▼コラム
1.「卓上四季」【北海道新聞】 「分断して、統治せよ」。反対派同士を反目させたり、仲間割れを誘ったりする。古代ローマ以来続く為政者の政治手法である▼支配される側が一枚岩になって歯向かうのを防ぐためだ。この言葉が、ふと頭をよぎった。安倍首相の改憲案である。戦争放棄をうたう憲法9条1項と2項を残したまま、自衛隊の存在を認める項目を新たに追加する▼災害救助などで身をていして活動する自衛隊員の姿を見れば、この案に正面からきっぱり反対するのは難しいと思う人もいるだろう。共同通信の世論調査でも自衛隊を憲法に明記する必要を感じた、と答えた人は56%にも上った▼安倍氏が参考にしたとされるのが、首相のブレーンの考えと言われる。<(平和や民主主義、人権の原則には)一切触れない、不足しているものを補う加憲ならば反対する理由はないのではないかと問いかけるのだ>。「くせ球」を使って巧みに打ち気を外す。野党や護憲派の分断が狙いに見える▼自衛隊の現実に合わせるのならまだしも、憲法学者の違憲論を都合良く持ち出し、改憲の突破口にするための戦術論ではいただけない。そもそも9条は戦力の保持を認めていないのだから、条文を追加したら矛盾する恐れがある▼分断を図ろうとしても古代ローマと時代が違う。今はさまざまな情報が入り、話し合いもできる。変化球に惑わされず、球筋を注意深く見極めたい。2017・5・23
2.「河北春秋」【河北新報】 祭り囃子(ばやし)の山車(だし)を英語でバンドワゴンという。にぎわいに人が集うように、「勝ち馬」への期待が膨らむ現象をバンドワゴン効果と呼ぶ。昨年11月の米国の新大統領誕生で起こった「トランプ相場」がそう▼雇用増大、企業減税、規制緩和などを公約にしたトランプ大統領に投資家たちが期待。空前の活況が生まれたが、株価は一時急落。バブルはしぼんだ。選挙でロシアの応援を受けたとの疑惑が深まったからだ▼公約実現どころか「来年トランプ氏がまだ米大統領であるかどうか疑問が膨らんでいる」と米ウォールストリート・ジャーナル紙が先日、投資戦略の専門家の話を伝えた。「米経済を上向かせる能力がないかも」という市場の冷めた見方も▼新たな捜査が迫り、米議会も大揺れの中、トランプ氏は中東に外遊。イスラム国(IS)やテロに苦しむ近隣の指導者を集め「善の力の団結で悪に勝利を」と力説した。国政が危ういと外に正義を掲げ、挽回を狙うのが権力者の常。「米国第一」と構えていられなくなった▼テールリスクなる市場用語もある。確率は低いが大損失となる危険だ。森友学園問題などが安倍政権を不安定にするリスクを投資家が計算し始めた、との記事で知った。こちらは東京五輪に続き改憲という新たな囃子も響き始めた。(2017.5.23)
3.「天地人」【東奥日報】 夕食にイカの刺し身が出た。はじめて出張した八戸の宿である。食べたことがないほどの新鮮さに驚き、思わず大声でほめたたえた。仲居さんがにっこりほほえむのとひきかえに、地元スタッフ一同が仏頂面になったのが不思議だったという。山川静夫さんが『私のNHK物語』(文藝春秋)に、初任地である青森放送局時代の思い出をつづっている。新人の山川さんは、その意味が翌朝になってわかった。一人一人の食膳に、丼一杯のイカの刺し身がのっていたのである。<…滞在中ずっとイカ攻めになるぞ>。技術係の同僚が小声でささやいたという。山川さんが書いた<八戸のイカ騒動>は、61年前の記憶という。そのころの八戸港は、夏イカが大漁続きだったらしい。裂いた生イカを天日干しにする加工場では、どこまでもつながる「イカのカーテン」が、浜のありふれた風景であったと聞く。スルメイカの深刻な不漁がつづいている。代替となる新たな加工材料として、トビイカが耳目をひく。仲買人の評価も高い。2度目の資源調査となる試験操業に参加するため、八戸港所属の大型イカ釣り船が、フィリピン東方沖公海に向けてきのう出港した。高値が続いている。イカ料理が遠のいて久しい食卓もあろう。イカ刺しを丼で、と贅沢(ぜいたく)は言わない。せめて、八戸で試食した加工業者が勧める、トビイカの焼きとフライでも。
4.「天鐘」【デーリー東北】 天鐘(5月23日)太平洋戦争に暗雲が垂れ込めた昭和18年秋、八戸で将来を嘱望された青年歌人が結核に倒れた。青年は激動と混乱の3年間に1500首を詠み上げ、余りに短い生涯を全力で駆け抜けた▼山形県最上郡出身の佐々木章村(しょうそん)(本名・徳雄)。父の転勤で八戸に移り、旧制八戸商業に入学するが肺浸潤で仙台の病院に入院。同じ入院患者の指導で作歌を始めた▼18歳で同校を中退し、自宅療養中に仏文学に傾倒。19歳で八戸商や八戸中の文学愛好者を集めて短歌会「暁星会」を結成すると、病魔と闘いながら作歌に没頭していった▼20歳で喀血(かっけつ)し夭逝(ようせい)するが、透徹した秀句の多くは死期が迫る晩年に生み出された。生涯で2千首以上を詠んだ天才石川啄木の再来とも期待され、作歌への執念は啄木に勝るとも劣らない鬼気迫るものであった▼〈秋雲のかがやきゆけば吾が立てる芒(すすき)の道をはろかならしむ〉。北原白秋が読売歌壇で天位に選んだ1首だ。その戦時を駆け足で生き抜いた章村が26、27の両日、八戸市市制施行88周年記念企画の舞台劇で再来を果たす。柾谷伸夫氏作、八戸出身の演出家三浦哲郎氏が指導する『あかつきぼし』▼大学生ら若者とベテラン勢をキャスティングし、現代と往時の青年達が70数年の時空を超えて互いの生き方を語り合う。「章村が生きた戦時下に身を置き、今一度現代を考えてもらえれば」と柾谷氏。傑作の匂いがする。
5.「北斗星」【秋田魁新報】 「自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する」「都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする」「どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す」▼以前も紹介した「東大話法」の一端である。経済学者で東大教授の安冨歩(やすとみあゆむ)さんは、原発事故に直面してなお安全神話を説く専門家(多くは東大卒)の「ごまかし」の理屈と言葉遣いを、東大話法と名付けた▼組織犯罪処罰法案(共謀罪法案)を審議する先週末の衆院法務委員会で民進党の山尾志桜里(しおり)氏が、17日付の小欄を引用して金田勝年法相に感想を求めたが、その答弁が見事なまでに東大話法だった▼小欄は、金田氏の高校時代の恩師の言葉で氏が座右の銘とする「汝(なんじ)、何のためにそこにありや」を引き合いにして、共謀罪を巡る国民の不安解消に法案の提出責任者として役割を果たしていないと指摘したつもりだ▼ところが答弁は「私の地元の新聞のコラムを読んでいただき光栄である」「私の地元の新聞を読めば地元の課題も伝わってくると思う」「私の地元のためにお力を貸していただければありがたい」「汝、何のために…は私の最も好きな言葉の一つであります」▼最新の世論調査では共謀罪法案の政府説明が不十分とする回答は77%に達する。国会論戦はまだ続くが、法相が東大話法に終始するようでは法案への信認は得られない。加えて敵役キャラが全国的に固定されることになりはしないか地元としては心配だ。
