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▼コラム
1.「卓上四季」【北海道新聞】 来るべき季節に備える。秋ならば必ず訪れる厳しい冬を越す準備だろう。—春逝き夏去り今は秋その秋。そう始まる三好達治の詩「汝(なんじ)の薪(まき)をはこべ」は<冬ちかしかなた遠き地平を見はるかせいまはや冬の日はまぢかに逼(せま)れり(中略)薪をはこべああ汝汝の薪をはこべ>とせき立てる▼いまは冬。運び込んだ「薪」で体を暖め、雪解けの日を心待ちにする季節。だが、エネルギー問題の視点に立てばのんびりしていられない▼政府や電力会社なら、こう言うだろう。「春には全原発が止まってしまう。夏に電力不足に陥る」と。だから福島第1原発の事故原因が未解明なのにもかかわらず、関西電力大飯原発(福井県)を再稼働させる手続きに前のめりになっている▼いまは泊原発1、2号機の再稼働に慎重な姿勢を見せている高橋はるみ知事とてどこまで粘れるか。「国が、国が」と国まかせにしている人は、結局は責任も国に押しつける。昨年夏に上演された泊3号機の“再稼働劇”の再演は見たくない▼11年前施行した道省エネルギー・新エネルギー促進条例は「脱原発の視点に立って」道内で自立的に確保できる新エネルギーの利用を拡大する責務を明記する。北海道を一日も早く原発ゼロの島にせよ—といっている▼春近し。運び込むべき「薪」は条例に魂を吹き込む決意と知恵と行動。核燃料ではない。2012・2・10<前の記事|次の記事>
2.「河北春秋」【河北新報】 90年ほど前に雑誌の『日本及日本人』が「百年後の日本」を特集し、大部の別冊として出版している。一流と目された学者やら文化人やらが未来予想を寄せた▼先年復刻された同書をめくると大方は明るい予測だ。例えば「げたを履くように飛行機に乗って自由に空中を飛行往来する」。あるいは「代議士は皆、品性・知能共に一流の人ばかりに」▼出版された大正という時代の伸びやかさも背景にあろう。当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦の予測だが、幸福な未来の想像だ。今、同様のアンケートを行ったらどんな未来図が描かれるだろう▼約50年後の人口が今より3割減るという推計を先日、国の研究所が出した。超高齢化が進み年金や医療など社会保障が大変なことになると不安をあおる。何とも気の重い将来予想であることよ▼多少人口が減ってもそれに代わるロボットが介護現場で活躍するかもしれない—そんな楽観を持ってはいけないか。フランスの思想家アランには「悲観は感情、楽観は意志」という趣旨の文章がある▼同じ研究所が今度は「単身女性の3割が貧困」という分析をまとめた。まずは眼前のこうした問題を一つずつ解決するべし。冒頭の雑誌に「今後の努力如何(いかん)によりて結果に大差を来す。怠業は敵と思へ」とある。
3.「天地人」【東奥日報】 昔の男性はよくたばこを吸った。父親を思い出すとき、たばこの匂いが忘れられない、という人は多かろう。作家の萩原葉子もそんな一人だった。「父の身体じゅうは、タバコの匂いで一杯だった」と、エッセー集「父・萩原朔太郎」に書いている。詩人の朔太郎は相当なヘビースモーカーだったようだ。「書斎に入ると、煙の向こうに父の坐(すわ)っている姿が見え、火鉢や灰皿には林のように立てられた吸殻が立錐(りっすい)の余地もない」。酔って帰ったときの着物の袂(たもと)を祖母がマスクをかけてひっくり返す。すると、たばこのくずれたカスがいっぱい出てきたという。が、そんな光景も今は昔となった。2010年の喫煙率は19.5%で、ついに2割を切った。喫煙者のうち「たばこをやめたい」という割合も男女ともに過去最高だった。この年の10月にたばこの大幅な値上げがあった。