自宅でみとるわが子の最期 「家族が主人公」 |
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「おかしいよね…?」2000年2月。千葉県柏市の斎藤貴子さん(37)は、夫の敏行さん(40)との間に前年4月に生まれた長女あかりちゃんの目に濁りを見つけた。 大学病院での検査結果は、眼球のがん「網膜芽細胞腫」。症状が深刻だった右の眼球を摘出し、左目は放射線治療を行うことに。2歳を過ぎるころには病状も安定した。
だが02年4月、3歳になったあかりちゃんが嘔吐を繰り返す朝が続いた。脳の奥深くに腫瘍が見つかり、医師の説明は「手術はリスクが大きく、手の施しようがない」。進行を抑えるしかなかった。カレンダーには放射線や抗がん剤による治療のため「入院」「退院」の文字が続く。薬の副作用で髪の毛も抜けたが、あかりちゃんはただ笑っていた。 「余命は1―2カ月。覚悟しておいてください」。厳しい現実を突きつけられたのは03年2月。頭痛を訴えるあかりちゃんの脳内で腫瘍が広がっていた。 「残された時間を自宅で一緒に」。夫婦は紹介された松戸市の「あおぞら診療所」に連絡。前田浩利医師(46)が快く引き受け、在宅での治療が始まった。会社を休んであかりちゃんと買い物に行ったり、お風呂に入ったり。「ずっと一緒にいられるんじゃないかという感覚になった」と、敏行さん。 だが症状は家族の願いとは裏腹に進行した。東京ディズニーランドに行く計画を立てた直後の3月、あかりちゃんは 意識を失うことが多くなり寝たきりに。前田医師が明け方まで付き添った日もあった。 3月19日。貴子さんは、あかりちゃんの異常な手足の冷たさに気付いた。駆け付けた前田医師は「いよいよです」。 あかりちゃんの弟明良ちゃん、同居する祖父母と曾祖母、集まった親族ら計11人が布団を囲み、「頑張れ、頑張れ」と体をさすりながら必死に声をかけた。前田医師と看護師は部屋の片隅でじっと見守る。午後10時半。曾祖母の腕に抱かれ、あかりちゃんの短い一生は幕を閉じた。 貴子さんは「娘が一番リラックスできる在宅医療にして、見送る準備ができた。自分の両親を病院でみとり後悔したのとは違い、できる限りの事はしてあげられた」と、6年前を振り返る。 前田医師は「病院でのみとりは、患者の側に医師と看護師がいて、家族はその後ろ。在宅なら『家族が主人公』です」と語った。 (2009/02/24) +FONT> |