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番外編 「地域再生列島ネットから」発足1周年記念シンポ

「地域再生列島ネット」発足1周年を記念したシンポジウム。左から2人目は原口総務相=18日、東京・東新橋の共同通信社
【05】

熱意と人材育成が活力に  総務相交え、パネル討論 

 「生き生きとした地域社会のために」をテーマに行ったパネル討論には、河内山哲朗(こうちやま・てつろう)・前山口県柳井市長、熊紀三夫(くま・きみお)・高松丸亀町商店街振興組合専務理事(香川)、沼尾波子(ぬまお・なみこ)・日本大教授の3人に、ゲストの原口一博(はらぐち・かずひろ)総務相が加わった。地域を良くしようとする住民の熱意や、人材育成が重要との認識で一致した。

【要旨】
  今までの商店街は個人の土地、建物、経営判断でやってきたが、それぞれが自己主張していては再開発は前に進まない。商店街のあるエリアを運営する組織をつくり、地権者も協力することが必要だ。国も規制や制度を見直し、地域に任せる仕組みに直すべきだ。

 河内山 国は地方に何かやってやる偉そうな目線があった。押しつけではない地域主権、分権社会に本気で取り組む時期が来ている。地方も中央一極集中のおこぼれをもらうだけでなく、自ら技術革新を起こす気概を持たなければ発展はない。

 沼尾 地方では「経済の空洞化」のほかに「誇りの空洞化」も問題だ。大人が「こんな所に住んでいては」とぼやくと子どもまで自信をなくす。いつ撤退するか分からない大企業を誘致するより風土や歴史、人々の力を生かした付加価値のある産業を考えるべきだ。

 原口 地域は泉のようにわく資源、可能性を持っている。(国が一律に地方を縛る)「義務付け・枠付け」は1万もあるが、廃止を進める。規制改革特区などを発展させ、地域のことは地域でつくる体制を整えたい。地域を安定的に支える財源の確保も検討したい。