6.「談話室」【山形新聞】 ▼▽脚本家の向田邦子さんに昭和14年頃、小学4年当時の思い出を綴(つづ)ったエッセー「ゆでたまご」がある。足が不自由で勉強が苦手、暮らし向きが楽でなさそうな同級の女子「I」にまつわる逸話。脳裏に刻まれた光景だ。▼▽遠足の朝。校庭に集まると級長の向田さんにIの母親が近づいてきて「これみんなで」。風呂敷包みを手渡した。ポカポカ温かい大量のゆで卵。歩きだした列を母親は1人離れていつまでも見送っていたという。仲良くしてね。お願いの印だったか。いじめなどないように。▼▽痛ましい命が失われた。仙台の中2男子が命を絶った問題。背景に学校でのいじめが言われていたが、加えて頭をたたく、口に粘着テープを貼るなど先生による体罰も明らかになった。最近いじめ自殺が毎年のように起きている。守られるべき命が危機に晒(さら)されていまいか。▼▽前述のエッセーには運動会も出てくる。徒競走で1人遅れたI。走るのをやめかけた時、女の先生が飛び出し一緒に走り始めた。向田さんは、愛という字を見ていると温かいゆで卵と見送る母親と徒競走の光景が浮かぶという。時代は変わっても学校から愛は失いたくない。
7.「風土計」【岩手日報】 2017.5.23役所に入った息子の帰りが毎日遅い。残業が多く夜10時、11時にもなる。疲れ切った様子で、いつもの元気がなくなった。どこか良い転職先はないだろうか▼こんな相談を知り合いから受けた。転職と言っても安定度で公務員に勝る仕事はない。答えに窮する中、役所の様子が思い浮かぶ。県庁も一部は深夜まで明かりがついているし、沿岸の役所も復興事業で大変そうだ▼地方公務員の時間外勤務を初めて総務省が調べた。一人当たり残業時間は民間を上回り、過労死ラインを超える職員も少なくない。人は減らされたのに仕事は増える。部署にもよるが、気楽な宮仕えは昔の話らしい▼夏目漱石の「道草」で、主人公の兄が「小役人」として登場する。過酷な仕事を強いられ、年より早く老け込んだ。人が減らされることに絶えずびくびくしている。それでも家族のために働かざるを得ない▼「色沢(いろつや)の悪い顔をしながら、死ににでも行く人のように働いた」。今ならば過労死ぎりぎりだろうか。明らかに働き過ぎだが、職場では何の改善も行われない。100年も前から役人には残酷物語があった▼「色沢の悪い顔」で仕事をしていては、奉仕者として適切な住民サービスができまい。過労をなくすために、まずは職場の中で見直す点はないか。民間のみならず、役所の働き方改革も必要だろう。
8.「あぶくま抄」【福島民報】 県道福島停車場線(5月23日)県都福島市の玄関口である福島駅前通りが様変わりしようとしている。通勤や通学者、買い物客を雨や雪から守ってきたアーケードが次々と撤去され、歩けば空が広がったように感じる。通りの正式名称は県道福島停車場線。かつては線路が敷かれ、路面電車が走っていた。両脇には商店やデパートが立ち並び、休日には家族そろってお出掛け気分でアーケードの下を歩いた市民も多いはずだ。アーケードは昭和38(1963)年に駅前通り商店街振興組合が整備した。改修も行われたが、老朽化には勝てず、今秋までに全て撤去される。この動きに合わせて通りも、新しく生まれ変わる。歩道は拡張され、車道はレンガ風になる。通り沿いの商店やビルは「レトロモダン」をコンセプトにした景観まちづくり協定を結び、外観などを統一する。車道と歩道の段差も解消されて一体的に利用しやすくなる。イベントを開く際の利用の幅も広がるという。市民には「思い出が詰まった景観が変わってしまい寂しい」「アーケードを残してほしかった」との声もある。街の姿は時とともに移り変わっていくものだろう。市民の思い出もまた新たに重なっていく。
9.「編集日記」【福島民友新聞】 この時期、相馬市の松川浦漁港はコウナゴやカレイ、ヒラメなどが水揚げされて活気づく。原発事故の影響で休止していた競りも今春から復活、漁港内には落札額や業者名を読み上げる競り人の威勢のいい掛け声が響き渡る▼徐々にではあるが、本県の漁業を巡る環境は明るさを増している。試験操業の対象魚種は、出荷制限指示を受けている11種以外のすべての魚介類に広がった。今春からは東京電力福島第1原発の半径10〜20キロ圏も操業できる海域に加わった▼試験操業が始まってから来月で丸5年を迎える。「漁をしなければ後継者が離れてしまう」。そう訴え、試験操業の早期の実現に尽力したのは、相馬双葉漁協で組合長を務めた佐藤弘行さんだった▼佐藤さんは、津波で最愛の妻を亡くした。きっと胸に深い悲しみを抱えていたに違いない。それでも試験操業が始まると率先して海に出た。組合長に就いてからは試験操業拡大にリーダーシップを発揮した。漁業へのひたむきな思いが原動力だったのだろう▼佐藤さんの訃報に接した。念願だった本格操業再開を見据え、漁業の復興は進む。佐藤さんが愛した豊かな漁場の復活へと、その思いは漁業者たちに確実に引き継がれる。
10.「雷鳴抄」【下野新聞】 日本酒にとって最も重要視されるのは水とコメの質である。幸いにして本県の水質は硬度・ミネラル含有量ともに酒造りには最適といわれる▼コメは県産の酒米の使用が格段に増えた。一昔前までは他県産の山田錦や五百万石などを使う蔵元が多かったが、県が収量性が高く栽培に優れた「とちぎ酒14」を開発してから、県産の酒米重視へと変わった▼水とコメに恵まれ、厳しい選考試験を経て認定された「下野杜氏(とうじ)」らによって醸された本県の地酒は近頃とみに評判が高い。先ごろ、宇都宮市内で講演した神戸大大学院教授は「地元の灘の酒に負けないくらいレベルは高い」と絶賛していた▼県酒造組合が都内で毎年開いている「新世代栃木の酒下野杜氏新酒発表会」は今年で15回目を迎え、すっかり酒販店や飲食店、地酒ファンに定着した。菊地正幸(きくちまさゆき)会長は「直接意見が聞け励みになっている」という▼17日には同じイベントを、大阪市で初めて催した。関西圏では本県の印象は極めて薄い。周辺は灘や伏見といった日本酒の本場である。蔵元の世代交代が進み、新たな市場開拓を目指して思い切った勝負に出た。品質に対する自信の表れなのだろう▼参加者は400人を超えた。「継続してほしい」という声が上がり、早速商談につながった蔵元もあった。栃木の酒の挑戦は続く
