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  • ノーベル賞3人3様 「大してうれしくない」 「賞に値すると思わず」 「ちょっと驚いた」

    【京都新聞インタビュー(8日)を読む】
    ①清水寺の奥で昼寝 益川さん②哲学の道を歩いて 小林さん

    【8日の受賞3氏の表情】
      南部さん 理論は「2年間、考え続けた」
     【シカゴ7日共同】「ひらめきじゃないですよ。2年間考え続けた」。ノーベル物理学賞の受賞が決まった南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(87)は7日、シカゴ市内の自宅で取材に応じ、授賞理由となった理論は着想から2年がかりで導き出したもので、研究には日々の努力が大事だと強調した。
     小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授、益川敏英・京都大名誉教授と共同受賞となったことを喜び、「(素粒子の)標準理論ができあがったのは彼らの仕事がキーとなっている」と2人の貢献を高く評価した。

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     南部さんは1950年代に米プリンストン高等研究所に留学後も米国にとどまり、70年に米国籍を取得した。研究環境を優先させた結果の選択だったという。シカゴ大ではフェルミなど世界的な学者と「家族的な雰囲気」で親交を結び、刺激を受けた。「自由で、雰囲気が非常によかった」と振り返る。
     また研究活動を「謎を解くようなもの。一生の趣味ですから」と語り、学究への衰えない意欲をみせた。
     自宅で7日午前5時(日本時間7日午後7時)、スウェーデン王立科学アカデミーから電話で受賞を知らされた南部氏。毎年のように候補に上がるため、今回も期待はせず、就寝中だったという。
     ただ、今年に入って、宇宙誕生直後にできた未知の素粒子を探す世界最大の「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」がスイス、フランス国境に稼働。新しい粒子がいくつか見つかる期待感が高まっていることで「基になる原理はわたしが始めたことでもあるので、その意味で何か関係があるかもしれないとは思っていた」と、“予感”していたことを明かした。

    益川さん、京都名誉市民へ 第1号は湯川博士
     京都市の門川大作市長は8日、ノーベル物理学賞に決まった益川敏英京都大名誉教授(68)と京大で面会し、名誉市民の称号を贈呈する意向を伝えた。益川さんは「大変光栄です」と笑顔で答えた。 名誉市民の第1号は、日本で最初のノーベル賞を受けた故湯川秀樹氏。ほかにノーベル賞受賞者の故福井謙一氏や田中耕一氏も名誉市民になっている。

    小林氏、赤い目で記者会見 「重荷を強く感じる」
     「大変重い賞をいただいた。重荷を強く感じます」。小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授(64)は8日午前、都内で記者会見し、ノーベル物理学賞受賞決定の知らせから一夜明けての感想を述べた。前夜は帰宅せず「睡眠不足」のまま、赤い目をしばたたかせながら会見に臨んだ小林氏。朝刊やテレビのニュースを目にした感想は「自分の出てくるのは見たくないですね」。
     ともに受賞が決まった南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授について問われ「(大学院時代に研究したテーマの)理論的な基礎を築いた人。大変尊敬している。一緒に受賞できるのは夢のよう」と喜びをかみしめた。
     ノーベル賞発表の時期になると、有力候補として報道各社の取材を受けるのが毎年の恒例になっていた。「理論提唱当時のことについては、何度も質問を受けたり説明したりして、記憶を何度も上塗りしていますから(当時の)生の記憶はどこかに行ってしまいました」と苦笑いする。

    益川さん「目標高く、着実に」 若い研究者にメッセージ
     京都大の益川敏英名誉教授(68)は一夜明けた8日、ひょうひょうとした表情で記者会見し、若い研究者に「目標を高く掲げ、身近なことから着実に向かえ」と熱いメッセージを送った。
     益川さんは午前6時半すぎ、京都市左京区の自宅をタクシーで出発。教授を務める京都産業大(京都市北区)の会見場に、紺のスーツにベージュのネクタイ姿で現れた。第一声は「何をしゃべったらいいか分からないが、眠たいです」。
     テレビ中継で米シカゴ大の南部陽一郎名誉教授(87)との共同受賞について聞かれ「南部先生の論文をしゃぶり尽くしたのが私の基礎。そういう先生と…」と言葉を詰まらせて涙ぐみ、眼鏡を外してハンカチで目をぬぐった。
     会見では自らを取り巻く状況について「科学者としては論文を書いて投稿した段階で終わり。(今は)社会人としての益川に関する出来事が起こっている」と客観的に分析した。

