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2017.05.09

「病、それから」
藤田三保子さん(女優)
ずっと舞台に立っていたい

 女優にしてシャンソン歌手、画家、俳人。さまざまな顔を持つ藤田三保子さん(64)は、NHK連続テレビ小説のヒロインでデビュー、女優としてこれからという27歳のとき、膠原病の一種の全身性エリテマトーデスを発病した。病との長い付き合いの中で、探し、つかんだ自分なりの表現手段。今それらがつながり合い、豊かに膨らんでいくのを楽しんでいる。

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 1974年の「鳩子の海」で主人公の大人時代を演じました。続いて刑事ドラマのレギュラー。眠る間もない忙しさでしたが、77年に2人の子持ちの男性と結婚してから仕事が減り始め、続いて病気で休んだことが決定的になりました。自分には女優しかない、と思っていたからつらかった。

▽病院に逆戻り
 腎炎ですごいタンパク尿が出たのと、全身のだるさが症状でした。入院して受けたステロイド剤の治療はよく効いたけれど「ムーンフェース」といって、顔が丸くなり、太って見える副作用があるんです。

 退院後も薬は毎日必要。医師が慎重にチェックして少しずつ減らしていかなきゃいけない薬なのに、太る副作用が嫌で「これじゃますます仕事が来ないじゃない」と勝手に薬をやめちゃった。そうしたら関節に激痛が出て、病院に逆戻り。子どもたちにまた寂しい思いをさせてしまって、情けなくて涙が出ました。

 ほかの人の活躍をテレビで見るしかないのはつらかったけど、育ち盛りの男の子2人を育てるのは猛烈に忙しくて、目の前にやることが山ほどあったのは救いでしたね。

▽出産が転機に
 病気になって7年目。症状もだいぶ落ち着いたころ妊娠が分かりました。子どもには病気の影響があるかもしれない、私の体にも危険があると聞いて悩みましたが、産むと決めました。望んでいた女の子が生まれました。

 出産後「娘に胸を張れることがしたい」という気持ちが強くなってきて、女優の仕事に生かせそうなことを次々やりました。日本舞踊、ボイストレーニング、朗読、タップダンス。出会った人のつながりから油絵を始め、俳句、そしてシャンソンに出会ったんです。

 シャンソンは相手役がいなくても舞台に立てる。芝居のように語りを入れることもできる。年を重ねれば重ねるほど味も出てくる。素晴らしい表現法だと思いました。

 仕事が来ないつらさ、苦しさを味わい、いろんなことに挑戦した経験が、いま本当に役に立っています。役者は人の苦しみをどこまで盗めるか、という面があるし、音楽をやっているから朗読もせりふも言葉だけでなく音でつかめる。俳句にも、たくさん泣いた経験が生きている。みんなつながっているんだと。

▽昔より魅力的
 病気をする前の私はブレーキのないスポーツカー。がむしゃらに突っ走るばかりでした。病気になり、馬が引っ張る荷車に乗り換えたら、道端に咲く野菊にも目が行くようになりました。芸能界の先輩から「昔よりずっと美人で色気がある」って言ってもらって、うれしかったですねえ。

 ステロイド剤の治療は20年くらい前に終わり、今は痛み止めなど、症状が出たときの対症療法が中心。再入院した苦い経験があるから、医師の指示はよく聞くし、全身状態を悪化させる風邪をひいたりしないように、すごく気を付けています。栄養にも運動にも気を配ります。毎日でも舞台に立ちたいから。

 今やっていることをさらに発展させて、これからどんな表現を作っていくか。考えるのがとても楽しみなんです。
(聞き手・吉本明美、写真・牧野俊樹)

◎藤田三保子さん 1952年山口県生まれ。文学座を経て本名の藤田美保子でデビュー。代表作は「鳩子の海」のほかTBS系列テレビドラマ「Gメン'75」。2004年シャンソン歌手として初ライブ。以降、ライブ活動を続け、絵では個展も。俳号は山頭女。

◎全身性エリテマトーデス 何らかの原因で免疫が自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患。20~40代の女性に多い。症状は関節痛や全身倦怠(けんたい)感などが代表的だが、個人差が大きい。国内の患者数は推定6万~10万人。難病に指定されている。