  自分たちの町を自分たちでつくるには、人口や予算の規模ではなく、住民の熱い思いが一番大切だと感じている。

 河内山 地域に目を向ける教育、人づくりが急務だ。列島ネットのメンバーの知恵を結集すれば、地域をよみがえらせる人材育成のヒントが生まれるかもしれない。

 沼尾 町づくりの現場には多様な価値観がある。お互いに共有しながら、うまくまとめられる人材が欠かせない。

 原口 地域のリーダーをつくるには、一にも二にも教育。小さいころから地域を学び、良質な公共サービスを受けていけば、優秀なリーダーが育っていくはずだ。

【詳報】
 ~原口一博総務相講演~

 ちょっとのどを痛めてましてお聞き苦しいしいとは思いますがよろしくお願いします。
 今日は地域再生ということで総務相で取り組んでいるビジョンや政策についてお話したいと思います。まず、前提としてヒューマンバリューということをお話したいと思います。私の名刺には和紙に押し花が添えてあります。一つ一つ障害を持った方々が作ってくださってます。この名刺を1枚配るとこの人たちに50円入ります。なぜ地域ということでこんな話をするかというと、地域を閉ざしているもの、地域の豊かさを奪っているものは一体何だろうということをまず共有したいと思いましてこのことを申し上げました。私の友人に、私は大学で心理学を専攻しましたが、カウンセリングをしている友人がいます。彼は手も足も口も不自由です。しかし、カウンセリングをしています。言葉が出なくてどうやってカウンセリングをできるのだろう。目線です。目の玉の動きをコンピューターにつないで、目線の動きで右を向けば「あ」、左を向けば「い」というふうに音に変えます。彼はこう言いました。できない言葉が問題なのではない、できることが大事だと。生まれて初めてお給料もらって、河内山さんは政経塾で私の先輩ですが、一番最初に11万2千円を政経塾で研修費としてもらった時の感動を忘れません。その中で税金を払うのは義務だけじゃなく権利だということです。新政権は障害者という言葉は使いません。気に障る、害毒の害はとっても後ろ向きで悲しい言葉です。もっと良い言葉はないかと、世界の政治家の言葉をレビューしてみました。そうすると、ジョン・F・ケネディが「チャレンジド」という言葉を使ってました。その定義は生まれながらにして神様から挑戦する課題をもらった人たち、生まれた後にさまざまな課題に挑戦する人たち、チャレンジドを納税者にチャレンジドをタックスペイヤーにというのがジョン・F・ケネディの公約でした。つまり、まず前提として人をエンパワーすることができれば、どれほど多くの絆や歴史、今3800の自治体が合併して1700になって何を総務省として危機感を持ってやっているかと言えば、公文書、歴史の文書が散逸している可能性がある。過去、平成の大合併を入れると3回合併が行われているんですが、過去2回とは平成の大合併は性質が違います。過去2回の中心軸にあったのは教育です。総務大臣室の私の席のうしろに大久保利通の書があります。彼らが明治5年前後に何をやったかというと、日本全国に3つのものを歩いていける距離につくりました。1番目は派出所、治安を維持する。2番目は郵便局、コミュニケーションの権利を保障する。3番目は学校。学制改革をたった2年でやってすべての人たちに学びの機会を保障しました。地域再生の鍵は1にも2にも3にも教育なんだと思いました。この間、シンガポールのリー・クアンユー元首相とお話をしました。世界最高の教育、真善美を、大きな志をそこにいる人たちに触れてほしいんだと。何を学ぶかも大事かもしれませんが、その機会を保障する。例えばヨーロッパのまちでは600人でも700人でも、とても豊かなまちがあります。この日本はカリフォルニア州とほぼ同じ面積ですが、なぜ限界集落があり、なぜ過疎が起きるのか。皆さんもここに来るまでに火事でもないのに消防自動車が出ているのに会われたことがあると思います。総務省は消防庁を所管していますので、何かというと救急車が足りずに、赤い消防車が代わりに出ています。コールがあって届けるまで平均搬送時間が46分かかっています。つまり私たちの国土の均衡ある発展、そして地域からの再生力を何に求めるか。それをしっかり求めていかないともう限界に来ているという認識をまず申し上げたいと思います。

 今日は少し総論的、理念的な話をさせてもらおうと思って来ましたが、1932年に当時のハーバード大のゲイ教授、学長が1929年の世界大恐慌についてお話をした論文が残っています。私はその論文をもとに2005年、今は米国の財務長官になりましたが、ティモシーガイトナーさんとこんな話をしました。エンデの遺言の話です。ミハイエルエンデをご存じでしょうか。ドイツの童話作家です。ミハイルエンデは亡くなる前にこういう言葉を残しています。お金という記号を葉っぱのように腐らせなきゃいけないんだと。お金という記号がどこかで極大化、肥大化していく。うろたえて価値を取り戻そうとしたのが1929年の大恐慌なんだということが32年のゲイさんの論文には書いてあります。そのことを2005年、サブプライムローンの問題が顕在化してきましたから、世界経済を日米で、つまりお金という記号をどこかでリデュースする仕組みをどこかでつくんなきゃいけないんではないかという話をガイトナーさんとしました。今やらないと大変なクラッシュが来るということを私たちは議論していたわけです。しかし残念なことに2008年、09年のあの惨事を止めることができませんでした。同じことをやってるんです。このパラダイムはどうやったら止められるのか。金融という記号をリデュースする仕組み、IMFに行ったりさまざま所で議論しています。議論するだけでなくて、世界経済の枠組みの中に入れないといけないと思っています。

 今、緑の分権改革を総務省で提示して、22年度当初予算だけで134件の応募がありました。これは単なる分権の話ではなくエネルギーのパラダイムチェンジをやっていこうということです。これまでの権力構造はものすごく単純化して言うと、一極で巨大で集中していました。エジプトのファラオしかり、黄河文明の皇帝、日本の大名もそうです。大名は石高で自分のパワーで示しますが、太陽光エネルギーを固定化できるのは植物だけですから、その植物を治山治水によってうまくコントロールできる人が権力者。つまりエネルギーを独占する人たちが権力者だったわけです。黒船が来て開国して、150年前に咸臨丸によってサンフランシスコに勝海舟たちが訪れ、150年祭をやっていましたが。この黒船は、固定化された太陽光エネルギーが地下に埋まる、いわゆるエネルギーのタイムカプセルとして石炭、石油という形になって、それを独占的に権力が握って差配をできる。つまり何千年の間、権力の構造は一極で集中で独占であるということは今も変わらないわけです。それを今回はパラダイムチェンジしていこうと。例えば、一人2㌔ワット、病める人も、富める人も、貧しき人も自らきれいなエネルギーを生産する権利を持ったと仮定をします。そうするとパラダイムが大きく変わります。中央に集中する、独占されていたものが、エネルギーだけで日本は世界に25兆円払っています。その半分が国内や地域を、あるいは地域通貨として回ると考えてくださればどれだけパラダイムが変わるか。今私たちは固定価格の買い取り制度を組み合わせて、地域主権とセットにすることによる緑の分権改革を申し上げています。その中心は何かというとそれも学びです。自らの責任できれいなエネルギーをつくる、きれいな地域をつくると。