11.「いばらき春秋」【茨城新聞】 アヤメの話を聞きに、元潮来市花菖蒲(しょうぶ)協会長の宍戸健寿さんを訪ねた。昨年喜寿を迎えたが、花への情熱は今なお健在だ▼JR潮来駅前の花壇に早咲きのアヤメと黄色いマリーゴールドが並んで咲いている。アヤメは宍戸さんが長年守り続けた株を分けたそうだ▼「枯れ葉にも風情がある」。十数年前にアヤメの魅力を教えてもらった。地植えした株の根元には茶色く枯れた葉が残っている。プロの目は違うな、と感心したが理解できていなかった。枯れ葉は昨年やそれ以前の葉。いわば年輪だ。何年もかけて育ててこそ、立派な花を咲かせるのだ▼「家ごとにリラの花咲き札幌人は楽しく生きてあるらし」。札幌で見つけた歌人・吉井勇の歌碑を今でも覚えている。「潮来の家々にアヤメが咲く。そんな町になったらいい」と宍戸さん。水郷情緒をさらに楽しめそうだ▼潮来市の「あやめまつり」が27日に開幕する。「今年のアヤメはどうですか」と尋ねると、あまり多くを語らなかったが、葉の濃い緑色などを見て「大丈夫でしょう」と太鼓判を押してくれた▼メイン会場の「あやめ園」は地域住民らが参加して清掃作業を終え、観光客を迎える準備は大詰め。新造のサッパ舟も進水した。潮来が輝く時季だ。(利)
12.「三山春秋」【上毛新聞】 ▼「堤防は小刻みに震えていた」。カスリーン台風が関東地方を襲った1947年9月16日未明、埼玉県東村(現・加須市)の利根川右岸に水防団員として招集された時の恐怖を7年前、橋本岩男さん(当時82歳)はそう語った。積んでは流される土のう。あきらめて避難を始めたその時、堤防は決壊した。「闇夜に響いた轟音(ごうおん)が忘れられない」▼橋本さんへの取材は、民主党政権が打ち出した八ツ場ダム中止方針の検証の一環だった。その後、自民が政権を取り返し、八ツ場事業は再開。現在、ダムサイトの建設が急ピッチで進む▼同台風を教訓に52年から続く国と利根川利水都県などの水防演習が20日、加須市の堤防決壊地点で住民ら1万5千人が参加して開かれた▼目を引いたのは地元水防団による水防工法の紹介や訓練。洪水時に水圧で堤防にできた亀裂を杭(くい)と鉄線で縫い合わせたり、漏水が見つかれば土のうを積んで決壊を防ぐ▼八ツ場とは対照的な人手頼みの水防だが、国交省の田中良生副大臣はあいさつで、一昨年の関東・東北豪雨などを教訓に「施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生する」と“最後の頼み”への期待を強調した▼演習の取材後、7年ぶりに橋本さん宅を訪ねた。橋本さんは3年前に他界していた。存命なら89歳。家族によれば、決壊を経験した水防団員はいなくなったという。
18.「斜面」【信濃毎日新聞】 霜害が少なかったせいだろうか、今年はとりわけ盛んに見える。木々のてっぺんまで覆い尽くして咲くフジの花だ。日光を独り占めして輝いている。この時季、県内には“フジ街道”と呼びたくなるほど見事な花の道が至る所にできる◆山に自生するから「ヤマフジ」と思い込んでいたが、植物図鑑に当たり勘違いと気付かされた。日本固有種にはヤマフジと、フジの別名の「ノダフジ」がある。見分け方はノダフジが「ミ」の形に左肩上がりで巻き付くのに対し、ヤマフジは右肩上がり◆あらためて近くの山で調べると、ノダフジばかりが目につく。花の見事さは山が荒れた印という。そうと知れば感激してばかりいられない。丈夫なつるや根は諏訪大社御柱祭の引き綱やかご細工にも使われる。これが木々を締め付け枯らしていく◆先日、長野市・山新田区の「藤の花祭り」におじゃました。北アルプスや市街地を遠望する斜面の集落に藤棚がある。妙徳山中腹の住民が名所づくりを始めたのは40年ほど前。13回目の祭りは盛り上がり、「手入れのかいがあった」と世話役らを喜ばせた◆人気者でも悪者でもあるが、古くから親しまれる花だ。恋しい思いと重ねたり、風にそよぐ様子を波に例えたりして詠んだ万葉集。枕草子では松との調和がたたえられている。〈どつしりと藤も咲也(さくなり)田植唄一茶〉。田植えの途中で腰を伸ばし一息入れた目を和ませてくれた。いいイメージのままにしておきたい花である。(5月23日)
19.「日報抄」【新潟日報】 5月23日通勤バスの降り際、プリペイドカードの残金が足りないことに気付き、補充しておかなかったことを悔やむ。入金のため最後尾に並ぶ。先を急ぐ乗客がいるのではと気にかかり、焦る▼「ご迷惑をお掛けしないよう頑張ります」「チームワークを乱さないよう早く慣れます」。異動期の春、こんなあいさつをよく聞いた。個より集団に重きを置くのが日本人の特徴とされる。調和を重んじる▼「忖度(そんたく)」は相手の気持ちを推し量る。寸の字があるのだから、ちょっと心を重ねる程度でよさそうだ。強い人に流されるだけの忖度は悪風でしかない。今年の流行語大賞の筆頭か。ちなみに10年前は「KY」がノミネートされていた。「空気が読めない」の頭文字だ。多くの場合、周りを気遣えないという軽い非難を含む▼大勢の思惑が混ざり合った「場の空気」を読むとは、その中のどれに従えば有利かを瞬時に判断する能力なのだろう。目上の意向は特に尊重される。学校や職場で、人々が毎日それをやってのけているとは、考えてみれば驚きだ▼以前カナダを訪ねた時、バスを降りるお年寄りが運転手と話し込んでいた。耳が遠いのか、何度も聞き返して会話が長くなっても、乗客にいらつく様子がなかったのが印象的だった▼新しい職場にまだなじめない人もいるだろう。空気が読める人ほど、全身が触覚になったような重苦しさを感じているのかもしれない。空気を変えるのも新参の役割。KYの頭文字を借りれば「風を呼ぶ」ぐらいでいい。