    益川さんが京大で講演 学業の悩み、恋愛相談も

     ノーベル物理学賞の益川敏英京都大名誉教授(68)は8日、京大キャンパスで学生ら約500人を相手に講演した。男子学生から“恋愛相談”が寄せられるなど思わぬ展開もあったが、益川さんは「面白いと思ったことを真っ正面から掘り下げてほしい」と後輩たちにエールを送った。
     学生から物理を好きになった理由を質問されると「英語が嫌いだったから」とひと言。「テストの前日、物理や数学の教科書を読んでいる間だけは不安を忘れられた」と明かし、笑いを誘った。
     「男性が多い物理学の世界でどうやって伴侶を得たのですか」との質問には、「恋愛なんて構えて探すものじゃない。いろんな経験や出会いの中で、必然的に相手が決まってくるもんだ」と先輩らしくアドバイスした。
     京大在籍時に、原子力潜水艦の寄港が環境に与える影響について市民らを対象に学習会を開いていたことも紹介。「わたしは雑学主義。自分の専門を決めず身近なところから幅広い知識を身に付けてほしい」と語った。

    【受賞発表直後(7日夜)の3氏】
     「大してうれしくない」と益川さん。照れ隠しなのか、科学者ゆえの冷静さがそうさせるのか。7日、ノーベル物理学賞の受賞が決まった京都大名誉教授の益川敏英さん(68)。教授として勤務する京都産業大(京都市北区)の記者会見では、努めて静かな口調ながら、わずかにほおを紅潮させ、時折笑顔も見せた。
     益川さんは会見の冒頭、自らの受賞には触れず、手を大きく振りながら南部陽一郎さんの受賞を喜んだ。「自身の喜びの声を」と詰め掛けた報道陣に促されると、言葉を一つ一つ選ぶように話す。
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    ←【写真】ノーベル物理学賞受賞が決まり、記者会見で笑顔の益川敏英・京都大名誉教授=7日午後7時20分、京都市北区の京都産業大学

     「ノーベル賞の賞の出し方には規則性がある。昨年までは絶対受賞はないと思っていたが、今年はある程度は予測はしていた」「自分としては大してうれしくない。社会のお祭り騒ぎだ」
     午後8時すぎ、麻生太郎首相からかかった電話で、次世代への言葉を求められた益川さんは「科学にロマンを持つことが非常に重要。あこがれを持っていれば勉強しやすい」と答えた。
     午後9時からは同じく受賞が決まった小林誠さんとテレビ出演し、キャスターから「小林さんはどんな人か」と問われ「小林君を研究しているわけではないから」と笑いを誘った。

    小林さんとまどい「大変なことに」(京都新聞)
     「大変なことになった」。小林さんは7日夜、東京都千代田区の日本学術振興会で記者会見に臨み、戸惑いながら受賞を喜んだ。「やりたいことだけやってきた、わがままな研究生活でした」と研究に情熱を注いだこれまでを振り返った。ノーベル賞の本命視とされながら長年、その機会を逃してきた。「長かったというか、毎年同じことで、特に期待していた訳ではない」と謙遜(けんそん)した。…この記事の全文を読む

