ルーマニア「流血事件」の解明を 千人以上死亡、市民が訴え![]() 20年前に多くの市民が死亡したブカレストの国営ルーマニア・テレビ局前の慰霊碑に献花する市民ら=22日(共同) 20年前の1989年12月22日夜、ルーマニアのチャウシェスク独裁政権が崩壊したことを祝う市民や兵士に、何者かが突然銃弾が浴びせその後の数日間で約千人が死亡する「流血事件」が起きた。なぜ銃撃が起きたのか、いまだ真相は不明だ。現場に居合わせた市民らは解明を求め続けている。 市民団体「革命者協会」代表のテオドル・マリエシュさん(47)は同日、首都ブカレストの広場で数万人の市民と政権打倒を叫んだ。チャウシェスク大統領は昼にヘリコプターで首都を脱出、政権は崩壊した。 その夜、イリエスク元共産党書記ら共産党員が救国戦線を発足させ実権を掌握。同時に市民らへの銃撃が始まった。救国戦線はチャウシェスク派による銃撃と断定、市民に結束を呼び掛けた。 協会は革命後、事件に関し市民への聞き取りを重ねたが、犯人特定には至らなかった。大統領を計3期務めたイリエスク氏にも調査を要求したが、明確な回答は得られず、真相解明を求める裁判を起こしても審理は始まらなかった。 【共同通信】
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