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地域再生列島ネットから

 地方が抱える問題を話し合うため、全国の地方新聞社と共同通信社が識者らとつくった。街づくりなどに取り組むNPOの代表者や研究者、行政担当者ら多様な専門を持つ47人で構成する。毎月、テーマを決めてメールで意見交換を進め、インターネット上の「シンクタンク」を目指す。


 【テーマ】地方で子どもを増やすためには?

田村亨・室蘭工業大学教授

人口2000人程度の町村では、その人口ピラミッドがエノキタケのように痩せ細っており、人口数万人のそれがシイタケかマツタケのように見える。このような町村では、10歳代・20代のみならず、30代から60代の各世代人口が同程度ずつ増えて、キノコの芯が太らないと芯が折れて傘がポタリと落ちてしまう。すなわち、集落の消滅である。このような地方部で子供を増やすことは、数世代に渡り雇用の場の確保がなされていることであろう。例えば、北海道のエリモ町では日高昆布の資源量に対応して数世代に渡る大家族が安定的に生活をしている(定住人口施策)。また、ニセコ町の場合は、外資による観光開発により、若い世代の起業が旺盛である(交流人口施策)。問題は、定住面や交通面などで条件が十分に整っていないため、一定のまとまりのある生活圏の形成には困難を伴う地域であろう。ここでは医療・教育などの機能を充実させても子供は増えず、国が地域を看取るしかない。

阿部 欣司・北海道電力地域担当部長

 私の田舎、倶知安町(16千人の人口)はニセコスキー場人気で、オーストラリア人の入込みが急増した地域。オーストラリア資本の不動産会社、観光会社の進出も目立つ。スキー場周辺の人口は7百人程度だが、このほかに外国人が2百人以上住むようになった。   

   この地域の小学校の分校は生徒数が29人の複式学級。内8人は父がオーストラリア人、母が日本人の子供たち。街中の本校にもスクールバスで通えるが、親は古い木造校舎だが、自然に囲まれた少人数教育の分校を選択した。この親達はオーストラリア資本の会社が多く、自然にも恵まれていることから、日本国内各地から倶知安に移り住んだ。また、子供たちの通う分校のPTA活動等をとおして移住者同士や地元との親睦を深めている。

   この一つの事例からではあるが、子供を増やす方策を考えると、移住者の親にとっては地域に働きやすい生活の糧があり、住みたいと思わせる何らかの魅力があることと、地元の人たちに多様なよそ者を受け入れる風土が育っていること、という当然といえば当然なことが大事という気がする。 

吉井 仁美・八戸市立水産科学館館長(青森)

   地方で子どもをふやすことは、定住・移住・交流の延長線上にある。地方が住んで良かった、住んでみたい地域であり続けなければ定住も移住も交流も起きない。同時に子どもに対する大人の意識も大事である。子育てへの経済支援策を論じる前に大切なことがある。子どもは親だけのものではなく、「社会の大切な預かりもの」として客観的に見つめる意識を持った人間に育てられることが大事である。その上で小さい頃から世代を超えた人とのつきあいや、よその地域での交流を通じて自分の立場や自分の地域を見つめる機会を設けてあげることが大切だ。例えば夏休み期間に二週間程度地方と都市の子供たちが交流する短期留学システムを作り、その土地の大人と一緒に農漁業体験や文化芸術に触れることで国内でも異文化が存在することを学び体験する。そこで得た価値観が地域への愛着と誇りとなりやがて大人になってこの地で子どもを育てたいという思いに繋がるのではないか 

吉成 信夫・県立児童観いわて子どもの森館長(岩手)

   子どもを増やすことを直接目的化した議論から始めるのはどこか違和感がある。子どもの豊かな育ちを支援することを通して結果として子どもが増えることにつながる施策を誘導しなければならないと思うからだ。今、地域に居て一番思うのは、様々ないのちのつながりの分断である。乳幼児期から思春期まで、子どもの発達を見守る長い継続的なまなざしが学校にも行政にもないこと自体にも問題を感じる。それぞれにタコツボに潜っていて、子どもの発達にあわせてタテにつないで行くネットワークも、ヨコにつないで行くネットワークもない。だからみんなが問題を共有できず、それぞれに悪戦苦闘しているだけだ。地域の中でかつて機能していた、子どもを見守る(見張りではなく!)地域住民のまなざしも多くは形骸化している。残されたのは小宇宙のような孤立した母と子の家庭。