 今年、地方交付税を1・1兆円11年ぶりに増やさせていただきました。交付税の配分比率も変えさせていただきます。後でお話があるかもしれませんが、自らの地域の文化や、あるいは伝統についての寄与度、あるいは学ぶ力も算定の中に入れていこうではないかという話をしているところです。ICT新ビジョン2.0というものも出しました。2015年までにすべての地域をブロードバンド化して。アダプションの100%です。アクセスではありません。つまり、その隣まで幹線が来ているからいいでしょというわけではなく、今の電話と同じようにすべての人たちがコミュニケーションの権利を、新たなブロードバンドにおける権利が自由に安く使える。例えば1500円で使える。まさに明治5年に私たちの先祖が頑張ってやったものの平成版をやろうとしています。それも中心は教育です。フューチャーズスクールと言って共同教育、うしろで記者さんたちがパソコンを開いていますが、子どもが子どもを教える、真善美。大きな志にお互い触れることによってお互いがインスパイアーされる。教育を中心とした教育の再生を考えるわけです。

 これでおしまいにしますが、最後が税です。地域主権改革について具体的に言うと明日の新聞にポンと出るので控えますが。できたら、この6月いっぱいに地域主権の大綱をまとめてみなさんにお届けしたい。義務付け枠付けの撤廃、直轄事業負担金の全廃、出先機関の原則廃止、そして権限移譲、地域の自主財源でやろうとしています。そこで皆さんに一つ提案したいのが「新しい公共」という考え方です。公共サービス基本法をつくり、私がその起草者ですが。それまでは公共サービスにおける権利は消費者保護法、障害者保護法と言いました。おかしいと思いませんか。
保護の対象が国民なんです。保護をするのは政府なんです。主権者である国民が保護の客体であり、そして公僕である政府が保護をする主体である。まったく逆転している。私たちは法律でパラダイムをチェンジさせました。障害者における権利は何か、消費者における権利は何か、公共サービスにおける権利は何か。権利を明定して中央政府、地方政府ががそれを保障するんだ、そしてそこに働く人たちの働き方もきっちり保障するというのが公共サービス基本法です。ただ、あの時私たちは政権を持っていませんでしたから、3つのものが抜けているんです。そのうちの一つが新しい公共です。公共は官だけが担うのではない。NPO、NGO、つまり市民公益を担う方々が、まさに財務省に直結して政府が差配するという官のお金の流れではなく、民のお金の流れ。例えば2万円一人減税します。2万円減税する中で、1万円を地域のNPOに寄付をしてください。そうすると5千円は税額控除で返ってきます。こういう政策を打てないか税調で議論をしているところです。今まで総務相は税調の副会長以下でした。しかしこの政権では存在は違います。税調のトップです。財務相と並んで。中央政府と地方政府はイコールなんです。地域から日本を変えるんだと。そして新しい公共をつくって、公共における市民化、公共における自由化で地域を再生していきたい。そうすると、さまざまなインキュベーターができます。いきなり会社を興すことは無理でも、いきなり何かをつくることはできなくても、協力自体も変わってきます。これまでは答えは一つしかないと教えられた人たちは排他的です。他者の失敗にとても非寛容です。しかし、世界のクリエィテイブシティ、創造的なまちを回ると分かると思います。例えば、あのロード・オブ・ザ・リングをつくったのは風のまちと言われるニュージーランドのウエリントンです。創造性豊かなまちには何がないか。差別、抑圧がありません。ずべての人たちがウエルカムです。

私たちが目指したいのは新たな公共であり、絆であり、答えが一つしかない教育ではなくて解決型の教育です。お互いがつながることによってさまざま問題を解決できる。こういう教育をICT新ビジョン2.0、緑の分権改革で国民の皆さんと一緒に協働することによって実現していきたいということを最後に申し上げます。

