優秀賞

「本カバーはお付け致しますか」

Zhai Shuang(nicole)

本カバーはお付け致しますか?日本の書店に行けば必ずこのような質問をされる。初めて聞いた時は少し驚いた。日本のサービス業の質の良さは世界的に有名だということはずっと前から知っていたが、本を最後まできれいに読んできれいに保存できるようにと、客のためにここまで考えてくれているとやはり感心せずにいられなかった。

それから電車の中や、カフェに行くたびに周囲の本を読んでいる人たちに関心を払うようになった。小中学生から年配の方、漫画から学問の専門書まで、九割位の人たちは読んでいる本に大切にカバーを付けている。

母国の中国ではこのような光景はほとんど見当たらない。国で本にカバーに関する一番近い記憶は小学生の頃、教科書を大事に使うようにと学校の一つの決まりとして、毎年新学期に配られた新しい教科書にカバーを付けていたことである。中国の書店に行っても、会計の店員さんには本カバーを付けるか否かの質問はされない。そもそも本カバーのサービスというもの自体が存在しないのだ。逆に、本カバーを付けた本を持ち歩いている方が何か怪しい本でも読んでいるかと不審に思われるだろう。比べれば先進国である日本はこのような些細なところから国民がどれほど知識を重視しているか、そして物を大事にしているかがよくわかる。

やがて、日本での生活も2年目に入り、いろいろ経験してきた。アルバイトを始め、日本語学校を卒業し、大学生になった。生活の中で日本人と接触する機会が増えた。彼女達と付き合いを始めた頃は、<初対面でも相手と距離を置かない>という<中国式>の対応をしていた、しかしその結果、本当に<友達>になれた相手はほとんどいなかった。

中国人は初対面でも相手に対して警戒感を持たずにありのままの自分で接することが普通である。知り合った初日でも日本人から見て<あり得ない>と思うほどの冗談や喋り方をする。街ではよく仲良く腕を組み合いながら買い物をする女の子を見当たる。相手に言いたいことがあれば、それが<ky>だと知っていてもきちんと伝える。

日本ではどんなに仲良くても一定の距離を保っている。道で手をつないで歩いている女の子は変な目で見られる。あの子とは<友達>だと言っていても、相手に嫌われるのを恐れ、自分の本当の意見を隠し、場の空気に合わせるのが<日本流>だ。たとえそれがどんなに疲れることとしても、誰ひとり<場>のバランスを壊そうとしない。機嫌が悪くても笑顔を作り、どんなにイヤなことがあったとしてもそれを隠し、場を盛り上げるために努力している。

そこで本カバーの事を思いだした。日本人は本カバーを付ける、それは単に本をきれいに保存したいだけなのか。それだけの目的ではない。本カバーを付けることで自分が読んでる本の内容を他人に見せたくないという面もあるのではないだろうか。日本人は他人に自分が考えていることを知られたくないという自己保護意識が強い。

他人との接触の中でも日本人はよく自分にカバーを付けて付き合っている。大学のクラスで仲がいい日本人の女の子3人がいた。よくその3人が喋りで盛り上がっている場面を見る。しかし、彼女達の会話を聞いていると、彼女達はお互い話を相手に合わせているとしか思えなかった。彼女達も自分に<カバー>を付けて付き合っているのだな、と少し残念に思った。

確かに、場で適当な振る舞いをし、適当な話し方をするのは立派な大人のあり方だと思う。しかし、人間は幾つになっても素直に自分の気持ちに向き合い、誠実に他人と付き合う必要がある。皆は本にカバーを付けていると同時に、自分の心にも<カバー>を付けているのではないか。

About the auther

nicole.I am a chinese girl studing in Waseda University in Japan now.

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