   ではどこから手を打つべきなのか。地域の中に子育ち、親育ちに広く関わるコアセンターを日本中に無数に創り出して行くことを私は提案したい。児童館は全国に4700館ある。しかも0歳から18歳未満までの子どもを対象としているので、長い時間軸で継続して子どもと親に関われるからである。しかし、戦後当たり前のように存在してきたがためにその潜在的な可能性に国も行政もまだ気づいていない。この位置づけを変えてやればいいのだ。遊びを提供するだけではなく、子どもや親の居場所となり、気軽な相談窓口の入口となり、悩みを受け止められる専門スタッフを配置し、地域内の各関係機関とのつなぎ役として再構築すること。そのためには児童福祉法の40条を変える必要があるけれど。このまま児童館を無駄だと決めつけて廃止して行くのはあまりにもったいない。換骨奪胎。すでにあるハコモノに何を込めるかを国も自治体も必死に考え直すべきだ時期が来ている。 

野口 比呂美・やまがた育児サークルランド代表(山形)

   上品な園の制服に小さな体を包まれて、母親に手を引かれ黙々と歩く子ども。周りは軍団のようなビジネススーツの人達がこれも黙々と移動している。何組かの母と子が楽しく会食中。しかし「まわりに気を使うから子連れ専用のお店しか行けません。」どちらもとても可愛い子ども達で幸せそうな親子連れなのだが、なんだか物悲しい風景だ。

   少子化になり地域に子どもが減って、子ども同士を遊ばせることにも苦労する。地域の中での子どもを通じた付き合いでは「半分以上の人が子どもを叱ってくれる人がいない」、「4割が子どもを預けられるひとがいない」という。大人と子どもの交流の場も失われつつある。

   今、急いで整備すべきは、親子と地域の人が安心して過ごせる交流の場所づくりだ。いろいろな取り組みが始まっており地域の特色に合わせて参考にしたい。まずはみんなが気軽に行けるところに、地域に開かれた子育て支援の拠点を確保しよう。手助けしてくれる人が身近にいないと安心して子どもを産むことはできない。

   初めてではないのにいつも緊張してしまう写真撮影。よちよち歩きの子どもが入るだけでみんなの目が引きつけられ自然と和やかな雰囲気になる。子どもから未来への希望と笑顔をもらい、大人は祝福を返す、そんな関係をもう一度作りたい。お互い様がまだ生きている地方の暮らしの中から。 

小山 良太・福島大准教授

   地方都市(私の住んでいるは福島市29万人)における子育て支援を考える場合、子育て世代(予備軍の若者を含む)が住みやすい環境を作るということに尽きると思う。住みやすい環境は、間接的には、①安定した雇用機会・就労環境があり、②地域社会が程よく成立している。直接的には、③就学機会、教育環境が整備されており、④子育てに関わる仕組み(医療・保健も含み)が機能している、ということになると思われる。①④に関しては、他の意見と同様です。②に関しては、「程よく」という点が現代的な課題になると思われます。ウェットでもドライでもない人間関係、近所づきあいが出来るような地域社会が形成されているかどうか。旧来型の地縁コミュニティー(町内会など)はどこも衰退している状況です。しかし、それを補うような様々な活動(目的型共同体)が複線的に存在していれば、それはそれで補完的なセーフティーネットになり得る。③に関しては、例えば、福島市に転勤で移住してきても、子育て世代の多くは仙台、郡山(ともに通勤30分圏内)に住居を構えたり、福島大学の場合では子供と母親は東京在住で父親のみ福島市に単身赴任というケースも一定程度存在します。これは、賛否両論あるとは思いますが、ある程度の進学校の有無や公立学校の環境(通学時ヘルメット装着、義務の制服着用、ジャージでの生活など色々)の遅れ(当人はそう捉えている)など、教育環境が大きな要因となっている。そのため転勤等で一時居住した際の定住率は極端に低くなる。団塊世代の二地域居住などは有り得ても、子育て世代の定住には繋がっていない。中長期的にみれば後者を育むことの方が重要である。 

鈴木 泰弘・小名浜町づくり市民会議副会長(福島)