~パネル討論「生き生きとした地域社会のために」~

◆熊三紀夫・高松丸亀町商店街振興組合専務理事
 先ほど大臣のお話をお聞きしてもっと詳しくお聞きしたいと思ったんですが、公共という考え方をおっしゃっていただきましたが、私たちも公共の考え方を見直すのが一番生き生きした社会には必要なんじゃないいかという考えです。

 ちょっと誤解を招く言い方かもしれませんが、私たちは地権者がリスクを取らないまちはダメだという言い方をよくするんですね。地方分権といった時に、地方の自治体が一体何を運用していくんだという議論がよくされるんですが、私たちの考えは自治体でもなく、もっと現場にいる、地権者、土地を持った地域に住んでいる方がどうリスクを取るんだという話をよくさせていただきます。個人のリスクを取ると言うときに、リスクとはきつい言葉ですが、今までの中心市街地は個人の土地の上に個人で建物を建てて、個人で経営判断をしたり生活環境をやってこられたんですね。再開発で土地の権利者とお話をすると、「熊君、この庭を見てご覧よ。30年かけてこんなきれいな庭を作ったんだよ。この庭を見ながら死にたいんだ」と言われてしまった瞬間に、そこでの開発やまちづくりはなかなか前に進まなくなるんですね。ところが中心市街地は、確かに個人の権利は優先されるべきなんですが、やはり税収の問題、地域を支える位置付け、教育や福祉、少子高齢化を考えると公共性を最優先する場所が地域には必要なんではないかという考え方なんですね。そうした時に私たちが何をしなきゃいけないかというと、公共性を優先される地域は個人の判断で物事が進むのではなく、地権者や関与している方々が集まった一定のエリアをマネジメントする組織がきちんとその場所を運営していくという考え方で、それを自治体や国が側面から支えていく形がやはり生き生きとした地域になっていくんじゃないかなと思います。

 それで今日は大臣が来られてますのでお願いしたいのは、エリア、商店街1本で商業者のために開発するのであれば例えば経済産業省にお願いすれば何とかなるかもしれませんが、公共性のエリアを考えた時に、教育や医療、福祉の問題など一商店街の枠を大きく越えた壁がたくさんあってできないことがあるんですね。ですから、その枠組みを、どううまくエリアに任せる仕組みづくりが今一番大事になってくると思います。さまざまな制度はだいぶ昔にほとんどできて老朽化していますから、エリアマネジメントの考え方の中でどう使いやすく変更していけるかが実際に開発をやってる人間からすると、道路利用の問題とか、うまく解決できるとありがたいと考えています。

◆河内山哲朗・前山口県柳井市長
 私は16年間市長の仕事をして昨年3月に退任しまして、今は浪人しています。この16年間市長をやってた時には見えなかったことがいっぱいございます。地域が生き生きするために何が大事かを考えますと、市長目線でずっと地域を見てましたら、やはり自分ではそういうつもりはなかったんですけど、何かしてあげるという少し偉そうな目線がなかったとは言えないなと反省することしきりです。

 具体的に申し上げますと、市長と市民、市長と市の中のいろんな立場の方々、あるいは市の中のいろんな価値、何かをしてあげることによって良いものを生み出す意欲を失っていけないと思うんですが、もともと市民にも個人にも歴史にも伝統にも、あるいは文化にも、特産品にも価値があるんですが、それが見えなくて。どこかにあったものを自分で運んできて輝かしてやろうとか、どこかで成功したものを持ってきてうまくやってやろうというのが全国の自治体経営の中にないとは言えないなというのが16年間の経験と1年間の浪人体験で学んだことです。したがって、どの地域にも埋もれた価値、資源、特色があるんですが、なんとなくこれから地域が生き生きしていくためには、過去やってきた手法の反省に立って、もう一回地域にある価値、資源を輝かしていくという、まあ行政も地域に住む人も中央政府もちょっと心を入れ替えてやっていくことが極めて肝要だなとつくづく感じております。

