47NEWS >  地域ニュース >  ニッポンの桜だより >  花咲爺ブログ >  殿様の愛した蜂須賀桜

殿様の愛した蜂須賀桜

12048544115.jpg

 徳島市、原田家にある「蜂須賀桜」の一般公開が9日で終わっていることを知って残念に思っている。

 樹齢250年のサクラの木は、ヤマトザクラと沖縄系の桜の一代交雑種カンザクラの一種。2月末に開花する早咲きタイプで、3月上旬には満開を迎える。

 旧藩主の名前を冠した名前となったのは理由がある。江戸時代、徳島城の御殿にあった由緒のあるサクラの木だった。明治維新で廃城となった際に別れを惜しんだ蜂須賀茂詔候が藩士原田一平に「守り育てる」よう託したとされる。

 徳島城は秀吉の四国平定に功の会った蜂須賀家政が阿波国を賜り、築城したものだが、明治8年(1875年)には鷲之門を除く天守や櫓など全ての城内の建築物が撤去された。いまから考えればもったいない話だが、当時は旧藩主の武装を解除する意味合いがあったのだろう。藩主たちは江戸時代と同様、東京に住むことを求められ、地元のお城は解体の憂き目に会った。

 お城は主を失っただけではない。書画などの財宝も多くが散逸した話もよく聞く。阿波国最後の藩主が1本のサクラの木に託した思いはそうとうなものだったに違いない。

 原田家邸宅は現在、国の登録有形文化財となっていて、平成19年8月にNPO法人「蜂須賀桜と武家屋敷の会」が設立され、保存と植樹活動を広げている。当初は挿し木で株を増やしていたが、2006年からは日本製紙小松島工場でバイオ技術によって苗木の生産が始まっている。

 蜂須賀桜の子どもたちはすでに県内外1000カ所以上に植樹されている。20年、30年後には徳島中に蜂須賀桜が花を咲かせることになる。(花咲爺)

 newlogo1.gif

トラックバック