重症患者に教えられた
脳低温療法で最終講義

 脳死や植物状態になるのを防ぐ「脳低温療法」を開発し、死の1歩手前に陥った多くの命を救ってきた林成之・日大医学部教授(日大板橋病院救命救急センター長)の最終講義が、同病院記念講堂で行われた。
▽生と死の戦い
 テーマは「生と死の戦い-重症患者が教えてくれた医学の宝物」。
 冒頭、林教授は「患者さんが命をかけて教えてくれた内容を紹介したい」と切り出し、ビデオで脳低温療法の概要が上映された後、開発の経緯を話し始めた。
 「きっかけとなったのは59歳のトラック運転手。体重が100kg近くあり、運転中の事故で、意識不明で運ばれてきた。死亡されたが、忘れられない患者さんになった」
 脳圧の管理をするときに、たまたま脳の温度を測ってみた。驚くことに42度もあることに気付いたという。
 「意味が分からなかった。温度計が壊れていると思った。それまで、世界でも脳の温度を測った人はいなかった」
 その後、意識不明で運ばれて来た人はことごとく脳の温度が上昇し、42度以上もあることが分かり、次第に脳の温度と血圧の関係が明らかになってきたという。
 現在、脳低温療法は冷水を通した低温マットで患者を覆い、体と脳の温度を34-32度に下げ、酸素消費量や循環血液量を連続的にモニターしながら治療する方法として普及している。
▽まず脳波次に心臓
 「とんでもないことを見逃していた。酸素や血糖値の管理がミリ単位で必要なことが分かってきた。ただ温度を下げるだけでは失敗。さまざまな項目をクリアするのに時間がかかった」
 瞳孔(どうこう)散大と平たん脳波、呼吸停止の3つがそろうと、「死亡」とされるが、「脳幹の神経細胞はすぐには死なない。概念を考え直す必要がある」と林教授。脳低温療法の成功例では「まず脳波がよみがえり、次に心臓の拍動が始まる」と話す。
 「自分はケタ違いの医者を目指してきた」と振り返った同教授は、会場の学生に対し、医師のあるべき姿を趣味のスキーに例え、「練習を練習と思っていたら腕の良い医師にはなれない。1回1回最終試合の土壇場と思って真剣勝負。常に全力投球し、どんなときでも手を抜かないこと」とアドバイスした。
 会場には、この療法を社会に紹介した作家の柳田邦男さんはじめ、関係者や学生が詰め掛け、功績をたたえるとともに、長年の労をねぎらった。同教授は3月に定年退官する。
 

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