20.「中日春秋」【中日新聞】 三年前、福井県越前市の白山(しらやま)で、半世紀ぶりに生まれたコウノトリのうちオスの一羽は「げんきくん」と名付けられた。名付け親は、小学校一年生。「元気に空へ飛んでいってほしい」との思いを込めての命名だ▼「げんきくん」は名前負けしなかった。二〇一五年秋に放たれると、東北に向かい、それから山陰、九州を経て韓国へ。日本に戻ると、四国、東北と渡り、故郷・福井にちょっと立ち寄り島根へ。とにかく元気に飛び回った▼コウノトリは一夫一妻で、夫婦は固い絆で結ばれるという。だから慎重に相手を選ぶ。「げんきくん」も東奔西走しながら、生涯の伴侶を求めていたのだろう。ついに結ばれ、ひなも生まれた▼だが、幸せは一瞬で消えた。メスがサギと誤射されて死に、一羽での子育ては難しかろうと、ひな四羽が保護されたのだ▼肥前平戸の藩主松浦静山(せいざん)の随筆集『甲子夜話(かっしやわ)』は、こんな逸話を伝える。ある寺でコウノトリが抱卵した。住職はかわいがっていたが、下僕が卵を食おうと盗んだ。悲しむつがいの姿に胸を打たれた住職がせめてもの慰みにと、煮えてしまった卵を返すと、つがいは三、四日かけて薬草を持ち帰り、何と、卵を孵化(ふか)させてしまった。<人評す。煮卵の雛(ひな)となりしは此草の功能にはあらじ。彼鳥の至誠ならんと>▼「げんきくん」も家族を思い、薬草を探し求めているかもしれぬ。
21.「大観小観」【伊勢新聞】 ▼森友学園問題と話題急浮上の加計学園疑惑とは構図が酷似しているという。安倍晋三首相との距離の近さで、加計学園理事長と首相とは「腹心の友」というから、ロッキード事件での田中角栄元首相と政商との「刎頸の友」を連想させる▼「—の友」などと権力者が口にした場合どうなるかを示すパターンではあるのだろう。昭恵夫人が森友学園小学校同校の名誉校長を務め、録音記録で、財務省幹部が「特例」などと語っていることが明らかになっている。加計学園グループの保育施設でも、昭恵夫人は「名誉園長」だったと指摘され、文科省が〝首相案件〟だとして気を遣う内部文書の存在が取りざたされている▼森友学園の籠池泰典前理事長にしてみると、昨日に変わる今日だろう。ある日を境に運命は暗転した。同学園に対する親近感にあふれた安倍首相の発言が冷淡に変わっている経過と軌を一にする。近畿財務局への不満を昭恵夫人付きの政府職員が財務省に取り次ぎ、丁寧な回答がくる。目に見えぬ力の存在を前理事長が思い込んだとしても、本人の責任ばかりとはとは言い難い▼朝鮮総連ビル詐欺事件で有罪判決を受けた緒方重威元公安調査庁長官が周辺に捜査の手が迫る様子を書いていた。自分にも政府要所に友人がいる。安倍首相が激怒し、立件せざるをえなくなっているからだ、と。文科省内部文書の内容は、首相の周囲の反応としてそう驚くような話ではない▼県でもかつて〝知事案件〟などの言葉が飛び交ったことがある。認可が異例の早さで下りたことも。担当者は出世する仕組みになっている。
22.「大自在」【静岡新聞】 2017年5月23日【大自在】(2017/5/2307:30)▼アラブ音楽の異国情緒と和洋折衷の古い建物が醸し出す雰囲気は新鮮だった。先週末、静岡市にある国登録有形文化財・旧五十嵐邸(清水区蒲原)で開かれた初夏のコンサート。琵琶の先祖にあたる弦楽器ウード、酒杯型の打楽器ダルブッカの演奏とベリーダンスの共演に狭い会場が沸いた▼出演は県内外の女性3人。ウード奏者の芹沢多希子さん(御殿場市)によれば、アラブの音階には半音のまた半音まであり、10拍子などリズムも多種多様。聴き分ける耳はなくても、奥行きのある独特の響きに引き込まれた▼会場では、「平和で美しかったシリア」と題した写真展も同時開催。内戦前に同国へ派遣されていた国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員OBが寄せた作品は、子どもらの学校生活やモスクでの祈りの風景など。誰もが笑顔で生き生きとしているのが印象的だ▼企画したのは五十嵐邸を運営するNPO法人。理事長の辻祐子さんは「中東とその周辺地域から報じられるのは戦争やテロばかり。違う角度からもアラブに目を向けてほしかった」と話す▼アラブというと、石油と砂漠のイメージが先行しがち。過激派組織「イスラム国」(IS)の暴虐でイスラム教への偏見を抱く人も多い。今回の催しには、そんな風潮に一石を投じたいとの願いも込めた▼折しもトランプ米大統領が就任後初の外遊で中東各国を歴訪中。狙いは過激主義と戦うため「異なる国家や宗教の結束を図る」ことだそうだ。地域安定化を探る大統領の耳にアラブの多様な調べは届いているだろうか。
25.「時鐘」【北國新聞】 きょうのコラム『時鐘』2017/05/2300:21ダダをこねて手(て)にしたおもちゃを喜(よろこ)ぶような写真(しゃしん)を見(み)ると、「この男(おとこ)、正気(しょうき)か」と、あらためて思(おも)う偉(えら)そうにふんぞり返(かえ)る姿(すがた)とは違(ちが)い、「北(きた)」がミサイル実験成功(じっけんせいこう)を発表(はっぴょう)するときは、決(き)まって大(おお)げさな笑顔(えがお)。冷酷(れいこく)な指(し)導(どう)者(しゃ)か、それとも無知(むち)な操(あやつ)り人形(にんぎょう)なのか。実験失敗(しっぱい)のときには、どんな顔か。かなわぬだろうが、見たいものである今度(こんど)は東(ひがし)に500キロ飛行(ひこう)、とあった。領(りょう)海(かい)から遠(とお)く隔(へだ)たって落(らっ)下(か)とあるが、「逆(さか)さ日(に)本地図(ほんちず)」みたいに紙(し)面(めん)に載(の)った地図を逆(ぎゃく)にして見(み)ると、この地(ち)との距離(きょり)が縮(ちぢ)まるような怖(こわ)さを覚(おぼ)える。よそ事(ごと)でも対岸(たいがん)の火事(かじ)でもない日本海(にほんかい)の水平線(すいへいせん)を見(み)慣(な)れて暮(く)らすと、海(うみ)の向(む)こうに何(なに)があるのだろう、という想像(そうぞう)が膨(ふく)らむ。潮(しお)や風(かぜ)が海の幸(さち)を運(はこ)ぶ。人(ひと)とモノとが通(かよ)い合(あ)い、暮らしを豊(ゆた)かにする。海の彼方(かなた)にも「幸(さいわ)い」がすむ。この地は、そんな夢(ゆめ)を育(そだ)ててきたはずであるその母(はは)なる海に、邪(じゃ)悪(あく)なミサイルを撃(う)ち込(こ)む。火星(かせい)や北極星(ほっきょくせい)と名(な)付(づ)けて喜(よろこ)ぶのは、地(ち)の底(そこ)から空(そら)を仰(あお)ぎ見(み)る自(じ)由(ゆう)だけがある「井(い)の中(なか)の蛙(かわず)」に似(に)る。いくら笑顔(えがお)を作(つく)っても、男からは哀(あわ)れさが伝わってくる。