 地方で子供を増やすため、または定住人口増加のため、様々な取組がなされ、いわき市でも2地域居住などを推進している。

   しかし、抜本的な解決に結びついていないのが事実。

   自分もUターン組の一人として考えさせられることは、教育・就業など子供たちの将来を取り巻く環境面で、地方と首都圏との格差があまりにも大きいため、満足の行く潤沢な社会環境を与えられないと感じている。

   地域特色の豊かなまちづくりが盛んになり、地域社会と一体となった子供教育などは可能となっていると感じるが、その中でリーダーを育成していくためには、まだまた十分な環境とは言いがたく、経験や見聞を広げさせていく視点からも、また、高度情報化社会の中、地方都市のアメニティ度を高めて行く必要があるのではないだろうか。 

山﨑 美代造・前とちぎインベストメントパートナーズ社長(栃木)

   栃木県では、1955年代以前は総人口に占める15歳未満の割合は約40%、その後減少し、08年にはが13.8と少子化が急速に進んでいる。特に広い農村部を持つ地域ほど深刻だ。この地域の市町村に限っていえば、子どもを増やすには若者が定着する条件整備だ。1つは雇用機会の創出と定住条件の整備だ。2つは子育て環境の整備だ。第1の雇用機会の創出だが、農村部では基幹産業である農業の企業化の推進だ。

   具体的には、農業の法人化や最近大手の商社、小売、外食等の企業が農業参入を始めている。これらを行政が優遇条件を整備して積極的に進めることだ。また、若い新規農業就業者には一定期間農地賃借料や園芸施設整備費等への思い切った助成支援だ。そのことにより雇用機会が創出される。定住条件の整備は、家賃無料(又は超低家賃)の自家菜園つき公営住宅や空き家を利用した住宅の提供などだ。第2の子育て環境の整備は経済的には出産費用の全額公費負担や保育料無料化。廃校を利用した高齢者が参加する保育ボラテイアの支援施設の整備はどうか。財源は他を我慢工夫して優先することだ。子どもの減少は地域維持が不可能になる。

 ※ 今年、トラックの運転手から山村でアスパラガス栽培を始めた者、IBMの設計技術者からいちご栽培に転職した者、期間契約社員から森林組合に就職した者と出会いました

。もっと農山村、農業の魅力をギクシャクした都会で働く若者や学生にPRしてはどうか。 

真淵 智子・伊香保おかめ堂本舗取締役(群馬)

   わたしは9年ほど前、東京から実家のある群馬県伊香保温泉に戻ったUターン組です。わたしには、中一の息子があり、学校や部活、習い事や塾にも送迎には車を常に必要とし、家族の理解と協力無しに子育てすることはできません。当初は「現代はネット社会。田舎も都会もない。」と子どもの教育に関しては楽

観的にとらえていましたが、現実は必ずしもそうではありませんでした。

   伊藤さんや白戸さんのお話の中にもありましたように、日本人の多くが考える「幸せ像」=価値観が、「よい大学を出て、よい会社に入り、高い給料を得て、家を建てる」といった高度成長期の成功体験に基づくもので占められている限りは、よい大学、よい会社、便利で生産性の高い効率的な街は都会にあるということになり、どう考えても地方は不利な状況下にあります。

   しかしながら、これはある意味仕方のないこと。あきらめているのではありません。多くの日本人がそう考えたのも無理も無いことだったと思っています。でも、地方で暮らす人々がその暮らしに誇りと自信を持ち、その土地を愛することが継続的にできる世の中であってほしい。都会に暮らす人々も地方の人々の暮らしを尊重し、認める世の中であってほしいと望みます。

   希望の光として、現在の日本人の価値観は多様化してきました。良い大学を出たから、よい会社に入ったから、将来が保障されるという世の中でもなくなりました。地産地消や食料自給率UPの風潮、エコ社会への関心の高まりなどは、地方での暮らしへの注目度を上げる追い風になっていると感じています。

都会に暮らすヒトも、地方に暮らすヒトも、気持ちよく暮らすために、わたしから提言することがあるとしたら、それは柔軟に互いの価値観を認め合うこと。歩み寄るための創意工夫をすること。例えば、男女共同参画、女性の社会進出を掲げ、保育所の不足や、待機児童の問題などが言われていますが、視点を変えれば、子育てに専念したい専業主婦(主

