲子園」の通称を付ける例が多いようだ。定時制通信制軟式野球大会は「もう一つの甲子園」と呼ばれている。バレーボールやラグビーなども、甲子園の異名を使い始めているという▼短歌甲子園は、歌人・石川啄木の故郷である岩手県盛岡市で開催。俳句甲子園は、正岡子規や高浜虚子ら著名な俳人の出身地である愛媛県松山市で開かれている。写真甲子園は、東川町など自然あふれる北海道が舞台だ▼地方が独自色を出そうと懸命になっている姿も浮かび上がる。(秀)

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  • 【上毛新聞】

    ▼北海道のベンチャー企業が先月30日、小型ロケットの打ち上げに挑んだ。高度100キロ以上の宇宙空間到達を目指したものの、約80秒後に通信が途絶え、エンジンを緊急停止。海上に落下した▼打ち上げは失敗とも思えるが、同社は「データは取れている。非常に満足のいく結果」と前向きだ。「失敗」を冷静に分析し、次に生かそうとの姿勢を頼もしく思った▼その数日後、名古屋市で開かれたNIE全国大会に参加した。さまざまなプログラムが企画されていたが、女子レスリングの吉田沙保里さんやノーベル物理学賞受賞者の天野浩さんらによる座談会が興味深かった▼新聞やネット社会、若い世代などについて意見を交わす中、吉田さんがこう発言した。「若い選手に自分で考えない『指示待ち』が多い」。背景にあるのは「失敗が怖い、失敗は恥ずかしいと思う気持ちではないか」との指摘もあった▼今、主体的に考え、行動する必要性が叫ばれている。教育現場でその傾向は顕著で、次期学習指導要領でも「主体的・対話的な深い学び」が強調された▼自ら考えて問題を見つけ、解決する力は、今後ますます重要となるだろうが、学校だけで育むことは難しい。失敗から学び、次に生かすとともに、そうした試みを評価する。より多くの人がそんな気持ちを持つことが、近道なのかもしれない。

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  • 【信濃毎日新聞】

    裏切り、ひきょうといったイメージもあった「内部告発」に、世間の目ががらりと変わったのは2002年だろうか。雪印食品の牛肉偽装事件や東京電力の原発トラブル隠しが内部から発覚し、流行語大賞トップ10に選ばれた年である◆受賞者の串岡弘昭さんは富山県に住むトラック運送会社のサラリーマンだった。20代で会社と業界の運賃水増しや闇カルテルを告発し、不正をやめるよう上司に直訴した勇気ある人だ。しかし退職を迫られ、拒否すると親族までもが圧力を受けたという◆有力政治家のオーナー企業でろくに仕事を与えられず昇格もなく、隔離に近い状態で26年が過ぎた。子どもの成長を機に02年、損害賠償と謝罪を求めて提訴し、経緯をつづった著書「ホイッスルブローアー=内部告発者」を出す。地裁は報復人事と認め、控訴審で和解が成立した◆屈辱に耐え家族を守り、正義を貫く。〈我が心に恥じるものなし〉と串岡さんは記す。その精神力は超人的というほかない。“内部告発元年”からはや15年。内部通報者を守る法律はできたが、実態はどうか。加計学園問題でも表面化した運用の不安だ◆本紙の調査では、県内23市町村が職員用の通報窓口を設けたものの、1件もなかったという。現場職員から「仕事も生活も同じ町では逃げ場がなく、告発などできない」と聞いた事がある。今なお、大変な勇気を求められるのが現実だ。仕組みを改善しなければ不正への警笛は鳴らせない。(8月22日)

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  • 【新潟日報】

    8月22日製造現場の機械音に片耳をふさぎ、もう片方の耳で開発話を聞く。経済取材は夢を聞いて回るようなもの。うなる機械に負けぬよう大声で打ち明けられる夢を聞く▼「内緒だよ」「ちょっとだけだよ」と言いつつも、目指す製品の青写真を広げてくれたりする。誇らしそうだ。両手でバツ印をつくって出迎えられたこともある。業績が振るわず何も話すことがない。お茶をすすりながら、納めた製品が喜ばれたんだと話してくれた▼県央の工場で驚いたことを覚えている。小さな球をいくつも接着し、立体を形作る機械を開発したところだった。いまでいう3次元プリンターなのだが、20年近く前の当時はドラえもんの道具かと思うほど鮮烈だった▼立体ファクスと紹介された。目の前にある立体を読み取って、複製を遠隔地に出現させるのが目標だった。大きな工場ではなかった。それでも「医療に役立つか、芸術分野はどうか」と膨らむ夢がそこにあった▼先日の終戦の日、気になる記事が載った。「防衛装備に中小企業技術」。防衛省が自衛隊の装備に使える技術を求め調査に乗り出したことが分かった。既に3次元プリンターや耐久性の高い繊維について調べている。技術力の高さで知られる県内中小にいつ声が掛かってもおかしくない▼全国で少なくとも5千を超える工場が「戦争のため」に巻き込まれた歴史がある。何を製造しているかは秘密だった。繰り返されぬように祈る。大声で大きな夢が語られる、それが工場には似合う。

