▼コラム
1.「卓上四季」【北海道新聞】 札幌・大通公園を歩いていたら、数々のバラが太陽の光を浴びて花びらを広げていた。色もさることながら、札に記された品種名がしゃれている▼桃色がかった白色の花びらの端が波打つ「フレンチレース」、白い花の内側が薄い桃色の「ブライダルピンク」…。赤なら愛情、白なら純潔と色ごとに花言葉も違う。どの品種が好きかと問われたら、答えに困る▼最近見た映画「花戦(はないく)さ」が思い出される。戦国時代、生け花を通じて心の安寧を唱える花僧(かそう)・池坊専好(いけのぼうせんこう)が豊臣秀吉に対峙(たいじ)した物語である。秀吉は権力の階段を上り詰めるにつれ、「猿に似ている」と自分をやゆした子どもまで捕らえるようになる。全てを自分好みに染め上げ、多様さを認めない。権力者の陥るわなを感じる▼寛容さを失う天下人を、狂言師の野村萬斎さん演ずる専好は生け花の力でいさめようとする。犠牲になった人を模した花を見せられた秀吉は「どれもそれぞれ美しい」と認める▼生物は同じ種でも大きさや形が違う。たとえばチョウも斑紋がそれぞれ異なる。環境が変化した場合、その種が絶滅しないようにするための保険だとも言われる▼多様性は当たり前なのに、人間はそれを認めるのが難しい動物のように思える。家族の形が違うだけで色眼鏡で見ることがある。「この道しかない」とこだわり続ける政治家もいる。バラを愛(め)でるようにいかないのが恨めしい。2017・6・22
2.「河北春秋」【河北新報】 ホヤ刺し、ホヤ酢、へそホヤ、蒸しホヤ。石巻から直送の味が先夜、東京で飛ぶように売れた。宮城県の若手漁業者らの団体フィシャーマン・ジャパンがJR中野駅前で直営する「宮城漁師酒場魚谷屋(うおたにや)」の催し。同市鮫浦の阿部誠二さん(33)が水揚げした▼客は70人余り。「こちらではホヤを初めて食べる人が多いが、新鮮な味は大好評だ」と店長魚谷浩さん(37)は語る。神戸市出身で、石巻の浜で被災地支援を続けた。1年前にできた店では毎月「漁師ナイト」を企画し、漁業者と東京の人々をつなぐ▼新鮮さには秘密がある。「活(い)け越し」という方法だ。「水揚げしたホヤを出荷前に水槽で1日落ち着かせ、ふんも出させ、健康な状態にしてやる」と阿部さん。臭みのない本来の味を保てる▼宮城県のホヤ産地では、大消費地の韓国が輸入規制を続けるため、昨年から養殖の生産過剰分を処分している。これも風評被害。「今季のホヤは育ちが良く大きい。処分に出すのが残念」という阿部さんは、魚谷屋の催しに参加し客と語りあった▼「地元の浜でないと食べられないうまさだ」と横浜の居酒屋の主人らがうなったという。「魚谷屋のような直送先を開拓できれば、傷みの早さが難だったホヤを全国にも広められる」。漁師が陸に上がって売り込む。(2017.6.22)
3.「天地人」【東奥日報】 江戸時代のもののような原始的な単発銃、竹やり、火消し棒…。国民義勇隊がつかう兵器を陳列した部屋に、陸軍の係官が案内した。「これはひどいなあ」。鈴木貫太郎首相がつぶやいたという。こんな兵器で上陸してくる敵と戦えというのか。総理大臣室に戻ってきた鈴木は、迫水(さこみず)久常内閣書記官長に言った。「もう、まともな兵器は残っていないんだね」。迫水さんが『大日本帝国最後の四か月』(河出文庫)に書き残している。日本は終戦へ向かう。太平洋戦争の末期、本土決戦にそなえて、国民のほとんどを兵隊とする国民義勇兵役法が施行された。おなじ日、72年前の6月23日、激烈な地上戦の末、日米双方でおよそ20万人が犠牲となった沖縄戦が終結した。あすは「沖縄慰霊の日」である。沖縄戦の犠牲者をしのぶ碑「平和の礎(いしじ)」には、国籍や軍民をとわず戦没者の氏名が刻まれた。ことし、あらたに判明した54人が追加され、総数24万1468人となった。礎は、最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園にある。歩けど、歩けど、刻まれた名はとぎれない。1220面の刻銘板に、圧倒された記憶がある。国民義勇隊に実際に支給された兵器は、やはり、竹やりや昔ながらの刺股(さすまた)、弓などであったらしい。上陸してくるであろう米軍と戦うため、竹やりの訓練もおこなわれたと聞く。悲しいまでに滑稽である。
4.「天鐘」【デーリー東北】 天鐘(6月22日)かつて、八戸市内の解体業者から自動車のスクラップ部品が盗まれて大変だと聞いたことがある。車種はお構いなしで、部品などを持ち去るという。揚げ句の果てに、汚れた作業着などを洗う洗濯機まで盗まれたとか。不心得者は、外国貨物船の船員らしい▼自動車のスクラップ部品は、海外でそれなりに商品価値があったようだ。Aメーカーのものあり、Bメーカーのものあり。売れそうな物なら何でもだったという。被害者にすれば迷惑この上ないことだったろう▼こちらはスクラップ品ではなく、盗まれる心配のないまだ使える中古防衛装備品。自衛隊で不用となった船舶や航空機である。東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部加盟国に、無償か安価に譲渡するという▼これまで船舶、航空機は国有財産として「適正な対価での譲渡、貸し付け」という縛りがあった。法改正によって緩和され、所有国は別でも日本製の船舶や航空機が東南アジアに展開する。ただどこかきな臭い▼と言うのもASEAN関係国と連携して、南シナ海で軍事拠点を建設する中国をけん制する狙いがあるからだ。間接的に日本の監視支援という意味も含まれるのだろう▼解体業者は外国貨物船の船員の無法ぶりにお手上げだった。中国については、強引な現状変更の暴挙にお手上げでは済むまい。大国のエゴを押し通そうとする中国を抑制できるか気に掛かる。
5.「北斗星」【秋田魁新報】 絶滅から復活したコウノトリの野外生息数が100羽に到達したという。めでたいことだが、47都道府県のうち本県のみ飛来が確認されていないと聞けば、何となく肩身が狭い▼兵庫県立コウノトリの郷(さと)公園(TEL0796・23・5666)は人工繁殖したコウノトリの放鳥を12年前に始めて以来、野外で誕生した個体も含め1羽1羽に色違いの足環(あしわ)を装着し、一般から目撃情報を寄せてもらっている。2015年からは千葉県野田市や福井県越前市でも放鳥している▼行動範囲は年々広がり、15年末に沖縄本島、昨年5月に北海道名寄市、ことし5月には山形県酒田市の田んぼで目撃された。いずれも足環で国内産と確認され、空白地はついに本県だけとなった▼県内でも4年前に目撃されたが、足環までは確認できなかった。40年前には大陸から飛来したとみられる1羽が県南で目撃され、同じ年に男鹿半島で散弾を浴びた死骸が見つかる残念な出来事もあった▼コウノトリは一見するとアオサギやツルに似ている。「田んぼにツルがいる」と読者から電話をもらい、行ってみたらサギだった—ということは、ままある。「白くて足が細くて大きな鳥」には違いない▼サギは首をS字に折り畳んで飛び、コウノトリは真っすぐ伸ばして飛ぶ。ツルは足が黒く、コウノトリは朱色。など見分けるコツは幾つかある。空白を埋めたいと思う方には、まずは秋田市大森山動物園でコウノトリの実物を見ることをお勧めしたい。