その影響らしい。本県の場合、この傾向を喜んでばかりもいられない。厚生労働省が5年分の調査結果を基に分析したところ、男性の喫煙率と男性の習慣的に飲酒する割合が本県はどちらも高く、上位グループに入った。所得が低い人ほど喫煙率が高いというから、何とも悔しい。厚労省は10年後に喫煙率を12.2%以下にする目標を立てるという。10人に1人ほどしかたばこを吸わない時代が間もなくやってくるのか。そうなれば、受動喫煙も減り、がん対策には効果があるかもしれない。が、父親の思い出からもたばこが消えていくことだろう。何だかさみしい気もする。
4.「天鐘」【デーリー東北】 昔はお歳暮に新巻きザケがよく使われた。いただいた家庭にも重宝な食材。保存しておいて、必要な分量を切り分けて使った。核家族化が進んだ今なら1匹丸ごとだと持て余すだろうが、昔はそんな心配は無用だった▼『クマのプーさん』の翻訳や『ノンちゃん雲に乗る』などの著書で知られる石井桃子さん(1907〜2008年)が、親しみを覚える食べ物として真っ先に思い浮かべるのは鮭の頭。エッセーにつづっている▼兄1人、姉4人の末っ子。幼いころ、暮れになるとお歳暮の塩ザケが方々の家から届いた。さばくのは祖父の役目。兄姉は切り身よりも頭の軟骨が大好物で、珍重した。頭は1匹に一つだけだったせいか。「コリコリ」と呼んだ▼ある日、姉におぶさって近所の子供たちと楽しく遊んだ帰り道、姉の耳元でささやく。大好きな遊び相手の名前を挙げ、「家に帰ったら、コリコリを分けてやろうね」。サケの軟骨が思いつく最高のごちそうだった▼石井さんは後年、「子供たちよ、子供時代をしっかり楽しんでください」と、メッセージを送った。大人になり、老人となってから、自分を支えてくれるのは子供時代の自分だから、という理由による▼石井さんにとってのサケの頭のように、子供時代の楽しい日々を思い起こさせる食べ物とは何か。豆しとぎ、くじら汁、あかはたもち…。あれこれ浮かぶ。和洋中、どんな料理も身近な今の子供なら、何を挙げるだろう。
5.「北斗星」【秋田魁新報】 小正月行事や冬祭りがこの週末から本番を迎える。仙北市の上桧木内ではきょう、紙風船100個が夜空に舞い上がる。各集落では昨年末から準備を始めた。地元の60代の男性が言う。「昔に比べたら作業を手伝う子どもは減ったな」▼県内の今春の新入学児童は7500人余。10年前は1万人を超えていたという。この間、小学校の統廃合も進み、全県で実に70校近くも減った。少子化の速さにがくぜんとする▼50年後の日本の人口は現在の3分の2に減少、14歳以下はわずか9%に—先に発表された人口推計は、少子高齢化が一段と進む将来像を突き付けた。このままでは社会の活力が失われてしまうのではと不安が募る▼県も少子化対策に本腰を入れている。若者定住はもとより、結婚支援にも力を入れるなど危機感がにじむ。だが「2013年の出生数8千人」という目標達成は厳しい。10年は初めて7千人を割った▼少子化を防ぐ妙案はないものか。湯沢市で先日講演した内閣府の村木厚子さんは、将来の人口構造を「変えられる未来」と話していた。将来、社会を支える側になる大半はまだ生まれてもいない。だから取り組み次第で推計は修正可能だ—と▼上桧木内の男性はこうも言う。「担い手が減れば夏から紙風船作りを始めないと間に合わないかもしれない」。人口推計は、対策を急げという警告だと受け止めたい。間に合うように今から社会全体で取り組めば、未来はきっと変えられるはずだ。
