急増、海渡る患者たち
欧米や中東から続々
設備、高級ホテルのよう
 低料金で質の高い医療を求め欧米や中東からアジアの病院を訪れる人々が増加。「メディカル・ツーリズム」とも呼ばれ、注目を集めている。外貨獲得の手段として国を挙げて外国人の患者誘致に乗り出す動きも。「国際化」に取り組む最前線、タイの民間病院を訪ねた。(バンコク=共同通信 阿部拓朗)
 × × × × ×
 吹き抜けの高い天井と至る所に置かれた観葉植物。広々とした空間に目を奪われていると、グレーのスーツに身を包んだ女性スタッフが、流ちょうな英語で話し掛けてきた。「何かお手伝いすることはありますか」
 
▽患者は「顧客」
 タイ・バンコクの中心部にあるバムルンラード病院。華僑系の財閥が主要株主の上場企業だ。12階建てのメーンビルと昨年完成した22階建ての新棟、患者の家族向けの宿泊棟も備える。延べ床面積は約14万6千平方メートル。白人や民族衣装のアラブ人が行き交う館内は高級ホテルのようだ。
 2007年の患者数は約120万人。3分の1に当たる約43万人が外国人で、米国やアラブ首長国連邦(UAE)、バングラデシュ、英国など190カ国に及ぶ。タイ在住者も含むが、外国人患者は01年の約22万人から倍増した。
 料金は全額、患者の負担。米国と比べると心臓弁置換術が約8分の1、子宮摘出術が約5分の1などと安いが、タイ国民も含め、ここでは公的な医療保険は一切使えない。「うちは上場企業だから、利益を上げないとつぶれちゃう。顧客である患者を満足させるためのサービスには最大限の配慮をしている」。日系市場セグメント・マネジャー田村優子さん(52)が話す。
 心臓外科や脳外科など約40の診療科が入る館内のあちこちで、総勢100人という通訳スタッフの姿が目に入る。約550床の入院施設は、大半が個室。患者の家族も泊まれるようシャワーやキッチンも完備している。
 マーケティング部長のケネス・メイズ氏(55)は言う。「海外から患者が集まるのは、自国より安い価格で高度な医療が受けられるから」
 勤務する約1000人の医師はほぼ全員、欧米での研修経験を持つ。「事前に予約ができるため病院で長時間待つ必要がない。15分単位で予約を受け付けているが、医師は丁寧な対応を心掛けており、診察にかける時間が予定をオーバーすることもある」とスタッフは胸を張る。
 
▽資力重視
 経営陣が外国人患者の誘致に乗り出したのは1997年。アジア通貨危機の影響でタイ国内の経済状況が悪化し、経営が苦境に陥ったのがきっかけだった。インターネットで予約を入れられる仕組みも注目され、欧米から患者が押し寄せるようになった。
 02年には世界中の病院の安全管理体制を審査する米国の非営利団体「JCI」から、アジア初となる国際認定を取得。01年の米中枢同時テロ以降は、中東の富裕層も多く流れ込んでいる。
 「タイの医療は質が低いという発想は古い」とケネス氏。ドバイにも病院建設を進めるなど、世界を視野に経営戦略を展開する構えだ。  新棟の16階にある内分泌科に足を運ぶと、高層ビルと古い平屋の民家が混在するバンコクの街並みが窓から見えた。診察室に向かう途中、今しがた診察を終えたアラブ人の夫婦とすれ違う。
 「中東の人ばかり20人という日もある。ここでは珍しいことではないけれど」。1日約30人の糖尿病患者らを診察するジュン医師(39)が滑らかな日本語で話した。
 タイの国立大を卒業。米国の認定内科医の資格を持つ。バムルンラード病院での勤務は6年目。さまざまな国籍の患者に対し、診察では英語とタイ語、日本語を使い分ける。「国民性の違いはあっても、コミュニケーションは一切問題ない」
 診察に当たる医師は、患者の支払い能力にも配慮が求められる。患者の資力が治療方針や処方する薬の種類に影響するからだ。
 
▽日本からは少数
 過去には、支払いの段階になって「こんな高い金は払えない」と言い出す患者もいたという。
 ジュン医師が言う。「相手の財政事情を把握するため、話し合いに時間がかかる。『とにかく安くして』と頼まれれば、安価な後発医薬品(ジェネリック医薬品)に替える工夫をしなくてはならない」
 同病院を訪れる日本人の患者は年間約4万人に上る。ほとんどが現地在住者や観光旅行者らで、医療を目的に渡航した人はこのうち1%にも満たない。日本には国民皆保険制度があり、医療費の自己負担額が少なくてすむためだ。
 日本人顧客サービス課に寄せられる問い合わせの多くは、日本でも健康保険が適用されない美容整形などに関するもの。診療内容によっては日本と費用が変わらない場合もあり、「もっと安いと思ったのに」との反応も目立つという。
 「日本の人は医療は金がかからないと考える傾向が強い。国内では未承認の薬剤や、より高水準の医療機器を使えるといった、海外で治療を受ける利点が理解されていない」。菊池ゆかりマネジャー(50)がため息を漏らした。
 約7時間にわたる見学を終え、バンコクの街を歩いた。耳をつんざくように鳴り響く車のクラクションや路上を埋め尽くす露店。さっきまでの静けさは“別世界”のものだと痛感した。 (2009/02/10)

トップページへ戻る

記事、写真、グラフィックスの無断転載を禁じます。
2009 Kyodo News (c) Established 1945 All Rights Reserved