6.「談話室」【山形新聞】 ▼▽サクランボシーズン真っ盛り。毎年この時季に合わせて山形市で開かれている催しがある。「鈍翁(どんのう)茶会」。今年は今週末の24、25日、県内外から茶道愛好家ら約600人がもみじ公園で知られる清風荘・宝紅庵に集う。▼▽それにしても「鈍翁」って誰?明治から昭和の初めにかけて活躍した実業家・益田孝(1848〜1938年)は三井物産の創設者。同時に益田鈍翁としても名を馳(は)せ、近代茶の湯の振興や道具の収集など、「戦前の財界茶道の中心的な存在」だった(「近代の茶杓(ちゃしゃく)」)。▼▽しかしその茶会がなぜ山形で?もみじ公園にある蹲踞(つくばい)(手水(ちょうず)鉢)や石灯篭(どうろう)などは元々は鈍翁の逸品。益田家から譲り受けた県人を通じて、市民の茶室建設に際し寄贈された。それを記念して1985年から続く。遺愛の品は庭で風情を醸し、鈍翁という傑物をしのばせる。▼▽今年で33回目。貴重な茶道具を鑑賞できる機会でもあるそうだ。各流派が垣根を超えて協力するのも特徴。政界風にいえば“超党派”の、しかしこちらは和やかな集まり。夏至と同じ日に県内も梅雨入りした。雨模様が続くのか。雨降りの神様もどうか一服してくれまいか。
7.「風土計」【岩手日報】 2017.6.22盛岡市でロケが行われた映画「3月のライオン」後編に、いじめのエピソードがある。主人公の高校生棋士・桐山零が交流する家族の次女が中学校で標的にされた。原作コミックでは「梅雨の始まり」の章だ▼「じとじと」「じめじめ」「むしむし」「うっとうしい」−。梅雨時の言葉をいくら連ねても、いじめの陰湿さには負ける。心が折れそうになる少女を桐山や家族が支え、ついに学校が腰を上げる▼いじめは夏休みの前に収束した。「どんなに泣いても苦しくても、決して意志を曲げなかったこの小さな勇者」。桐山がたたえた少女を真夏の太陽が照らすシーンは、彼女の名前「日向(ひなた)」の章。いつの間にか、梅雨が明けていた▼「梅雨の清浄効果」という言葉が浮かんだ。雨上がりの緑がひときわ鮮やかに見えるのは、空気がきれいに澄んだせい。雨粒が、大気中のほこりや排気ガスなどの汚染物質を包んで地上に運んでくれる▼ひと雨だけでも空がきれいになるのだから、長雨の効果は計り知れない。物語では、人の社会の汚れが梅雨の季節に洗い流された。問題に真剣に立ち向かった人々の涙や汗が、雨の一粒一粒となった▼東北地方はきのう、ようやく梅雨入りして「空を洗濯する季節」が始まった。ほどほどの雨量なら我慢もしよう。洗い流してほしいことが多すぎる世の中だから。
8.「あぶくま抄」【福島民報】 向井流水法(6月22日)旧会津藩士は海での戦いを想定し、古式泳法「向井流水法」の習得に励んだ。シンクロナイズドスイミングのように頭を水面から出したまま浮き続ける。敵を見失わない。体力を消耗せずに長時間、長距離を泳ぐ。甲冑[かっちゅう]を着けていても沈まない。当時は武術として重視された。徳川幕府も会津藩の「水軍」を高く評価し、黒船の来航時には最前線に置いた。向井流は戊辰戦争後、藩士が移住した北海道の小樽で脈々と受け継がれてきた。1989(平成元)年、会津に再び伝説の泳ぎが戻った。有志が会津向井流水法会を発足させた。今年、水法会が7年ぶりに活動を再開した。中心メンバーが他界し、休眠状態だった。60代になった会員らが「復活させた会津の伝統を二度と途絶えさせたくない」と立ち上がった。普及活動を通して次世代への継承に力を注ぐ。7月22日には小樽から講師を招いての講習会を開く。向井流は水難救助でも力を発揮する。溺れた人に抱き付かれ、身動きできない事態を避けるため「水車」なる回転技も伝わる。先人の知恵と経験によって生み出された。海や川の事故が増える季節を迎える。いにしえの水法を侮ってはならぬ。
9.「編集日記」【福島民友新聞】 日本は雨の多い国だ。農耕民族であった先人たちは雨の恵みや怖さをよく知っていた。そのためだろう、降る季節や時間帯、様子などによってさまざまな顔を持つ雨を多様な名前で呼んできた▼「万物生(ばんぶつしょう)」は、生きとし生けるものに新たな生命力を与える春の雨のこと。日照り続きの後に降る恵みの雨は「錦雨(きんう)」と言われる。似たような呼び名に「慈雨(じう)」もあり、ともに雨のありがたみが伝わってくるようだ▼一方で、雨への恐れを表した呼び方も多い。並はずれた大雨を「鬼雨(きう)」、作物の実りを妨げるような長雨を「苦雨(くう)」と言った。これらの言葉は詩人高橋順子さんの著書から学んだ。人々が雨にどれほど一喜一憂していたのかが分かる▼県内はきのう、梅雨入りした。梅雨は農作物にとって欠かせないが、集中豪雨を伴う「荒梅雨(あらつゆ)」や、干ばつを引き起こすような「空梅雨(からつゆ)」では困る。五穀に恵みをもたらしてくれるちょうどいい雨量であってほしいと空を見上げる▼気持ちまで湿りがちなこの季節だが、梅雨空を吹き飛ばすような熱い戦いだった。Jリーグ入りを目指すいわきFCが、天皇杯サッカーでJ1のコンサドーレ札幌を破った。破竹の勢いはどこまで続くのか、楽しみだ。
10.「雷鳴抄」【下野新聞】 日光国立公園は、1934(昭和9)年に誕生したわが国最初の国立公園の一つである。その23年前、日本初の国立公園設置運動を行ったのが日光町(現日光市)だったことは意外に知られていない▼日光市史によると、11(明治44)年、8代町長西山真平(にしやましんぺい)が帝国議会に「日光を帝国公園となす請願書」を提出した。採択されたが日露戦争後の財政難で具体的な動きにならなかった▼これを契機に全国各地で運動が広がり、請願は200件を超したという。この結果31年に国立公園法が公布され、設置につながった。どこよりも早く運動を展開した西山には先見の明があった▼壬生町歴史民俗資料館で西山に光を当てたテーマ展が開かれている。その生涯は謎に包まれていたが、子孫への聞き取りなどでだいぶ解明された。1840(天保11)年、下都賀郡中泉村(現壬生町)の農家に生まれ、経緯は定かではないが水戸藩士の養嗣子に▼明治維新後は貴族院書記官長心得などを務めて退官。日光に移り住み町議を3期努めて町長になった。資料館の中野正人(なかのまさと)学芸員は「日光の一大偉観とうたわれた日光美術館を運営し、日光軌道敷設に尽力した。功績は計り知れない」と評する▼75歳で没し、墓は都内の谷中霊園にある。日光ブランドの確立を進めた先駆者の一人。もっと知られていい。