26.「越山若水」【福井新聞】 【越山若水】「お茶を出されたら飲んで良いが、紅茶は駄目だ」。何の話かと言えば、元東京高裁判事の原田國男さんが新人裁判官のころ先輩から厳しく注意された戒めである▼検証や証人尋問で現地に行った際の心構えらしい。理由は紅茶の場合、後にアルコールが入っていたという可能性もあるため、裁判の公正さに影響するからだ▼この教訓を身をもって知ったのが、強盗殺人事件の尋問で東北の寒村を訪れた時。被告人の両親や先生の話を聞き終えると、ぜひ食事をして行ってくれと誘われた▼「紅茶は駄目」の教え通り、原田さんは申し出を辞退した。しかし相手は粗末な食事など食べられないのかと不満そう。それを見て原田さんも、貧しい家庭の精いっぱいの好意に応えるべきか悩んだ▼すると老練な弁護士が「すべては裁判の公平のため」とかんで含めるように説明した。家族らは納得し手を振って見送ってくれたという(「裁判の非情と人情」岩波新書)▼裁判官ほどでなくとも、法曹界の倫理を少しは見習ってほしい人たちがいる。政治家や上役への「忖(そん)度(たく)」が疑われる財務省や文部科学省の官僚である▼森友学園の国有地売却では土地鑑定士に地盤改良費5億円の差し引きを要請。加計(かけ)学園の獣医学部開設には「総理の意向」というメモが残されていた。公明正大どころか、権力に紅茶を振る舞う厚遇ぶりである。
27.「凡語」【京都新聞】 川底に生息する小魚のゴリは、京都市内ではハゼ科のカワヨシノボリを指す。腹びれが吸盤になっており、水底の岩などに吸い付くことで早瀬でも生息できるそうだ▼漁獲する時は、川底でじっとしている習性を生かし、わら束を川底にはわせて網に追い込むなどする。その強引な漁法が「ごり押し」の語源とも言われるが、今ではほとんど見なくなった▼対照的にごり押しが日常化した感があるのが国会だ。問題だらけの法案でも数の力で押し切り、成立させていく。1強の安倍政権下でそんな場面を何度見たことだろう▼監視社会への懸念が広がる「共謀罪」法案も同じ道をたどりそうな雲行きだ。衆院法務委員会では担当の法務大臣がまともな答弁をできなくても、与党が決めた30時間の審議が過ぎると「議論は出尽くした」と採決を強行した▼国民の疑問や不安は置き去りにされ、共同通信の世論調査では77%が「説明不十分」としている。「安心、安全」の名の下、国民の自由や人権を制約しかねない流れが強まっているのが気になる▼食通で知られる北大路魯山人は随筆で、ゴリの佃煮(つくだに)を御飯に乗せたお茶漬けを「茶漬けの王者」として紹介している。ごり押しを使うなら、そんな味のある形にしてほしい。乱用で言論の府を形骸化させるのではなく。
28.「正平調」【神戸新聞】 ツバメの話題をテレビでしていた。そういえば、と近所の八百屋に出掛ける。いた、いた。空からひゅーっと急降下、「〓」の記号を描くように、親鳥が軒下の巣へ帰ってきた◆休む間もなく飛び出し、白い腹を見せながら滑空する。巣ではピーチクパーチク、ひなたちが口を開けて待つのだろう。〈子燕(こつばめ)のこぼれむばかりこぼれざる〉小澤實。「燕」は春、「燕の子」は夏の季語という◆暦の上では確かに夏だが、それにしても暑い。熱中症で運ばれる人が全国で相次いでいる。兵庫もきのう、朝来市などで30度を超えた。見上げる太陽は5月のそれとは思えぬほど強く照りつけてくる。ご注意を◆話はまた、ツバメに飛ぶ。「元始、女性は太陽であった」で知られる女性解放の運動家、平塚らいてう。「季節がくれば帰ってくる」。年下の恋人を「若いツバメ」と呼ぶのは彼女が始まりで、流行語となった◆中国のことわざでは、ちょっとかわいそうな例え方をされている。「燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」。ツバメやスズメのような小者に大人物の心は分かるまいと◆最後は「燕息(えんそく)」。漢詩でくつろいで休むことをいう。睡眠と水分。暑さ対策はまさにこれだろう。大丈夫かい?と働き通しのツバメくんに聞く。2017・5・23
29.「国原譜」【奈良新聞】 早朝の奈良市内の駅頭は、連日、タスキ掛け姿でマイクを握りしめ、出勤する人たちに懸命に訴える人が目立っている。選挙戦を思わせる光景だ。市長選と市議選のダブル選とあって、立候補予定者の数も多い。一つの駅で4、5人が鉢合わせとなり、朝のあいさつとチラシを配布している。市長選の方は、立候補を表明した現職と、前生駒市長の2人が精力的に活動を始めた。いずれも現段階では政党支援を受けないとあって、支持の重なる無党派層がターゲットだ。こうした動きに、自民党関係者のいらだちが聞こえてくる。前々回選挙で、民主党(現民進党)旋風のなかで同党推薦の新人に敗れ、前回は保守分裂で再選を許した。そんな経緯を見てきただけに、いまだに候補者を決められないことに、執行部への不満が極点に達している。時間稼ぎで不戦敗を目論んでいるとの見方もあるが、それは許されまい。選挙区を同じくする、前衆院議員の小林茂樹氏や、4人の現職県議に絞り込まれてきたが、保守が分裂して300余票差だった橿原市長選の二の舞いは許されまい。(治)
30.「水鉄砲」【紀伊民報】 先週末の朝日新聞文化面で、角川春樹さんのこんな言葉を見つけた。「私は獄中で『生涯不良で生きる。後悔も反省も俺には似合わない』と開き直りました」。続けて「私は死ぬまで人生を楽しみたい。どうせあの世にはお金も権力も持っていけないけれど、思い出は残るから」とあった。▼これは「あなたへの往復書簡」という連載の2回目で、作家の佐伯泰英さんへの返信である。この言葉のすぐ前にある「人間は自分を主人公にした人生ゲームを楽しむために生まれて来ただけです」という一文とともに、読んだ瞬間、強い印象を受けた。▼角川さんは75歳。33歳で角川書店の社長となり、いまは角川春樹事務所の代表兼社長。51年間、現役の編集者として活躍。途中、映画界にも進出して「セーラー服と機関銃」「人間の証明」「麻雀放浪記」など次々とヒット作を送り出した。▼俳人としても活躍、数多くの印象深い句がある。氏が保釈中の18年前、僕はある無名の画家の個展が縁で初めてお会いした。僕が愛読していた氏の句集『檻』を遠慮がちに差し出すと、即座に「年ゆくや天につながるいのちの緒」という句を中表紙に記してくださった。いま振り返れば、冒頭に紹介した言葉にそのまま通じる。▼胸を張って生きるには、何かと不都合が多い時代。けれども世間にこびず、流されず、あえて「生涯不良」を宣言。「天につながるいのちの緒」と表明される心情に共感する。(石)