夫も)が働かなくても子育てできる環境があれば解決策のひとつの選択肢になるでしょう。

 また、高齢化の進む地域での子育てにおいては、高齢者と子どもの共通点は「足がないこと」だという点に着目すれば、教育の場と医療の場などを集中化したり、ネットワーク化することで送迎の利便性をあげたり、新たなビジネスへつなげたりすることもできるでしょう。教育の方法についても、必ずしも学校教育に限らず、ホームスクーリング(国土

の広いアメリカなどでは一般化している)への理解を深めるなど、地方での子育てにおける自由度、可能性は拡がると思います。少子化は、もはや地方だけの問題ではありません。

無いこと、できないことに嘆かず、あること、できることを柔軟に選択し、尊重し、認め合う…地方とか都会とかではない、日本人の心の在りようが、今問われている気がします。

熊倉浩靖・群馬県立女子大准教授

 子育てに関して不思議な数値がある。人口に占める要保育児童の比率と待機率である。予想に反して、地方圏の方が要保育児童率が高いにもかかわらず待機率はほぼゼロなのに対し、大都市圏周辺部は要保育児童率が低いにもかかわらず待機率が高い。さらに保育児童1人あたり自治体コストは地方圏が低い。

   他方、周産期死亡率や乳幼児死亡率に大きな相違はない。こう見てくると、地方で子どもが育て難いというのは、保育環境によるとは言い難く、若い世代の雇用の場がないこと自体に行きつくと言わざるをえない。戦後日本の国家・国民目標が大都市への集中・工業化による所得倍増だった結果に他ならない。

   とすれば、ライフスタイルや保育環境整備に議論を止めず、待機率が象徴しているように、むしろ大都市圏でこそ子どもを育て難くなっていることをしっかりと見据えて、地方で人々が働き暮し続けられる産業構造、国家構造への転換を図ることが急務と思われる。 

西尾真治・埼玉ローカルマニフェスト推進ネットワーク事務局次長

   地方で子どもを増やす一つの視点は、若者が気軽に訪れ、そこに居つきたくなるような仕掛けをつくることである。

 ヒントは例えば小笠原にある。小笠原は、6日に1便の船便しかなく、片道25時間半を要する条件不利地域だ。しかし、高齢化率は8.5%で、年少人口は増加傾向にある。実際に島を訪れると、若者が多く、子どもが歩き回り、明るく活気がある。「東洋のガラパゴス」といわれる自然が人を引き寄せる面はあるが、それだけではない。小笠原には「半島民」という言葉がある。観光客が長く居ついて島民化することで、数ヶ月から数年島で暮らして本土に戻る若者が少なからず存在する。

 もう一つヒントがある。宮崎県西米良村は、典型的な過疎の山村であるが、特産のゆず等の農作業を手伝いながら観光する「西米良型ワーキングホリデー制度」を導入し、毎年数十人の観光客を呼び込んでいる。若い女性のリピーターが多いのが特徴で、交流をきっかけとして移住につながったケースもある。

   このように、まずは若者が「おもしろそう」「行ってみようか」と思える発信が必要だ。特別な資源がなくとも、農作業でも磨けば魅力になる。そして、訪れた若者と住民が交流する場づくりが決定的に重要となる。それが若者と地域を結びつけ、リピーターや長期滞在につながる。若者との交流は、住民にとっても刺激になる。さらに、「半住民」的な滞在も含めて、若者が地域に気軽に住みつくことができる環境を整えることが求められよう。 

藤波 匠・日本総合研究所主任研究員

   今回のテーマはやや範囲が広いように感じられます。東京に比べれば地方の郊外に広がる新興住宅地では、まだまだ子供も見かけます。そこで今回は、過疎の集落での子供の減少に限定して書かせていただきます。

 私は、過疎地での地域再生のキーポイントは学校だと思います。14日付日経夕刊に出ていましたが、92年以降全国で廃校になった公立小中高校は5259校。うち小学校が3485校。子供を育て、地域の持続性を維持するには少なくとも小学校というインフラが不可欠です。小学校のない地域では、若い家族のU・Iターンは期待できず、衰退の一途です。

   効率性優先で、生徒一人当たりの費用が高い小規模校を廃校にすることは、極めて近視眼的です。その跡地利用や地域活性化策に費用を投じるよりも、小学校を何とか存続させ、若い世帯が移住できる余地を残すことが、持続的な地域の最低条件です。地域の核としての学校の存在意義を見直すべきです。 