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  • 【中日新聞】

    試合は8−6の接戦だった。七回表から救援投手が登板。ところが制球が定まらぬ。二連続四球に安打、失策が絡み2点を失い、なお満塁。ここで交代となる▼次の投手もボールを連発。二つの四球の後、何とか一死を取るもまた四球。ついには三人目の投手が登場したが、これもひどい。四球、四球、死球、四球、三振、四球、四球…。この回だけで11点。一九五九年四月のアスレチックス−ホワイトソックス戦でもちろん三投手が乱れたア軍が大敗。1安打で11点を失った試合として有名である▼民進党代表選が告示された。水を差す気は毛頭ない。安倍一強の中、ライバル政党の不振は政治から緊張感を失わせる。それでも、三年間で三人目の代表選びと聞けば、不吉なあの試合を連想する。次の投手は大丈夫なのか▼交代で巻き返しを図りたい。それはよく分かる。分かるのだが、このチーム、劣勢になると味方から罵声と非難が飛ぶ。声援、助言はなく「あんな投手じゃだめだ」「交代交代」。見限って勝手に退団する選手までいる▼落ち着かぬチームでは観客は集まらぬ。前原、枝野両氏のどちらが次に登板するにせよ安定した投球でチームをしっかりまとめたい▼本塁打連発で一挙逆転などあり得ぬ。時間がかかっても1点ずつ返していく。それが政権の受け皿としての地力になる。「次の投手」もそろそろ尽きる。

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  • 【伊勢新聞】

    ▼ご多分に漏れぬ物忘れで出典を覚えていないのは危ないが、最近の政治風景に日本人はなぜおとなしくしていられるのかと韓国人に聞かれて言いよどんでいると、別の韓国人が日本は選挙で政治を変える大使だからと助け船を出してくれたという話。投票日まで忘れていなければの話で、投票率が下がっているのを勘定に入れないでの話ではあろう▼白人至上主義に反対して米国でも各地でデモ。1人死亡、30人余りけがなど、日本では久しく見ない激しさだが、火付け役の一人トランプ大統領がツイッターで「偏見や憎しみに対して声を上げた多くの人たちを称賛したい」▼都議選大敗北を受けた安倍晋三首相の発言と重なり、あのトランプ氏がという気がしたが、一方で「警察に敵対する扇動者たちが大勢いるようだ」とも。腹の中は知らず、彼我の違いを感じざるを得ない▼ドイツで中国人観光客がベルリンの連邦議会議事堂でナチス式敬礼のポーズを取り、警察に逮捕された。他国の歴史教育への疑問はともかく、ドイツではその1週間後、同じポーズを取った米国人が何者かに殴られる騒ぎがあったという▼サッカーJリーグで、今度は旭日旗を掲げ処分を受けた。チームは不服で菅義偉官房長官は「旭日旗に政治的、差別的メッセージはない」と、正しい理解への努力を語った▼Jリーグではナチスの「SS」マークを連想させる旗での処分もあった。旭日旗は大漁旗にも使われ、政治との線引きは難しく「何事にも不寛容な時代の反映」などの声も▼日本人の国民性というものも考えてもいいのかも知れない。

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  • 【静岡新聞】

    2017年8月22日【大自在】(2017/8/2207:20)▼照明が落ちたエントランスの写真を表紙に掲げ、見出しには「本日休館」とある。県立中央図書館の広報紙「文化の丘」夏号は休館日の図書館を特集。貸し出し・返却の窓口は閉まっていても、職員には図書館サービスを陰で支える仕事がある、と紹介している▼皮肉なことに発行の直後から同館自体が臨時休館を余儀なくされた。先月初め、蔵書の過重によるとみられるひび割れが資料棟で見つかり、安全対策を図るため貸し出し・閲覧はストップ。学習コーナーなどを除き閉鎖された▼突然の休館に利用者からは苦情や問い合わせが相次いだ。「多くの方に不便をおかけして忍びない」。河原崎全[かわらさきあきら]館長はじめ職員は再開を目指して連日、蔵書の点検や整理に追われる▼床への荷重を解消し安全レベルにするには、閲覧室の蔵書20万冊を半分に減らす必要がある。収蔵数は既に設計上の84万5千冊に近づき、どんなに書架のやりくりに努めても築48年の建物では「元通りの再開は難しい」(河原崎館長)らしい▼県立中央図書館を巡っては改修とともに、JR東静岡駅南口に県が整備する「文化力の拠点」への一部機能移転を検討中だ。ひび割れを契機に、関係団体から全面移転を求める声が高まり、川勝平太知事の前向き発言も伝わる▼新図書館へ構想は動きだそうとしている。先の特集によれば休館中は職員が中長期の図書館ビジョンを練り上げる貴重な時間でもある。休館日の負う役割は利用者が考える以上に大きいようだ。ひっそりとした館内で将来を見据えた取り組みが続く。

