太平洋戦争で宇都宮の部隊が玉砕したパラオ共和国アンガウル島。玉砕戦の生き残りで「戦友を弔いたい」とパラオに移り住んだ、那須町育ちの倉田洋二さん(83)が取り組んできたア島の慰霊碑移転が今夏完了した。倉田さんは移転費用の寄付を募るため一昨年来県した経緯があり、「寄付してくださった人に感謝している。やっと完成にこぎ着けました」と話した。
倉田さんは1941年にパラオに移り、南洋庁で研究者として働いたが、戦況が悪化した44年に現地徴集された。宇都宮第59連隊第1大隊に配属、ア島の守備に就いた。
同年9月に米軍が上陸し、約1400人の守備隊は10月に最後の突撃を敢行し玉砕。倉田さんは重傷を負…
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2010/08/19 12:10
【下野新聞】
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