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  • 「男気の人」清宮克幸監督 ヤマハをラグビー日本一に導く


     ヤマハ発動機の清宮克幸監督

     彼に話を聞くと、いつも元気をもらった。

     静岡県磐田市にある合宿所で取材を終えると、「送っていきますよ」と、監督自らがハンドルを握って駅まで送ってくれた。

     東京・赤坂を歩いていたら「生島さ~ん」と声を掛けられたこともある。そのたびに思わず微笑んでしまい、応援したくなる気持ちが強くなった。

     ラグビー日本選手権で、初めての日本一に輝いたヤマハ発動機の清宮克幸監督のことである。

     4年前、ヤマハの監督に就任した時は、チームは入れ替え戦を戦うところまで低迷していた。会社が2009年秋から、本格的な強化から手を引いていたからだ。

     しかし「ボス」というニックネームの監督が就任してから、成績は上向いていった。

     清宮監督の場合、早大時代から徹底的にこだわってきたことがある。「FW戦で絶対に負けない」

     スクラム、ラインアウトなど、セットプレーでは確実なプレーで試合を有利に運ぶ。

     早大はもともと、FWが軽量で大型FW相手には苦しむというイメージが根付いていたが、そうした「固定観念」にはとらわれず、5年間の監督生活のなかで、早大はFWの強さが武器になった。

     当時育てた選手の中からは、今年の秋に行われるワールドカップでプレーする選手も複数出るだろう。

     そして、ヤマハでもスクラム、ブレイクダウン(ボールの争奪戦)の攻防には力を入れてきた。

     日本選手権の決勝でも、最後にはスクラムで相手から反則を奪い、選手たちは拳を天に突き上げた。強くなったヤマハの象徴のようなシーンだった。

     勝利インタビューでは、選手がバックスタンドに向かってあいさつしている姿を見て、「バックスタンドの(選手たちの)あの姿が見たくて、この仕事をやっているので。もう、うれしくて…」。

     2015年、日本のスポーツ界では「男気」がキーワードになっているが、清宮克幸もまた、男気の人である。

    生島 淳(いくしま じゅん)のプロフィル

     1967年、宮城県気仙沼市出身、スポーツジャーナリスト。五輪や、米国のプロ、大学スポーツなどを中心に執筆。著書に『箱根駅伝』(幻冬舎新書)など多数。また、黒田博樹らメジャーリーガーの本の構成も担当。NHKBSのスポーツ番組ではキャスターを務めている。

      【共同通信】