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  • 【北國新聞】

    きょうのコラム『時鐘』2017/08/2200:43米国(べいこく)のトランプ政権(せいけん)が黒人差別問題(こくじんさべつもんだい)で揺(ゆ)れている。奴隷制(どれいせい)の歴史(れきし)をめぐって南北戦争(なんぼくせんそう)を記念(きねん)する銅像(どうぞう)の撤去(てっきょ)にまで話(はなし)が拡大中(かくだいちゅう)だ銅像の評価(ひょうか)は難(むずか)しい。それぞれが歴史を背負(せお)い、建(た)てた人(ひと)の意図(いと)があるからだ。例(たと)えば、兼六園(けんろくえん)の日本(やまと)武尊(たけるのみこと)像(ぞう)は旧加賀藩(きゅうかがはん)が西南(せいなん)戦争時(じ)に「朝廷寄(ちょうていよ)り」を訴(うった)える仕掛(しか)けだった。上野(うえの)の西郷(さいごう)さんの像も反政府(はんせいふ)の汚名(おめい)を打(う)ち消(け)す意図(いと)があったという四国(しこく)の宇和島市(うわじまし)に「穂積橋(ほづみばし)」というささやかな橋がある。日本民法学(にほんみんぽうがく)の祖(そ)・穂積陳重博士(のぶしげはかせ)の名(な)から来(き)ている。地元(じもと)が銅像を建てようとしたが、遺言(ゆいごん)に「人(ひと)に仰(あお)ぎ見(み)られるようなものは困(こま)る」とあり、では「人を渡(わた)す橋ならば」との提案(ていあん)を遺族(いぞく)が受(う)け入(い)れて銅像が橋に変(か)わったという旧(きゅう)ソ連(れん)の崩壊(ほうかい)時はレーニン像が引(ひ)き倒(たお)され、イラク戦争ではフセイン像が破壊(はかい)された。銅像の評価は歴史(れきし)が下(くだ)す。日本(にほん)でも国会議事堂(こっかいぎじどう)の中央吹(ちゅうおうふ)き抜(ぬ)けの四隅(よすみ)に伊藤博文(いとうひろぶみ)、板垣退助(いたがきたいすけ)、大隈重信(おおくましげのぶ)の3人(にん)の銅像が建っている。一(ひと)つだけ台座(だいざ)だけの空席(くうせき)が残(のこ)る後世(こうせい)ここに立(た)つ政治家(せいじか)は現(あらわ)れるのかと空間(くうかん)は問(と)い掛(か)ける。これこそが「究極(きゅうきょく)の銅像」かもしれない。

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  • 【福井新聞】

    【越山若水】「お札と書いてオサツと読むのか、オフダと読むのか、外国人には難しい問題だろう」と、故赤瀬川原平さんが書いていた。さすがに才人、目の付けどころが違う▼前衛美術家であり随筆家、作家。その筆はおかしみとともに本質を突く。「新解さんの謎」(文藝春秋)にある先の文章は「紙と神は紙一重」と、駄じゃれのようにつづられる▼こういう文脈だ。「札」の一文字だとフダと読んで木製のイメージである。それに「お」を付けてオフダというと途端に紙のイメージに変わり、神と重なってくる、と▼では、オサツはどうか。元はただの通貨の紙だが、日本ではそれに「お」を付け「物とか数字以上の付加価値を認めているのだ」。ややこしくなったので、整理が必要なようだ▼お説によれば、木のフダは物理的な「物族」。一方、紙のオフダやオサツは精神的な「神族」。そう使い分ける日本だが、近年は神族の旗色が悪くて残念、というのだった▼読み札、取り札。かるたに欠かせない札は何族だろう。読みはフダ。けれど断然、神族だろう。紙製が一般的だからというより、日本文化の粋だから▼競技かるたの全国大会が先日まで越前市で開かれ、イタリアなど3カ国10人の海外勢も参加したという。うれしいことだ。年端もいかない子が目にも留まらぬ速さで札を払う。きっと、神業に見えたに違いない。

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  • 【京都新聞】

    民俗学の柳田国男が「妖怪談義」に書いていたはず。対馬に渡った旅人が宿に泊まると、付近で大勢の足音が終夜絶えない。翌朝、宿の亭主に聞くと▼「あれは皆川童(かっぱ)です」。当てがはずれたと思ったら、対馬ではカワウソを「ガッパ」とも呼ぶそうだ。安藤元一ヤマザキ学園大教授の著書「ニホンカワウソ」にある。江戸期の産物帳に記載され、戦後まで生息した可能性がある。ひもでつないで飼っていたという話も残っているとか▼にわかに注目のカワウソである。国内38年ぶりに対馬で映っていたが、はたして絶滅したとされるニホンカワウソなのか、それとも大陸系のユーラシアカワウソか▼そもそも、かつて対馬にいたのがニホンカワウソなのか、写真や標本が残っておらずはっきりしない。対馬には天然記念物ツシマヤマネコなど、大陸と地続きだった10万年前に渡ってきた動物もいる▼海の向こうの韓国では、ユーラシアカワウソの保護が間に合った。絶滅の危機を脱し、カワウソ研究センターまである。南北を隔てる、人の立ち入れない非武装地帯は、他の野生動物とともにカワウソの楽園になっている。調査で分かってきた▼10年前、南北を自由に行き来するカワウソの共同調査を、韓国と北朝鮮の研究者が始めた。今はどうなっているだろう。

