47NEWS >  共同ニュース  > 記事詳細
  •  ニュース詳細     
  • 子育てさがし 2児を育てる中国人の母親


     多文化まちづくり工房が実施している日本語教室=横浜市泉区

    ◎子どもにより良い環境を 懸命に働く

     在留邦人3世の中国人の張ジャニさん=仮名=(26)は、中国人の夫と間にできた長男(3)と長女(1)を育てている。子どもが生まれてから3年間、見つからなかった仕事が、2月中旬にようやく決まった。保育園に空きがないため同居している両親に子どもの世話を頼み、子どもにより良い環境を与えたいと懸命に働き始めた。

     ▽日本語話せず

     張さんは中学1年の1997年夏に両親、妹とともによりよい生活を求めて来日。家族は張さんを含めて日本語が話せなかった。父親が数カ月働いた会社が倒産して給料が全額出なかったりするなど、生活が安定するまで時間がかかった。張さんも友だちができず、弁当を食べるのも一人だった。

     「中国では小学生の時は午前6時半には学校に行って、自習をして授業を受けていたんです。日本でもそうだと思って、初日の午前7時ごろに登校したら、校門が開いていなくて休みかと思った。中国人の生徒のほとんどは小学校や幼稚園から日本にいるから、日本語が話せるけど、中国語はあまり話せない。だから意思の疎通ができなくて、学校生活に慣れるまでには1年ぐらい苦労しました」

     「お弁当も日本では色鮮やかな感じだけど、わたしのはいため物ばかり。先生には一緒に食べるよう言われたが、一緒に食べるのが恥ずかしくて嫌だった。わたしが周りに合わせないといけなかったから、中学校ではあまり楽しい思い出がないですね」

     法務省によると、2008年末の外国人登録者は221万7千人となり、過去最多を更新。うち中国籍が65万5千人で全体の約3割で最多だ。張さんが住む神奈川県営のいちょう団地(横浜市泉区、大和市)には、大和市にインドシナ難民定住促進センターがあったことから、ベトナム、カンボジアからの難民や、中国、フィリピン、ブラジルなど全世帯の約20%が外国籍住民で占める。

     団地近くにある横浜市の施設「いちょうコミュニティハウス」で週に2回行われる日本語教室。2月10日の教室にはベトナム、中国、カンボジアなど約30人が集まった。10代から幼い子どもを連れた母親まで年齢層も広い。それぞれの母国語が飛び交いながら、約1時間半、日本語の読み書きを練習した。運営するのは外国人の生活を支援する市民団体「多文化まちづくり工房」で、社会人や定年退職した人、主婦らボランティアが教えている。教室に来ていたカンボジア人の16歳の少女は昨年8月に来日。日本の高校に行くため、日本語を学んでいる。半年ほどの勉強で読み書きはまだ小学生レベルだが「将来はまだ分からないけど、とにかくもっと勉強したい」と学習への意欲は高い。

     多文化まちづくり工房の早川秀樹代表は「団地に住んでいる日本人は高齢者やシングルマザー、共働きの世帯が多く、日本人だけでは自治会が成り立ちづらい状況。この地域には外国人が地域の担い手として欠かせない存在だと思う。外国の若い人が自発的に地域活動をできるよう後押しやサポートをしています」

     「彼ら外国人がいることは強みで、日本人主体の地域社会に活力を与える可能性がある。新しい活力が社会に大きな変化をもたらすこともあるので、地域全体にかかわっていくことが重要です」。実際にフィリピン人の女性が自治会長をした例もある。外国人支援の活動を始めて約15年になるが、純粋に人と人との交流があると感じているという。

     ▽不景気

     08年秋のリーマンショック以降、多文化まちづくり工房に寄せられる外国人からの生活相談が急増した。それまで相談に来る人はほとんどが女性だったが、仕事がなくなった父親が雇用保険のもらい方の説明を聞きに来たり、仕事がある母親の代わりに家庭の相談をすることもあった。

