加藤被告の供述要旨秋葉原の無差別殺傷事件で29日、東京地裁であった加藤智大被告の2回目の被告人質問の供述要旨は次の通り。 【自殺】 2007年9月半ばに青森の運送会社を辞めた。インターネット掲示板の管理人に遊びに来いと言われ、利用者のいる群馬、兵庫、福岡に行った。昔からの友人がいる仙台にも寄ったが、掲示板のことは恥ずかしい感じがあって話せなかった。 9月28日の誕生日に自殺しようと考えた。11月にもJR中央線に飛び込んで自殺しようと思って秋葉原駅のホームに入ったが、中央線が人身事故で止まっていて思いとどまった。車を止めた上野の駐車場の管理人と警察官に説得された。管理人に駐車場の料金を返すことが生きる目標として設定された。 【派遣切り】 その日のうちに派遣会社に行き、事件直前まで勤めた静岡県内の自動車関連工場での仕事を決めた。 工場では親しい同僚もいて、部屋に遊びに行ったり、自分の部屋に呼んだりした。車2台で伊豆半島をドライブしたり、秋葉原を案内したりしたこともあり楽しかった。 08年5月末に突然、派遣社員に6月末での契約解除の通知がされた。ほかの派遣先を紹介すると言われたので、次の日には決めたが、その後この話はなくなった。派遣社員が部品のような扱いを受けていることに疑問を持ったが、派遣切りの件は事件の動機ではない。 【荒らし】 掲示板に、不細工な人間には友人ができないという自虐的なネタを書き込んだ。自分の顔については、どちらかといえば悪いという程度で、掲示板に書いていたほど悪いとは思っていなかった。 掲示板で自分以外の人間がわたしに成り済まして書き込みし、人間関係を奪われた状態になった。改行や無意味な書き込みを連発する「荒らし」で書き込みがほとんどなくなった。怒りがあった。 【ナイフ】 成り済ましなどについて管理人や警察に連絡したが対応してもらえなかった。合法的な解決手段が見つからず、何らかの殺傷系の事件を起こそうと思い付いた。5月31日に秋葉原に刃物を買いに行った。刃物を扱っていると思って行った店には刃物はなく、雑貨やお土産を買って帰った。 6月5日に職場のロッカーでツナギが見つからず、激高して帰った。ツナギがなくなることは前にもあったが、掲示板荒らしや成り済ましで精神的にゆとりがなかったのだと思う。 帰宅後、以前雑誌で見た福井のミリタリーショップに行き、ナイフを買った。成り済ましなどをしている人たちへの警告になると考え、掲示板に事件を連想させる書き込みをした。 事件を思いついた経緯や秋葉原を選んだ理由は記憶にない。でも、日本のどこに住んでいるかも分からない成り済ましに、報道で事件を伝えるためには、大事件でなければならない。大都市といえば東京で、東京で知っている街は秋葉原だと。それでそういうことになったんだと思う。 【事件前日】 6月7日に秋葉原に行って、パソコンやゲームソフトを売却し、静岡でレンタカーの予約をした。大きな車が運転できることを友人に見せたくて4トントラックを借りようと思っていたが、遠方から届けないといけないとのことだったので、2トン車にして帰った。 7日の夜はよく分からないが、記録上は事件直前までやらないで済むように警告を繰り返していた。成り済ましや荒らしをしていた人に伝われば解決すると思った。 【当日朝】 8日朝、朝ご飯を食べて、レンタカーを取りに行った。受け取って自宅に戻り、友人にあげようとまとめていたゲームをトラックに積み、友人のところに行った。 買ったナイフのうち、両刃ナイフをズボンの腰に、他のナイフをジャケットの内ポケットや靴下の中、リュックサックに入れた。どれを使うかは考えていない。1本は友人にあげるつもりで、ゲームソフトなどとまとめた。 友人とあげた物の解説やカートの話で盛り上がった後、「東の方に行く」「トラックの写真は撮っていいが、メールは明日以降にしてくれ」と伝えた。 【正午前】 秋葉原に着いたのは正午少し前。いったん車を置いて、パチンコ屋のトイレで、掲示板のスレッドに「秋葉原で人を殺します」と書き込む準備をした。実際に事件が起きることで成り済ましなどをした人たちが罪悪感や恐怖感を感じることがあると思った。しかし送信ボタンは押せなかった。編集してしまうと事件を開始することになる。できれば起こさずに問題を解決したいと思ったが、その後、送信した。 トラックを発車させ、歩行者天国に突入すべく、車を走らせたが、交差点の手前で赤信号になった。本能的に信号に従って進行し、駅のロータリーを回って反対方向から進行したが、信号が青で通過した。事件を起こすことに抵抗があった。 3回目通過した後、そのまま離れて自宅へ帰ることも考えたが、自分の帰る場所はどこにもないと気付き、結局やるしかないと思った。事件を起こさなければ、掲示板を取り返すことはできない。家族はいない。仕事は辞めた。職場の友人関係も終わると思った。 今になって考えてみると、現実の方が大切なものがいっぱいあったし、居場所もあったように思えて後悔している。4回目で突入した。 【共同通信】
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