Asia21 賞

「外国人がみた日本ー靴を脱いだ後には」

Lury Sofyan(akulury)

あきらは私がはじめて友だちになった日本人だ。彼とは東京の下町にある小さなゲストハウスに私がはじめて滞在したときに出会った。特別な何かを彼に感じたわけではなく、彼はあまり英語が話せない、ごく普通の中年男だった。言葉の壁はあったが、部屋を共有していたときなどには、私たちのコミュニケーションもスムーズで、互いに理解しあえた。

日本人の仕事に対する態度はよく知られているが、あきらの態度も完璧にあてはまっていた。彼は何をするにつけ、強い意志をもっていた。そうした態度にひどく感心しながらも、日本人らしい振る舞いなのだという以前からの認識があったので私はそれほど驚いたわけではなかった。一か月間、日本に滞在したときの体験からは、知り合った日本人は本や話にきいて知っていた人たちと同じであった。日本人について唯一、新鮮に感じたのは、ゲストハウスに入るときに私が靴のまま上がったときのことだった。たいしたことではないのに、あきらは咄嗟に、そして冷たく私に靴を脱げとせまった。そのことが私にはとても奇異に思えた。

一日中のゼミで疲れて帰ってきた後、高田馬場駅の近くの洋服屋に立ち寄ったことがあった。以前、友人がこの店の商品が道路沿いのなかでは一番安いと教えてくれていたのだ。ひき裂かれたカッコいいブルージーンズにひかれて、それを着てみようと試着室へ入って行ったら、意外なことに店員が私に近づいてきて、何やら日本語でやさしく言ってくる。彼女が何を言っているのか理解できなかったが、私の靴を指さして、「ダメ」と何度か言った。「ダメ」はまず覚えなくてはならない日本語の単語10のうちの1つだ。そのときが慣れない行動をせまられた二度目の経験である。同じような経験は日本人の友人宅へ行ったときにも起こった。しかし今度はなんとかなった。私が玄関ドアに入って、居間を確認したとき、何足かのスリッパが置かれている靴箱を見つけた。それ時点までの経験から、私はまた同じ間違いをしたくないと思いながら、自信満々に、以前言われたように靴を脱いだ。

靴を脱ぐ習慣は平安時代(794年~1192年)からの日本の習慣である。どの日本の家でも、玄関先には靴を置く棚のようなもの、つまり、下駄箱が必ずある。この習慣のもととなっている一つの理由は、雨が多く、湿度が高い日本の気候が考えられる。外履きを家の中でも使用すると、すぐに床を汚してしまう。私は最近まで、この「靴を脱ぐ」行為が日本の大切な社会的文化的財産の一つであることに気付かなかった。

その習慣は腑に落ちるものなのである。友人宅、ホテルの部屋、個人的な空間に入るとき靴を脱ぐことで、公共のものと私的なものの判別ができる。つまり、そうすることで個人の権利を守り、友人やパートナー、他の誰かの大事なものを尊重することになり、自身のものとの混同をさけられるのである。また、外の世界をそこで後ろにとどめておいて、家の内ではそこのルールに従いますということを表している。

さらに、「靴を脱ぐ」ことのもっとも重要な意味合いはプライベートな空間をきちんと、衛生的に保つということである。このきわめて重要な習慣は日本のものや現実世界のなかにあるさまざまな問題に対する日本人の対応に影響を及ぼしている。私が考えるところによると、それは日本の経済発展の成功に寄与した主要要因の一つであろう。

どのようにして、アジアのなかで唯一、日本は環境を汚すことなく、ものすごい成長を遂げたのだろうか。このことは、通常、経済発展が環境破壊を招くということを考えると重要なのである。私たちは、靴を脱ぐという原則にはじまり、第二次世界大戦直後以降の日本の高度経済成長期における環境保全の監視という社会的役割についてまで多くを学ぶことができる。

日本の高い環境水準は短期間に成し遂げられたのではない。日本が深刻な汚染、とりわけ、大気汚染の時期を経て環境にやさしい時代に移行したのは1960年代後半であった。それ以前、日本は他の国々が直面したのと同じ問題、いや他国と比べたなかでは最悪の問題に直面していたのである。1956年、熊本県の水俣事件、あるいはチッソ水俣病と呼ばれたものは当時の日本の環境問題がいかに深刻であったかを明らかにする一事件である。産業セクターから排出される残余物である窒素酸化物(NOx),硫黄酸化物(SOx)という危険な粒子が日本の大気汚染の元凶であった。幸い、すべての企業家たちの後ろ盾もあって、その状況から切り抜けるよう試みられた。

「靴を脱ぐ」という原則との関連で、もっとも重要でそのときに施行される政策としてもっともユニークな特徴であったのは、大気汚染を撲滅するため、最大の努力が現地の人と地方行政一同によってはかられ、業界へプレッシャーをかけるために、地元社会が団結したことである。すべての事業家たちによるかなり高い意識があって、それらすべての努力はこれといった対立もなくスムーズに実ったのである。生活での衛生を重要と理解し、土のついた物を遠ざけることは日本社会に深く根ざしている。こうして、業界に強い圧力をかけ、汚染物質の排出基準をある一定のレヴェルまで抑えることが経済にもいい影響を与えると考えられている。日本は引き続き、何よりも最優先で環境保全のために尽くしている。1970年にGDPがやや下がったにもかかわらず、環境を損なわないよう、「靴を脱ぐ」規則は守られている。

こうした社会環境は日本国内の産業が資源をできるだけ有効活用するにあたって大きな推進力となっている。後に、この議論は有名なアメリカ人経済学者ミシェル・E・ポーターによるポーター仮説として知られるようになった。彼は厳しい環境規制が効果をもたらし、商業における競争力をよき方向にもたらすような革新を促すのだと主張した。これに因ると、日本の自動車産業がドイツやあの米国の自動車会社も抜いて、業界で世界トップになっていることは偶然ではない。靴を脱ぐというシンプルで独特な習慣がその背後で関係しているのである。

About the auther

Lury Sofyan(akulury). Master student at Graduate School of Asia Pacific Studies - Waseda University (focusing on Sustainable Development)

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