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近鉄ファミリーのはぐれ者

2017/04/14

近鉄ファミリーのはぐれ者

近鉄田原本線新王寺駅。王寺駅はこちら、という表示が見える=奈良県王寺町

 大きな鉄道会社はさまざまな路線から成り立っている。新幹線や主要幹線からローカル線まで抱えるJR各社はもちろん、私鉄も一部の中小私鉄を除けばたいてい複数の線を持っている。

 大手私鉄の雄といえば、西の近鉄、東の東武。両社のホームページで路線図を眺めると、その複雑なネットワークにほれぼれしてしまう。色分けされた線がくっついたり離れたり…。ん? くっついてない線がある?

 東武は池袋から北西に向かう東上線と、途中の坂戸から分かれる越生(おごせ)線は、他の線とつながっていない。東上線と、もう一つのメインルート、伊勢崎線とは、両者をつなぐ計画が昔はあったのだが、結局実現しなかったことがよく知られている。

 さて今日の話題は、東武よりも広大な路線網を誇る近鉄。路線図を見るとすべてつながっているように見えるのだが、よーく目を凝らしてみると、どこにもつながっていない線が一つ見つかる。奈良県の田原本(たわらもと)線、駅の数はたった八つ、全長10キロほどの短い路線だ。

 両端の駅は、新王寺と西田原本。再び路線図をよーく見ると、新王寺には生駒線の王寺が、西田原本には橿原線の田原本がくっつくように記載されている。そしてご想像通り、この2組の駅はどちらも実際にものすごく近い場所に位置している。

 王寺はJR関西線の快速停車駅。JRは引き込み線もたくさんあって駅舎も大きいのだが、近鉄の二つの駅は、北側のロータリーを挟んで東西に分かれている。その間150メートルぐらいだろうか。

 「同じ会社なのになんで別々の駅なの?」と思うが、歴史的には別の会社の別の駅だったから仕方ない。1890年、今のJR(当時は大阪鉄道という私鉄、後に国鉄)の王寺が最初にできた。

 次が田原本線(当時は大和鉄道)の新王寺(1918年)で、その4年後に生駒線(当時は信貴生駒電気鉄道)の王寺が誕生。戦後、どちらの会社も近鉄に合併されたのだが、そんな事情で「同じ近鉄の駅なのに、新王寺の方が王寺より古い駅」という不思議なことが起きてしまった。




夕日を浴びる近鉄橿原線田原本駅。奥に見えるのが田原本線の西田原本駅=奈良県田原本町

 生駒線、田原本線とも1時間に3~4本の普通電車が走るのどかな線。直通の列車を走らせないと大勢のお客さんが困る、なんてことはないので、つながっていない別々の駅のままなのだ。

 田原本線のもう一方の端もよく似ていて、橿原線の田原本と田原本線の西田原本(ややこしいですね)はロータリーを挟んで向き合っている。乗り換え客はロータリーをとことこ歩いてもう一つの駅に入っていく。橿原線は特急が走る幹線だが、周りに高い建物もなく、駅前はのんびりした空間が広がっている。

 大近鉄ファミリーの中で孤立している田原本線なのだが、車両の点検や修理はどうしているのかというと、実は西田原本のちょっと手前に橿原線との渡り線が設置してあって、そこを通じて車両が行き来している。いやあ、仲間はずれじゃなくて良かった。

 ☆八代 到(やしろ・いたる)1964年東京都生まれ。共同通信社映像音声部勤務。この2組の駅同士は同じ駅の扱いになっていて、別に切符を買い直す必要はないのでご安心を(って心配する必要もないのだけど)。

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