31.「滴一滴」【山陽新聞】 テレビで人気の警察ドラマに、科学捜査を駆使して事件を解決するものがある。街や道路に設置された監視カメラや顔認証システムで犯人を割り出し、DNA鑑定が決め手になる。現実でも、靴をすり減らす地道な捜査を支えるのが、こうした科学捜査だろう▼監視カメラに限らず、情報社会に生きる私たちは至る所に「痕跡」を残している。電話し、車を運転し、ネットで買い物する。いつ、どこで、誰が、何をしたのか。膨大な情報は通信会社などに記録されていく▼だがもし、その痕跡が監視や捜査に使われたら、犯罪とは無関係の一般人でも気味が悪かろう。そんな社会が米国では現実となった▼4年前、政府が市民の通話記録などをひそかに収集していると暴露したのが、中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏だ。盗聴は同盟国首脳の携帯電話にも及んだ▼世界を揺るがした「9・11」テロ対策が理由でも、懸念の声が上がったのは当然だ。「あらゆる人を監視対象にしたのは、テクノロジーの進化で監視が安く、簡単にできるようになったからだ」(「スノーデン日本への警告」集英社新書)との指摘は人ごとに聞こえない▼「共謀罪」を手にした政府や捜査機関が将来、恣意(しい)的な監視の誘惑に負けない保証はあるのか。国会での審議はまだ尽くされてはいない。(2017年05月23日08時00分更新)
32.「天風録」【中国新聞】 「十坪住宅」を残す2017/5/23「民家」という言葉を広めたのは明治生まれの民俗学者、今和次郎(こん・わじろう)だそうだ。たとえば「焼(やけ)トタンの家」を克明に記録する。関東大震災の焦土のバラックであれ、愛ある言葉で言い表した。まるで生き物のように▲和次郎の仕事が、先日開かれたハンセン病市民学会で引き合いに出された。瀬戸内市の長島愛生園にある「十坪(とつぼ)住宅」をいかに残すか、話し合った折のことだ。戦前建てられ、築70年を優に超す木造家屋も残るは5棟だけ。それも、崩壊の際にある▲誤った隔離政策によって園内の人口が急増したため、考案された。六畳二間で何の装いもない。広く寄付を募り、入所者が増築に増築を重ねた▲二つの療養所がある長島の世界文化遺産登録を目指し、登録有形文化財申請を手始めに策が練られる。市民学会で「一点豪華主義ではなく」という注文が付いたのは、十坪住宅も忘れてはならぬという機運からだろう▲「焼トタンの家」の一節に<それらの家々は青空をば一層深くその透き通るような体躯(たいく)の中へと吸い取って>とある。この島でお骨となった人たちも、青天に慰められる日々があったに違いない。彼らの生き抜いた証しを全て残す潮目になるといい。
35.「海潮音」【日本海新聞】 110年前の1907年、英国の南、ブラウンシー島で20人の少年たちを集めて実験キャンプが行われた。主宰したのは退役将軍のベーデン・パウエル。これがボーイスカウト運動の始まりと言われる◆野外教育を通じて健やかな子どもを育成するこの運動は、早くも翌年の1908(明治41)年に日本に伝わった。22(大正11)年には日本連盟が創立され、国際組織に加盟。百年近い歴史を持つが、近年入団する子どもが減っているという◆50年ほど前、筆者が小学生のころ男の子のほとんどがボーイスカウトにあこがれた。テントをかついで鳥取市浜坂の十六本松まで歩き、野外活動を楽しんだ思い出がある。竹を組んで食器棚を作り、テーブルや椅子、トイレも手作りだった◆ボーイスカウト日本連盟全国大会が27、28両日、鳥取市のとりぎん文化会館で開かれる。体験コーナーもあり、主催者は小学生や園児の参加を呼び掛けている。鳥取県内でもスカウト数は最盛期の半分に減っており、関係者の危機感は強い◆創始者のベーデン・パウエルは『シートン動物記』で有名なアーネスト・シートンに森での生活や野外ゲームを学び、素朴な生活と自然への感謝、野外活動の楽しさを少年たちに伝えた。便利さを追求する現代社会だからこそ、ワイルドな体験が必要では。(雲)
36.「明窓」【山陰中央新報】
33.「四季風」【山口新聞】 「何を撮ったかではなく、何のために映画を撮るのか」。下関出身の映画監督佐々部清さんは、高倉健さんに言われたこの言葉を胸に、ずっと映画を撮ってきた▼健さんに聞かされたのは降旗康男監督「ホタル」(01年公開)の助監督を務めたときだった。全国公開中の「八重子のハミング」も、高齢社会を迎えた日本で絶対に必要とされる、そんな信念で作った作品だ▼昨年秋に先行公開の県内では、アニメ「君の名は。」に次ぐ堂々2位の観客を動員した。5月6日に公開された東京や横浜では、上映初日に長い列ができ、大阪では立ち見客や入場制限も出たという▼反応の良さに作品を取り上げるメディアも増えた。上映館は29都道府県で38館にまで広がっているが、近く50館は超えそうな勢いだ。佐々部監督は7月中旬までの週末は舞台あいさつで全国を駆け回るうれしい悲鳴だ▼主演の升毅、高橋洋子への映画評論家らの評価も高い。「奥深い演技」の表現もあった。佐々部監督が”究極の夫婦愛“と語りながらも、介護する側の視点で家族愛にも目を向けたこの作品は多くの人の胸を打った。観客の口コミも評判を押し上げ、業界でいう”大化け“の可能性さえ出てきた。(佐)
37.「地軸」【愛媛新聞】 「シイタケは力強い」「絶対負けねえ」。中学生の絵手紙が生産者を奮い立たせたという。東京電力福島第1原発事故から6年。岩手県一関市の農家が、ようやくシイタケの出荷を再開したとのニュースに、今なお復興へのスタート地点で闘う人々がいる現実を突きつけられた▲かつては国内有数の生産量を誇る「シイタケ王国」。だが、放射性物質の飛来で、菌を植えた「ほだ木」の処分を迫られた。国の指示で出荷は止められ、周囲は次々栽培をやめていった▲折れそうな心を支えたのが、地元の中学生の絵手紙の束だった。シイタケの水彩画に墨汁でつづられたエールの言葉。生徒は新たな原木に一緒に菌を植え、絵手紙を載せたカレンダーを販売して、支援資金にした▲菌は森林で自然の精気と木漏れ日を受け、1年半から2年もの年月をかけて原木内に菌糸を伸ばすという。県外産のほだ木を使い、放射性物質の影響を受けない栽培方法を徹底、厳しい安全基準をクリアした▲だが、東日本では今も14県でキノコや山菜、川魚などの出荷が制限されているという。対象は原発から350キロ以上も離れた青森から静岡まで広がる。これほど広く残る被害の根深さに、改めてやり場のない憤りを覚える▲一度原発事故が起きれば、長年かけて築いた地域の宝はあっという間に失われる。重すぎる教訓を忘れたかのように、また1基、関西電力高浜原発4号機が再稼働された。
