第3部「現場からの声-6」
医療、それは黒い箱
待合室の掲示文に違和感

 〈手術室に限らず、医療という世界は、「なか」と「そと」において、さまざまな面で極めて「落差」の大きいブラックボックスだと思います〉
 「なか」とは医師を中心とする専門家の世界、「そと」は患者側。京都の短大で教員をしている村井冬さん(41)=仮名=さんからのメールだ。
 記事で取り上げられた産科待合室の掲示文。―残念なことが起きたとしても、多くの場合は「そういう体だったことが原因」とお答えするほかありません―。医師が患者に「医療の限界」を伝えるこのメッセージに、疑問を投げかける。
 〈例えばこの掲示が受験予備校にあったら。「体」を「能力」に換えて―。書いて、掲示して読んでもらいたいという熱意は認めます。しかし、その内容が一般の理解に耐えるものかどうか、家族や医療的知識のないスタッフに読んでもらい、意見を言ってもらう。そういう努力をしているのでしょうか〉
 掲示は訴訟への懸念を象徴するような文面だが、書いた医師の目線に違和感を持った。  〈自分たちの見る世界と、一般の人々が見ている世界は違うのだということに、あまりにも認識がないと感じます〉
 村井さんは4年前、乳がんを告知された。手術を受け、今も定期的に通院。医療倫理を手掛ける研究者でもある。
 〈「そと」にいる者たちの嘆きは感情論、「なか」にいる者の専門知識こそ合理的な理論だ、というのは専門家集団の傲慢です。そこを変えていかなければ、患・医の不幸な関係は終わらないのではないでしょうか〉
 問題点はどこに?
 〈医師は臨床に携わる限り、単なる技術屋ではなく対話実践の職業です。「アマチュア」である患者から「分からない」と言われて説明できないならプロ失格です。「無理だ、できない」と初めから決めつけるのは、プロであることを捨てているようなものです。同時に、プロでなければできない判断が何であるのかを区別し、その責任を引き受けられるのでなければ、これもプロではありません。実際、いま耳にし目にする医師の声のほとんどは、患者の訴訟やモンスター化を理由に、プロとしての責任と判断から逃げているようにしか私には思えません〉
 なぜ医師にそこまで厳しいのか。
 〈患者との間にあるのは決定的に、ストレートに「命」だからです。どんなに患者が甘えても暴れても、医療現場で最後に命を奪取できる力を持つのは医師側だという根本的不均等がある限り〉
 強い意思の背景には、どんな事情があるのだろうか。

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