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医療新世紀
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2017.07.04

「病、それから」
久間十義さん(小説家)
変わった腎臓移植への考え   

 腎臓病のネフローゼ症候群を患った小説家の久間十義さん(63)は自分の病気体験が、腎臓移植の問題を考え直すきっかけになったという。そこから腎臓移植を描いた長編「禁断のスカルペル」など、何作かの医療小説が生まれていった。
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 2011年の暮れごろから、疲れて歩けなくなるし、駅の階段を上れなくなってしまいました。翌年正月の5日に病院に行ったら、即入院です。腎生検でネフローゼと分かり、大量のステロイドを投与されましたが、2カ月ほどで退院できました。3年かけてステロイドを徐々に減らし、今は症状がない「寛解」です。

 一時は危なかったのかもしれないですが、僕の場合は幸運な経過で、入院仲間には人工透析になった人、腎臓移植を受けた人もいます。そんな経験から腎臓移植の問題を深く考え直しました。

 ▽書くのはやめよう

 実は、作家デビューから数年後の1992年にNHKテレビの番組で、腎臓移植に関係した人たちの声を聞いていくリポーター役をしたことがあるのです。自分の家族の腎臓を提供した人、提供を受けた患者、そして医師たちにインタビューしていきました。

 現場で接した腎臓移植は大変な世界でした。"異物"である移植臓器を免疫が排除しようとする自然な反応を抑えるために免疫抑制剤を使うと、全身で皮膚病が出たり、カリニ肺炎になってしまったり。「臓器移植には無理がある。今後、移植のことを書くのは絶対にやめよう」と思いました。

 でも実際に自分が腎臓病になってみると、考えが変わってきたのです。闘病仲間が腎臓移植を受けています。免疫の研究も進みました。生きるか死ぬかという場に置かれると腎臓移植に対する理解も変わって、このテーマの小説を書いてみたいと思ったのです。

 ▽大きい文化の差

 臓器の提供者と移植を受ける人の橋渡しをするコーディネーターの在り方も随分変わってきたと思う。昔は、家族の臓器を提供した人と提供を受けた人が文通などをしていたケースもあります。

 亡くなった息子の腎臓を提供した人にとって、その腎臓は他人の体の中に入っても息子の腎臓で、自分の子の命のように感情的になったりする場合もありました。現在はコーディネーターが、そんなことがないように機能していると思います。

 NHKの番組で取材した当時は、国の脳死臨調が答申を出した後で「脳死は人の死か」が社会で大きな問題になっていました。欧米ではキリスト教の影響やボランティアの思想から、臓器提供や脳死は受け入れやすい素地があると思います。

 でも日本人の場合は「医学的には脳死は人の死です」と言われても、文化的にはやはり「心臓が止まらないと」と考える人が多いのではないかと思います。僕自身も、腎臓の病気をし、腎移植小説を書いても、脳死は人の死ということをすんなり受け入れられていないように思います。文化の差は大きいです。

 ▽道はそれぞれ

 でも脳死の問題とは別に、死に接した人が移植を受ける権利はあるし、そうやって生きていく人がいていいのだと思うようになりました。「禁断のスカルペル」も、登場人物の考えが現実の中で変わっていく小説です。

 今も同じころ入院していた3人で、近くの温泉へ年に何回か出掛けます。10歳ほど上の男性は透析をしている人。10歳ほど下の男性は腎臓移植を受けた人です。腎臓病患者として歩んだ道はそれぞれですが、気楽にいろんな話ができて楽しいですよ。

(聞き手・小山鉄郎、写真・萩原達也)

◎ 久間十義さん 1953年北海道生まれ。早稲田大卒。87年「マネーゲーム」で文芸賞佳作。90年「世紀末鯨鯢記(げいげいき)」で三島由紀夫賞。「刑事たちの夏」がベストセラーに。昨年まであった日本医療小説大賞の選考委員。純文学から刑事小説まで幅広く活躍。

◎ネフローゼ症候群 腎臓でろ過機能を担う糸球体の障害により、尿中にタンパク質が漏れ出して血液中のタンパク質が減少し、むくみが起こる病気。糖尿病などの病気が原因になることもある。ステロイドによる治療が行われることが多い。