子育てさがし 東京里帰りPJの丑田香澄さん
被災地の妊産婦に安心を 東京への「里帰り」支援

東日本大震災で被災した妊産婦を東京都内の助産院や一般家庭に受け入れ、出産や産褥期の子育てを手助けする東京都助産師会の「東京里帰りプロジェクト」。震災直後から運営に当たっている事務局長の丑田香澄さん(26)=東京都中央区=は自身も一児の母だ。「子育ての第一歩は、暖かく、安心できる環境で過ごしてほしい。福島を中心に、まだまだ不安を抱えている妊産婦はたくさんいるはず。ためらわず、相談してほしい」と呼びかけている。
▽東京を“お里”に
首都圏でも大きな揺れを感じた3月11日、丑田さんは生後9カ月の長女とともに、東京都内の助産院にいた。
「出産前にIT関連の仕事を辞め、子育てに専念していたのですが、ひょんなことから、東京都助産師会が計画していた産後ケアのプロジェクトを手伝うことになり、副理事の宗祥子さんが院長を務める助産院に子連れで打ち合わせに来ていました。電車が止まって帰宅できなくなり、助産院で不安な夜を過ごしながら、被災地の妊産婦さんたちのことを考えていました」
一夜明けると、宗さんと丑田さんの決意は固まっていた。
「予定していたプロジェクトは延期し、まずは、被災地の妊産婦を支援することにしました。打ち合わせ中に震災が起きたのは運命。わたしは助産師ではありませんが、同じ母として、できることをしたい。震災翌日から動き始めました」
東京への里帰り支援という基本方針も、すぐに決まった。
「最初に心配したのは被災地の寒さや病院での受け入れ体制でしたが、やがて、周囲への気兼ねや感染症の不安から、避難所を離れて車で生活している新生児の親子も多いと知りました。産前産後を安心して過ごしてもらえるよう、文字通り、お里に帰るつもりで東京に来てもらいたい、と思いました」

▽広がる支援
対象は、妊娠中から産後1年までの妊産婦。都内の助産院や産婦人科を紹介し、出産や産後3週間~1カ月までの産後入院、退院後の滞在先探しなどを手助けする。
「東京に来るように勧めても、家族や親戚の反対があって来られないと言う人も目立ちました。その場合は、現地の助産師会に連絡して訪問してもらうようにしました」
4月に東北のメディアで紹介されると、相談の電話が掛かりっぱなしの状態になった。
「震災発生時の状況から話し始め、『避難先で出産する病院が見つからない』『親戚を頼っているが、いつまでもいられない』『上の子を預けるところがない』と、泣きながら訴える様子に、避難生活では、そんな思いを吐き出せる場もないのだと感じました」
プロジェクトには、寄付やボランティアの申し出も相次ぎ、病院への送迎や家庭でのホームステイ、きょうだいの一時保育の受け入れなど、支援の輪も広がっていった。
「特に多かったのは、子育て中の母親による支援でした。自身も乳児を抱えながらホームステイを受け入れてくれたり、自宅で支援情報の入力作業を買って出てくれたりした人もいます」
活動を通じて、産後ケアの大切さも痛感したという。
「震災当日に打ち合わせをしていたのは、産後ケアの専門家を養成するプロジェクトでした。最近は出産の高齢化などで、実家の支援を受けにくい妊産婦さんも増えていますが、産後1カ月は、妊娠前の体に戻るために休むことが大切です。東京里帰りプロジェクトを通じて、多くの人に、産後ケアにも関心を持ってもらいたいです」
震災から半年間で、支援した妊産婦は60人、赤ちゃんは26人に上った。「あの時産まれた子が3カ月になりました」―。被災地からはそんな写真付きのメールも届くようになった。