澤井 安勇・日本防炎協会理事長

 「地方で子供を増やす」という命題は、地域を振興して、子育て意欲のある若い人たちを地方に定着させる、という第1回目の命題に戻るような気がします。長期的に総人口の減少が見込まれ、また人々の居住地選択性向がシビアになる中で、経済的にも社会的にもクリエイティブな人々を受け入れ、持続的に定住させるには、R.フロリダの説を借りれば、諸々の環境条件の整備とともに、地域が多様性と開放性を持つことが重要。言葉を換えれば、いろいろなタイプの人・生活を受け入れる寛容な雰囲気が必要ということでしょうか。自分の仕事や趣味、家族生活に適した都市機能や医療・福祉などのソーシャル・ケアがある程度備わっていて、人々が寛容で、余り肩の凝らない人間関係が構築できるような地方都市であれば、若年家族の居住地選択対象になるのではないでしょうか。勿論、ソーシャル・ケアの確立は、一地方の問題でなく、国レベルで対応すべき課題でもありますが。 

田谷 徹郎・千葉県資源循環推進課長

 地方で子どもを増やす、すなわち定住人口を増加させていくためには、これまでの議論にあるとおり、地域においてヒト・モノ・カネが循環する自立した経済圏を確立していくしかないのではないか。子育て支援等に対する施策や経済的な助成も一定の効果はあるかもしれないが極めて限定的なものであろう。行政だけではなくあらゆる主体が危機意識を共有し、地域再生に取り組むことが必要。

 さらに、その実効性を高めるために、個人の多様な価値観を尊重しあう社会への転換が必要。地方では都会での経済的繁栄の享受に大きな価値を見出す人が多いのは事実であろう。これに対し、地域で生まれ育った人が、そこで生活の糧を得ていくことに大きな価値を見出し、さらにその地域に魅力を感じる人がごく自然に地域に溶け込んでいく、そしてそれが当然のこととして社会に受け入れられるという「価値観の転換」がわが国全体に必要なのではないか。 

白戸 洋・松本大教授(長野)

 地域には子どもがいない。数の問題でなく、存在感の問題だ。小さい頃から「生徒」と「うちの子」として、学校と家庭に囲われ、子どもや若者はいるのにいない。だから彼らが将来生きる場として地域を意識する理由がない。地方にいても東京と同じように育っている。小さい頃から地域に触れ、自分が育った地域に人間関係が築かれ、自らが地域で必要とされていると感じた若者は、地域に根を張る。しかし、厳しい経済環境の中で無理してまで地域にとどまる程若者をその気にはさせていない。むしろ大人たちはしがらみで若者を抑えつけ、出身高校で差別して、若者に居づらい雰囲気を作っている。地元への進学よりも都会への進学を勧める教師や親も多く、地域に定着させる努力は限定的である。

 黙っていれば都会の方がよいと考える価値観が支配する社会である。地域で子どもを育てる意義を今の子どもや若者が実感できるような地域のあり方を考えない限り、若者は都会を目指し子どもは減り続ける。若者は目先の子育て支援では地域に生きていく覚悟を持つことはできない。今いる子どもや若者が地域に生きることを実感できるよう、一人一人はもとより、学校のあり方、行政の施策等、できることに取組む以外に考え付かない。 

窪田 裕行・福井県政策推進課課長補佐

 この課題の前提として「地方で」子どもを増やす意味を考えなければならない。なぜ大都市ではなく「地方」なのか。

 出生率をみた場合、福井県は速報値が全国で唯一4年連続の上昇をしている。一方で東京都では1を割り込むことさえあった。しかし、都市は縮小することなく発展していく。そこには地方から都市への人口の流入があるからである。

 地方は少子化対策と公教育に相当の投資をしている。福井県では保育所の待機児童はなく、学力・体力ともにトップレベルにある。

こうした人材の供給を都市は絶え間なく受けているのである。地方は都市に対し人材ばかりでなく、水や食糧、電気などさまざまな発展の礎を供給している。

 「地方」が子どもを増やすことは、このような都市と地方の関係が循環に変わることで我が国の発展につながることを再認識し、都市が地方に対して何を供給し、どのような役割を期待するのか、このシステムを都市と地方をwin-winで支えあうものとして機能させることを足場として考えていかなければならない。 