11.「いばらき春秋」【茨城新聞】 茨城の風俗を2万点もの写真に残した民俗学者の故藤田稔さんのまなざしで、時代の変化を見つめる企画展「藤田稔のみた世界」が、水戸市緑町の県立歴史館で開かれている▼高校教師だった藤田さんは、教え子らとともに、地域の日常風景や年中行事、祭りなどを丹念に記録。同展では、子どもの首にひもで連ねた餅を掛ける「えりかけもち」や、実家で出産したお嫁さんが赤ちゃんと一緒に嫁ぎ先に戻る「孫渡し」などといった習俗も紹介している▼葉タバコを干す農家の庭先や、農婦を乗せて道を進む牛車の様子は懐かしい一こま。牛車の後ろを自動車が通り過ぎる画面の構図により、新旧の乗り物が対比されているのも特徴だ▼亡くなるおよそ1年前、本紙文芸欄に掲載された藤田さんの投稿作品がある。「枕辺に自著八冊を立て並べわが人生の夢として寝る」。専門分野を歩んだ成果を愛するわが子のように慈しみながら、眠りにつく老学者の姿がまぶたに浮かぶ▼民話や伝説に関した著書を残した藤田さん。茨城新聞社からは「茨城の年中行事」と、80歳での集大成として「茨城の民俗文化」を出版した▼失われゆく茨城を愛する心を、著書を通じて教えてもらっている。同展は来月末まで。(秀)
12.「三山春秋」【上毛新聞】 ▼新鮮な農産物を安定供給する日本の農業システムを、アフリカの農業に生かそうとする国際協力機構(JICA)の事業が県内を舞台にして行われた▼6月上旬、ケニアや南スーダン、エチオピアなど7カ国の農業普及員9人が、県内各地の農家や農産物直売所を視察した。日本の農業を手本に、自給自足の農業から「売るための農業」に転換し、母国農家の貧困対策につなげる狙いがある▼館林市の農産物直売所で行われた視察では、IT技術を活用して直売所と農家が在庫情報を共有したり、農家が自ら納入し価格を決める仕組みなどが紹介された▼「農家は消費者のことを最優先にしていた」「お店は農家と消費者のことを考え、農家と一緒に責任を果たそうと頑張っている」。普及員たちは、ITなどハイテクよりも、農業に携わる人々の姿に感心していた▼コーディネート役を務めたNPO法人自然塾寺子屋事務局長の森栄梨子さん(35)は「テクノロジーよりも、日本人の勤勉性や責任感、人と人との信頼関係が母国の発展の手掛かりになると受け止めたのでしょう」と話す▼生産から販売まで、消費者目線を共有する人と人との連携の強さが、日本農業の強みだと感じ取ったようだ。「貧しい母国の農家を少しでも豊かにしたい」。そんな普及員たちの願いがアフリカの大地で結実してほしい。
18.「斜面」【信濃毎日新聞】 長野はきのう日の出が4時29分、日の入りが19時09分。昼の時間が一年中で最も長い夏至だった。夏が短い北欧とりわけ白夜の北極圏は、時を惜しむように盛大に祭りを楽しむ。日本が盛り上がらないのは、梅雨空が続くせいだろうか◆年齢を重ねると夏至を過ぎれば短くなっていく昼の時間をいとおしく感じるようになった。限りある命と向き合う場合はなおさらだろう。細胞生物学者で歌人の永田和宏さんは詠んだ。〈一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間もうすぐ夏至だ〉◆2000年秋、妻で歌人の河野裕子さんに乳がんが見つかった。手術を受け経過も良かったが08年に転移・再発が分かる。抗がん剤による治療も効果がなくなっていく。がんの研究に関わっていた永田さんである。それがどんな状況を意味するか医師の説明を聞くまでもなかった◆残された時間は短い。一日一日と減っていく。歌で本音を吐露し合ってきた夫婦だ。思いを伝えようとすれば死が前提の歌になる。それではあまりに残酷ではないか…。葛藤の末にやはり歌人の子どもたちに背中を押され「もうすぐ夏至だ」を発表した◆2010年のことだ。その夏、河野さんは息を引き取った。遺した歌がある。〈生きてゆくとことんまでを生き抜いてそれから先は君に任せる〉。永田さんは著書に書いた。私の思いが彼女に届いたという確信に近い思いが「後の日々」を支えた、と。かけがえのない時間のバトンである。(6月22日)
19.「日報抄」【新潟日報】 風は告げて回る。低気圧が近づくと向きを変え雨の気配を人の鼻先に運ぶ。この時季の南からの暖かい風は草木を蒸し、そのにおいを借りて傘を促す▼風に「がんばろう」の旗がはためいている。糸魚川のまちを訪ねた日は、少し背伸びすると見える海から吹いていた。こうしてガンバロウが吹き渡っていく。海から歩いてすぐの相馬御風宅の門をくぐると、ここでも風に木枠のガラス戸がカタッと鳴く▼気が利く人がいるようだ。部屋という部屋に野の花が生けてある。うちわをあおぐ主人がいるかのようにアジサイが揺れていた。100円の入館料では気が引けるほど解説してもらい、入門書も1冊薦めていただいた▼それは金子善八郎さんによる新潟県人物小伝。大火と強風の記録でもある。相馬家は父の代から西の風、南の風による大火に泣いている。早くから名乗ったという御風の号に意志が見える。自由に操り制す「御す」である。逃れられぬこの地の風と向き合う決意と読める▼昭和の大火事でも家を焼かれ、温めていた構想の資料を失った。校正中の原稿を持ち出すのがやっとだった。だが遺墨は多く残る。これは再建資金を得るために短歌や童謡をしたため、売ったことによる。この頒布会を文壇や画壇、政界が何年にもわたり支え続けたという▼御風宅の土蔵の扉に「古今一如(ここんいちにょ)」とあった。昔も今も変わらず一つ、と受け取らせてもらった。吹く風は変えられぬ。昔も今も、負けまいと立ち上がる。強いまちへの志も一つ。
20.「中日春秋」【中日新聞】 豪放磊落(ごうほうらいらく)な人柄で多くの人を魅了した囲碁棋士・藤沢秀行さんと、将棋棋士の芹沢博文さんが、こんな話をしたことがあったという。我々は囲碁や将棋をどれほど分かっているのか。神様が百としたら、どの程度か▼二人で紙に数字を書いて見せ合ったら、答えが一致した。わずか六か七。藤沢さんは書いている。「碁打ちを五十年もやっていながら、何も分かっていない。ボウ然とするばかりだ。しかし失望はしていない。奥が深く、変化が広大無辺だからこそ、我々は強くなれる」(『勝負と芸』)▼それが今や囲碁や将棋でトップ棋士たちが人工知能(AI)に勝てない時代となった。AIが百としてさて我々は…と問わねばならぬ時代となったのだから、それこそボウ然となる▼だが、そんなコンピューターの力を使い、飛躍的に力を伸ばした棋士もいる。十四歳で将棋の公式戦最多連勝記録に並んだ藤井聡太四段だ。「人間では思いつかない手を指すソフト」との対局で、既成観念にとらわれぬ一手を追い求めているそうだ▼囲碁の世界最強棋士の一人・中国の古力九段はAIについて、こう評している。「囲碁の神秘的な一つの門を開けてくれた。人類とAIは、碁の世界の大きな幕を開けるよう共に探究している。新たな革命が進んでいる」▼藤井四段は連勝記録だけでなく、「六か七」の壁を破ってくれるだろう。
