柿崎明二 日本再生考

日本再生に何が必要か。この国はどうすれば活力を取り戻せるのか。月1回、有識者に語ってもらう。

柿崎明二氏

柿崎明二氏

柿崎明二(かきざき・めいじ)1961年秋田県生まれ。早大文学部卒。88年共同通信社入社。1993年から政治部で首相官邸、外務省、旧厚生省、民主党、自民党、社民党などを取材。2011年から編集委員。著書に「『次の首相』はこうして決まる」(講談社現代新書)、共著に「空白の宰相」(講談社)がある。

第11回 NPO法人「POSSE(ポッセ)」代表・今野晴貴氏

磯田道史氏

▲今野晴貴氏=東京都世田谷区の「POSSE」事務所

今野 晴貴氏(こんの・はるき)83年仙台市生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程在籍。著書に「ブラック企業」など。

さじ加減

 —ブラック企業が登場してきた要因は。

 「生活保障的な賃金、あらゆる社会保障、そして人材育成までが企業まかせの日本型雇用システムが背景にある。高校や大学では仕事の仕方をほとんど教えず会社に入れる。そのため働かせ方が会社にとってものすごく自由。競争力の高い仕組みだが、働く側にはきつい。仕事のあり方についての社会的な決まりがないから、言われたら何でもやることが優秀とされた。働かせ方は企業の『さじ加減』一つとなり、歯止めがない。そして世界に先駆けて過労死という言葉を生み出した」

 —それでも人材は育成していた。

 「そうだ。その結果、企業に対する世の中の信頼、そして依存が進んだ。そして、2000年代後半、非正規が増え、貧困化が若者の問題となった。そこでは正社員化が解決策とされ、多くの若者が頑張った。そんな状況を逆手にとって『うちは正社員採用です』とうたいながら、 執拗 (しつよう) ないじめで辞めさせたり、200時間以上の残業などで使いつぶしたりする企業が現れた。しかし、企業や正社員に対する信頼感、依存度は高いままだった。ブラック企業の働かせ方に対する歯止めがなかった。日本特有の現象だ」

 —企業や正社員への「信仰」は私にもあった。

 「親、そして高校、大学の先生も現実を理解していなかった。休職や辞職に追い込まれた若者を『根性が足りない、甘えている』と責めた」

 —規制改革の影響は。

 「派遣分野にはあった。逆に言えば、政策、制度を変えるだけで改善できるものではない。ブラック企業が、こうやれと言った時に、労組がなかったか、対応できなかったことが問題だ。政策、制度決定論から脱するべきだ」

ブラック企業を追及する今野晴貴氏に聞いた。

 —厳しい会社は昔からあった。

 「労働条件が非常に厳しいとか違法行為を行っている会社と捉えられがちだがズレがある。一言で言えば若者を使いつぶす会社のことだ。半年、1年でこいつは使えないと判断すると辞めさせるようにいじめる。逆に使えると残業代がない店長や管理職に抜てきして無限のサービス残業を強いる。うつ病、過労死や自殺に追い込む。頑張っても報われない企業。これは新しい現象だ」

 —その影響は。

 「若者が心身を壊してしまうところがポイントだ。いじめ、長時間労働で精神、身体を病んでしまう人が非常に多く、再就職が難しい。こうなると本人だけの問題ではない。大半の人は自己都合退職に追い込まれているから給料もなくなり、家族が支えるしかない。親子なら不和、夫婦なら離婚の可能性が大きくなる。若者の医療費、失業給付が増えれば国家財政を圧迫する。また、ダンピング競争になり、まじめで優良な企業が 淘汰 (とうた) されかねない。個人、家族、経済界、国家にダメージを与える。対岸の火事である人はいない」

ブラック企業、国に打撃  背景に会社まかせ体質  労組も人権に無頓着

「ブラック企業の問題が、対岸の火事である人はいない」と語る今野晴貴氏=東京都世田谷区の「POSSE」事務所

▲「ブラック企業の問題が、対岸の火事である人はいない」と語る今野晴貴氏=東京都世田谷区の「POSSE」事務所

最後通牒

 —業種に偏りは。

 「ある。産業構造の変化が大きな要因だ。新興の産業、企業に多い。IT、外食、小売り、介護、保育。これらの業種は離職率が高い。人を育てる労務管理が成立していない。団体交渉してルールを作り上げていく仕組みがない」

 —労働組合は。

 「企業別中心の日本の労組は他人、他社の人権に無頓着だった。労務管理が確立していなかった戦後しばらくは存在価値があった。しかし、その後、自社の賃金を上げることしか考えない体質を60年かけてつくってしまった。産業構造が変化しても、ほとんどの労組に対応力がない。その結果、自分たちの子ども、孫がひどい目にあっても助けられない。労組より労働基準監督署の方が頼られている。皮肉なことだ。ブラック企業は日本の労組に突きつけられた最後 通牒 (つうちょう) だ」

 —参考例はあるか。

 「フランスの労組は職種別の最低賃金を設定する交渉をしている。組織率は10%以下だが、ストライキにはその職種のすべての労働者が関わる。問題設定の仕方で、みんなが参加できる」

 —ブラック企業側の弁護士のことも批判している。

 「利益を追い求めるビジネス思考の全ては否定できない。しかし、ルールを守って初めてビジネスは社会に貢献できる。どんなに社会に迷惑をかけても『自分がもうかればいい』という思考を持った弁護士や社会保険労務士が多くなると社会は混乱する」

 —気の遠くなるような努力が必要だ。

 「まず労組が試されている。それぞれの業界も働かせ方のルールをつくり、違反したらブラックリストに 載せ 、ペナルティーを科す、そういう努力が必要だ。経済界や国にとっても有害だと認識し、各界の自浄が進むことに期待したい」

 「企業信仰」捨てる必要  各界の取り組み後押しを 

 以前務めていた会社の話になるが、新人時代、支局の先輩にしごかれた。早朝から深夜まで強制的に警察、検察庁、事件の関係者を回らされ、他社にスクープを許すと怒鳴られた。

 つらくて毎日、会社を辞めようと思っていた。出勤するのが嫌で、仮病で休んだこともある。

 約1年後、後輩がやってくると、しごきが軽くなった。別の先輩からしごきは精神的な強さを身につけさせるための一種の「通過儀礼」だったことを教えてもらった。確かに面の皮は厚くなっていた。今ではしごいて「いただいた」先輩に感謝している。

 こんな前近代的な経験を持っているせいか、ブラック企業という言い方は若者の甘えじゃないかと思っていた。

 今野氏は、親や高校、学校の先生はじめ世の中に広がるこんな誤解は大企業、正社員に対する過度の依存があるとする。そしてそれが「ブラック企業を支えている」と指摘する。

 取り組みを始めたばかりの政府、労組、業界を後押しするのは被害にあった若者の声だ。孤立しがちな若者には親、家族、学校のサポートが必要だ。われわれ親世代が大企業、正社員への「信仰」を捨てなければならない。=2014年01月16日 

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