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  • 向坊隆氏が死去 原子力利用の草分け

     元東大学長で、原子力委員会委員長代理も務めた向坊隆(むかいぼう・たかし)氏が4日午前5時38分、心不全のため東京都新宿区の慶応大病院で死去した。85歳。自宅は東京都世田谷区代沢2ノ37ノ30。葬儀・告別式は近親者のみで営み、後日、日本原子力産業会議などによる合同葬が予定されている。喪主は妻信子(のぶこ)さん。  戦後日本の原子力利用の草分け的存在の一人だった。  中国・大連で生まれ、1939年旧東京帝国大卒。東大助教授だった54年に、初代の在米日本大使館科学担当書記官となり、日米原子力協定のとりまとめにあたった。  帰国後、東大で原子力工学科を新設。東大教授、工学部長を経て、77年から81年まで東大学長。大学紛争当時は工学部長で、学生との交渉の矢面に立った。  81年から91年まで原子力委員会委員長代理。92年から2000年まで日本原子力産業会議会長、その後同特別顧問。  89年に勲一等瑞宝章、92年に文化功労賞を受けた。
      【共同通信】