21.「大観小観」【伊勢新聞】 ▼「不適切な事務処理で作られた名簿から選んだ契約先だが、契約の内容は法令に基づいており、無効にするほど重大な瑕疵はない」と、本来対象外の事業所と随意契約を結んだことについて県雇用対策課▼それはそうだろう。勝手に契約しようと声をかけておいて、あなたは契約相手とは違ったから解除しますとは、いくら鉄面皮の県でも言いにくかろう。契約違反で訴えられて敗訴でもしたら、恥の上塗りになりかねない▼地方自治体の契約は一般競争入札が原則。随意契約は政令や地方自治法施行令に定められた場合に限られる。障害者の自立支援などの政策目的を実現させるために関連福祉施設を相手先にするのは施行令が認める一つで、県はこれを利用して障害者の雇用に積極的な事業所まで契約先を広げるルールをつくったに違いない▼対象外の事業所と締結しては地方自治法、同施行令や会計法、また県の内規か要綱に違反する可能性があるが、それはまあ、言わぬことにして、民法上の契約の問題だけについて「無効にするほどの重大な瑕疵はない」ということで終えようということでもあるのだろう▼自分たちの行動規範である法へのこだわりのなさか、臭い物にはフタか。事故繰り越しを前提に事業を進め、発覚が不安で公文書を改ざんした5年前の鳥羽港改修工事不適正事務を思わせる。法令順守、血税で仕事をしている緊張感に欠けると総括したのは鈴木英敬知事だったが、意識改革は浸透したのかどうか▼3年間にわたって手続きを怠っていた職員は「多忙で忘れていた」。こだわりはないのである。
22.「大自在」【静岡新聞】 2017年6月22日【大自在】(2017/6/2207:45)▼能力とは物事をやり遂げる力のこと。英語ではアビリティ。オリンピックと合わせた造語「アビリンピック」は全国障害者技能競技大会の愛称として知られている。2007年に県内開催された国際大会を思い出す方もおられよう▼本年度の県大会が先日、静岡市葵区で開かれた。縫製、ビルクリーニング、データベース作成、喫茶サービスなど12種目に約100人が出場。本県独自の種目「木工B」では、特別支援学校や職業訓練校の選手6人が課題に挑んだ▼道具は小刀のみ。用意された長さ20センチ、3センチ角の桐集成材を3本のロープが寄り合わさったような曲面を持つねじりん棒に彫り進める。まず八角柱、円柱にして仕上げへ。制限時間は3時間。会場に聞こえるのは木を削る音だけだ▼「速い子は完成まで2時間ほど。集中力は見事なものです」。大会スタッフの杉山強志さん(県立あしたか職業訓練校)は学校では指導役。最初は付きっきりだった生徒が、いつの間にか刃物を器用に使いこなす姿に驚かされるという▼大会出場は選手にとって誇りであり自信。「自己アピールのため、ねじりん棒を就職面接の場に持参する子もいる」と杉山さんが教えてくれた。能力の差こそあれ、就労・自立は障害者の「譲れない」目標になっている▼静岡労働局によると、障害者の法定雇用率2%以上を達成した県内企業は5割止まり。足踏みは企業側に残る障害への偏見や不安のせいかもしれない。しかし、選手らの鍛錬の技を間近にしたなら、それもきっと消えていくに違いない。
25.「時鐘」【北國新聞】 きょうのコラム『時鐘』2017/06/2201:51平年(へいねん)よりも9日遅(おそ)い梅雨入(つゆい)りの発表(はっぴょう)があった。当節(とうせつ)の「梅雨入りしたとみられる」という歯切(はぎ)れの悪(わる)い言(い)い回(まわ)しにも、慣(な)れてきたことしは、もう梅雨入りしたのではないか、という声(こえ)がもっぱらだった。北陸(ほくりく)の梅雨空(ぞら)の判断(はんだん)を仕切(しき)るのは、新(にい)潟(がた)の気象台(きしょうだい)。梅雨の気(き)分(ぶん)や気構(きがま)えまで、お役(やく)所(しょ)の指図(さしず)に従(したが)うものでもあるまいに、とあらためて思(おも)う桜(さくら)の開(かい)花(か)にしろ、梅雨入りにしろ、発表のズレを実(じっ)感(かん)することがある。「空(から)梅雨」というややこしい空の機嫌(きげん)もある。自(し)然(ぜん)を相手(あいて)の予測(よそく)や予(よ)報(ほう)の難(むずか)しさを察(さっ)するが、季節(きせつ)の移ろい、暮(く)らしの節目(ふしめ)の判断(はんだん)は、土(と)地(ち)ごと、住(す)む人(ひと)ごとの実感を大切(たいせつ)にしたい、と心(こころ)するとはいえ、いざ梅雨入りと聞(き)かされると、憂鬱(ゆううつ)な気分(きぶん)になる。人工繁殖(じんこうはんしょく)で誕生(たんじょう)したライチョウのひな1羽(わ)が死(し)んだという知(し)らせが届く。不順(ふじゅん)な空のせいなのか、と八(や)つ当(あ)たりしたくなる。梅(うめ)の実(み)が熟(う)れる時期(じき)の雨(あめ)。風(ふ)情(ぜい)あるはずの「梅雨」なる言葉(ことば)だが、うっとうしさが先(さき)に立(た)つ「降(ふ)る音(おと)や耳(みみ)も酸(す)うなる梅の雨芭蕉(ばしょう)」。早(はや)く明(あ)けよ、と空をにらむ。目(め)も耳も、心まで身(み)勝(がっ)手(て)さで酸っぱくなってくる。
26.「越山若水」【福井新聞】 【越山若水】前夜に風が強かったので身構えて迎えた梅雨入り。県内は嶺南の被害が目立った。さらに気の毒だったのは太平洋側の各地で、空梅雨が一変して暴れ梅雨になった▼異変といっていいのか、世界の記録的な高温続きにも驚かされる。パキスタンでは数日前に54度を記録したし、ポルトガルやスペインでも40度を超えたという▼きのうの梅雨入りは過去10年で最も遅い。観測史上では2007年と並んで7番目に遅い。これも「記録的」と言えなくもないが、地球的に見れば遠慮してしまう▼もっとも、梅雨はわが国の特徴である。春夏秋冬に付け加えて五季としよう、という声もあるほどだから、大事にする態度が肝心だろう。できれば積極的な意味を見いだしたい▼じめじめ、じっとり、おまけに高温という環境を喜ぶのはカビ。だから梅雨は黴雨(ばいう)で、食べ物が傷み洗濯物が臭くなると嫌がられる。が、それはあまりに一方的な偏見のようだ▼カビは肉眼では見えない微生物の一つ。空気中に無数にいるなかには、日本になくてはならないカビ菌も棲(す)む。清酒やみそ、しょうゆ、沖縄の泡盛造りには欠かせない▼これらは物を腐らせるのではなく発酵させる。とても有益なカビ菌なので、日本の「国菌」に定められている(「超能力微生物」小泉武夫著、文春新書)。快適なエアコンがあったらできなかった偉大な発見だ。