 大臣がおられるのでもの申せば、明治維新では、私は山口県人で大臣も佐賀県人ですから、薩長土肥が今の国をつくったとするならば、国、中央政府でこういう国づくりをする、こういう国づくりのためにこういう地域であってほしいというビジョンをやはり考えてきた主体が東京、中央であったことは間違いない。中央で考える望ましい地域にするために、中央省庁の官僚、コンサルタントと呼ばれる人たちが知恵を出すと。実行するために地域にあるお金では足りないので補助金を出すという、中央の知恵とお金で地域をよくしていくという、もちろん成果も表れましたが、行き詰まりがたくさん出てきた。まさに、地域主権、分権型社会を実行あらしめるために、権限も財源も人間もやはり地域主体の国づくりのものしないと本当の意味での輝く、生き生きとした地域づくりはできない。是非これは分権社会、地域主権の社会を大臣を始め本気でやっていただくことが大事だとつくづく感じます。そこで初めて地域にあるもの、ひょっとしたらないものも含めて、イノベーションというか物事を考えたり生み出していく力が地域によみがえっていくんだろうと思います。成長戦略を考えましても、どこかでうまくいっているもののおこぼれをもらうことでは、イノベーションがないような社会では、日本の成長はありません。今は全然見えていない、夢みたいな話でもつくり出していくという、イノベーションの力を地域の中に生み出させる。教育も大事ですが、教育と同時にそういう気概を地域にもう一回再生させることが地域再生、日本の再生につながっていくんだろうと思います。

 今まさに地域主権の法律が次の国会ではできあがると思いますが、地方の首長をやっていた経験からしますと、是非第二段階、第三段階のことまで大臣、総務省の方々にも考えていただきたいと思うんですね。中央集権的と言われたフランスでも、憲法の第一条のうしろにフランスは分権型の国にするんだという条文を加えて憲法改正して、しかもそれを具体的にするために地方に権限、仕事を移譲するときには必ず財源も移譲することを決めたわけです。さらに国と地方の力関係も、地方の方が弱かったけれども、地方財政委員会をつくって担保している。今度、国と地方の協議の場が初めて法制化されますが、私は人数割合で言えばですね。木村先生が理事長をお務めのクレアの方々にご協力頂いてパリに行きまして詳しくお話を聞いたんです。地方財政委員会の構成メンバーは地方代表が27人、国会議員が4人、中央省庁が8人ですから。完全に地方代表が多いわけです。これぐらいの土俵をつくるつもりで分権の枠組みをしっかりしていただくことが生き生きした地域社会づくりの基本条件だと思います。

◆沼尾波子・日大教授
 生き生きとした地域社会のためにということで先ほど原口大臣から新しい公共が大事、解決型の教育を考えないと一方的に教えていくというような大量生産、大量消費のための人を育てる教育では成り立たなくなっているというのは本当にその通りだと思いながらお話を聞きました。私自身は生き生きした地域社会をつくる上で何が大事かを考えますと、よく明治大の小田切先生が「誇りの空洞化」とおっしゃります。要するに、産業の空洞化が言われ、地域の経済を成り立たせて雇用環境を整えるためには経済の空洞化をどうにかしなきゃいけないということが一方であるわけですが、逆に地元ではいろいろな土地、歴史、伝統、環境、風土を心から愛するあるいは誇りを持てることが大事だと思うんですが、なかなか地元にしても大人の「ここに住んでてもなあ」という話を毎日聞かされる子どもも誇りを持てなくなる。そうやって誇りの空洞化が進んでいくことが産業の空洞化とセットで非常に大きな課題になっているのではないかというお話をうかがったことがありますが、まさにその通りだと思います。

 活力のある地域社会を考えるときに経済の問題と地域に誇りが持てる、こよなく愛していけるマインドで地域の中で暮らすことの両方が必要になると思いますし、そのための対応が重要だろうと。そう考えるといつまた撤退するかも分からないグローバル企業をよそから誘致するよりも、地元の資源、土地や歴史、文化、風土、あるいはそこに暮らす人々の力を生かして、ある程度ニッチであっても一定の雇用機会、産業を、付加価値を生み出すような財やサービスの生産を考えられないかと。それを考えることが非常に重要だと思います。ところが、地域の現場に目を向けると、これまでの既得権益を伴った団体が山ほどありまして、そういった人たちの利害関係も絡みますし、新しいことをやっていこうとすると当然リスクを伴うと。そのリスクを引き受けて新しく何か取り組もうと思ったときに、当然それを推進するためのある種プラットフォームのようなものをつくることが大事になってくる。プラットフォームはこれまでの既得権益型のものとうまく連携しながらお互いのいい関係を築かなければならない側面もありますし、どのように新しい人も参加しながら新しい形がつくれるかが大事だと思っています。