    「賞に値すると思わず」 小林氏、携帯に受賞の連絡
     「われわれの仕事がノーベル賞に値するとは思わなかった。突然のことで驚いている」。7日、ノーベル物理学賞の受賞が決まった小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授。記者会見では100人近い報道陣からの矢継ぎ早の質問に、時折困ったように頭に手をやりながら、控えめに喜びを表した。
     小林さんは受賞決定の発表後、東京都内の日本学術振興会に用意された記者会見場に、花束を持って現れた。
     この日は自室で文章を執筆中、スウェーデン王立科学アカデミー側から携帯電話に連絡が。「重大な連絡がある」と告げられた後、授賞理由などの説明を聞いたという。
     「まったく予想していなかった。『大変名誉なことです。ありがとうございました』くらいしか言葉が出てこなかった」と小林さん。
     記者会見中、麻生太郎首相から電話が入り祝福されると、立ち上がって時折頭を下げながら「ありがとうございます」と繰り返した。
     小林さんは紺のスーツ姿ではにかんだような笑顔。静かな語り口は終始変わらない。何度も言葉に詰まり、趣味を問われて「まあいいじゃないですか」と笑ってかわす場面もあった。
     対象となった論文の引用数は世界有数だが、物理学に与えた影響は「自分では測りかねる」と遠慮がち。同席した同振興会幹部が「日本の物理学のレベルが高いと証明できたと言ってもいいのでは」と口添えしても「そうあってほしい」とだけ語った。

    沸く京大と京産大 益川さんと小林さんの関係者が歓喜の声 (京都新聞)
     日本人3人が今年のノーベル物理学賞を独占した。うち2人は、京都大助手時代に受賞対象の論文を発表した京都大名誉教授で京都産業大教授の益川敏英さんと高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠さんだった。ゆかりの京大と京産大の関係者は快挙をたたえ、両大学の学生も歓喜に沸いた。…この記事の全文を読む

    「すごい以外言葉出ない」本紙号外に市民(京都新聞)
     日本人3人がノーベル物理学賞に輝いたことを受け、京都新聞社は7日夜、京都市内や草津市内の繁華街などで号外を配布した。…この記事の全文を読む

    「母校の誇り」地元で祝福 益川、小林氏育んだ名古屋
     「同窓会の誇り」「先輩の業績が認められた」。ノーベル物理学賞の受賞が決まった日本人3人のうち、益川敏英氏(68)と小林誠氏(64)が幼少期から“ 学者の卵”の大学院生時代を過ごした名古屋では、中学高校や大学関係者らゆかりのある人々が吉報にわき、口々に快挙をたたえた。
     両氏が物理学研究の道を歩むきっかけとなった名古屋大では、平野真一学長がOB2人の快挙に「誠におめでたく、心から喜ばしく思う」とコメント。受賞のニュースを学内で知ったという大学院理学研究科1年の佐藤勇貴さん(25)は「受賞するのではないかとは言われていたが、先輩の研究が認められてうれしい」と笑顔で祝福した。
     「数年前から有望と伝え聞いていたが、私(が校長)の時に受賞され光栄だ」と話すのは、益川氏の母校、名古屋市立北山中学校の有賀保英校長(59)。「すごくうれしい。すぐに全校生徒に報告したい」と興奮した様子で話した。

    南部氏「ちょっと驚いた」 シカゴの自宅で電話取材に
     ノーベル物理学賞受賞が決まった南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授はシカゴの自宅で現地時間7日朝、共同通信の電話取材に「(候補として注目されるのが)毎年のことで期待していなかった。ちょっと驚いた。大変光栄です」と喜びを語った。

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    【写真】 7日、米シカゴの自宅で電話インタビューに答えるノーベル物理学賞に決まった南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(AP=共同)

     受賞決定はスウェーデンの王立科学アカデミーからの電話で知ったという。南部氏は「(ともに受賞する)小林さん、益川さんの研究は、性質が少し違うが非常に大きな、ノーベル賞に値するものだと思う。(2人の受賞は)非常にうれしい」。
     自宅には日本の報道機関などからの電話がひっきりなしにかかるというが、南部氏は「今日もオフィスに行こうと思っています」と穏やかに語った。

