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医療新世紀
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2017.07.11

1型糖尿病と長く付き合う
家族や仲間支えに半世紀
自己管理で体調維持

 1型糖尿病は主に子どもに起こる原因不明の自己免疫疾患で、治療のためインスリン注射を続ける必要がある。昔は血糖値のコントロールがうまくいかず腎臓や目、足などの合併症になる人も多かったが、自分で血糖値を測り、適切に注射をすることで体調を維持し、この病気と半世紀以上付き合っている患者もいる。このうち2人に療養体験を語ってもらった。

 ▽妻と二人三脚

 製薬会社日本イーライリリーは2003年、こうした患者を対象に年1回の「リリー インスリン50年賞」を設け、104人を表彰してきた。

 富山県高岡市の鮮魚商、荒井弘さん(70)はその一人。発病から56年たった今も週3日、市場で仕入れた魚を刺し身や切り身にさばき、行商する。お客さんの「おいしかったよ」の声が励みだ。

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 14歳でだるさと異常な喉の渇きを覚え、動けなくなった。その後5年間入院。「退院も仕事も一生できないと思っていた」と振り返る。

 精肉店主が同じ病院にいた縁で住み込みの仕事に就いたのが転機だった。朝晩の注射は近くの医院でしてもらう。自転車でご用聞きと配達に走り回ったのが「適度な運動になったのでしょう」と話す。元気を取り戻し、結婚して家も買った。自己注射が保険適用されるとすぐ使い始めた。

 40歳が近づき、むくみが悪化して間もなく人工透析に。それから妻はノートを付けて栄養を管理し、本人は血糖値の測定器を買い、二人三脚で働いてきた。荒井さんは「痛くもかゆくもないのに突然、合併症で透析になった。医師の言うことを面倒がらずに聞いて、守っていたらよかった」と反省交じりに話した。

 ▽可能性に挑戦

 愛知県出身の主婦、加藤敦子さん(63)は昨年の受賞者。12歳で発病した。現在は糖質もしっかり摂取するのが基本とされるが、当時は、ご飯も甘い物も駄目と言われて苦しかった。退院後、近所の看護師に教わって自分でも注射した。使い捨て注射器が使えるまではガラスの注射器を毎回、煮沸消毒したという。

 結婚と同時に東京へ。子どもが産めるのか心配だった。そのとき「可能性に挑戦しないでどうするの! できる仕事はしなさい」と主治医が笑顔で叱咤してくれた。2人の子どもが生まれ、今は事務のパートをしながら息子夫婦、孫と暮らす日々だ。

 「同じ病気の人との出会い、交流が支えになった」と加藤さんは話す。

 同じ病院に通い、同時期に妊娠していた患者と悩みを打ち明け合った。50年賞の授賞式で、合併症を防ぐ努力を続けるほかの患者の話を聞いて「可能性に挑戦」の言葉を思い出し、書道や英会話を始めたという。

 ▽努力は無駄でない

 東京女子医大糖尿病センターの三浦順之助講師(糖尿病内科)によると、子どもが1型糖尿病だと分かった親はとてもショックを受ける。そんなとき三浦さんは「しっかりコントロールすれば普通の人以上の活動もできます。一緒に頑張りましょう」と語り掛ける。

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 多様なインスリン製剤が登場し、測定器も5、6秒で測れるまでに改良された。ただ、本人が病気を理解して、血糖値を測って必要なインスリンを注射する大原則は変わらない。小学校低学年では個人差があるが、高学年ならきちんと病気のことを理解できるという。

 三浦さんは「長年の間には老化も加わり、慢性合併症や血管障害の危険性も高まる。それでも、合併症にならない、進行させないように医師のアドバイスを受けながら自己管理を続けることが、体調維持には大切です。その努力は決して無駄になりません」と励ましている。

(共同通信  由藤庸二郎)