(65)「仕」 王に仕える戦士階級の人
まず「王」と「士」の古代文字とイラストを見てください。字の下の部分がよく似てますよね。そうなんです。この「王」は王の前に置かれた大きな鉞(まさかり)の刃(は)の形ですが、「士」のほうも小さな鉞の刃の形なのです。大きさが異なるだけです。

「王」の鉞は実用品ではなく、その大きな鉞の刃は王位のシンボルでした。それと同様に「士」の小さな鉞の刃も「士」の身分を示すシンボルです。つまり「士」とは戦士階級の人のことです。
紀元百年ごろ、後漢の許慎(きょしん)が書いた有名な字書「説文解字」には「士」は「一と十」からなり「一から十まで知るもの」とあります。白川静さんは当時の俗説(ぞくせつ)だろうと言っています。許慎は甲骨(こうこつ)文字などの古い字形を知らなかったのです。
次に「仕」です。これは「士」に「人」を加えた形。「士」は戦士階級の「人」で、その「人」が「王」に仕えるというのが「仕」のもともとの意味でした。その後に「すべての上の人に仕える」意味となったのです。
役人となって主君に仕えることを「仕官」と言いますが、この言葉中にも「王」に仕える人のニュアンスがありますね。
最後は「在」です。これは「才」と「士」を合わせた文字。現在の文字は「才」と「土」ですが、古代文字を見てみれば「士」の字形です。
この「才」という字は目印となる木に横木を渡(わた)し、その十字形の部分に神への祈(いの)りの祝詞を入れた器「サイ」をかけた文字です。そうすると目印の木の場所が神の力で神聖な場所となるのです。
その神聖な場所に小さな鉞の刃を置いて守るのが「在」です。そこは神聖な場所として「ある」という意味です。後にすべてのものが「ある」意味となりました。
ちなみに「在」の「士」が「子」となった「存」は、その神聖な場所「才」の力で「子」が神聖な力を得て、その子の存在が保障されて「ある」ことです。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

小山鉄郎(こやま・てつろう)1949年群馬県生まれ。共同通信社編集委員兼論説委員。白川静さんが理事長を務めていた国の認定NPO法人・文字文化研究所理事を2009年7月まで務めた。著書に白川静文字学をやさしく紹介した「白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい」「白川静さんに学ぶ漢字は怖い
」(いずれも共同通信社刊)などがある。
