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南極を喰らふ

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10年03月15日 07:34

3月14日(125日目:あと5日)「隊員に聞く⑥」腕試しと南極料理人に 新婚1カ月の妻日本に残し

澤野林太郎

昭和基地で料理の腕をふるう麦沢シェフ(本人提供)

 南極で料理の腕を試してみたい―。新婚1カ月の妻を日本に残して南極・昭和基地に渡り、隊員たちの料理を作り続けた。麦沢京介さん(33)=青森県むつ市出身=は、1年余りの任務を終え、観測船「しらせ」で妻裕子さんの待つ日本に向かっている。
 15歳で上京。老舗そば屋や多国籍料理店、ホテルのレストランで計16年、料理の腕を磨いた。しかし、いつも料理長が指示した料理だけを作る毎日だった。「自分が考えた料理を作りたい」。そんな思いが日増しに強くなっていた。
 ホテルの先輩コックに昭和基地の調理担当〝南極料理人〟の経験者がいた。知恵を絞りながら、隊員たちに食事を作る日々の話は新鮮に聞こえた。
 「南極でなら、誰の指示も受けずに自分の判断で自分の料理が作れる」。3年前、南極料理人に応募した。6年間交際していた裕子さんには内緒だった。互いに結婚を意識していたが、タイミングをつかめずにいた2人。もし選ばれれば当然、長い間離れ離れになる。
 書類審査が通り面接が決まった日、応募したことを初めて打ち明けた。「何それ。聞いていないよ」。裕子さんが怒るのも無理はなかった。
 面接が通り南極行きが決まり、麦沢さんは裕子さんに正式にプロポーズした。裕子さんは黙ってうなずいた。結婚1カ月後の昨年1月、麦沢さんは南極に旅立った。
 昭和基地では、相方の料理人篠原洋一さん(47)と食事を作り続けた。持ち込んだ食材は約40トン。隊員たちにうまいかどうか聞いて回り、限られた食材で創意工夫を凝らす。食べてくれる人をいかに楽しませ、満足させるかを考え続けた1年は、料理人としてほかでは得られない貴重な経験になった。
 オーストラリア・シドニーを経て空路、成田に帰国するのは今月中旬。空港で出迎える妻との新婚生活がやっと始まる。
 皆、夜更かしなどで生活リズムが崩れ、食事をする人が少なくなってきた。夕飯は鮭。



澤野林太郎| 03/15 | 07:34 | コメント (0) | コメントを書く


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