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  • 【神戸新聞】

    米ジャズ界に女王として君臨した黒人歌手、ビリー・ホリデイの出世作に1939年の「奇妙な果実」がある。南部の木には奇妙な果実がなっている/葉っぱと根っこに血がついている…◆不思議な歌詞だが、奇妙な果実とは、リンチを受けて木につるされた黒人を指す。かつて米国南部でよく見られた惨劇だといい、歌には人種差別への猛烈な怒りがある◆この曲にまつわる記事を今年1月に読んだ。トランプ大統領の就任記念行事への出演を依頼された英人気歌手レベッカ・ファーガソンさんが、ある条件を出したという。「『奇妙な果実』を歌っていいなら」と◆新政権は人種差別とどう向き合うか。条件はそれを見極めるリトマス紙のようなものだったのだろう。受け入れられなかったらしい。ファーガソンさんは出演を断った◆差別問題をめぐるニュースがここ連日、太平洋を越えて届く。いまどき「白人至上主義」とは、鼻をつまみたくなるほどの腐臭がするが、まだとりつかれた人が自由の国にはいるようだ。驚くべきことに、大統領からは擁護するかのような発言もあった◆ビリー・ホリデイは44歳で世を去っている。ステージで「奇妙な果実」を切々と歌うその瞳には涙が光っていたそうだ。いま空の上で何を思う。2017・8・22

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  • 【奈良新聞】

    改選後初の議会となった奈良市の臨時議会で、ようやく正副議長も決まって、3選を果たした仲川市政に対して、これからが本番となった。定数39のうち最大会派で8人のため、どのような組み合わせになるか注目していた。議長選は、国政の自公政権の枠組みとはならず、水面下の攻防が続いた。各派が独自候補擁立の動きがあったため、定数の4分の1以上の10票獲得に向けて多数派工作が続いた。自民は、態度を決めていなかった無所属会派の3人と合わせ11人まで読めた。こうしたなかで5人会派の民進党系・改革新政会が独自候補を立て、ひそかに他の無所属組7人と連携して12人となり、議長獲得の戦略だった。ところが自民側は日本維新の会3人と組み、公明、共産は独自に候補を立てたため、14人で最多得票し、最大会派の面目を保った。結果的には、改革のお粗末な戦略ミスが露呈した。民進党の代表選挙も告示されたが、だれが党首になっても、かつての政権党の勢いはみられない。奈良市議会においても、今度のことで他会派からの信用を失いそうだ。(治)

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  • 【紀伊民報】

    先日、田辺市中辺路町の熊野古道を歩いていると、ヒグラシやツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきた。こうしたセミが鳴き始めると夏も終わり。子どもの頃、宿題に追われていたことを思い出す。▼小学生のころの夏休みは遊んでばかり。学校の決まりで外遊びは昼食後となっていたから、午前中は読書。縁側に出て手当たり次第に読んだ。親戚からもらった雑誌や農協から毎月届けられる「家の光」。5年生の夏には、吉川英治の「宮本武蔵」を全巻読破した。▼昼食後は水泳。近所の仲間と連れ立って近くのため池に出掛け、くたくたになるまで泳いだ。いかだがあればもっと楽しくなる、という中学生の発案で近くの山から竹を切り出して組み上げ、池に浮かべて遊んだこともある。▼泳ぎに飽きると、近くの家で将棋。2人で対決することもあったが、人数が多いと4人が四方から盤を囲む「4人はさみ将棋」。中学生がみんなで楽しめるように工夫してくれた。▼振り返れば、そういう暮らしを通じて読書習慣を身に付け、体を鍛え、仲間と協力して何ごとかを成し遂げる喜びを学んだ。仲間との遊びが学校同様の役割を持っていたのである。▼さて、今の子どもたちにそういうゆとりはあるのか。遊び仲間はいっぱい存在するだろうか。田辺市の本年度の児童数は全体で3752人。ピーク時の1951年には、田辺第一小学校だけでも1912人が在籍していたという。(石)

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  • 【山陽新聞】

    ある物を、本来とは違う別の物として見ることを「見立て」と呼ぶ。元は和歌など文芸の技法用語だが、千利休はこれを茶の湯に応用し、生活用品などを道具として新たな趣を演出した▼飲み口の欠けた湯飲みを花入れに、すり減った石臼は茶室への露地の飛び石に…。視点を変えれば、新たな可能性が開ける。利休の柔軟な発想と物を大切にする心が、日本を象徴する文化をつくったという(「手放すほど、豊かになる」枡野俊明著)▼寺の住職で庭園デザイナーでもある枡野さんは、古民家や土蔵を改装した飲食店なども「見立て」だと指摘する。役目は終えても、伝統の木造建築が醸し出す雰囲気が人々を癒やす。食する味も格別だろう▼その古民家に、行政や関連業界の熱い視線が注がれている。訪日外国人旅行者の地方誘致や地域活性化などが狙いだ▼JR西日本は古民家を改装し、宿泊施設やレストランとして活用する事業への参入を打ち出した。古民家の再生を手掛ける企業と協力し、当面は瀬戸内海沿岸や山陰、北陸エリアなどで展開するという▼新たな活躍の場を待つ古民家は、全国に数多くあろう。総務省の統計で、7軒に1軒という深刻な状況を呈している空き家問題の対策にもつながる。有望な物件をどう見いだして生かすか。「見立て」のセンスと知恵が問われよう。(2017年08月22日08時00分更新)