6.「談話室」【山形新聞】 ▼▽強い寒波が次々日本列島を襲い、日本海沿岸地域に大雪をもたらしている。過去最高積雪深を記録する地域があり、雪処理に伴う死傷者も全国で1100人を超え、県内も昨冬を上回った。生活全般に影響が出ている。▼▽通勤や通学、買い物…。先月末から続いているせいか、心身の疲れを訴える人も増えている。日本ばかりか、ヨーロッパでも東部から西部にかけて寒波が広がって死傷者が続出。日欧を襲っている寒波の発生地は極寒のシベリアで、偏西風の蛇行の変化が流れを変えている。▼▽この寒気に水蒸気と熱を供給している日本海も連日大荒れ。漁船が出漁できず本県の寒ダラ漁や北陸などの寒ブリ漁の水揚げが激減している。本県のマダラは例年の3分の1、ブリは半分程度らしい。冬を代表する味覚のズワイガニも同じ傾向とか。原因は荒天に行き着く。
7.「風土計」【岩手日報】 2012.2.10宮沢賢治の童話「水仙月の四日」は、何月を指すのだろう。研究者を悩ませてきたテーマだ。宮沢賢治記念館によると、4月説が有力だが、3月、2月説もある▼北国の住人としては、水仙月は今ごろのような気がしてならない。立春を迎えて一時緩んだ寒さが再び戻ってきた。行きつ戻りつしながら季節が足踏みする。この童話に、そんな「春の予感」を感じるからだ▼物語では「雪童子(わらす)」「雪婆(ば)んご」「雪狼(オイノ)」による冬の演出が幻想的につづられる。注目したいのは雪童子が叫ぶ言葉。「もう水仙が咲き出すぞ」。内陸では4月ごろにならないと咲かないが、岩手は広い。気仙地方からは早くも開花の便りが届いた▼吹雪に巻かれた子にかける声も既に冬ではない。「きょうはそんなに寒くない」。一晩中、雪を降らせた雪童子たちは最後に言う。「今年じゅうに、もう二へんぐらいのものだろう」。明らかに季節の変化を示している▼今年はいつにもまして春が待ち遠しい。厳しい冬に耐えている被災者はなおさらだろう。きょう復興庁がスタート。季節を追い越すほどのスピードで、これまでの遅れを取り戻してほしい。復興のつち音が何よりの春風になる▼水仙の別名は「雪中花」。雪が残る被災地にも、新たな古里の再建という大輪の花を咲かせたい。
8.「あぶくま抄」【福島民報】 たたえられるのは金銀銅に輝くメダルを受ける選手ばかりではない。4位以下の選手にリボンを贈る。きょう10日に開幕する「スペシャルオリンピックス(SO)福島大会」だ。参加することに意義のある五輪精神を受け継ぐ。会場となる郡山市と猪苗代町に全国から選手約900人が集う。2倍以上に当たる約2300人がボランティアとして関わる。スキー会場のネット張りや除雪、駐車場の整理…。役割は多岐にわたる。選手団の宿舎でも活躍する。荷物運びやロビーに表示板を設置するなど、あらゆる手助けをこなす。郡山市のある企業は社員50人が参加する。震災の発生直後も多くの社員がいわき市や南相馬市で、がれきの撤去や泥だらけになったアルバムの修復作業をした。SO開幕日は平日のため、会社が設けたボランティア休暇制度を利用する。経験は仕事をする上での自信につながっているという。震災後、避難所や仮設住宅にボランティアが県内外から訪れた。いざ自分の身に置き換えてみると、行動に移せるかどうか心もとない。勇気を持って大会成功のために黙々と作業に当たるボランティアには、どんな色のメダルやリボンを贈ろうか。
9.「編集日記」【福島民友新聞】 古代ギリシャで行われていたオリンピック競技では勝利者をたたえる歌が作られていたという。祝勝歌だ▼ある歌の一部はこんな内容になっている。「…わが心よ、競技を歌わんと欲すれば、ただひとりかがやきわたる太陽よりも、さらにかがやかしきものを求むるなかれ、…オリンピュアよりさらに貴き競技はなし」(高津春繁・訳「少年少女新世界文学全集」講談社)▼力比べは主神ゼウスにささげた祭典だったが、競技を通じた相互理解と友情の促進、平和な世界の建設を掲げて近代五輪は復興された。その精神は一人一人の尊厳を守りながら共に生きられる社会をつくっていくことにあるといえるだろう▼県内初めての開催となる「スペシャルオリンピックス(SO)日本冬季ナショナルゲーム・福島」が今日開幕する。