(6)「器」 いけにえの犬でお祓い
現在の日本人は主に常用漢字を使って文章を書いています。この常用漢字の基になったのが、1946年に発表された当用漢字です。でも偉(えら)い人たちが集まって決めた割には当用漢字には間違(まちが)いがたくさんありました。
「犬」に関する漢字を例に、その間違いを挙げてみましょう。「臭(しゅう)」は当用漢字発表前の旧字では「
」でした。つまり「自」と「犬」でした。「自」は鼻の形です。「鼻」の字にも「自」が含まれていますね。この「自」に鼻が利く動物「犬」を加えて、「くさい」の意味となったのです。
それが当用漢字では「犬」を「大」に変更(へんこう)してしまいました。「大」は正面から見た人間の姿です。臭(くさ)さなどが分かる感覚を「嗅覚(きゅうかく)」といいますが、こちらの「嗅」の字は常用漢字ではないので「犬」のままです。実に奇妙(きみょう)な漢字改革でした。
煙突(えんとつ)の「突」も、もともとは「穴」と「犬」を合わせた「
」という文字でした。「穴」は、かまど用の穴のことです。かまどは火を扱(あつか)う大切な場所でした。かまどの神様に「犬」をいけにえにささげて、お祓(はら)いをしてから使ったのです。これも当用漢字では大」になってしまいました。
「器」も旧字では「
」と書きます。つまり「器」は「口」が4つと「犬」でできた漢字でした。「口」は耳口の「くち」でなく、神様への祈(いの)りの祝詞(のりと)をいれる器です。それらの器に、いけにえの犬をささげ、お祓いをする字が「
」です。器はお祭りに使うためのものでしたから、お祓いをして使ったのです。
もともと「犬」の右上の「、」は犬の特徴(とくちょう)である耳のことです。字形に「、」を加えて、犬を人と区別していたのです。でも戦後に文字の形を変更する際、漢字への十分な知識がないままに「犬」の「、」を取ってしまい、犬も人も一緒(いっしょ)にしてしまったのが当用漢字、今の常用漢字なのです。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

小山鉄郎(こやま・てつろう)1949年群馬県生まれ。共同通信社編集委員兼論説委員。白川静さんが理事長を務めていた国の認定NPO法人・文字文化研究所理事を2009年7月まで務めた。著書に白川静文字学をやさしく紹介した「白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい」「白川静さんに学ぶ漢字は怖い
」(いずれも共同通信社刊)などがある。