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  • 【中国新聞】

    「原爆」を運んだ船2017/8/22広い太平洋に何隻の船が眠っているのだろう。戦争で沈んだのは数千か数万か。それぞれ悲惨な最期だったに違いない。フィリピン沖深さ5500メートルの海底で見つかった米軍艦も悲劇の証人である▲巡洋艦インディアナポリスは72年前、ある兵器の部品を極秘に米本土からテニアン島へ運ぶ。やがて特殊爆弾を載せたB29が飛び立ち広島へ。一方、荷を降ろした艦は旧日本軍の潜水艦に攻撃されて海の藻くずとなる▲乗組員1200人のうち、助かったのは300人余り。脱出したものの漂流中、サメに襲われ命を落とした人が多かった。この話は映画「ジョーズ」にも出てくる。乗員の大半は、あの積み荷が何を引き起こすか知らないまま、海に消えた▲「許してほしい。何を運んだか、知らなかったんだ」。12年前、テニアン島での平和式典で、生き残った乗組員が被爆者に声を掛けたという。それでも原爆が戦争を終わらせたという認識は、米国民の間に今も根強い▲今回調査した資産家の言葉もまた悲しい。「乗組員の勇気や犠牲には、米国人として感謝してもし切れない」。水底の残骸が物語るのは、戦争に勝者も敗者もないことと、核兵器の愚かさであろうに。

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  • 【日本海新聞】

    先月、兵庫県伊丹市の小学5年の男児が毒ヘビのヤマカガシにかまれ、一時意識不明となるニュースが流れた。筆者も今年の梅雨時に、あるため池でモリアオガエルを狙うヤマカガシを目撃した。意外と身近にいるヘビだが、臆病な性格らしい◆里山での危険な生き物といえば、クマやイノシシを連想するが、めったに出合わない。マムシやスズメバチ、マダニ、ヒルなどが身近な危険生物といえよう。なかでもマムシは遭遇する頻度が多く、対処法を身につけておきたい◆5、6月ごろ、野山をトレッキングすると、マムシによく似た植物をよく見かける。鎌首をもたげ、茎は紫褐色のまだら模様。毒もあり、そのものずばり「マムシグサ」という多年草だ。しかし、マムシグサで驚いてはならない◆本紙日曜付の子どものページで、鳥取自然に親しむ会会長の清末忠人さんがマムシそっくりのビロードスズメというガの幼虫を紹介していた。生き物に詳しい清末さんも最初に見つけた時、マムシの子ではと驚いたという。究極の擬態である◆夏休みは子どもたちが昆虫と触れあえる絶好の機会。昆虫の思い出は大人になっても消えないものだ。お盆の墓参りで久しぶりにタマムシとオニヤンマを見かけた。山陰の里山にはまだ豊かな生態系が残っている。夏もあとわずかだ。(雲)

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  • 【山陰中央新報】

    伝統と革新鳥取県東部の伝統芸能・因幡の傘踊りがルーツという北海道美(び)唄(ばい)市の峰延東(みねのぶひがし)傘踊り保存会が19日、鳥取市であったイベントに出演した。本家・鳥取と違い、担い手は女性ばかりで、後ろ手で傘を操る動作もユニークだが、金銀の短冊や鈴が付いた傘は鳥取と共通。遠く北海道に息づく傘踊りに親しみを感じた▼因幡の傘踊りは明治時代の1896年、同市国府町住民が雨乞い伝説をヒントに剣舞の動きを取り入れ考案した。4千人以上の踊り手が市街の目抜き通りを練り歩く鳥取しゃんしゃん祭の一斉傘踊りの原型でもある▼北海道には明治時代、県東部の農家らが集団移住した。北海道の各地に因幡の傘踊りや麒(き)麟(りん)獅子舞が伝わったという。移住者の心の支えとなる伝統芸能が県東部にあったことが誇らしい▼峰延東傘踊り保存会の踊り手は7人。イベントでは小学生2人も交じって懸命に傘を操る姿に守り伝える労を思った。保存会の矢部幸夫会長は「市の文化財にもなった。継承しなければ」と言う。男子にも門戸を広げているが、なかなか担い手が増えないそうだ▼伝統芸能を取材すると、昔ながらの様式を守り伝えることと、今風に工夫して担い手を引きつけることの兼ね合いに悩む声を聞く。傘踊りは二つあり、伝統と革新は両立しやすいのではないか▼しゃんしゃん祭の傘踊りは伝統ある因幡の傘踊りとの関連をアピールしつつ、飛び入り参加受け入れなど新しい試みをもっと進めればいい。因幡の傘踊りの担い手育成にも役立つはずだ。(志)2017年8月22日

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  • 【山口新聞】

    夏の終わりに、夕方になると毎日のように、街中のあちこちに平家踊りの練習の掛け声や太鼓の響きをあふれさせたいと、ずっと思ってきた。きっと海峡のまちの晩夏の風物詩にもなりえよう▼先夜あった馬関まつりの平家踊総踊りに参加した諸団体は、あちこちで事前練習に励んだはずだが、残念ながら街の中に独特の情緒が広がることはない▼郊外でも、多くは町の集会所あたりで細々とだった。事業所前で、町内の公園や広場で、半ば公開で練習する風景が繰り広げられたら平家踊り大会近しのムードが街を包み込んでいただろう▼40周年を迎えた馬関まつりの主役は平家踊りだった。かつては沿道の観衆は三重四重の人垣で見物するのも一苦労だったが今は人垣は薄い。踊り参加者も6千人から4千人に。事業所では渋々参加の若手も増えたと聞く▼太鼓と三味線が入るテンポの速い独特のリズムに合わせて舞う平家踊りは、関門海峡の潮の流れがのみ込む幾層もの歴史を物語るものである。いつの間にか馬関まつりの中でも存在感が薄れてきた▼理由は数多い。しかし平家踊りはまぎれもなく全国に誇り得る本県の代表的な郷土芸能だ。対応策に本腰を入れる時期ではないか。(佐)