38.「鳴潮」【徳島新聞】 面白くて難しい、それが家族関係だろう。映画監督の山田洋次さんは修業時代、松竹の先輩からこう言われた。「やくざ映画でも純愛映画でも、必ず家族関係を入れておけよ。それが錨(いかり)のように脚本を安定させる」山田監督が「家族はつらいよ2」を完成させた。続編を—。「男はつらいよ」もそうだが、新作にもそんな声が寄せられたというさて内容だが、昨年公開の「家族はつらいよ」で何とか熟年離婚の危機を回避した平田家。あれから約1年。新作では、運転免許の返上や孤独死といった高齢者を取り巻く社会問題をテーマに、平田家の8人が再び奮闘する姿を描くと本紙17日付にある作品に込めたユーモアと悲哀の根底には、山田監督のこんな思いがある。<僕自身が高齢者だということもあるんだけれども、安心して年を取ることができるかというのは、この国の大きな課題じゃないでしょうか><僕たちは本当に幸せなのか。今ほど検証しなければいけない時代はないんじゃないか>。2年前、徳島市で開かれた戦後70年特別シンポジウムで山田監督はそう語ったが、課題も検証も置き去りになったままである「家族は—」は県内でも27日から上映される。煩わしいけど、どこかいとおしい。笑いあり、涙ありの家族のドタバタ劇。そこから見えてくるものがきっとある。
39.「小社会」【高知新聞】 麦秋。麦が熟れて刈り入れを迎えるころ。初夏の陽光を吸い込んだようにまぶしい金色の穂が風にそよぐ。命の輝きを感じる時季。野鳥たちも子育てに忙しい。〈燕(つばくろ)の普請仕舞へば子持哉(かな)〉乙由(おつゆう)。先日の本紙に心温まる話が載っていた。香美市土佐山田町の民家の納屋。はりにあったツバメの巣がヒナもろとも床に落ちた。気づいた住人が代わりに籠を置いたところ、親がまたせっせと餌を運ぶようになった。警戒心が強い野鳥は異変を察知したら、巣を放棄することもあると聞く。それだけにまずはひと安心である。一方、島根県の水田ではコウノトリがサギと間違われ、ハンターに撃たれて死んだ。雌の5歳。この春つがいとなり、ヒナ4羽が生まれたばかりだった。突然の「伴侶」の死を知ってか知らずか、残された雄がヒナに餌を与えていたというのも哀れを誘う。結局、ヒナは兵庫県で繁殖に取り組む「コウノトリの郷(さと)公園」が保護した。日本では絶滅した野生のコウノトリ。同公園を拠点に人工飼育した個体の野生復帰が進んでいる。その数は徐々に増え、昨年には幡多地域に幼鳥が飛来しているのも確認されている。自然の中で傷ついたり病気で死んだり。各地の空を再び多くのコウノトリが舞うようになるまでには、まだまだ試練があろう。乗り越えるにはコウノトリの生命力はもちろん、一度は絶滅させてしまった人間の温かな見守りが要る。5月23日のこよみ。旧暦の4月28日に当たります。かのえいぬ五黄先勝。日の出は5時01分、日の入りは19時05分。月の出は3時11分、月の入りは16時01分、月齢は26.6です。潮は中潮で、満潮は高知港標準で3時42分、潮位173センチと、16時24分、潮位169センチです。干潮は10時05分、潮位32センチと、22時18分、潮位56センチです。5月24日のこよみ。旧暦の4月29日に当たります。かのとゐ六白友引。日の出は5時00分、日の入りは19時06分。月の出は3時52分、月の入りは17時10分、月齢は27.6です。潮は大潮で、満潮は高知港標準で4時22分、潮位181センチと、17時16分、潮位182センチです。干潮は10時48分、潮位14センチと、23時06分、潮位59センチです。
40.「春秋」【西日本新聞】 「私は司法妨害を行ったことなど一度もない。調査は歓迎する。なぜなら米国民は自分たちの大統領がペテン師かどうか知るべきだからだ。そして私はペテン師ではない」▼「私」は、今の米大統領ではなく、第37代大統領のニクソン氏である。在任中の1973年、「ウォーターゲート事件」の渦中の記者会見で述べた言葉だ▼ニクソン氏の大統領再選を目指す支援者らが、野党民主党の本部ビルに盗聴器を仕掛けようとしたことが発覚。ホワイトハウスは当初「事件とは無関係」と主張したが、大統領側近が関与していたことが判明した▼さらに大統領自身がもみ消しを図ったとの疑惑が浮上。ニクソン氏が事件解明に当たる特別検察官を解任したことをきっかけに、議会で弾劾の動きが強まり、辞任に追い込まれた▼この事件とよく似ていることから「ロシアゲート事件」と呼ばれる。トランプ政権を揺るがすスキャンダルだ。昨年の米大統領選で、ロシアがトランプ陣営に有利になるように介入したとの疑惑が発端となった▼事件を捜査していたFBIの長官が突然解任された。解任前に、ロシアと接触したとされる側近への捜査をやめるようトランプ氏が長官に求めたと報じられた。事実なら重大な司法妨害だ。真相究明のために特別検察官が任命された。疑いを全面的に否定するトランプ氏。その主張は冒頭のニクソン氏の言葉と二重写しのようにも。=2017/05/23付西日本新聞朝刊=
41.「くろしお」【宮崎日日新聞】 いつから誰が始めたのか。県立看護大学付属図書館のロビーに県看護協会が寄贈した高さ170センチのナイチンゲール像が立つが、右手に持つランプにコインが積まれている。受験の下見に訪れた高校生らが合格を祈願して置いていくらしい。看護師不足から近年、全国的に看護学部が人気だ。看護学部看護学科の1学科である同大学は半数近くが県外から入学。大学院も設置している。20年の節目に本年度から公立大学法人に移行した。大学祭である第20回公孫樹(いちょう)祭に合わせて、緑の多い宮崎市まなび野にあるキャンパスを訪ねた。看護師体験コーナーでは、子どもたちが聴診器を胸に当て、心臓の鼓動を確認。医師から命の大切さや医療、看護の仕事などを学んでいた。学生と話ができる恒例の「ナースカフェ」では鹿児島県から入学した1年女子が相手してくれた。母が看護師で同じ道を目指したという。入学の決め手は、静かな環境を気に入ったこと。「熱心な先生が多いので大いに学べそうです」と学生生活に満足していた。学生らは総じてまじめな印象。目標や勉学に対する姿勢が定まっている。欲を言えば学外にアピールする情熱を感じたい。大学祭では看護大ならではの研究発表が見たかった。四年制の県立大として県民の期待や関心をもっと高めたい。ナイチンゲール像はクリミア戦争で彼女が病院を夜回りをする姿。献身的な活動に感激し、彼女の影にキスする傷病兵もいたという。県立看護大学を巣立つ生徒らも、高齢化が進む本県の医療や介護の現場に光を導く存在であってほしい。