知的発達障害のある人たちが五輪種目に準じた競技を行う冬の祭典。900人の選手が参加する▼競技会は普段のトレーニングの成果を発表する大切な場でもある。競技能力が同じ程度の選手同士が競えるように独自のルールが設けられる。棄権などがなければ、選手全員が決勝の晴れ舞台に臨むこともできる▼開催地の人々や多くのボランティアたちが大会を支える。貴重な体験をみんなで共有したい。自らの可能性に挑戦する勇気と努力が私たちを力づけてくれるだろう。
10.「雷鳴抄」【下野新聞】 大相撲には三賞というのがある。横綱、大関以外で優秀な成績を挙げた幕内力士に与えられる。殊勲賞、敢闘賞、技能賞である。受賞は大変な名誉であり、次への励みになるという▼先月の初場所は殊勲賞を鶴竜、敢闘賞を臥牙丸、技能賞を妙義龍が獲得している。新年度予算案を発表する記者会見で、その出来栄えについて自己採点を求められた福田富一知事は「大相撲でいえば技能賞に値するだろう」と自賛した▼大相撲の技能賞妙義龍は入幕2場所目だったが、基本に忠実な押し相撲が光る取り組みで、成績は9勝6敗だった▼相撲と予算案を重ねるのは難しいが、本県の場合、この時期の新年度予算案の基本は震災対策であろう。しかし、一方には財政健全化という以前からの至上命令がある。知事は「その両立を図ることができた」と予算編成の“技能”に胸を張った。ただ、その前に「点数をつけるのは県民の皆さん」と言っておくことも忘れなかった▼福田知事は今年12月に2期目の任期満了を迎える。つまり知事選の年である。「各面に目配りした結果を県民の皆さんにみせることができた」とも強調したが、その通りかどうかも、県民が判断を下すことになる▼しかし対抗馬姿が見えないのは寂しい。相撲ファンに不戦勝はつまらない。
11.「いばらき春秋」【茨城新聞】 厳しい寒さだ。日本海側などでは記録的な豪雪が続き、県内も連日の低温と例年になく冷え込んでいる。それでも次の季節を感じさせる出来事や行事が相次ぐようになった早咲きの梅の一部がほころび始めた偕楽園。その偕楽園の好文亭が復旧し公開が始まった。大震災での被害から11カ月ぶりはがれ落ちたり、ひびが入ったりした壁の修復は全体の4割にわたったという。ちょうど去年の梅まつり開催中の被災。18日からの今年の会期に間に合ってよかったひなまつりの便りも届き始めた。歴史的な町並みが魅力の桜川の真壁のひなまつり。ここでは多くの登録文化財が被災した。開幕の知らせは復興への意欲と希望の知らせのようだ隣県では、いわきのスパリゾートハワイアンズが全面再開した。被災を乗り越えての再出発。フラダンスのリズムに乗って次のステージへ。新たな一歩を刻む音が聞こえてくるじっと耐え身も心も閉じこもりたくなるような寒さ。それだけに本格的な春の到来が待ち遠しい。そして、この春が希望に満ちた再興のときになると信じる気持ちが強くなる。各地からの復興の便りがそう予感させてくれる。(俊)
12.「三山春秋」【上毛新聞】 ▼ニュージーランドといえば、多数の日本人留学生も犠牲となった昨年2月の大規模地震が思い浮かぶが、10日ほど前、この国で起きた中国の企業グループによる牧場買収の話を外電が伝えていた▼牧場は総面積約8千ヘクタール、2万5千頭の乳牛を飼育できる。政府が買収を承認したところ、乳業を主要な産業とするこの国の農業団体や野党などが猛反発。「中国による植民地化」につながると、政府への批判を強めているという▼外国資本による買収が生みだした摩擦の一つだが、日本でも外資による森林買収が相次ぐ中、乱開発などで水源地が損なわれないよう保全する動きが活発化してきた。埼玉県では近く開会する県議会に水源地保全条例案を提出する▼所有者に売買の取引相手などを事前に届け出るよう義務付けるもので、事前に把握することで利用目的や水源地への影響などを調査し、不適切と判断すれば、所有者に助言する▼林野庁によると、2006〜10年に外資や外国人が取得した森林は北海道や山形など5道県で計約620ヘクタール。水資源保全の動きは国レベルでも進んでおり、民主党は今国会に「水循環基本法案」を議員立法で提出する方針だ▼本県も条例案制定に向けて動きだした。「水紛争の世紀」と予測される21世紀。“首都圏の水がめ”として手をこまぬいてはいられない。