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  • 【愛媛新聞】

    日中のうだるような暑さは続くが、朝晩は少ししのぎやすくなった。74年前のきょう、作家の島崎藤村が世を去った。神奈川・大磯の家で倒れ「涼しい風だね」とつぶやいて▲ついのすみかとなった小さな借家に暮らしたのは2年半。質素を信条とした藤村は「余にふさわしき閑居なり」と、庭に植えたツバキやアサガオなどを眺めるのを好んだ▲戦後間もなく、先の住人が誰かは知らずに、この家に引っ越してきたのが随筆家の高田保。荷物を運びこもうと家に入ると、驚いた。戦後の混乱期にもかかわらず隅々まできれいに掃除された室内。押し入れを開けると手紙と包みが置いてあった▲「次にお住まいになる奥さまへ。どうぞお使いください」と包みには雑巾と障子紙。「立つ鳥跡を濁さず」を体現した温かい気持ちに触れ、思わず涙ぐんだという。贈り主を苦心して探すと、藤村の夫人だった▲この美徳は政府にはないらしい。森友学園を巡る疑惑で、渦中の人物を異動させた。財務省理財局長は国税庁長官、首相夫人付の女性職員は海外の日本大使館へ。2人は口を閉ざし、疑念は深まる一方だ。「新天地でほとぼりが冷めるのを待て」と指示が出ているのかと勘繰りたくなる▲「この世にあるもので一つとして過ぎ去らないものは無い。せめてその中で、誠を残したい」と藤村は自著につづる。今、目立つのは疑惑の「真相」を隠そうとする政府の不誠実さばかり。

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  • 【徳島新聞】

    インド北部、ヒマラヤ山脈の北西端にあるラダックは、チベット仏教が盛んな地。穏やかであることが美徳とされる。だから、この地で「ショチャン(怒りん坊)」と呼ばれることは、最大の屈辱だ。ラダック語、話者数は11万7千人フィリピン・ルソン島のボントック語で「おじいさん」は「アムアアムアマー」。アマが父を指すから、「父の父ー」といったところ。話者は4万人。アフリカ・ナミビアなどの20万人が使うヘレロ語で「ヴェヴァラサナ」といえば「分かり合える」。本来は「尊敬し合う」の意世界には約7000の言語があるという。グローバル化の波に洗われて、消滅の危機にある少数言語から一語ずつ拾った絵本「なくなりそうな世界のことば」(創元社)が面白い。ふふっとなったり、考えさせられたりパプア・ニューギニア、ドム語の話者は1万6千人。「グイカ(風のことば)」というしゃれた言い方がある。何かと思えば、電話で話すことだそうだ問題ありとされながら、翻訳する努力を惜しみ、カタカナが氾濫する一方のわが国である。カタカナの物や事、いっそ捨ててしまえば、落ち着いた暮らしができるかもしれない「イヨマンテ(熊祭り)」はアイヌ語。話者は今や5人ほどだそうだ。本当に大切な物や事、大切に扱ってきたといえるかどうか。

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  • 【高知新聞】

    本県が生んだ民権思想家の中江兆民は喉頭がんと診断され、医者に「臨終に至るまであとどれくらいか」と問うた。医者は2、3分沈思した後、「一年半、よく養生すれば二年持つだろう」。遺著「一年有半」の冒頭にある書名の由来だ。約8カ月後に世を去り、遺言に従って遺体は病理解剖に付された。喉頭がんではなく、食道がんだったことが分かったほか、両肺にもがんが広がっていたという(酒井シヅ「病が語る日本史」講談社)。兆民が喉頭に異常を感じたのは余命宣告の5カ月前だが、がんはかなり進んでいたに違いない。まだエックス線検査でがんを診断できなかった時代だ。考えても詮ないとはいえ、国立がん研究センターなどが開発した新検査法があったなら。わずか1滴の血液で13種類ものがんの有無を同時に診断できるという。現在のがん検診に比べ、格段に手軽になるだろう。新しい検査法が確立され、国民に普及すれば、早期の発見につながるに違いない。いまや国民の2人に1人は生涯に1度はがんになるといわれる。がんの種類によっては、早期の治療による生存率も高まっている。にもかかわらず検診の受診率が低いのは、発見への恐怖心が容易には拭えないからか。新検査法も受ける人が少なければ、宝の持ち腐れになりかねない。兆民が余命をあえて尋ねたのは、豊かに人生を締めくくるためだった。私たちの問題でもある。8月22日のこよみ。旧暦の7月1日に当たります。かのとみ四緑先勝。日の出は5時33分、日の入りは18時44分。月の出は5時44分、月の入りは19時07分、月齢は0.4です。潮は大潮で、干潮は高知港標準で0時01分、潮位79センチと、12時22分、潮位16センチです。満潮は5時50分、潮位203センチと、18時51分、潮位202センチです。8月23日のこよみ。旧暦の7月2日に当たります。みずのえうま三碧友引。日の出は5時33分、日の入りは18時43分。月の出は6時48分、月の入りは19時45分、月齢は1.4です。潮は大潮で、干潮は高知港標準で0時39分、潮位72センチと、12時59分、潮位23センチです。満潮は6時33分、潮位204センチと、19時22分、潮位200センチです。