 先日、知り合いの研究者の方が面白い話をしてくれまして。例えば、ウィキペディアとか情報ネットワークの中で何かサービスをつくるときには、ウィキペディアのようなサービスをコアでつくって責任を持ちながら運営を管理する人と、そこに責任はそれほどないんだけど自分の責任の範囲で書き込みをしながら拡張していく人と、ただ乗りと言いますか情報だけをうまく見て取り込むという消費者型がいるんですが。3種類の構成比を見ると、1対10対89になっているそうです。おそらく地域づくりでも、コアになってプラットフォームの仕組みをつくってやっていこうと責任を伴う人と、その周辺で水戸黄門の助さん格さんじゃないんですがお助けしてやれることはやって協力するよとアイデアを出していく人と、祭りとかイベントに楽しそうだからと参加する人の比率もこれぐらいなんじゃないかなと思います。そうだとすると、これから生き生きした活力ある地域を考えていく上では、地域のリーダーをどう育てるかと、今まさにネット上のメーリングリストでやってる議論ですが、その話と周辺のお助けマン的な多少責任を持って参加する人たちをどうしていくか。あとはその周辺部分で一消費者的な形ではあるんだけど、面白そうだと思ったら飛び付いてみようというタイプの人たちをですね、どういうふうに柔軟に参加しながら、89%の人を10%のところに持っていくか、あるいは10%の人を1%のところに持っていくか。あるいは逆に負担になってもいけないので、ちょっと今は家のことがあってしんどいからという時に柔軟に撤退もできる、柔軟な参加の仕組みをどうつくっていくのかが大事だし、解決型のプラットフォームを維持していくための教育システムが考えられていかなくてはいけないんじゃないかと私自身は考えています。

 そのように考えたときに、プラットフォームをつくるための財源も非常に重要になってくると思いますが、今の財政システムをみると、地域主権改革の議論の中で補助金の一括交付金化の話を出てきているわけですが、このまま一括交付金化して整理させることで国から地方に移転される財源の総額が大幅に、かつての三位一体改革のように、削減されてしまってはととても心配です。それから実際にプラットフォームを維持していく、仕組みをつくっていくというのは一時的な交付金だけではダメで、むしろ安定的に一定の場を維持、管理していかなくてはならないと。そうだとすると財政状況に応じて歳入が変動してしまうような財政システムというのは不安定になりますので、安定的な財源の確保が重要になると思います。もう一方では、人材ですとか情報面から各地の取り組みを支援する動きも大事だと思いますし、あるいは国を超えて、今日の集まりもそうですが、情報を交換したり共有したりするような関係を東京を抜きにしてやることもあってもいいと思います。

 生き生きした地域社会を創造するためのプラットフォームをどう構築して、そのための財源をどうしていくのか。そこがしっかりして、本当に地域に誇りを持って、そこである程度働きながら一定の生活が成り立っていくようなことがそれぞれの地域で行えるような環境さえ整えば、次世代の人たちも生き生きした大人の顔を見てそのまま地域に定住していけるような条件が整備していけるのではないかと。そうなるといいなと考えています。

◆(会場)[高橋泰子・緑と水の連絡会議理事長]
 私は生きるということの話をしたかったなと思っています。島根では子どもも産めない状態、病院がまったく機能していない。子どもは少子化とは言いながら、いろいろ支援していただいて産婦人科には何人か全国から来て頂いて産めるようにはなったけれども、緊急体制で整形の先生がいない。子どもがちょっとけがをしても診てくれる先生がいないということで子どもが産めない状態にあるんです。今度は死ぬ場所がない。年寄りが幸福で幸せに死ぬ場所がないということが地方でも起こっているわけです。その支えを何とかしないといけない。地方ではお金をたくさんをいただくことはあんまり関係ないんですよ。親がいていろんな支援があって、土地があってきちんと農業をしていれば心豊かに暮らすことができるんですが、それを幸せと思えるような文化がまだないと、そういうところをなんとかしないといけないと思います。

 その間の教育ですね。高校が無償化にはなるんですよね。ところが、教育はいろいろ身を削ってお金を出してきちんと教育していかないとその子どもたちのためにはならないと思います。高校には形として入ったものの途中で辞めて結局ニートになっていく青少年がいかに多いか。青少年だけでなく大人になって引きこもり、結婚もできないという人が田舎、都会を問わずいかに多いか。これを全部是正して、うまく生きる、心豊かに生きることができないと地方が生き生きとして暮らしていけないと思っています。