14.「忙人寸語」【千葉日報】 ▼休日の買い出しでディスカウントストアへ出掛けると、真っ先に向かうのはミネラルウオーター売り場。2リットルのペットボトル6本入りの箱をカートに積む▼4人家族のわが家では大震災以降、数日分の非常食とともに、ミネラルウオーター3箱を備蓄するよう心がけている。非常時に必要な飲料水は1日1人3リットルが目安とされる。3箱あれば3日は持ちこたえられる計算だ▼日々の暮らし、農業をはじめとする産業活動に水は欠かせない。世界的に見れば日本は水資源に恵まれているものの、今新たな問題が持ち上がっている。外国資本による森林買収が各地で相次ぎ、乱開発などに伴う水源地の荒廃や喪失が懸念されている▼林野庁によると、2006〜10年に外国人が取得した森林は北海道、山形、神奈川、長野、兵庫の5道県で計約620ヘクタール。機先を制するため、埼玉県は2月定例県議会に所有者に森林売買の取引相手を事前に届け出るよう義務付ける「水源地保全条例案」を提出する▼北海道や群馬県も同様の条例制定を検討している。久留里(君津市)をはじめ、各地に名水や湧き水がある本県は大丈夫なのだろうか。買収されてからでは遅い▼首都圏に近い本県の森林は、外国資本が入らなくても手入れ不足や残土などの“捨て場”として危機的状況にある。上田清埼玉県知事の「森林は県民共有の財産」という言葉は重い。ツイート
15.「照明灯」【神奈川新聞】 手塚治虫さんが医者にならずに漫画家の道を選んだ話ならよく知られている。大学病院に勤めていたころ、鍵を掛けた宿直室にしばしば当直の看護師を引き入れ、漫画を描く手伝いをさせていた。それがあらぬうわさを呼び、教授から「頼むから医者にならないでくれ」と懇請されたこともあったらしい▼しかし、意外にも、代表作と世間で受け止められている作品「鉄腕アトム」には複雑な思いを抱いていたようだ。講演録「ぼくのマンガ人生」(岩波新書)に「未来は技術革新によって幸福を生むというようなビジョンを持っているようにみられ、たいへん迷惑しています」とある▼「鉄腕—」もよく読んでもらえれば、科学技術は人間性を損なったり、暴走する技術は社会に大きな矛盾を引き起こすと説いているのがお分かりいただけるはず、と。医学を学んだ経験が生命の尊厳に気づかせてくれ、それが作品群の背骨になった▼未曽有の厄災は人間が制御しかねる原発の実相を浮かび上がらせた。福島第1原発2号機の原子炉で圧力容器内の温度が原因不明のまま上昇し、監視が続けられている▼手塚さんは原発事故をどう語っただろう。かなわぬとは知りながらも、聞いてみたい。亡くなって、きょう9日で23年になる。
18.「斜面」【信濃毎日新聞】 「科」のつく地名が、長野県に多いのはなぜ?先ごろ再会した県外の知人に、あらたまって聞かれた。満足に答えられず、ばつの悪い思いをした。埴科、明科、蓼科…。思いつくままに挙げても確かに多い◆長野県も明治までは「シナノノクニ」と呼ばれ、古くは「科野国」とも書かれた。地理学者市川健夫さんの「信州学大全」にある。「科」には坂道、階段などの意味があり、坂のある土地が語源との説がある。シナノキが多く自生していたという説もある◆安曇野市豊科。これも「科」のつく地名の一つと思っていた。