都竹 淳也・岐阜県商工政策課課長補佐

 本格的な人口減少時代を迎えた中で、少子化対策は極めて重要であることはいうまでもないが、それは決して即効性のある人口増加対策にはならないことも認識すべきである。

 岐阜県の場合、たった今ベビーブーム期並に出生率が回復し、それが継続したとしても、人口減少が止まるまでには約60年かかる。少子化が始まって既に35年以上が経過し、母親になる世代の人口が減少してしまっているためだ。全国も概ね同様の傾向である。

 少子化対策は、原因が複層的であることに難しさがあるが、要は結婚・出産・子育てに対する不安を取り除くことに尽きる。特に、かつての三世代同居のような家族全体で子育てする環境を代替するために、保育所や一時保育などの子育て支援サービスを充実していくことは不可欠だと思う。さらに、育児休暇など、職場の支援を強化することも重要だ。

 少子化対策に一発ホームランはない。地域全体でコツコツ努力を重ねていくしかない。 

松田千春・滋賀県企画調整課副主幹

   今回のテーマに少し抵抗がありました。

それは、少子化問題が経済規模の維持や年金問題の受け皿などとして語られていることが多いことや自治体の総合計画の将来予想などに見られるように人口増加=繁栄という幻想があり、人口減少を受け入れられない風潮があることなどとつながっているように感じたからです。

 テレビ番組で子供手当を取り上げていて、「お金がもらえたら、もっと子供がほしい」と発言している人がいましたが、子を産む性の側からは、教育費負担の軽減や労働条件の向上など一定の条件が改善されれば、子供が増えるという単純なものなのかなという疑問もあります。

 産んだ子を大人になるまで(あるいは成人した後も)育て、守り続ける自信がもてない心理的な要素が多分にあるようなに思います。

子育てが個人的問題でなく、地域全体で育てる環境になれば子供が増えるかもしれません。 

東 朋冶・神戸ながたTMO総括マネジャー(兵庫)

 地権者でない限り、地方で子育て世代が生活するのは厳しい。一昔前の兄弟4人以上が珍しくない時代の方が生活は厳しかったはずで、費用のみが問題ではなかろう。

   地方は求人難というより、事業所の絶対数が少ない市町村が大多数。保育施設も少なく、進学校・塾がない過疎地域は大学進学に備え寮生活を余儀なくされる。都市では生活費が高騰し、住居が手狭で3世帯で生活が困難。祖父母が孫の面倒を観ていた時代とは異なる。

   子が独立した老年夫婦が、ニュータウンから歩いて暮らせる医療機関も充実した街なかへ移る一方、子育て世代は住居が手狭で、郊外に引っ越す。核家族化は進む一方だ。

 空店舗や空住居に保育施設や進学塾を誘致し、内装費用や賃料、人件費を補助する。保育士等の雇用助成を積極的に進める。未就学時期から大学受験まで地方で担える子育て・教育システムを公的支援で構築しないと、市場の論理では地方流出が続くばかりだろう。 

河内山 哲朗・前山口県柳井市長

   20歳新成人は何を考えているのか?そのことに視点を当てた政策や社会の空気を変えることこそ今求められていると思います。

20歳の声「私たちは小さいころから将来を悲観することばかり聞いて育ってきました。地球の資源は枯渇する。地球環境はこのままでは行き詰まる。社会保障の担い手は若い世代だ。負担は大きくなるよ。昔と違って子育てにはお金がかかる。田舎にいたのでは就職できない。女の子もこれからは家庭、子育てよりは自分で生きていけるように努力をしなければならない」いずれも正論です。

   大人は正しいことを言ってきましたが、子供たちのとっては過剰学習となり、悲観論を超える元気な考え方や実践をしてこなかったことは反省事項です。悲観論を乗り越えている人々はたくさんいます。そのような姿、大人が夢を持ちこと、かっこよく働く姿と真剣な姿勢を地域でも、会社でも、役所でももっともっと身近に見せる場所を作る必要があると思います。

楽観できる状態ではありませんが、田舎でも背水の陣でがんばり始めたところ(たとえば有名なところで言うと島根県海士町)では子供の声を聞こえ始めています。 

小林 敬典・鳥取県政策企画総室長

 「地方で子どもを増やす」これは難しい問題でありまさに知恵と工夫の出しどころ。例えば、今政府で検討中の子ども手当にあわせた独自の子育て施策を検討中の自治体もあれば、先行して施策を打っているところもあると思う。大半の自治体は独自財源の捻出に汲々としながらも歳出を切り詰め地域に有効な単独施策を打ち出そうと腐心している。

