(113)「感」 祈りに神の心が動き応える
白川静さん最大の功績はこれまで人などの「くち」を表すと考えられていた「口」が「くち」ではなく、神への祈(いの)りの言葉を入れる器「口」(サイ)であることを発見、「口」をふくむ字を新しく体系化したことです。

このことは繰(く)り返し説明してきましたが、別の見方をすれば、それほど「口」に関する字が多いのです。「口」は神様への大切な祈りの言葉を入れる器でしたので、これにいろいろなものを加えて守りました。
「口」に「戉(えつ)」を加えた「咸(かん)」もそんな字の一つです。「戉」は「まさかり」のこと。「咸」は神への祈りや誓(ちか)いの儀式(ぎしき)が終わって、その大切な祝詞(のりと)を入れた「口」に「戉」を加えて、封(ふう)をとじることを表した字です。
封をとじるので「おわる」意味となり、すべて完了(かんりょう)するので「ことごとく」の意味もあります。
手紙に封をすることを「緘(かん)」と言います。これは「咸」に「糸」を加えた形。「糸」は「とじひも」のことです。手紙を入れておく「文箱(ふばこ)」にとじひもである「緘」をしたのが元の意味です。現代も手紙は封をします。封をした手紙のことを「緘書(かんしょ)」と言います。つまり「封書」のことです。
この「咸」をふくむ字で一番なじみある字は「感」でしょう。「咸」に「心」を加えた「感」は、祈りに対して神の心が動き応えること。神様の感応を意味する字です。
もともとは祈りに対して神が感じ動き、応じる意味でしたが、人の心のことに意味を移し、心が動く意味となりました。
「感」は心が動くことですから、「感」をふくむ字には「動く」意味をふくむものがあります。
「世界を震撼(しんかん)させた事件」などと使う「震撼」の「撼」も、その一つ。「震撼」とは「震(ふる)え動く」ことです。祈りに対して神が感じ動き応じるのが「感」ですが、その「感」の力で他のものを動かすのが「撼」で、「
」は他を動かす意味で加えられたものです。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

小山鉄郎(こやま・てつろう)1949年群馬県生まれ。共同通信社編集委員兼論説委員。白川静さんが理事長を務めていた国の認定NPO法人・文字文化研究所理事を2009年7月まで務めた。著書に白川静文字学をやさしく紹介した「白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい」「白川静さんに学ぶ漢字は怖い
」(いずれも共同通信社刊)などがある。
