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人工透析の中断を回避 |
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昨年10月の新潟県中越地震では、被災地の3病院で人工透析の機能が停止したが、情報ネットワークや医療、行政の連携で患者が透析を受けられなくなるという最悪の事態は回避された。阪神大震災の教訓が生かされた格好だ。 「阪神大震災では、どの病院に被害が起き、患者はどこに行けばいいのかが長期間分からなかった。今回は、この反省から進めてきた対策の是非が問われた」 日本透析医会(事務局・東京)の杉崎弘章(すぎさき・ひろあき)専務理事はこう話す。同医会がつくった35分間のビデオ「新潟県中越地震と透析(速報版)」には一連の経過が詳しく記録されている。 ▽340人の受け入れ先確保 ![]() 地震発生の10月23日午後6時前、長岡中央総合病院(長岡市)では透析の実施中だった。透析装置と患者をつなぐチューブが外れるなどの被害はなかったものの、給水管などが破損した。 小千谷総合病院(小千谷市)、同病院付属十日町診療所(十日町市)でも、水の供給装置の損傷や断水で透析ができなくなった。週3回の透析が欠かせない3病院の計約340人の受け入れ先を確保する必要が生じた。 情報収集、発信の中心的役割を担ったのが、同医会が整備を進めてきたインターネットの災害情報ネットワークと、200人以上の透析医療関係者が参加するメーリングリスト。国内の2カ所にサーバーを置き、バックアップの機能もある。 「地震の7分後には情報提供の要請を流した。翌日になると地元の基幹病院の医師や、医薬・医療機器メーカーの担当者らから情報が送られ、患者受け入れが可能な施設名、人数などが伝達された」と杉崎さん。 ▽地域密着型の活動 最終的に、県内の病院だけでほぼ全員が受け入れ可能なことが分かったが、全国の病院から届いた「受け入れ可能」の連絡は、関係者を勇気づけたという。 24日から26日にかけて、入院が必要な患者はヘリコプターや救急車で、外来で透析を受ける患者はバスなどで、それぞれ受け入れ病院へ。被災施設の患者全員の透析が予定通り行われた。 杉崎さんは「避難所や車に移った患者とは連絡が取れない懸念もあったが、保健師が巡回するなどして的確に把握できた。日ごろから地域密着型の活動ができていたことが大きい」と話す。 半面、道が1本寸断されただけで陸路の移送ができない地域もあるなど、山間部特有の課題も浮き彫りになった。同医会はこうしたケースを分析し、2005年度中に防災対策の指針を策定したいとしている。 |