   新政権では、補助金を整理して地方が地域の実情に合った施策に自由に使える財源として一括交付金の議論が始まろうとしている。地方では子育て対策の最優先課題に保育所の充実を考えているところもあれば、例えば子どもが3歳になるまでは母親が家庭で安心して子育てが出来るよう支援策を検討している所もあると思う。国が一律に決めるのではなく、交付金の中に地方の裁量で「子育て枠」や「産科医の確保枠」が設定できるなど、地域の緊急課題に即効でき、柔軟に手当てすることが出来るようなシステムが確立されれば地方にもっともっと活力が生まれると思う。

   決して潤沢な交付金である必要は無く、地方の判断で地域独自の新制度に一歩踏み出すとき、後押しになるような支援制度があっていいと思う。 

高橋 泰子・緑と水の連絡会議理事長(島根)

 本業で福祉施設を経営している。40数人いる職員の中で女性が35人程。その半分が子育て終了組で残り半分が最中組、ほとんどが共働きパートである。会社では子育て支援に力を入れている。改正パート法に基づく支援はもちろん、会社独自で病後児保育室も完備し、その保育を行うのは非番の職員としている。子供の数が増えれば参観日、登園・登校時の急病の迎えの時間も半端ではなく、同僚の目も痛い。そこで子供はもう結構となってしまう。当会社では子育て時代の職員には柔軟に対応し、講演会を催すなど子育て卒業世代も含め、職員全部で意識を共有させている。共稼ぎを余儀なくされている地方で最も少子化を加速させる要因は、産婦人科医がいないことだけでない。子を生んでからの社会的、家族的インフラ整備ができていないことを個人の問題、特に女性の母性の無さにすり替ることである。地方で子供を増やすためには、まず企業というクラスター単位での意識改革が必要である。社会的ウエーブとするには中小会社への助成制度の整備とハローワーク等職員が自ら出向いて説明する官の意気込みも必須となる。当会社は来春も出産ラッシュである。 

熊 紀三夫・高松丸亀町商店街振興組合専務理事(香川)

   少子化が進んで行く中で、短期的に子どもを増やす事は人口統計的に見ても不可能である。この様な状況の中では、まず教育の集中化と高度化が重要であると考える。小学校だけではなく、教育に関係する大学などの高等教育機関や、調査機関及び図書館などすべてを集約すべきである。同様に、それらの教育水準や目標を高い位置設定し、より高度で多様性のある教育を提供すべきである。高松市の調査でも、若い夫婦が居住地域として選ぶ条件に、子どもの教育が大きな要素となっている事を考えると、教育機関の集約化が家族に安心感を与え、また将来への期待感から、中期的に見た場合出生率の増加へとつながる。また、短期的にも、高度な教育は県外からも人口が流入している事は、有名高校や有名大学を見れば明らかである。芸術や子どもへの投資は、地方にとって、今までのハード整備のみに頼ったまちづくりから脱却できる唯一の方法かもしれない。 

伊豆哲也・TMO佐賀タウンマネジャー

 前にも書いたが、私は「子育てのまち佐賀」をひとつの目標イメージとして街づくりに関わっている。佐賀が福岡から至近距離という立地を活かし、働くのは福岡でも住むなら佐賀、子育てするなら佐賀と言われる状況を作りたいと思っている。様々な環境整備が必要だが、その柱のひとつは教育システムである。多様で高いクオリティの教育機会が用意されており、各家庭がそれぞれの価値観で選択できるという状況ができれば競争力が持てると考え、小さな取組だが、地元の国際協力NPOと連携して、小学校低学年を対象に真に国際貢献できる人間力を持った人材の育成という試みにここ数年取り組んでいる。        

   大げさな言い方に聞こえるかも知れないが、地方と言えども世界に発信できるものを構築するくらいの気概が必要だと思う。「地方で子どもを増やす」には、○○手当てといったことではなく、企業には必ず託児所を設ける等々の制度改革が必要であると思うが、それとともに民間の小さい地道な取組が大切だとも思う。何故ならそうした取組に多くの人が関わって来ることがそのまま魅力的な地域の醸成に繋がり、定住、移住の促進になると思うからだ。


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