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「中国人の目から見た日本-成田空港のトイレの張り紙を通して」

Su Qiu (Qiu.su)

かつてヨーロッパで遊学し、いま日本で勉強を続けている中国人留学生として、文化の違いに当然敏感にならざるを得ない。特にこの三つの文化が図らずも同時に、同じ場所で目の前に現れた時は、なおさらである。成田空港のトイレに貼られた一枚の紙から話そう。

まずトイレの張り紙に書かれた英文を見てみよう。ヨーロッパ人(西洋人全体と言ってもよい)の習慣に従って考えると、文章の前半の意味が重視されるはずだ。つまり、トイレの張り紙として、"Do not flush anything other than the toilet paper provided, ......"は、トイレットペーパー以外のものをトイレに流すなという意味をすでに十分かつ簡潔に表している。そのため、結果を言い表す後半の文は、私からすれば、幾分蛇足のように見えてしまうのである。

しかし、すべての乗客が文章の前半のみに関心があるとは限らない。その例外は日本人である。ここ二年間、まわりの日本人学生や友人を観察してきた結果から言うと、日本人はむしろ後半の文を重視しているのではないかと思う。日本では、なるべくまわりに迷惑をかけないように行動するのが社会のルールである。「トイレが使用できなくなる恐れがある」という言葉は、まさに本質をついているのではないだろうか。

一方、西洋や日本の人々にとって、中国人の方が一番理解しがたいかもしれない。中国人からすれば、張り紙の前半も後半もさほど重要ではない。一番大事なのは、「請(お願いします、please)」という言葉である。このシンプルな一文字を付け加えることによって、中国人は体面を保つことができ、張り紙の効力もいっそう増すのである。おほほ。

コミュニケーションを取る際、西洋の人々は率直な表現を好む。それに対し、東洋の中国人も日本人も、「言外の意味」をより重視するのかもしれない。しかも、おもしろいことに、一口「言外」と言っても、その「言外」の意味がまたそれぞれ違うのだ。中国人はできるだけお互いの面子を立てる。言いかえれば、コミュニケーションにプラスに働く要素を重視する。一方、日本人は、互いに迷惑をかけないようにする。つまり、コミュニケーションに好ましくない影響を抑えると言えよう。

迷惑をかけないことは、すでに暗黙のルールとして日本社会の隅々まで浸透している。たとえば、電車のなかで、荷物を抱える乗客は、言われなくても自ら荷物を棚の上にあげる。それは、他の乗客に迷惑をかけないためである。また、店のなかで、店員が「ちょっと......」と難色を示せば、たいていのお客さんはこれ以上無理を言わず、相手を困らせることはしない(ちなみに、日本では相手の要求をストレートに断ることがめったにない。「ちょっと」をNoと理解しても差し支えない)。このような例は枚挙にいとまがない。

さらに、「迷惑をかけない」という考え方は、日本人の対人関係のあり方にも大きく影響しているようだ。どんなに親しい間柄でも、超えてはならない一線がある。これは、「義理堅い」中国人からすれば、水臭いと誤解されるかもしれないが、実際「なるべく迷惑をかけない」という意識の一つの現れにすぎない。中国には古くから「君子の交わりは淡きこと水の如し」という諺がある。この境地に真に達したのは、我らの隣人、日本なのかもしれない。おほほ。

About the auther

su.qiu,Chinese Student of Tokyo University

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