◆(会場)[東四柳史明・金沢学院大教授]
 大臣にちょっと伺いしたいんですが。地域からどんどんなくなってものの中に、教育と関係のある学校があります。私は能登半島の奥能登に住んでるんですが、私のまちはかつて1万9千人の人口がいて今は1万人を切ってしまいました。小学校は12校ありましたが今は2校、中学校は6校ありましたが1校になってしまいました。小学校1年の時からスクールバスに乗って遠い学校へ通う生活を今やってるわけです。結果として子どもがいないので学校を統廃合して、競争原理という考え方も一時あったんでしょうが子どもたちを競わせなければならないという考え方の中で、小さな学校をどんどんなくしてしまったという面があるんですが。私はなにかそこに一つ欠けているものがあるんじゃないか、忘れられてきたものがあるんじゃないかと思うわけです。小さな狭い地域では小さな学校であるのが当然で、大きいところでは学校も大きい規模でしょうが、小さな人口が少ない地域では学校も小さくていいのではと思います。能登半島では同時に高校の統廃合が進んでまして、どんどんまちにあった高校がなくなっています。結果として自分のまちに高校がないために遠いところへ汽車に乗って通わなければならない。そのことでこれまでいた15歳から18歳の子どもたちが日中はまちにはいなくなってしまう状況です。その件について学校の統廃合について大臣はどうお考えになっているかお聞きしたいと思います。

◆原口一博総務相
 熊さんがエリアマネジメントという考え方を出していただきました。いろんな法律が古くてエリアをマネジメントする上で障害になっている。だから私たちは1万に及ぶ義務づけ枠付けを撤廃します。それから規制改革特区、地域主権特区といったものに発展させて地域のことは地域でつくる。人が作ったルールだから個人個人のエンパワーを妨げてるんですね。規制改革担当大臣と私、地域主権担当でまさに熊さんがおっしゃったことをどこでブレークスルーすればいいんだと。これにエネルギーをかまして、あるいは石川の東四柳さんからあったように教育をどうやってその中にビルトインするかというお話をしています。それから河内山さんがお話になったことでいくつかキーワードがあったんですが、よくビジョンをつくりなさいと言うと、国で全部作ってくれと。原口プランを昨年12月出したんです。キャンバスでいうと3分の1しか書き込まれていないんですよ。あえて3分の2は書き込まないんです。なぜかと言うと、新しい国地方協議の場をつくり、新しい公益ということで、国民全体でつくっていくもんだという考え方なんです。そこで随分、国地方協議は実質、法制化の前に進んでまして、先ほどの安定的な財源で安定的なサービスを賄うと、地方消費税だったり地方環境税なども地方側の提案で出てきた。あと河内山さんのお話でキーワードがあったのは、おこぼれをもらうようなやり方はもうやめるんだと。今まではトリクルダウンといって誰かが1点を持ち上げて誰かがよくなればあとはおこぼれで、したたりで何とかなるという考え方です。私たちはそうじゃないと。地域は泉のように湧く資源を持っていて、地域はさまざまな可能性を持っている。つまり、トリクルダウン型からファウンテン型へ。中央の一点型から地域分散型へという発展モデルを提案しています。そこで大事なのが河内山さんのお話にあったイノベーションですね。先ほど学校の統廃合をどう考えるかというお話がありましたが、この20年間日本は成長していなんです。今年22歳で学校を卒業した人たちは一回も成長を見たことがない。縮小モデルに入ってるんです。教育もその一つにされている。教育は単なるコストではなく、社会、民主主義の基盤で、もっと言えば私たちが生きる基盤です。その生きる基盤を統廃合してなくしてしまえば、その基盤さえなくなるという考え方を私はもってるわけです。

