隔離病棟で10年
「死のうと思った」
新たな脅威、多剤耐性結核
   かつて「亡国病」とまで恐れられた結核。死者、患者とも以前に比べ大幅に減少したものの、1年間に新たに約2万5千人が発症する国内最大級の感染症であることに変わりはない。近年は、抗結核薬が効かず治療が難しい「多剤耐性」の問題も浮上している。
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 東京都郊外の清瀬市にあり、国内の結核医療で中心的役割を果たしている財団法人結核予防会の複十字病院。二重の扉で仕切られたこの病院の隔離病棟で約10年もの間、入院生活を送る男性(56)はつぶやいた。「もう治らないし、死のうとも思った」。男性の病名は、抗結核薬が効かず対策の新たな脅威になっている多剤耐性結核だ。
 
▽人がつくった
 多剤耐性結核は、現在の結核治療で最も重要な薬であるヒドラジド、リファンピシンの両方に耐性を持つ。結核の感染、発症時に十分な治療や服薬が行われないために発生するとされ「人がつくった病気」とも言われている。
 男性は若いころに1度、結核に感染したが治療で治まった。39歳の時、検診で異常が見つかり薬を服用。しばらく症状は出なかったが、41歳の時、真夏のゴルフ接待の翌日に熱が出た。再度の発症だった。
 病院を転々とし郷里で療養を続けたが、症状が改善しなかったため複十字病院に相談。手術で右肺をすべて摘出したものの、菌が切除部の近くに残っていた。菌を排出し、人に感染させる恐れがあるため、隔離病棟での療養が続いている。
 
▽限られる自由
 「ずっと考えても何も解決策がない。もう慣れましたよ」。生活の自由は限られている。入院生活は午前6時半に起床し、8時に朝食、正午に昼食。午後6時に夕食、9時には消灯。この間は本を読むかパソコンをするか、寝ているかだ。「声も出にくいので、人と話すと疲れてしまう」という。
 行動範囲はベッド、トイレ、風呂、洗面所だけ。階段を上ると心拍数が上がってしまうため屋上には行かない。動かないからおなかはすかないし、食事も苦になった。
 ほかの入院患者は多くが症状が改善し、先に退院していく。「入院が長いからみっともなくてね」。話もしなくなっていた。
 男性には妻と3人の子どもがおり、携帯電話でメールのやりとりはするが、病院に来れば病気がうつるかもしれないと、面会はしていない。
 
▽新薬を
 厚生労働省研究班は、2006年時点で2年以上にわたり結核菌の検出が続いていた「慢性排菌患者」465人を調査。医療機関から回答があった434人について分析したところ、35%に当たる151人が多剤耐性だった。
 「ヒドラジドとリファンピシンは治療で鍵となる薬だが、それ以外にも薬はある。時間はかかるが、きちんと治療すれば多剤耐性結核の7割は治る」と話すのは、結核予防会結核研究所の加藤誠也副所長。
 一方、結核医療に詳しい別の専門医は「結核で死亡のリスクが高いのは高齢者、重症患者に次いで多剤耐性の患者だ」と指摘する。
 治療の失敗で発生するとされる多剤耐性結核に、最初から感染するケースも出てきている。
さらに、ヒドラジドやリファンピシン以外の薬も効かない「超多剤耐性結核」も出現。日本では多剤耐性患者の約3割が超多剤耐性との推計もあり、より深刻な問題に発展しかねない状況だ。
 男性は悔やむ。「働きながら治すのは無理だったと反省している。入院して治療に専念した方が、後で楽だと思った」。今は多剤耐性結核にも効果がある新薬の登場を待ち望む日々だ。「望みがあれば、少しは前向きに明るく生きられるかもしれない。治ったら故郷に帰りたい」と、かすれた声で精いっぱい語った。(共同通信 山本峰次) (2009/04/14)

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