【為末大の視点】第7回 自分に問い掛け解決を 敗戦の弁に思う

2017/04/24 12:56
 為末大氏
 昨年から「リーダーシッププログラム」を陸上競技の次世代のアスリートに提供している。そこで意識しているのは言葉の使い方だ。言葉を突き詰めることでアスリートに内省を促すことができると考えている。


 選手の敗戦の弁を聞いていると「気合が足りなかった」「守りに入った」「集中できなかった」と表現することがある。それはそれで、ある程度は真実を突いている。自分では分かっていて、外に対してだけそう答えているのであればいいが、もし本当にそうした内省の仕方をしているのであれば、恐らく成長することは難しいだろう。


 気合が入った状態や、守りに入っていない状態、集中できている状態とは何かと言われると、具体的ではなく基準も作りにくい。基準がなく具体性がないと、その問題を解決しようとしても何を改善したらいいのかが分からない。解決方法は「気合を入れて頑張ります」になってしまう。


 そうなると同じ問題が取り残され、毎回同じ反省が繰り返される。起きた出来事に対して、どれだけ突き詰めて内省し、積み重ねるかが競技力の差として表れる。


 ▽良い質問

 内省はどのようにして行えばいいのか。ほとんどの作業は自分に質問をしていくことで行われる。実は答えを出すことよりも、良い質問を自分にすることの方が難しい。例として「守りに入った」という発言について考えてみたい。


 なぜ守りに入ってはいけないのか。自分ではよくないと思い込んでいるが、本当はそうではない場合もある。「試合で小さなことを気にしすぎた」という選手は、実はそれが問題ではなくむしろ良い点で、慎重に試合に挑んでいて問題を事前に排除していた可能性があるのだ。


 守りに入っていない状態とはどんな状態か。自らに問い掛け、できるだけ具体的に守りに入っていない状態を定義する。陸上の400メートル障害であれば「前半3台目までを何秒以下で通過し、他の選手に並ばれてもリズムを崩さず、300メートル地点まで上半身が少し前傾状態で保てていること」になる。数字が入るとよりはっきりする。


 では、なぜ守りに入ってしまうのか。これを気持ちの問題だけにしてしまうと、大体はうやむやに終わる。「そうならざるを得ない状況に追い込まれていった」と答える選手に聞くと、もっと前に問題があると判明する。だとすれば、問題が起きる以前の状況をたださなければならない。問題が起きている場面に原因があるとは限らない。


 時にはどう取り組んでも難しい問題を、工夫で解決しようとしている場合がある。バレーボールで選手の最高到達点を上げて得点力につなげようとしても、身長の低い日本が努力で克服するには限界がある。気持ちで何とかするのは無理だろう。2012年ロンドン五輪に向けて、女子日本代表監督だった真鍋政義氏は、相手ブロックが2枚そろう前であれば高さの影響を受けにくいというデータを元に、高さより、速く打つという方向にかじを切った。考えてもどうにもならないことは早々と捨てた。


 ▽的確な努力

 原因が掘り下げられたら、あとはどう具体的に問題を解決したらいいのかを考える。格闘技でいうと、得意な技を封じられたことが守りに入った原因であり、新たな得意技を持つことで相手に圧力をかけるべきだという結論に至ると、新しい技をいつまでにどのレベルまで習得するべきかを考えるようになる。そうなると日々のトレーニングが必然的に決まり、初めて問題解決のための一歩を踏み出せる。


 同じ問題を違うように捉え、違う解決策にたどり着く場合もある。人それぞれで、そこには確かにセンスが表れる。しかし、自分に対して問いを浴びせて問題をあぶり出そうという作業自体は、誰にでもできるようになる。この内省を行わなければ、結局全ての問題は精神で解決することになってしまう。高い次元ではそれが通用しない。


 日本人は確かに忍耐強く、多くのトレーニングを行える。だが、これだけ世界の競技レベルが高くなった今、重要なことは量ではなく、どれだけ的確なところに努力を投入できるかだろう。


【第6回 アスリート性】
【第5回 人間観を変えよう 管理型から選手主導型】
【第4回 生産性とトレーニング】
【第3回 見知らぬ自分と付き合う スポーツで学べること】
【第2回 休む勇気】
【第1回 問われるスポーツの公平 科学の力で変容】


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