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  •  大横綱の記録に並んだ‐。直方市出身の大関魁皇が元横綱千代の富士と同じ幕内勝利807勝を挙げた11日、地元から魁皇関を見守ってきたゆかりの人たちは温かい言葉を贈った。 魁皇関の中学時代に柔道を指導した同市赤地の曽根晃さん(63)は「性格が穏やかで、相撲で身を立てられるか心配だった。でも、強い精神力で記録に並んだことは素晴らしい」と祝福。魁皇関の母、古賀栄子さんは「37歳を迎えても記録にたどりつけたのは、ファンの応援のおかげです」と感謝し、「今後もけがのないように相撲を続けてほしい」と激励した。 応援会場を提供した明治屋産業の佐藤由美社長は、10日の取組後に魁皇関から「天覧相撲で緊張してしまった」と電話があったことを明かし、「硬くなるのが魁皇関らしい。のびのびと相撲を取れば勝ち星も伸びていく」と語った。■古里の「声援」が原動力 「調子がいいときは横綱も圧倒するけど、負けるときはあっけない」「腕力が強い分、けがも多い」。地元直方の市民は、魁皇関の取り口をよく知っている。優しい人柄、強さともろさを併せ持つ「人間くささ」が魁皇関の魅力になっており、ふるさとの大声援を「原動力」に、大記録達成へと粘り強く歩んだ。 20歳で幕内入り。若いころは「海外巡業に行く飛行機の酒を飲み干した」「牛肉を一度に5キロ食べた」など、豪快な逸話を残した。常に上位にいながら、けがに悩まされ、「候補」のまま終わるのかと思われた28歳で大関に昇進。その後、優勝を重ね「あと1勝すれば横綱」という惜しい場所も。「勝敗が予想できず、いつもやきもきさせられる」(後援会関係者)のも持ち味の一つだ。 2008年のモンゴル巡業では「力持ちで優しい。勝っても負けても感情を表に出さないのが日本人らしい」と、現地で大人気だった。807個目の大きな白星を挙げたこの日も、いつもと変わらず淡々と土俵に一礼。威厳と風格を増した。 昨年11月の九州場所前に直方市を訪れた魁皇関は「最近は巡業でちゃんこを食べなくなったり、若い衆が厳しくしかられることも減ったり、20年前に比べて相撲も変わった」と少し寂しそうだった。昭和時代に入門した最後の関取として土俵で戦う日々が続く。今年も「昭和のお相撲さん」の雄姿を、ふるさとから応援していきたい。(直方支局・和田剛)=2010/01/12付 西日本新聞朝刊=
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      【西日本新聞】