42.「水や空」【長崎新聞】 何年か前の缶コーヒーのCMにあった。坂本九さんの「上を向いて歩こう」が流れ、地球の調査に来ている宇宙人がつぶやく。「この惑星の住人はなぜか、上を向くだけで元気になれる」▲緑の深い山を見上げる。青空を見上げる。なるほど、元気が出そうに思えるが、上を向くのが口で言うほど簡単でないときもある。ずっと上を目指し、ずっと頂点にいるこの人でさえ、そうかもしれない▲体操の内村航平選手(28)がNHK杯の個人総合で9連覇を果たし、国内外の大会で40連勝を成し遂げた。気の遠くなるような数字に届くまでに、五輪や世界選手権という最高峰をいくつも踏破して▲どんな世界でも上を向き続けるのは大変に違いないが、この希代のオールラウンダーは「執念」がそうさせるらしい。勢いづく白井健三選手(20)を僅差で追い、最後の鉄棒で逆転した▲勝利への「ストーリーはできていた」と語ったが、シナリオ通りに運ばないのを誰より知っているのも、内村選手その人だろう。体操競技を「改めてしんどいスポーツだと思った」と大きく息をついたという▲その姿に見入る私たちに上を向かせ、白井選手ら後輩たちに上を向かせ、自分も黙して上を向き続ける。おそらくは孤高の域に達したプロの離れ業は「難度」で表すとどれくらいだろう。(徹)
43.「有明抄」【佐賀新聞】 かわら版2017年05月23日05時00分心中や敵討ちに火事、災害−。江戸時代、庶民の興味を引いた情報だ。娯楽からニュースまで、「知りたい」という欲望はいつの世も変わらない。核心を読みたいと思わせる口上で売った江戸期の「かわら版」。新聞の号外のようなものだった◆「読売(よみうり)」「絵草紙(えぞうし)」「一枚摺(ずり)」と呼ばれた印刷物である。ただ幕府は政治批判や言論活動の活発化を恐れ、禁圧した。そうなると知りたいのが人の常で、追及を逃れるため作者不明で出回ることに◆さて、こちらも今のところは出所が分かっていないものだが、表に出て物議を醸している。内閣府が文部科学省に、学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設を促したとされる文書である。「総理のご意向だと聞いている」「官邸の最高レベルが言っている」−。中にはそんな記述があり、国会で火種に◆新設に慎重だった文科省が急に軟化したのはなぜか。学園理事長は首相の「腹心の友」とされ、またも官僚の「忖度(そんたく)」が働いたのでは、と野党が問いただす。文科大臣は「文書の存在は確認できなかった」というが、職員の個人パソコンは調べていない。もやもやは残ったままだ◆かわら版は庶民の知りたいこと、知らなければならないことを伝えてくれた。くだんの文書だって真偽のほどは無論のこと、核心を知らされないままでは国民は納得しまい。(章)
45.「南風録」【南日本新聞】 桜の季節が過ぎ去ると、ホタルを心待ちにする人も多かろう。見頃はまだかとやきもきし、限られたわずかな時期だけ目を楽しませてくれる。はかなくも美しい桜とホタルはどこか似ている。開花が観測史上最も遅かった桜に倣ったわけではあるまいが、今年はホタルの出現も遅かったようである。春先の寒の戻りや、シーズンに入っても気温がなかなか上がりきらなかったことが影響したらしい。全国から観光客が訪れるさつま町神子(こうし)の「奥薩摩のホタル舟」のスタッフも、ずいぶん気をもんだことだろう。今月半ばを過ぎてから、ようやく川面の光の数が増えてきた。先週末に、乗船した知人は「所々で歓声も上がり、十分楽しめた」と語った。「ほ、ほ、ほ〜たる来い」。川内川を下るコースの川岸から子どもたちの清らかな歌声が聞こえてきたそうだ。録音かと思っていたら、実際に子どもたちが歌っていた。「日常を忘れ、心が洗われた」と知人。ホタル舟では小学6年生の船頭さんが奮闘している。鶴田小の中園大貴君である。同じ船頭の祖父、瀧男さんと組んで舟を巧みに操る。大勢の客を乗せるのは緊張する大仕事に違いない。川岸の歌声は大貴君の妹たちだと本紙の記事で知った。一生懸命で、けなげなもてなしがリピーターを呼んでいる。運航最終日の今週土曜日まで予約で満席の盛況ぶりが、それを証明している。
46.「金口木舌」【琉球新報】 高校生スポーツの祭典、県高校総体が26日から始まる。先行開催競技で代表が決まるなど、熱戦は既に始まっている▼全国高校総体(インターハイ)で、いわゆるマイナー競技の取材を取りこぼしそうになり、先輩に注意されたことがある。「競技人口、人気の多寡はその選手に関係のないことだ」。競技の人気度で取材態度に差を付けてはいけないとの諭しだ▼分野は異なるがインターハイの名を冠した闘いが沖縄市で始まった。若手バンドマンの登竜門として17回を数える沖縄音楽市の関連で始まった「バンドインターハイ」だ。軽音楽部の高校生バンドマンを支援するのが目的▼会場となったミュージックタウンの石川一機さんによると、バンドを始める高校生は増えているものの発表の場が少ない。「年に1度でも競い合う場があれば励みになる」と企画した▼グランプリに輝いた那覇西の新良光唄さんは「聴いてもらう機会が得られたことがうれしかった」と弾む声で語った。スポーツであれ音楽であれ、高校生が注ぎ込む熱情に違いはない▼ミュージックタウンは7月で開設10年。音楽人材の育成を期待された施設にとって“音楽のインターハイ”は原点回帰と言える。若い感性を育むことは社会にどう影響するか。聴衆となる市民、県民も共に考える機会になれば、もう一つのインターハイの意義はさらに深まる。
47.「大弦小弦」【沖縄タイムス】 レフェリーが試合を止めた瞬間の東京・有明コロシアムで、見ず知らずの観客と抱き合ってしまった。20日、プロボクシング比嘉大吾選手(21)の世界王座奪取劇。観戦歴は長いが、試合を見て泣いたのは初めてだ▼減量を放棄した前王者と、直前にパニック障害に襲われながらも体重を落とした比嘉選手では大きなハンディがある。楽をした者か、正直者か。試合前に話した関係者は全員「厳しい」と予想した▼不利を承知で挑んだ勝負で、比嘉選手は動きの速い前王者を愚直に追い続けた。相手の危険なアッパーを最小限に抑え、固い拳をねじ込んで倒すこと計6度▼ジム創設から22年、世界王者を育てられず、具志堅用高会長(61)は閉鎖を考えていた。妻とマネジャーにだけ伝えたが、比嘉選手はうすうす気付いていたという。「会長の笑顔が見たい」一心で戦い、師は「夢をありがとう」と涙で抱き締めた▼会長のことが大好きだ。同じテーマ曲で入場し、相手が倒れるまで手を止めない姿もうり二つ。アフロはパーマ液が肌に合わず断念したが、新生カンムリワシは力強く羽ばたいた▼会場は指笛が鳴り響き、揺れに揺れた。沖縄でも多くの人がテレビにかじりついただろう。不利でも戦い抜く姿に、沖縄の今を重ねた人もいる。大吾、ありがとう。カンムリワシ師弟の勇気を見習いたい。(磯野直)