     22歳で中国人の夫と結婚した張さんは06年10月に長男、08年3月に長女を出産。解体業をしている夫の1カ月の収入は不景気だった昨年は30万円台から10数万円になった。外食を控えたり節約してぎりぎりの生活が続き、家計を助けようと自分も働こうとしたが、採用されずもどかしさが募った。

     「長男が生まれてからずっと働きたかったが、3年連続で保育園に空きがなかった。仕事を探しても中国人だと伝えると、急に面接を断られた。面接で『子どもはいるか、誰が面倒を見るのか』『子どもが病気になったら仕事を休むのか、それでは困る』と言われ、怒りたくなった」と張さん。

     早川代表は「経済状況が悪くなると、やはり外国人労働者へのしわ寄せは大きい。親の生活の安定なくして子どもの生活や教育の安定はないので、企業にも理解してもらえるように企業とつながりをより持ちたい」と話す。

     いちょう団地の子どもが通う横浜市立いちょう小学校の児童約200人のうち、約65%が外国にルーツを持つ。小学校では、さまざまな母国がある子どもの文化を学校生活にも生かす取り組みや授業で児童に母国語の通訳を付ける学習支援をしている。田中秀仁校長は「親は日本語が不自由なため、子どもが覚える日本語を理解できなかったり、逆に親が母国語を教えようとしても子どもが分からないなど、細かな感情を伝え合うことが難しくなっている家庭がある」と指摘する。「日本語だけでなく、母国語を学べる環境を整備する必要があり、一生懸命やっているがなかなか学力の向上につながらなくジレンマを感じることもある」と話す。

     「今の中国では幼稚園の時から英語を学ぶし、一人っ子政策の影響で、子どもにかける教育費はすごい。中学校から高校までは中国で教育を受けさせたいと考えている親は多い。だから中国人の親は日本の小学校でもっと学力を上げてほしいと思う。でも中国に行ってもなじめなかったり、勉強についていけなかったりして日本に戻ってくる子どもも多いんです」と張さん。

     張さんは来日して13年ほど。日本で生活する時間の方がこれからは長くなる。以前中国へ帰った時に同窓会を開いてもらったが、友だちの話についていけなかった。電車の乗り方が分からず、買い物も値切るのが普通で、現地の人がいないとできなかった。

     「自分はもう中国では生活できないな、帰れないなと思った。日本ではわたしが子どもの時でも、親の代わりに役所に行ったらきちんと対応してくれるし、親切にしてもらうことも多かった。夫も家事や料理をしてくれ、日本での子育てに不安はないですが、高校や大学を選ぶ時に子どもが不利益にならないようにしたい」

     食事は中国料理のほか和食も作る。長男は和食が好みだという。2月からの仕事が決まるまでは長男、長女と公園で遊んだり、一緒に過ごす普通の時間を大切にしてきた。

    「長男は最初に何を食べたいかを聞かないと、食事を食べないことがあったりもします。3歳だけど、本人の意見は大人として聞いてあげる。でもうそは絶対だめときつく言っています」

     来日した際の苦い体験もあり、子どもは日本の学校に通わせるつもりだ。自宅では中国語と日本語の両方を使って言葉を教える。長男は相手によって日本語と中国語を使い分けることを覚え、自宅への電話を取る役割になった。

     「わたしは中学生で日本に来て苦労したので、子どもの時はわたしたち親がいる日本で学ばせて一緒に楽しい思い出をつくりたい。子どもは夏休みなどで中国へ行った時に、言葉や文化を深く学べばいいと思うし、日中以外のことを学んでほしい」

     2月から働き始めた仕事は製造業の工場で、週に5、6日朝から夕方までの単純作業だ。働くのは専業主婦になって以来、4年ぶりになる。

     「希望の仕事ではないが、日本では英語もできないと収入が高い仕事には就けない。長男に物をせがまれた時、『お金がない』と言うと『僕が働いてお母さんに好きな物を買ってあげるよ』と返してくれるんです。そんな気持ちを育てながら、子どもが何かをしたいと言った時に後押しできるようにお金をためたい」。(共同通信デジタル編集部、3月9日配信)

      【共同通信】