27.「凡語」【京都新聞】 そう思う人も、思わない人も噂(うわさ)はよく知っている。「京都人にとって先の戦(いくさ)は応仁の乱?」のあれだ。だが、乱の詳細を問われると、口ごもってしまう▼この大乱から550年、中世史研究者・呉座勇一さんの著書「応仁の乱」(中公新書)が大ヒットしている。細川、山名氏ら登場人物は約300人。興福寺の高僧2人の日記を軸に内実をあぶり出す▼戦乱が11年にも及んだ理由は明快だ。将軍や大名たちの「コミュニケーション不足やタイミングのずれ」。このため、終戦工作は失敗を重ね、民衆が災いを被った▼強引な幕引きも、大きな失政になる。「共謀罪」法を巡る先日の国会の攻防である。国民への説明や熟議の不足、中間報告という与党の突然の奇襲。呉座さんの指摘に、どこか通じるようだ▼「共謀罪」法の可決、成立によって、捜査機関は犯罪を計画段階で処罰できるようになる。内心の自由を侵されないか。権力の乱用はないか。監視の網が広がるのでは。幾つもの不安や懸念がよぎる▼応仁の乱の後、荒廃した京都の復興を担ったのは、幕府や朝廷ではなく町衆だった。都から町へ。自治意識の高まりは、都市の性格を変えたとも聞く。そんな先人たちの気概に学びたい。「お上(かみ)任せ」にせず、同法の行方を厳しく見詰めなければならない。
28.「正平調」【神戸新聞】 危機管理と口で言うのは簡単だが、現実にはなかなか難しい。その点、渡哲也さんの対応はいい手本と、いまだに語られる。人気番組「西部警察」の制作中止に踏み切った決断である◆ロケ中の事故でファンが大けがをした。石原プロの社長だった渡さんは翌日、会見で中止を明らかにした。「責任とけじめ」だと。言葉だけで終わらない。結論を先延ばしにしない。その姿勢から誠意が伝わった◆では国会閉会を受けた安倍首相の記者会見はどうか。内閣支持率の急落もあり「申し訳なく感じている」と国会答弁を反省した。ただし、わびているようで心底わびてはいない。渡さんのような誠実さがない◆今度は萩生田(はぎうだ)官房副長官に加計(かけ)学園問題に絡む新文書が明らかになった。ご当人は否定するが、首相関与をうかがわせる中身だ。最初にすべてを公表するのが危機管理の原則である。こうして新事実が次から次では、まだ隠しているだろうと誰もが勘ぐる◆政治家はよく「信なくば立たず」と言う。孔子の教えらしく、国民の信頼がなければ政治は成り立たないという意味である。安倍首相も会見などで何度か使っている◆いかにも政治家好みだが、ひとたび揺らぐと信はもろい。危機感の鈍さはおごりからと、民はにらんでいる。2017・6・22
29.「国原譜」【奈良新聞】 高市早苗総務相(県2区衆院議員)の在職日数が歴代1位となった。政治の世界での「女性の活躍」のシンボルとして一層の精進を期待する。県関係国会議員6人のホームページの中では、高市さんのが一番読みごたえがある。コラムもいいし、総務相会見の内容を掲載してくれているのも、とても参考になる。その高市さんが、今月13日の記者会見で「町村総会」に触れていた。町村の議会の代わりに、有権者全員で構成する「総会」を設置するというものだ。高市さんは、町村総会の在り方を検討する有識者の研究会を7月にも設置すると発表。町村総会の弾力的な運用方策などのほか、現在の議会を維持していくための方策も検討するという。人口約400人の高知県大川村が議員の担い手不足を理由に町村総会設置検討を公表して注目されたが、高齢・少子化、過疎化が進む本県東部・南部も他人事ではない。野迫川村や上北山村も人口400人台。自治体としての存続に必ずしも議会にこだわる必要はないだろう。村長を軸に熟慮を。高市さん率いる総務省の検討にも注目したい。(北)
30.「水鉄砲」【紀伊民報】 21日の紙面編集は、普段にもまして緊迫した。印刷開始までの時間が切迫する中、一度は完成していた1面と社会面のトップ記事を取り換えたからだ。▼当初1面トップに予定していたのは、雨不足に泣かされていた農家の人たちが梅雨入り宣言の日以来、初めて降ったまとまった雨を「恵みの雨」と喜んでいる様子を伝える記事。紙面では社会面のトップに掲載している。▼ところが、雨の降り方がただごとではない。現場からの情報は時間を追って緊迫してくる。「古座川が氾濫の危険」と現地の記者が伝えてきたと思えば、各地の雨量を取材している記者は「日置川の1時間雨量は89・5ミリ、西川でも84・5ミリ。ともに観測史上最大」と報告する。すさみ町が周参見川流域の世帯に避難指示を出したという情報も入ってくる。▼これは「恵みの雨というより、災いの雨。災害だ」と判断。大雨のデータと、それに伴う各地の情報をまとめた記事を、1面トップに持ってきた。▼締め切りまでの時間が限られた状況で急に方針を転換すると、編集作業は混乱する。しかし、読者がいま、一番に知りたいことをいち早く、より正確に伝えることが新聞の役割だ。切迫した状況にあっても、総力を結集して最新の情報を提供しなければならない。▼そう考えると、取材にも編集作業にも気合が入る。職場の仲間がそれぞれの持ち場で躍動している姿に、これが新聞編集の現場だと実感した。(石)
31.「滴一滴」【山陽新聞】 意外な結果に驚いた。水島コンビナートを中心に大企業の主力工場が立地する倉敷市。裕福なまちだと思えるが、住民一人当たりの年間所得の平均(333万円)は津山市(378万円)よりも少ないという▼倉敷は巨大な生産力があって稼ぐ力は強いが、収入の4分の1が東京などの企業の本社に吸収され、住民の所得には必ずしも回っていない—。分析した価値総合研究所(東京)はそう指摘する▼本紙の連載「Lの時代へ歪(ひず)みを超えて」で紹介されていた。一つの分析だけで現状を正確に反映しているとは限らないが、地域でお金が回らなければ地元への経済効果が下がるのは確かだろう▼東京資本などの大型店やチェーン店で買い物をすると、地場の商店で買うのと比べ、より多くのお金が地域外に出て行く。それが地元に関係ないネット通販などではなおさらである▼地元にお金を回そうと、島根県を拠点とするスーパーが、地場産品の売り上げ割合を7年前の8%から16%にまで高めた。対象は青果や精肉、鮮魚、菓子、酒などあらゆる品目に及ぶ。岡山県内でも地元産商品を5年で倍増させようというホームセンターが出てきた▼地元産であっても品質の悪い商品は論外だが、買い物で地元に貢献できるならいい。自分がレジで払うお金がどこに回るか、ちょっと意識してみようか。(2017年06月22日08時00分更新)
