柿崎明二 日本再生考

日本再生に何が必要か。この国はどうすれば活力を取り戻せるのか。月1回、有識者に語ってもらう。

柿崎明二氏

柿崎明二氏

柿崎明二(かきざき・めいじ)1961年秋田県生まれ。早大文学部卒。88年共同通信社入社。1993年から政治部で首相官邸、外務省、旧厚生省、民主党、自民党、社民党などを取材。2011年から編集委員。著書に「『次の首相』はこうして決まる」(講談社現代新書)、共著に「空白の宰相」(講談社)がある。

第3回ライフリンク代表・清水康之氏

清水康之氏=東京都千代田区飯田橋の事務所

▲清水康之氏=東京都千代田区飯田橋の事務所

清水 康之氏(しみず・やすゆき)72年東京都出身。国際基督教大卒。NHKディレクターを経て、ライフリンク立ち上げ。共著に「闇の中に光を見いだす」。

生き心地いい社会

—問題察知能力がないのはなぜか。

 「自殺タブー視にも通じるが、表面的な雰囲気に翻弄(ほんろう)され最後まで物事を詰めない社会だ。事なかれ主義を全否定するつもりはないが、個々の事象から学ばないから、大きな問題に目が向かない。リスクを野放しにしたままになる」

—3万人を割ったとはいえ、まだ多い。

 「応急処置が少しずつ進み始めただけで、非常事態は続いている。死ななければいい、では生き地獄になってしまう。生き心地のいい社会を目指さなければならない。死の視点から見れば、豊かな死別体験ができる社会。QOL(生活の質)という言葉があるが、QOD、つまり大切な人との永遠の別れ(=死別体験)の質も大事だ。人生をどう閉じるかは、どう送ってきたかに関わる」

—もう少し具体的に。

 「自分自身に満足とまではいかなくても、納得、折り合いがつけられる社会。本来は最低条件だが、そうなっていない。自尊心が傷つけられ、生きる意欲をそがれた人が多すぎる。今の自分では駄目だと。自殺で亡くなった人にも、最後に『ごめんなさい』とのこしていった人が多い。一つは競争主義。ある調査によると日本の小学校低学年の自尊心は高いが、高学年になるにつれ低くなる。90点取っても、まだ10点足りないと考える」

届かないニンジン

 「20歳代の自殺率がなだらかに上昇し続けている。従来のやり方では止められない。調査を進めていくと、親世代からすれば、たかがそれぐらい、というような理由が原因となっていることもある。生きるモチベーションの問題になっているようだ。もともと自尊心が低い上に、就活で30、40社、下手をしたら100社行っても、内定がもらえない。周囲に受け入れてもらうためにと小さいころからずっと自分を押し殺して生きてきたのに、社会に出る局面で、そんなあなたは要らないと言われてしまう。死にたいというより、生きるのをやめたくなるようだ」

自殺対策に取り組んできたライフリンク代表の清水康之氏に聞いた。

—昨年の自殺者数が3万人を切った。

 「1998年から2011年まで3万から3万3千人前後で推移していた。2006年に自殺対策基本法ができて08年から市町村の現場が対策に乗り出したこともあり10年から毎年、減って昨年、2万7858人に。逆に言えば対策を取っていなかったから高止まりしていた」

—なぜ、対策が取られなかったのか。

 「自殺は、個人の資質によるものだという見方が強かった。弱いのだと。『1年間に3万人も死ななければいけない、悪い意味での条件が整ってしまっている』という構造的な問題なのに。また

死、特に自殺をタブー視する傾向が強い。そっとしておいた方がいいと。遺族も声を上げられず、『沈黙の悲しみ』が沈殿していた。さらに日本は、起きてほしくないこと、日常のシステムに組み込めないものを思考から排除する傾向が強い」

—日本社会の構造についてもう少し。

 「問題を察知、把握して実態に基づいて総合対策を立案、人手、予算をかける優先順位を決めて個々の対策を実施。結果を検証し、総合対策を修正していく、という現場本位のPDCA(計画→実行→評価→改善)サイクルがない。母子3人が死傷した三菱自動車製大型車のタイヤ脱落事故も、その前に同様の事案が繰り返し起きていた」

社会に問題察知能力を  物事詰めずリスク野放し 答え創る教育必要

「人生をどう閉じるかは、どう送ってきたかにかかわる」と語る清水康之氏=東京都千代田区飯田橋の事務所

▲「人生をどう閉じるかは、どう送ってきたかにかかわる」と語る清水康之氏=東京都千代田区飯田橋の事務所

—競争社会は日本だけではないが。

 「過度な消費社会とも関係がある。『今のあなたでは足りない、こんなものを手にしたら、身につけたら豊かになりますよ』と渇望感をてこにして購買意欲をかき立てる。一神教的な善悪の基準がない社会では、際限なく商業主義に翻弄されていく。絶対届かないニンジンをぶら下げられて、走るような」

—どう変えていくか。

 「常に誰かを置き去りにしていく社会のありようを再検討すべきだ。また、人生を決定づけるのは体験ではなく、体験に対する解釈。痛みが結果的に人生を豊かにすることがある。もちろん、押しつぶされることもある。そういうさまざまな体験を受容していく、自分なりの物語を紡ぐ力を子ども時代から育んでいく必要がある」

—年齢を重ねれば紡げるようになるのでは。

 「かつてはそうだった。右肩上がりで『組織で頑張れば、よりよい明日になる』という大きな物語を社会が紡いでくれていた。今は違う。企業は、大きな物語にしがみつく人材ではなく問題を察知して、解決していく人材を求めている。しかし、そういう教育をしていない。決まっている答えを求めさせるのではなく、答えそのものを創り出させていくような教育をしていかなければならない」

原発に通底する構造  われわれも思考転換を

 「死者が年間3万人以上」「1日80人以上」という数字は極めて衝撃的だ。にもかかわらず、自殺に関してはなぜか10年以上もそんな状態が続いていた。世界的にも自殺率は非常に高く、先進国の中ではトップクラスだ。

 清水氏にインタビューしたのは、「自殺社会」から日本が抱える問題を見ることができるのではないかと思ったからだ。

 清水氏は「個人の資質によるものだという見方」「自殺をタブー視する傾向」など自殺に特有の要因のみならず、「起きてほしくないこと、日常のシステムに組み込めないものを思考から排除する傾向が強い」

「表面的な雰囲気に翻弄(ほんろう)され最後まで物事を詰めない」など社会構造そのものの問題点を指摘した。

 この指摘を聞いていて本来、想定すべきだった巨大津波を想定せず、最悪の事態に陥った東京電力福島第1原発事故を思い出した。同様の構造はほかの分野にもあるだろう。

 「起きてほしくないことを思考する」「最後まで物事を詰める」—。自殺者3万人以上を長期間続け、原発事故も引き起こしてしまった今、われわれも思考を転換しなければならない。(共同通信編集委員 柿崎明二)=2013年05月17日

自殺者の推移
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