

(95)槍、穂高の偉観に眺め入る 常念岳・2857メートル
松本市や安曇野(あずみの)からの常念(じょうねん)岳は美しいピラミッドのようだ。四季折々に人里から仰ぎ見ることのできる山には、古くから猟師や杣人(そまびと)たちが行き来していた。1894(明治27)年夏、ウォルター・ウェストンが常念岳のふもとの村で村長に案内を頼むと、3人のクマ猟師と村長の息子が同道してくれた。一行は一ノ沢から常念乗越(のっこし)に上がり、野宿をして翌朝に山頂に着いた。そこには小さなケルンと祠(ほこら)の跡があった。
このルートがいまも主要登山道である。舗装された林道がヒエ平まで。当時に比べれば、歩く距離は半分だろう。ブナやミズナラの紅葉を過ぎて、シラビソの深い樹林帯を一ノ沢に沿って登って行く。左手に常念岳の大きな山腹が緑に映える。青い空がうれしい。
乗越への急登にかかった。森林限界を越えたところが稜線(りょうせん)だった。常念乗越だ。やや低くなったくぼ地に常念小屋が建つ。できたのは大正8年。北アルプス草分けの山小屋の一つである。小屋から槍沢への道が開かれ、槍ケ岳登山の拠点として大いににぎわったが、長くは続かなかった。数年を経ずして、大天井(おおてんしょう )岳から東鎌尾根につながる喜作新道ができて、殺生小屋に槍(やり)ケ岳登山の要の座を譲ってしまう。
小屋の喫茶室に3冊のアルバム「胸中のアルプス」がある。小屋ができた年に泊まった登山者が書き残した墨の記録だ。槍を目指した男たちの思いが詰まったページを繰っていると、山への憧憬(どうけい)を語り合った熱気が伝わってくるようだ。
乗越から岩石の積み重なった斜面を山頂へと上がる。槍ケ岳と穂高連峰の全容が一望だ。しばしば歩を止めて圧倒的な偉観に眺め入った。無慈悲な岩の殿堂である。雲がわいてきた。大勢の団体登山に山頂を占拠されたのを潮時に、下山した。(ジャーナリスト・米倉久邦、2006年1月記)
◎常念岳行程
7時40分 一ノ沢登山口
10時40分 常念乗越
11時40分 常念岳
12時35分 常念乗越
15時0分 一ノ沢登山口
(2004・10・24)

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