 この間インドに行きましたら、インドは1カ月間に携帯電話が1800万台増えているわけです。ものすごい成長している。成長点に対して私たち中央政府が何をやらなければならないかと言うと、ルールを揃えること、世界の貧困や飢餓や紛争を極小化すること。人間の安全保障で、教育を施すことなんですね。ところが、教育を施すことができるわが国が何をやっていかたと言うと、ルールにおける競争でずっと負けてきたんです。1980、90年代、この周りにも大きな金融機関がありますが、世界10大銀行の9割は日本でした。しかし、そこで金融のルールが変わります。BIS規制です。これで世界を回っていた日本の企業のお金が世界を回れなくなって国内に回ります。これがバブルです。で、バブルが崩壊して20年間こういう状況にあります。私たちは政治のプラットフォーム、OSをつくらないといけない。ルールにおける競争やルールにおける協調をしっかりとマネジメントすることなんです。今FIFA、ワールドカップをやってますが、日本がオリンピックで勝ったらルールが変わって、次の日の丸飛行隊は跳べなくなったではダメなんですね。沼尾さんのお話の中でとても大事なフリーライドやプラットフォームのお話がありました。私たちはどうやってコアのプラットフォームを地域でつくっていくか。私の友人が慶応大で鳳雛塾というのをやっています。私や河内山さんは松下幸之助さんに直接教わりました。彼の国家経営の根幹を直接学びました。しかし、直接学べる人はたまたまラッキーな時代に生まれてラッキーな位置にいたわけで、鳳雛塾では何をやっているかと言うと、熊さんの地域マネジメントのように、地域で成功している経営者のケーススタディです。目の前にケーススタディがありますから、目標やビジョン、今の行動計画が明確になる。子どものころからやっているわけです。今クレアの話がありましたが、すごいですね。昨日も米国大使館の方々とJETプログラム、あるいはこの間韓国でクレアのプログラム。その人たちは何を持っているかというと日本に対しての愛と誇りを持っていますね。沼尾さんがおっしゃった誇りの空洞化ということで、これに相反する言葉を私は今つくってる。地域の創富力、富を生み出す力が何から生まれるかというと、地域の人たちが地域のことを知り学ぶ、学び合うことからスタートする。この間、島ラジオという方とお話をしましたら、島ラジオというのは、島の方々は今まで自分たちが特別遅れた地域と誤解していたと。しかしFMラジオができることによって標準化されたところにはないすばらしいものをみんなが発見し始めた。そして島に生きることがどれだけどんなにずばらしいことか。総務省顧問の福武さん、彼は瀬戸内海の島に一つの理想の島をつくるということでやってます。それからクリストさん、世界的な芸術家ですが、安藤忠雄さん、三宅一生先生、こういう方々と一緒にやっています。ビッグネームである必要はないんです。千と千尋の歌ではないんですが、自分の足元に素晴らしいものがあると思います。

 地域のリーダーをいかにつくるか。1にも2にも3にも教育です。この間、スイスで世界消防協会の総裁と会いました。日本では消防団が減って苦労しているという話をしましたら、信じられないといいました。消防に、消防少年団に入れるのは名誉で、さまざな人命救助のスキル、ロープの結び方とか外では学べないことを学ぶんだと。小さい頃から地域ということを学ぶんだと。地域に対する信頼の高い人はどういう人か、北海道大学の宮本先生とこの間議論していたら、良質な公共サービスを小さい頃から受けてきた人なんですね。私たちはこの税制改正大綱の中でも、地域が安定的に支えられるための財源ということを書き込もうと考えててます。そうすると世界全体が膨らんできます。先ほど金融の話をしましたが、まさに生きるために何が必要か。なぜ島根県、私も出雲と斐川町が政経塾時代の村おこしの担当でした。ものすごくいいものがある。だけど医療がなぜ滞っているかというと、医療法に責任があると思っています。医療法は衛生法の形をしているんです。昭和26年にできた衛生法の形をしていて、医療法は数だけをチェックしてるんです。医師や看護士さんが何人いないといけない、ベッドがいくつなきゃいけない。数だけチェックして質をチェックできないから何が起きているかというと、佐賀県もそうですが重複受診が起きています。原口病院に行ったけどちょっとまずそうだな、だから高橋病院に行くんだと。高橋先生にみてもらったらよかった。つまり自分の体で自分の健康を実験してもらっていると言うと言葉が過ぎますが、そういう状況。これを患者の権利法という形に変えて質をチェックすることができれば、医療自体が変わるんです。次の国会で、これまで野党時代に3回患者の権利法を出させていただいて、仕組みで変えられること、高橋さんがまさにおっしゃった。人間が中心だと、人間が中心のシステム。管理をする側が中心ではなくて、守る責任がある、保護する責任があると、河内山さんがまさしくおしゃった「やってやる」と思ってる人が中心ではなく、主権者が中心のシステムの変えていくことによって地域はよみがえってくるんだと私たちは思っています。

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