    益川敏英さんの一問一答 物理学賞の受賞決定で
     ノーベル物理学賞の受賞が決まった益川敏英・京都大名誉教授(68)は記者会見で、「科学離れがささやかれる中、大変うれしい」と述べた。一問一答は次の通り。
     -(祝福の電話で麻生太郎首相から)若者へのメッセージはないか。
     「科学にロマンを持つことが非常に重要。科学が面白いことを実感して頑張ってほしい」
     -あいさつを。
     「われわれの仕事が多少なりとも役に立つとすれば光栄。若い人たちが科学にあこがれを持つように日本社会の環境づくりが必要ではないか」
     -日本の受賞者が増えることについて。
     「大先輩の南部先生が加わっており、僕としても光栄で喜んでいる」
     -今回の受賞で素粒子学が国際的に評価されたのでは。
     「科学離れがささやかれている中で、大変うれしい。何らかの意味で日本の科学離れの歯止めになれればうれしい」
     -ノーベル賞の意味。
     「科学とは関係ない。自分の研究が、研究者仲間からマルと言ってもらえることがうれしい」
     -今の関心は。
     「大風呂敷を広げて、アインシュタインの向こうを狙っている」
     -授賞式に行くのか。
     「仕方ないですね。これからパスポートを取らないと」

    小林誠さんの一問一答 物理学賞の受賞決定で
     ノーベル物理学賞の受賞が決まった小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授(64)は都内での記者会見で「信じられない。大変なことになったなと思っている」と述べた。一問一答は次の通り。
     -いつか取れると思っていたか。
     「思っていなかった。対象の仕事は30年も前に書いた論文で、その後これをどうこうしたということではない。昔の仕事で賞をいただくので多少奇妙な感じだ」
     -小林・益川理論が実験に影響を与えたのでは。
     「もう1つ確信を持てない。われわれの理論が特に実験のガイドになったかはいろいろ議論があると思う」
     -理論の決定的な証明となった実験はどれか。
     「決定的というのは難しい。いくつかのステップがあり、1つずつが重要な意味を持っている」
     -どんな研究人生か。
     「実際、研究はなかなかうまくいかない。私自身、この仕事を別にすれば大きな成果は挙げていないが、どちらかと言うと、自分のやりたいことだけをやるというわがままな研究生活を楽しめた」
     -若手の研究者にアドバイスを。
     「自分の考えを大切にしてそれを推し進める中で、人それぞれの考え方のバリエーションが出てくる気がする。そういう中からいい仕事も出てくるのではないか」

    ▼「受賞は遅すぎたよ」 3人の朗報喜ぶ小柴氏
     「日本人の3人受賞はすばらしい」。2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊東京大特別栄誉教授(82)は7日夜、東京都内の自宅で南部陽一郎氏(87)らの受賞決定の朗報を聞き、喜びをにじませた。
     小柴氏は早速、旧知の南部氏と電話で数分間話をし「おめでとう。僕に言わせれば受賞は遅すぎたよ。生きているうちに(ノーベル賞が)来てよかったね」とにこやかに伝えた。南部氏は「遅すぎたよ」の言葉に対し「まあ、そうかもしれないけれど」などと、うれしそうに答えたという。
     小柴氏は20代の大学院生のとき、当時大阪市大にいた南部氏の研究室に行き、その後も米シカゴ大で通算約5年を一緒に過ごした親しい仲。「私は実験物理、南部さんは理論物理だった」と分野は異なっていたが、米国では自宅も近く、食事を一緒にするなど家族ぐるみの付き合いをした。
     「年の離れた兄貴のような人。頭が良く、人間を見通してしまう。ほかの人よりも何年も前に新しい理論を持ち出し、何十年も前にノーベル賞を受賞しておかしくなかった。世界の多くの物理学者がそう感じていた」
     小林誠、益川敏英両氏については「南部さんよりずっと若く、いずれ受賞するとは思っていたが、南部さんと一緒だとは思わなかった」と語った。

    【授賞理由】
     南部氏は1960年という早い時期に「自発的対称性の破れ」という極めて有用な理論を提唱、素粒子物理学の基盤を形成した。この理論に基づき、これまでに、自然界に存在する4つの基本的な力のうち3つが1つの理論に統一された。
     小林、益川両氏は南部氏とは別種で、宇宙の始まりから自然界に存在したと考えられる「対称性の破れ」を提唱。さらに1972年当時、3種類しか発見されていなかった物質の最小構成単位の一つである「クォーク」が3世代まで拡張されることなどを予言した。クォークの仮説は近年実験で確認され、対称性の破れも2001年、日米の別々の検出器で検証された。