32.「天風録」【中国新聞】 ひやりのヒアリ駆除2017/6/22ちょうどいまの時季、正岡子規は一句詠んだ。<梅雨晴れやところどころに蟻(あり)の道>。つかの間の日和を逃さず、せっせと働く小さな一群には、ほのぼのさせられる▲一方で、こちらの行列には身の毛がよだつ。南米原産で強力な毒針を持つヒアリが神戸港などで見つかった。中国からのコンテナ貨物に潜んでいたようだ。英語の呼び名はファイア・アント。刺されると、やけどのような激しい痛みに苦しめられる▲スズメバチに刺された時と同じように、呼吸困難などのショック症状で死に至るケースも。ヒアリは米国で年100人の命を奪い、家畜にも襲い掛かる。変圧器に潜り込んで停電を引き起こすなど国全体の経済損失は年数千億円に上る▲経済のグローバル化とやらで、わが国でも未知の外来生物の脅威が。アルゼンチンアリやセアカゴケグモは瞬く間に広がった。ヒアリまで定住すれば、子どもを砂場でおちおち遊ばせられない。農作業も気が抜けない▲神戸では駆除が進み、全国の主要港湾でも緊急調査がスタートする。きのう本紙の時事川柳欄に<水際でヒヤリヒアリの駆除作戦>とあった。「蟻の一穴」から、暮らしの土台や生態系が崩れかねない。
35.「海潮音」【日本海新聞】 近代モダニズム建築が注目されている。1950〜70年代の高度成長期に建設され、船や塔、ピラミッドのような独創的なデザインが目を引く建物が多い。こうした建物をめぐって老朽化による保存か解体かの論議が巻き起こり、全国から姿を消しつつある◆「まるでパルテノン神殿のよう」と言われた倉吉市役所は1956年、世界に名だたる建築家、丹下健三氏が設計した。その1年前には、坂本鹿名夫(かなお)氏が旧明倫小の円形校舎を完成させている。偶然にも完成は42歳と43歳の時。新進気鋭の建築家として世の注目を浴びるようになった時期の作品だ◆坂本氏は合理性と経済性を追求し円形にこだわった。この時期、病院から学校まで全国に100以上の円形建築が誕生。その姿は古代ローマのコロッセオ、中国福建省の円形土楼を思わせる◆旧明倫小円形校舎をフィギュアミュージアムとして再活用しようという動きが進む。倉吉というレトロなまちにフィギュアという組み合わせは、訪れる人に驚きを与えてくれるに違いない◆地域の風土や文化を理解するためには、そこにある建物を理解することが欠かせない。建物は建築家の思いや住民の日々の営みをよみがえらせる。機能的には不便なことも多いが、愛着と誇りを持って使われている倉吉市役所でそう思った。(樹)
36.「明窓」【山陰中央新報】 鳥取大学農学部獣医学科(当時)に進学した高校時代の同級生が「獣医は飽和状態。卒業後どうなるやら。進路を誤ったかもしれない」と心配していたのを思い出す。今から50年近く前のことである。同級生は鳥取県庁に就職したが、相当な難関だったらしい▼獣医師は余っているのか、不足しているのか。加計学園の獣医学部新設を巡る問題は「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」ことの真相究明は持ち越されたが、獣医師の「需給調整」の問題も見過ごされてはならない▼獣医師数について農水省は現状は足りているが、将来は余る可能性が高いとみているようだ。ペットブームがピークを過ぎ、今後獣医療需要は減少する見通しという▼現状は足りていると言っても総数の話であり、犬や猫のペット獣医か、牛などの産業動物獣医かによって偏在は大きい。大都市を中心にペット病院を開業する獣医は充足しているが、地方で家畜の伝染病対策などを担う公務員獣医の不足は深刻になっている▼島根県では家畜保健衛生所などに勤務する公務員獣医が足りない。定数96人に対し現状は80人。昨年は10人募集したが、応募者は3人しかいなかった。和牛などの畜産県である島根県にとって、このままでは口蹄疫(こうていえき)など家畜伝染病が広がった場合、対応できなくなる恐れがあるという▼医学部に負けず劣らず狭き門となっている鳥取大共同獣医学科と公務員獣医の不足。総理のご意向の真偽に目を凝らしつつ、地方の意向も忖度(そんたく)してほしい。(前)
33.「四季風」【山口新聞】 冬ならともかく、まさか5月に風邪をひくなんて。医者に聞くと、〈夏風邪〉に感染する危険性が高いのが、この時期からだそうだ▼未明に激しいのどの痛みに襲われて目覚め、見ると喉の奥が真っ赤に腫れている。喉風邪と診断され、処方薬で発熱や痛みは緩和されたものの、症状が鼻に移り、数日間流れる鼻水と、真夜中に繰り返す咳が本当につらかった▼5月は、冬から春への気候の変化による疲れが身体に出てくるのと、進学、就職、転勤など生活のリズムの変化でストレスをため込む人が多くなる。そこに花粉症の流行時期が重なる。花粉に紛れて拡散したウイルスが至るところに潜んでいるのである▼風邪は鼻や喉の急性炎症の総称で、医学的には「風邪症候群」と呼ばれる。症状を引き起こすウイルスは200種類以上とされ、季節によって活性化する型が異なることから、1年を通して感染の危険がつきまとう▼変異や未知のウイルスがたくさん出てきて、同じウイルスでも型が違えば風邪をひく。6月の風邪は暑さと湿気を好むウイルスが大暴れし、高熱が長く続くので、くれぐれも注意を。抗生物質が効かず、特効薬のない〈夏の風邪は犬も食わぬ〉そうな。(宮)
37.「地軸」【愛媛新聞】 きれいな図柄に目を奪われ、つい、また買ってしまった。郵便局の窓口で見つけた切手。デンマークとの外交関係樹立150周年にちなむポップなデザインも、尾形光琳の「燕子花図屛風(かきつばたずびょうぶ)」の丹精な図も捨てがたく、旅好きなあの人にはこれ、海外に住む友にはこちらをと思い浮かべる▲筆まめな友人からはいつも、包み紙や美術展のチラシを使った手作り封筒で手紙が届く。封筒の絵や季節に合わせた切手を貼って。なんとも愉快な遊び心。紙や切手を選ぶひとときに寄せられた気持ちがうれしい▲元気かどうか気になっていた友からは、富士山5合目からの絵はがきが届いた。山草を写す切手の下には、その地の郵便局でしか押すことのできない「風景印」の消印。山の風がここまで笑顔を運んできたよう▲明治時代、博物学者の南方熊楠は世界の切手を集めた。そのアルバムには「音にきく国ぐにぶりをひとながめ」の一筆。若き日、文化や暮らしを映し出す一枚一枚を眺めては、まだ見ぬ広い世界へ思いをはせたに違いない▲かつて収集品として人気を集めた。だが最近は、好みのものを実際に使って楽しむ「切手女子」が増えているという。会員制交流サイト(SNS)やメールが情報通信の主流になった今も、小さな世界に思いを託して気持ちを届けるぬくもりは変わらない▲本格的な雨の季節がやってきた。家で過ごすゆったりした時間、さあ、どの切手を選ぼうか。