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  • 【西日本新聞】

    「こんなもの見たことない」。建築には素人でも、そうとしか言い表せない畏敬の念が湧き上がる。かつて訪ねたスペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア教会。建築家ガウディの代表作であり、未完の作品でもある▼ガウディは1926年、詳細な設計図を残さずに亡くなり、模型などの資料もスペイン内戦で大半が失われた。その後は、各時代の建築家が「ガウディならどう造るか」と問いながら手掛けている▼今も続く教会建設に40年近く携わっている日本人がいる。福岡市出身の彫刻家、外尾悦郎さん。2000年に完成させた「生誕のファサード」が世界遺産に登録され、現在は主任彫刻家を務める▼外尾さんは、ファサードを飾るハープを奏でる天使像に、あえてハープの弦を作らなかった。「見る人が彫刻の世界に引き込まれたとき、天使の指先に弦が見える。彫刻は私ではなく、見る人が完成させるのです」と言う▼観光客でにぎわうバルセロナの中心部などで車が歩道に突っ込み、多くの人が死傷する連続テロが起きた。見慣れた車が凶器として各地のテロに使われる、見たこともない時代に震撼(しんかん)する。犯行グループはサグラダ・ファミリアでも爆弾テロを計画していた、と地元メディアが報じた▼無差別テロの被害者や家族、友人を失った人たちの慟哭(どうこく)を奏でるハープの弦は、憎悪の世界に引き込まれた犯人たちには見えないのだろうか。=2017/08/22付西日本新聞朝刊=

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  • 【宮崎日日新聞】

    長崎県・対馬でツシマヤマネコ調査のためのカメラに撮影されたというだけで大騒ぎになるカワウソだが昔は東京でさえ、あちこちに出没する評判の芳しくない動物だった。明治17年の絵入自由新聞の記事にある。白魚漁の季節。佃島の漁師は漁場の品川沖から中川筋、旧番所のあたりに網を下ろすのだがなぜか毎夜網を破られ、さっぱり白魚がとれない。原因を究明するための調査で群れるカワウソたちを見つけたという内容である。「数十頭のカワウソの左右の岸に群れ居たるを見受けたり。さてこそ網破りの曲漢(くせもの)は彼奴(きやつ)なりし、辛(から)き目見せてくれんと、近日手筈(てはず)を定めてカワウソ退治を行わんと目下、もっぱら計画(したく)中の由」(林丈二著「東京を騒がせた動物たち」)。苛烈な駆逐処理が哀れなカワウソたちに対して行われたことは想像に難くない。全国の河川から追われ、確実とされる目撃例は38年前のものという。対馬のカワウソが生粋のニホンカワウソの生き残りなら捕らえた魚を岸に並べるという獺祭(だっさい)を拝見したいものだ。政界からの絶滅を危惧される民進党が獺祭の魚よろしく並べてみせた代表選候補者の顔ぶれの鮮度はいかばかりか。八ツ場(やんば)ダム建設中止を掲げて頓挫した前原誠司氏、自らが主導した事業仕分けが不発に終わった枝野幸男氏のふたりだ。イメージの悪い昔のことを払しょくするためには鮮度のいい顔を並べてみせるべきだったのでは、と思う。国会にあふれた往時の再現は難しいだろうが、政界での生息域を広げ自民の網を破って一泡吹かせたい、という気概があるならだ。

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  • 【長崎新聞】

    自民、公明の連立与党が大勝した2014年12月の衆院選。直後の世論調査に、とても興味深い数字があったことを思い出している。両党の政党支持率が合わせて37%だったのに対し、選挙結果を「よかった」と考えていたのは27%▲「簡単な算数だ」と当時書いた。両党の支持層にも選挙結果を「勝ち過ぎ」と考えた人たちが相当いなければ計算が合わない。「1強」のその後の暴走や迷走は改めて書く必要がないだろう▲与野党伯仲の政治状況を望む声、政権批判の受け皿としての「しっかりした野党」を望む声は常に強い。差し当たってその役割を担うべきなのは、言うまでもなく野党の第1党▲その民進党の代表選挙が始まった。初当選が同期で、党の要職や重要閣僚を歴任し、党内きっての論客として党の看板を支えてきた前原誠司氏と枝野幸男氏の一騎打ちとなった▲他党との選挙協力、改憲への考え、消費増税の可能性など両氏の主張は隔たりが大きく「どちらが勝っても、将来は分裂含み」の観測もささやかれる。既に有力議員が離党するなど足元のぐらつきも深刻だ▲この代表選で国民の期待をつなぎ留められなければ、この党に未来はないだろう。党にとって何度目かの「最後のチャンス」ともされる。党再生の出発点とできるか、注目したい。(智)