    【受賞3氏の略歴】
     【益川 敏英氏】 1940年2月7日、名古屋市生まれ。58年名古屋市立向陽高卒、名古屋大理学部物理学科入学。故坂田昌一教授の研究室に入り、67年同大大学院で博士号取得。名大、京都大で助手、東京大原子核研究所助教授を経て80年京大基礎物理学研究所教授。90年京大理学部教授、97年から2003年3月まで基礎物理学研所長。同年4月から京都産業大教授。仁科記念賞、学士院賞などを小林誠氏と共同受賞。01年にはともに文化功労者に選ばれた。京都市在住。68歳。
     【小林 誠氏】 1944年4月7日、名古屋市生まれ。63年愛知県立明和高卒、名古屋大理学部物理学科入学。故坂田昌一教授の研究室に入り、同大大学院で博士号取得。72年京都大理学部助手。79年高エネルギー物理学研究所(茨城県つくば市、現・高エネルギー加速器研究機構)助教授、85年から教授。2003年4月同機構素粒子原子核研究所長となり、06年6月から同機構名誉教授。07年10月から日本学術振興会理事。つくば市在住。64歳
     【南部 陽一郎氏】 1921年1月18日、東京生まれ。旧制福井中学、旧制一高を経て42年東京大理学部物理学科卒。50年から56年まで大阪市立大教授。同教授時代に米プリンストン高等研究所に1年間滞在した。56年に米シカゴ大に招かれ、58年から同大教授。91年から名誉教授。文化勲章(78年)やドイツのマックス・プランク・メダル(90年)、イスラエルのウォルフ賞(94年)、米国のベンジャミン・フランクリンメダル(2005年)など受賞。1970年に米国籍取得。米科学アカデミー会員。シカゴ在住。87歳。

    【過去の日本人受賞者12人】
    日本のノーベル賞受賞者は、これまでに物理学賞と化学賞が各4人、文学賞2人、医学生理学賞と平和賞各1人の計12人。 
     ▼湯川秀樹博士(物理学賞、1949年、故人)日本人初の受賞者。陽子と中性子が中間子を介して力を及ぼし合うことを予言。素粒子物理の基礎を築いた。
     ▼朝永振一郎博士(物理学賞、65年、故人)素粒子の電磁気的性質を扱う量子電磁力学の難問を解決するくりこみ理論をつくった。米国の2人と共同受賞。
     ▼川端康成氏(文学賞、68年、故人)「伊豆の踊子」「雪国」といった作品で独自の美の世界を構築。日本の心の神髄を表現したと評価された。
     ▼江崎玲於奈博士(物理学賞、73年)粒子が障壁を超えて移動する量子力学のトンネル効果を半導体で発見した。英米の2人と共同受賞。茨城県科学技術振興財団理事長。
     ▼佐藤栄作元首相(平和賞、74年、故人)非核3原則に基づく外交で故ショーン・マクブライド元アイルランド外相と共同受賞。
     ▼福井謙一博士(化学賞、81年、故人)化学反応の様子を記述するフロンティア軌道理論をつくった。米国のロアルド・ホフマン博士と共同受賞。
     ▼利根川進博士(医学生理学賞、87年)生体を病原体から守る多様な免疫抗体ができる過程を遺伝子レベルで解明した。米マサチューセッツ工科大教授。
     ▼大江健三郎氏(文学賞、94年)政治状況を反映した作品を発表。生命と寓話が凝縮した世界を創造し、現代人の苦悩を描いたと評価された。
     ▼白川英樹博士(化学賞、2000年)電気を伝えるプラスチックの一種、ポリアセチレン膜の合成に成功。米国の2人と共同受賞。筑波大名誉教授。
     ▼野依良治博士(化学賞、01年)触媒を使って有用な化学物質だけを作る不斉合成の方法を開発した。米国の2人と共同受賞。理化学研究所理事長。
     ▼小柴昌俊博士(物理学賞、02年)超新星爆発で発生したニュートリノの観測に世界で初めて成功。米国の2人と共同受賞。東京大特別栄誉教授。
     ▼田中耕一氏(化学賞、02年)タンパク質など生体分子を同定するための質量分析技術を開発。米、スイスの2人と共同受賞。島津製作所フェロー。(共同)

    2008年10月08日   【】