奈良地裁判決要旨医師宅放火殺人の調書漏えい事件で、奈良地裁が15日言い渡した判決の要旨は次の通り。 【医師の要件】 弁護人は、裁判所から精神鑑定を命じられ、鑑定人となった医師は秘密漏示罪の「医師」に該当しないとする。理由として(1)秘密の主体との間に信頼関係がない(2)医師と患者の間にある疾病の治療や予防の目的や、医師が患者に負う忠実義務がない(3)鑑定人は治療や投薬ができないが、処方せんの不交付で処罰されない-などの点を挙げる。 しかし、秘密漏示罪の主体は、条文に照らして形式的に判断すべきだ。業務上知り得た秘密は正当な理由がない限り、漏らすことは違法。裁判所や付添人、検察官らは精神科医であることを前提に鑑定人の選任手続きを進め、被告が選任されたことは明らかで、弁護人の主張は採用できない。 被告は事件記録の貸し出しを受け、長男らと面接、臨床心理士らに指示して心理検査や身体検査を行い、精神鑑定書を作成し裁判所に提出しており、秘密漏示罪の医師の「業務」に当たる。 事件記録の検討は、鑑定の実施上必要な行為で、長男と父親の供述調書などは「業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密」に当たる。 【供述調書の秘密性】 被告が草薙厚子さんに閲覧させた書面は、存在や内容が一般に知られていなかった。家庭内の諸事情、長男の成育歴や学校の成績、精神鑑定の内容となる家族歴や症状など、長男や父親のプライバシーに極めて深くかかわり、他人に知られたくない事項といえ、知られないことが利益と認められる。 長男と父親が供述調書の作成や鑑定の際に、内容を秘匿する意思がなかったとみるべき特段の事情は認められない。 【行為の正当性】 被告は長男や父親に関する報道に疑問を持ち、長男に殺意がないことを明らかにしたいとの思いを抱いていたが、問題意識を明確に示して記事に関する提案をしたりせず、草薙さんが自分の意図を理解し、誤った報道を正してくれると思っていたにすぎない。 事件記録を草薙さんらに自由に閲覧させ、鑑定書と同等の写しを交付しており、少年審判手続き中の長男の利益にかなうとはいえない。非公開の少年審判手続きの制度趣旨にも反し、長男と父親のプライバシーなどへの配慮を欠いた、非常に軽率な行為というほかなく、手段の相当性を著しく欠く。 報道に従事する者の取材行為は、違法性の有無について慎重な判断を要する。取材に応じ、協力する者の行為が秘密漏示罪に該当するか否かは、目的や行為、漏示対象となる秘密の内容や秘密の主体が受ける不利益を考慮し、「正当な理由」があるかどうかを判断すべきである。 草薙さんと講談社関係者の取材行為は正当でないとする特段の事由は認められない。しかし被告の行為を取材協力とみても、「正当な理由」に基づくとは認められない。 【告訴の有効性】 弁護人は秘密漏示罪で鑑定人が負う守秘義務は鑑定を命じた裁判所に対するもので、告訴権者の奈良家裁の告訴がないため、公訴は棄却されるべきだと主張する。しかし、供述調書などは長男と父親の秘密に当たると認められ、秘密が漏れたことで被害を受ける長男と父親には告訴権がある。 【公訴権の乱用】 弁護人は、世論の批判を回避して報道を規制するには、情報提供者のみを刑事訴追するのが効果的との政治的判断が下され、検察官が公訴権を乱用したとする。 しかし、捜査機関側の特別の意図や政治的判断があったとは認められない。訴因の構成は検察官の裁量に属し、客観的事実関係をすべて訴因に掲げなければならないことはない。被告のみを起訴したことで報道機関からの批判を回避したかのような印象を与えたことは否めないが、公訴権の乱用があったとみることはできない。 【量刑の理由】 少年事件の鑑定人である医師の被告が記録などを外部に漏らしたことはもとより、報道・出版の自由、取材情報源の在り方にまで問題が及んだ過去に例のない事案だ。 被告は鑑定の中で職責を果たすべきなのに、独り善がりな思惑で犯行に及んだといえ、軽率かつ公私混同とのそしりを免れず、動機に格別酌むべき点はない。 被告は少年審判手続きが進行中なのに、記録すべてを閲覧させ、長男の精神鑑定の経過や結果を自覚的に提供し、犯行は悪質で、今後の裁判手続きにおける鑑定にも支障を及ぼしかねない。 提供された資料の質と量に照らせば被害結果は大きく、父親の被害感情も強い。しかも、被告は信念に基づき後悔はしていないが、見せる相手を誤ったと明言しており、反省しているといえるか疑問なしとしない。 一方で、秘密が公表された直接の原因は草薙さんの著書の刊行にある。被告は著書のような形で出版されるとは想定しておらず、これに何ら関与していなかったと認められ、被告1人の責めに帰すべきではない。(草薙さんや講談社関係者の取材活動や、著書の刊行の当否は、当裁判所が判断すべき事項ではない) 事件記録のコピー作成を許諾したことはなく、カメラでの撮影は草薙さんらの独自の判断。被告に利欲や売名の目的はなく、長男や父親に迷惑を掛け、更生の妨げになったことを申し訳ないと述べて社会的制裁を受けたことを考慮すれば、刑の執行を猶予するのが相当だ。 【共同通信】
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