38.「鳴潮」【徳島新聞】 昨日の原稿で読者の方からお叱りを受けた。「損害は1隻撃沈」のくだりである。「撃沈」は敵の艦船を沈めることで、沈められた場合には使わない改めて取材ノートを見ると、講演の該当部分は「1隻沈没」となっていた。終戦から72年がたち、数少なくなった戦争を知る人の貴重な言葉を、どうしてきちんと伝えられなかったか。読者にも、講師にも、申し訳なく思うなぜ誤ったのか。考えるまでもなく、確認不足である。推敲(すいこう)の際にも読み飛ばしていたのだろう。心のどこかにおごりや慢心はなかったか。油断していたというほかはない。天は決して見逃さないようである。しくじれば、せめて対処は誠実にしたい19世紀のドイツの作家が書いている。<過ちとはりねずみは針を持たずに生まれてくる>。「世界名言・格言辞典」(東京堂出版)にある。刺された後で、そのことに気づく。後悔先に立たず今後の戒めに「過ち」を含む言葉を幾つか挙げてみる。まず論語から「過ちて改めざる、是(これ)を過ちという」。過ちを知りながら改めようとしない、これこそ過ちというべきだ。もっともである「過ちを文(かざ)る」。これも論語から。あれやこれやとごまかして取り繕う。どうにも見苦しい。だから、「過ちては改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」。いにしえの金言が、いちいち身に染みる。
39.「小社会」【高知新聞】 「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。1951年、連合国軍最高司令官を解任されたマッカーサー元帥が日本から帰国し、米上下両院合同会議での演説の締めくくりに用いた言葉だ。実際には消え去らなかったのだが。そんな昔話を思い出したのは、将棋の現役最高齢記録を持つ加藤一二三・九段が引退したから。最後の棋戦で敗退したためだが、投了後、「きょうはコメントはありません」との言葉を残して静かに対局場を後にしたという。14歳7カ月で史上初めて中学生のプロ棋士となり、77歳の今日まで63年間に及んだ現役生活。色紙に好んで書く「直感精読」通りの深い読みで数々の名勝負を演じ、名人位などを獲得した。記録はむろん、長く記憶に残る棋士だろう。本当にお疲れさまでした。その最年少記録を5カ月短縮し、昨秋プロ入りした藤井聡太四段。デビュー戦で加藤九段に勝ったのを皮切りに、公式戦での連勝記録が歴代最多の28に並んだ。神谷広志八段の記録は1986〜1987年度のものだから、30年ぶりの快挙となる。非公式戦ながら藤井四段に敗れた羽生善治3冠の言葉が、その強さを物語る。「攻守のバランスがよく、非常にしっかりしている将棋だ」。7月で15歳になる規格外の中学3年生はこの先、どこまで成長していくのか。勝負の世界にあって、新陳代謝は活性化への大きな力となる。新記録が懸かる6月26日の次回対局が待ち遠しい。6月22日のこよみ。旧暦の5月28日に当たります。かのえたつ二黒友引。日の出は4時56分、日の入りは19時19分。月の出は3時12分、月の入りは17時05分、月齢は27.3です。潮は中潮で、満潮は高知港標準で3時46分、潮位183センチと、17時08分、潮位181センチです。干潮は10時28分、潮位15センチと、22時47分、潮位82センチです。6月23日のこよみ。旧暦の5月29日に当たります。かのとみ一白先負。日の出は4時57分、日の入りは19時20分。月の出は4時03分、月の入りは18時14分、月齢は28.3です。潮は大潮で、満潮は高知港標準で4時33分、潮位190センチと、18時00分、潮位190センチです。干潮は11時16分、潮位1センチと、23時37分、潮位83センチです。
40.「春秋」【西日本新聞】 福岡県宗像市の海岸沿いで、面白い案内板が目についた。「北斗の水くみ海浜公園」。由来が気になっていた。同県岡垣町が小惑星の名前になった、という記事を先日読んでふに落ちた▼宗像市と隣接する岡垣町をつなぐのは「北斗七星」。両市町では、ひしゃくの形に並んだ星が水平線に近づき、海面すれすれを通って、再び空に上る様子を見ることができる。まるでひしゃくが水をくんでいるように見えることから「北斗の水くみ」と呼ぶそうだ▼観測できるのは夏から秋にかけて、北に水平線を見渡せる北緯34度付近の海岸線。条件をうまく満たすのは、国内では両市町や北九州市などの九州北岸だけという▼世界的にも珍しい現象で地元をPRしようと、宗像市は星がよく見える海岸に公園を整備。岡垣町も「観光ステーション北斗七星」を開設し、北斗の水くみにちなんだイベントなどを企画している▼水くみ現象に気付いたのは天文学者で福岡教育大名誉教授の平井正則さん。星による地域おこしの取り組みを知人のアマチュア天文家渡辺和郎さんに伝えたところ、渡辺さんは自身が発見し、命名権を持つ小惑星の名を「岡垣町」で申請、承認された。小惑星は直径約6キロ。火星と木星の間にあり、約3年半かけて太陽の周りを回っている▼見上げると、梅雨空の切れ間に星が瞬く。地元だけのぜいたくな天体ショーを、ことしは見に行ってみようか。=2017/06/22付西日本新聞朝刊=
41.「くろしお」【宮崎日日新聞】 優しい母との別れとすれ違い、スターへの夢、重なる不幸など流転する少女の運命を描いた「ここに幸あり」は雑誌「少女」の昭和29年4月号から翌年10月号まで連載された。主人公の青山いづみは歌の上手な女の子だ。地方都市で母子二人つつましく暮らしていたが働きすぎた母が体を壊し、家賃が払えなくなる。苦境の中にあって町の音楽コンクールで1等賞になり、東京のレコード会社の社員だという男にスカウトされ、上京する。男の正体は、子どもをだまして売り飛ばす悪人だった。のちの少女漫画の先駆け的読み物で文より絵の部分のスペースが広く、ぱっちりした目の美少女の背後の影絵が迫りくるピンチを暗示した(堀江あき子編「乙女のロマンス手帖」)。物語の展開としては陳腐化して、もう通用しなくなっても現実の世界ではあこがれの職業をえさに女性を闇の世界へ引きずり込む悪人たちが牙をむき、爪を研ぎ、襲いかかる機会をうかがっている。それも名のある会社の社員を装うこともなく手軽な方法で、だ。インターネット上でモデルを募集、契約した少女にアダルトビデオの出演を強要したとして大阪府警は職業安定法違反の疑いでDVD販売サイト運営者の男を逮捕した。被害者は1都2府16県で200人を超え、大半が18〜19歳という。まず、ここに罠(わな)ありと疑ってかかるべきだ。素人に日給5万円など甘い話が転がっているはずもない。ネットの闇にからめ捕られると骨の髄までしゃぶられる。物語は波瀾(はらん)万丈の末、幸せな結末を迎えるが現実は地獄でもがくはめになる。
