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  • いろは丸の絵、長崎で発見か 坂本竜馬乗船中に衝突、沈没


     「いろは丸」を描いたとみられる絵=27日午前、長崎市歴史民俗資料館

     長崎市は27日、坂本竜馬が率いる海援隊を乗せ、瀬戸内海で沈没した蒸気船「いろは丸」を描いたとみられる絵が、長崎市歴史民俗資料館で展示中の冊子に残されていることが分かったと発表した。同資料館は「長崎港に入った様子をリアルタイムで記した可能性が高い。これまで想像図はあったが、いろは丸の姿を描いた絵画の発見は国内初ではないか」としている。

     冊子は、外国船などの出入港記録を意味する「白帆注進外国船出入注進」で、縦約24・3センチ、横約16・7センチ。見開きで200ほどの船の彩色画が記録され、いろは丸とみられる船が煙を上げて航行する姿が含まれている。絵の前ページには「四国船」との記述がある。

     同資料館は、冊子内の記述から1866年の記録と判断。いろは丸は現在の愛媛県大洲市を中心とする伊予大洲藩が当時所有しており、同時期に長崎に寄港したとする記述が他の文献にあることなどから、いろは丸の可能性が高いとしている。

     いろは丸は1867年に海援隊が大洲藩から借り受け、長崎から大阪に向けて航海中に紀州藩の軍艦「明光丸」と衝突。広島県・鞆の浦沖で沈没した。

     絵画は8月31日まで同資料館で展示される。

      【共同通信】