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「転換期こそ意見言おう」 議論広げる医学生たち |
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勤務医が病院を去り、診療科の閉鎖や閉院が相次ぐ。地域医療が崩壊の危機といわれて数年がたつ。背景の1つとして「若い医師が激務やへき地勤務を嫌う」と指摘されることが多い。研修医や学生たちはこの状況をどう見ているのか。そして将来にどんな夢を描いているのか―。若い世代の意見や提言を聞いた。 ▽志望捨てず
「この兆候を見逃したら、訴訟で負けます」
横浜市立大医学部4年の中村磨美さん(23)は、命を救う仕事にあこがれて入った大学で、多くの医師がこう講義するのを聞いて「悲しい気持ちになった」という。「昔なら“見逃したら患者の命が危ない”と話したはずなのに…」中学2年だった1999年、同大病院で患者を取り違えて手術する医療事故が起き、執刀医らが書類送検された。司法が医師の過失に刑事責任を問う流れの、先駆けとなる出来事だった。 その後も多くの医療事故が相次ぎ「激動の中で進路を選んだ」中村さんは、大学で学ぶうち「訴訟にならないよう真摯(しんし)に取り組むことは患者のためにもなると考えるようになった」と振り返る。 奈良県で救急搬送中の妊婦が死産する事故があった2007年秋。学部の仲間と一緒に、産婦人科医不足を考えるシンポジウムを開催した。学生同士で本音を調査、過去に産婦人科を志したことのある人は29%いたのに、過酷な勤務実態などから志望を続けている人は14%にすぎないことも浮かび上がった。 「当直翌日も普通に働くのが当たり前の現状は、どう考えてもおかしい」。転換期に生きる学生だからこそ、将来を変える言葉を発信していきたいと中村さんは考える。 ▽知る機会を
長崎市から西へ約100キロの五島列島・福江島(人口約4万人)。「離島の医師は聴診器1本で家庭を訪問すると思っていたが、施設も充実しているし、イメージと全然違った」。実習で来ている医学生の感想だ。五島中央病院では、現在3人の研修医が働いている。宮崎県出身で研修1年目の吉田大輔さん(25)は、長崎大で2年間の離島実習を経験後、同病院を研修先に選んだ。「ここで治療しなければという責任感が大きい。1年目から場数がたくさん踏めるのも魅力。地元に戻った時にも研修が生かせると考えた」 同じく研修医1年目の吉見公佑さん(24)も「患者との関係を密にもてるし、同僚との距離がとても近く相談しやすい」と魅力を語る。 しかし、離島に行く研修医が少ないのも事実だ。吉見さんは「今の学生には離島の現状を知る機会が少ない。興味がある人が知る機会を持てるよう、全国的な制度が必要では」と提言する。 ▽話を聴こう 07年夏。東京大医学部5年の須田万勢さん(24)は、医学生仲間とグループ「ともどく」を結成した。経済苦から国民保険料が払えず無保険となっている人を診るクリニックがつくれないか、模索を続けている。 「学生は何もできないと思っている人は多いが、医療行為ができなくても患者さんの話をゆっくり聴くことはできる。僕がやりたいのは医療を通じて社会を幸せにすること。20年、30年先の医療がどうあるべきか、ほかの誰でもなく僕らが考えなくては」(共同通信 大木美幸、清田拓) (2008/01/15) +font> |