42.「水や空」【長崎新聞】 「フラッシュの点滅にご注意ください」。30年ぶりの大記録を成し遂げ、大勢の取材陣に囲まれて控えめな笑顔で喜びを語る14歳を画面で眺めながら、前の夜、同じ戦いの舞台から無言のまま足早に去った77歳のことを考えた▲既に引退が決まっていた現役最年長棋士の加藤一二三・九段。一昨日の敗局が最後の将棋になり、63年間の棋士生活に幕が下りた。通算1324勝はもちろん大記録だが、積み重なった1180敗も驚異的な数字▲この日の将棋は中盤で形勢を損ね、一方的に押し切られた。自玉に詰み筋が生じた最終盤、長い離席から戻ると相手に「(局後の)感想戦は無しで」と告げて直後に投了。取材にも応じずタクシーに飛び乗った▲終局後の振る舞いには「非常識だ」「大人げない」と批判の声も上がった。ただ、それほど将棋に詳しくない同僚は「その年齢になって、そんなにも『悔しい』と思えるハートがすごい」と、温かめの感想をもらしていた。同感である▲丸1日過ぎた昨日は気持ちも落ち着かれたのか、ニュース番組にゲストで登場。ケロリといつもの早口で表情豊かに「藤井将棋」を語っていた▲大物ルーキーの快進撃が"社会現象"になりつつある。加藤さんも引っ張りだこの日々が続きそうだ。お別れの言葉はゆっくり聞こう。(智)
43.「有明抄」【佐賀新聞】 藤井聡太28連勝2017年06月22日05時00分「早く名人になって、将棋をやめたい」。10代の終わりに、そんな言葉を吐きながら盤に向かった棋士がいた。将棋界最高峰のA級に在籍したまま、がんのため29歳で早世した村山聖(さとし)である。自分には時間がなく、頂点にさえ立てれば悔いはないとの強い思いが伝わる◆幼くして腎臓の難病に侵され、病の床で将棋と出合う。それは魅力に富み、心を解放してくれるものだった。いわゆる「羽生世代」の一人で、ライバル羽生善治三冠は「感覚が鋭い。命がけで指していた」と評した。村山にとっては強くなること、目の前にある将棋に勝つことだけが支えだったという(大崎善生著『聖の青春』)◆勝負師とはそういうものだろう。ここにも勝つことに懸ける少年がいる。デビュー以来の公式戦連勝記録を歴代最多タイの28とした藤井聡太四段である。「望外」「醍醐味(だいごみ)」などと中学生とは思えない語彙(ごい)力を発揮する。きのうも大物の風格で勝利の弁を語った◆幼少時から「闘争心の塊」と言われた。はるか年上を相手に無難な手ではなく、リスクを負いながらも勝ち目がある手を選ぶ。負ければその悔しさを次の対局にぶつけて成長した◆村山にとって将棋は、大空を自由に駆ける翼のようなものだったという。藤井四段も翼を得て、のびのびと大器に。後に続く子どもたちの夢を乗せて−。(章)
45.「南風録」【南日本新聞】 無人島に何か持っていくとしたら、何を持っていきますか。こんな質問に「(将棋界の第一人者である)羽生善治さん」と答えたという。引退が決まった最高齢棋士の加藤一二三・九段である。どこまでも将棋が好きなのだろう。最近テレビで見掛ける「ひふみん」の人柄を知り、この珍回答を少し納得できるようになった。中学生だった14歳でプロ入りし、77歳まで将棋一筋の人生だ。「神武以来の天才」と呼ばれ、名人など数々のタイトルを獲得した。ライバルが次々と引退し、棋士としてのピークを過ぎても闘志は衰えなかった。勝てば最高齢の勝利記録、負けて引退という対局で締めくくったのもこの人らしい。伝説の棋士の引退から一夜明けて、中学生棋士の藤井聡太四段が歴代最多の28連勝に並んだ。デビュー戦の相手を務めたのが加藤さんだ。因縁を感じる。トップ棋士が立て続けにコンピューターソフトに敗れる時代である。成長する人工知能と人間はどちらが強いかという問いの結論は出たのかもしれない。それでも将棋の神様に選ばれた天才が知力を振り絞る戦いの物語は、人々を魅了する。去る77歳と挑む14歳は、1000年を超える将棋の歴史で半年間だけ交わった。加藤さんが63年で重ねた勝ちは1324、負けは1180。勝って喜び、負けて涙するから人は面白い。藤井四段はどんな物語を紡いでくれるだろう。
46.「金口木舌」【琉球新報】 落語で大切なのは共感だという。共感には陰陽があり、陽が笑いなら陰は涙。落語家の桂春蝶さんは言う。「笑いにこだわらず、人間そのものを伝える落語があってもいい」▼春蝶さんは24日、浦添市の国立劇場おきなわでの独演会で「ニライカナイで逢(あ)いましょう」の演目を披露する。沖縄戦でのひめゆり学徒隊の物語を通して「命のぬくもり」を伝える。東京での先行公演を鑑賞した▼その一場面、命の重みが鮮明に分かれる。自分たちの命の意味を問う特攻兵士に上官が答える。「軍人が死ぬことで国民は一つにまとまる。貴様ら軍人が全員死ぬことだ」▼一方、戦場をさまよう学徒隊の引率教師は生徒を生かすことを選ぶ。目前の負傷兵が死んでも「涙が出ない」と自分を責める生徒一人一人に夢を尋ね、生きれば必ずかなうと励ます。「命こそ未来への大きな贈りもの」と▼あすは「慰霊の日」。毎年、埋もれた命に気付かされる。今年の平和の礎への追加刻銘は54人。1歳前後の姉を亡くした遺族は「乳飲み子でも命の尊さは同じ」と語った▼鉄血勤皇隊での体験を基に、平和の礎を築いた大田昌秀さんが亡くなって10日余り。県民の多くが特別な思いで「6・23」を迎えるに違いない。先の引率教師は「生きればいつかきっと凍った涙は溶ける」と説いた。新基地建設が進む沖縄に、その日はいつ訪れるのだろうか。
47.「大弦小弦」【沖縄タイムス】 「職業に貴賎はないと思うけど、生き方には貴賎がありますねぇ」。作家の永六輔さんの『職人』(岩波新書)に出てくる言葉である▼同書は永さんが出会った職人たちが口にした珠玉の言葉のコレクションである。職人とは職業ではなく「生き方」だと永さんは言い、収められた言葉は人生訓そのものである▼冒頭の言葉をかみしめたのは、通常国会の終了で疑惑が残ったまま幕引きされた加計(かけ)学園問題で、獣医学部新設計画に関する文書をめぐる安倍政権の閣僚らの見苦しい言動を見たからである▼国会審議で文書の信憑(しんぴょう)性を追及された地方創生担当相は「(文書を作成したのは)文科省からの出向者で、陰に隠れて本省にご注進したものだ」と発言。また文科副大臣も、文書流出は国家公務員法違反との可能性を指摘し、真相究明とは真逆の恫喝(どうかつ)の言葉を放った▼守るべき部下をスパイ扱いし、保身のためなら平気で切り捨てる。陰で言うならまだしも、国会という公の場で恥じらいもなく口にするその神経にはあきれるばかりである▼歪(ゆが)んだ行政をただそうと、勇気を持って告発した名も知らぬあなたへ。もし、自身の正義感を悔やんでいるなら、永さんの著書から次の言葉を贈る。「人間、〈出世したか〉〈しないか〉ではありません。〈いやしいか〉〈いやしくないか〉ですね」(稲嶺幸弘)