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  • 【佐賀新聞】

    障害を生きる2017年08月22日05時12分「声なき詩人」と呼ばれる堀江菜穂子さん(22)=東京都=は、寝たきりのベッドで詩を紡ぐ。生まれた時に脳性まひを患い、話せず、わずかしか動かない手で詩を書く。この夏、初の本格詩集『いきていてこそ』(サンマーク出版)が出た◆<いまつらいのも/わたしがいきているしょうこだ>で始まる表題詩は、彼女なりの決意と悩む周囲への励ましに満ちている。<いまのつらさもかんどうも/すべてはいきていてこそ/どんなにつらいげんじつでも/はりついていきる>。彼女は都立の特別支援学校に小学部から通い、自分の可能性を広げてきた◆今夏、佐賀県教委は自力通学が難しい児童生徒の通学を支援するため、県立特別支援学校6校でスクールバスの運行を始めた。保護者の苦労を考えれば、やっととの思いを強くする。委託する外部の乗務員に、障害のある子どもたちへの理解を深める研修をしての開始である◆どうすれば悩みを減らせるか。知恵を出し合うのが同じ社会に暮らす者同士である。「してあげる」でも「してもらっている」でもない。障害があって生きる姿は、誰もが暮らしやすい社会づくりに気づくきっかけになる。それが個性が尊重される社会だ◆<わたしはわたしのじんせいを/どうどうといきる>。そう綴(つづ)る堀江さん。障害とともに一歩、一歩である。(章)

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  • 【南日本新聞】

    「お母ちゃん助けて」。真っ暗な海に子どもたちの泣き叫ぶ声が響いたという。太平洋戦争中、那覇を出港した学童疎開船「対馬丸」が十島村の悪石島沖で米潜水艦に撃沈されてから、きょうで73年になる。犠牲となった1482人のうち千人余りは疎開児童ら幼い命だった。竹を束ねた2畳ほどのいかだを大人を含む数十人で奪い合った。飛び乗ろうとすると足を引っ張られ、必死に蹴飛ばすと、今度は先に乗った人から押し返された。生存者の証言が胸に迫る。宇検村の船越海岸には多くの遺体が流れ着いた。奄美守備隊の一員だった大島安徳さんは本紙連載の「語り継ぐ戦争」で、強い酒を飲んで黙々と埋葬作業を続けたと振り返る。想像を絶する悲惨さだったろう。それなのに、やって来た憲兵は「漂流者のことは絶対に口外するな」とかん口令を敷いた。国策だった学童疎開の悲劇は極秘扱いだった。情報統制の下、命は軽んじられた。今年3月に慰霊碑が建立された宇検集落で今週末、慰霊祭が行われる。「平和の大切さを知ってほしい」と90歳を超えた今も学校で体験を語り続ける大島さんや地元の小中学生らが参列する。「本土に行けば雪が見られて列車に乗れる」。危険な航海と知らされないまま、希望を抱いて船に乗った学童もいた。対馬丸事件を風化させず、子どもたちが夢見た未来に生きる重みをかみしめたい。

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  • 【琉球新報】

    ものを食べると形を感じ、匂いをかぐと色が見えるという人がいる。比喩ではなく、実際に別の知覚が呼び起こされるもので共感覚と言われる(リチャード・E・シトーウィック著「共感覚者の驚くべき日常」)▼共感覚とまでは言えないが、香りで色を想像したり、音楽で情景を思い浮かべたりは誰にでもあるのではないか。この集団の出す音を聴いたときは強い陽光に照らし出されたヒマワリの花が思い浮かんだ▼琉球大のジャズビッグバンド「モダン・ジャズ・オーケストラ」の奏でるサウンドだ。全国の学生ビッグバンドが覇を競う「山野ビッグバンドジャズコンテスト」にこの夏、県勢として初出場を果たし、出場35校中27位に食い込んだ▼全員が立って吹くスタイルと独特のノリで、48回を数える大会の常連校に引けを取らない堂々の演奏だった。「コンテストだと忘れがちだが、持てる力で最大限に楽しむことの大切さを示した」と審査員から評価された▼オーケストラの合奏は仲間の音を認め、タイミングを取り合って一つの音楽をつくり出す。他者を尊重することで成り立つ社会のありように例えられることもある▼学生が皆でつくり上げた音楽で、全国の舞台を沸かせたことは大きな経験となる。全国上位を目指す活動が県内他大にも広がってほしい。学生らの挑戦で沖縄の音楽はさらに盛り上がるはずだ。

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  • 【沖縄タイムス】

    ボクシングWBC世界バンタム級王者の山中慎介選手(34)が4回2分29秒TKOで敗れ、具志堅用高さん(62)が37年前に打ち立てた13度連続防衛の日本記録に届かなかった▼試合を巡り、セコンドのタオル投入が「早かったのでは」と物議を醸している。関係者やファンを巻き込み、「後半勝負なのに」「妥当だ」と見方が分かれる▼興南高校ボクシング部出身で、プロに転向した名嘉真堅安さんは1984年6月の試合中、連打を浴びた。セコンドで同級生の羽地克博さん(53)がタオルを投げようとすると、別のセコンドに制止された▼めった打ちが続き、レフェリーが止めたのはその10秒後。名嘉真さんは羽地さんに向かって笑ったという。「ごめんなー」。そう言っていすに座ると意識を失った。52歳の今、恩納村の実家で車いすの生活を送る▼右半身まひで言葉と多くの記憶を失った名嘉真さんを、必死で介護するのは父堅次さん(91)ら家族だ。「あの時、ためらわずにタオルを投げておけば…」と悔やむ羽地さんを、堅次さんは「これは運命だから」と逆に励ます▼脳にダメージを与え合うボクシングで、至近距離にいるセコンドの務めは選手を無事に家へ帰すこと。ボクサーである時間は短く、その後の人生は長い。山中選手の次は再起か、第二の人生か。無冠になったが明日がある。(磯野直)

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