実は明治の初めに合併で誕生した新しい村につけられた合成の名称なのだという。信濃史学会会員で旧豊科町郷土博物館長を務めた高原正文さんに教えていただいた。旧村名の鳥羽のト、吉野のヨ、新田のシ、成相のナをとってトヨシナである◆発案したのは藤森桂谷(1835〜1905)。教育者、文人画家として知られ、自由民権運動にも携わった。頭文字を仲良く並べ、豊かな地に—との願いが感じ取れる命名だと高原さん。遊び心と機知に富んだ桂谷らしいと話す◆「豊科」の名を冠した長野道のインターチェンジが「安曇野」に変わる。NHKの連続テレビ小説の舞台にもなった地を全国にアピールする狙いとか。安曇の地名は奈良時代にまでさかのぼる。その語源は?と新たな関心を呼びそうだ。
19.「日報抄」【新潟日報】 愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、ハワイ沖で米原子力潜水艦に衝突され、沈没してからきょうで11年だ。実習生ら9人が亡くなった痛ましい事故をご記憶の方も多いだろう▼原潜は緊急浮上の訓練中だった。最新鋭艦である。頭上の実習船をなぜ察知できないのか、解せなかった。事故時、客として乗っていた民間人が操舵(そうだ)席の一つに座り、かじを握っていたことが判明した。装備は最高でも、モラルは最低だった▼遺族や関係者の怒りは今も収まるまい。犠牲者を悼み、悲劇を繰り返させまいと、2月10日は「海の安全祈念日」となった。全国水産高等学校長協会が、2003年に制定したものだ▼新潟東港であわや大惨事の船舶衝突事故が起き、貨物船が沈没した。港内とはいえ、真冬の海である。乗組員17人のうち2人が軽いけがをしただけで済み、胸をなで下ろした。原因究明はこれからだ。新潟海上保安部に逮捕された両船長は、事実をきちんと話さねばならない。それが、再発防止のための船乗りの責任といえよう▼11年に国の運輸安全委員会が調査した船舶同士の衝突は254件、単独で堤防などにぶつかった事故は132件、死傷者は132人に上る。10年に比べ、やや減ってはいるものの、海の安全を守るのは容易でないことを物語る数字だ▼7月の第3月曜日「海の日」は、海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う記念日として定着しつつあるが、きょうという日も忘れずにおきたい。安全は日々心掛けなければならないのは、もちろんだが。新潟日報2012年2月10日
20.「中日春秋」【中日新聞】 読売新聞グループ本社の会長・主筆である渡辺恒雄氏が激怒している。反旗を翻した前巨人軍代表との裁判ではない。TBS系ドラマ「運命の人」に、である▼渡辺氏がモデルとおぼしき政治記者は「ゆすりたかりの悪徳記者」に描かれているという。怒りたくなるのは分かるが、主人公のモデルにされた元毎日新聞政治部記者の西山太吉氏に「ワビを入れろ」とは筋違いだろう▼本木雅弘さんが主役を演じるドラマは、視聴率こそ低迷しているものの興味深い。今週は、沖縄返還をめぐる密約疑惑を追及していた本木さんが国家公務員法(守秘義務)違反の共犯容疑で逮捕される場面だった▼マスメディアは当時、こぞって政府を批判し、「知る権利」を守るキャンペーンを張ったが、「情を通じて」という起訴状で、男女スキャンダルにすり替わり、密約の追及はうやむやになる。そんな状況も再現されるようだ▼その西山さんは一昨日、一九八〇年代に廃案となった国家秘密(スパイ防止)法案の改悪版といわれる秘密保全法案に反対する集会で「秘密保全法がつくられれば何でも隠せるようになる」と声を上げていた▼何が特別秘密かを決めるのは行政だ。刑罰は国家公務員法より重く、秘密は恣意(しい)的に設定される恐れがある。重要な会議の議事録も残さない政府に、劇薬のような法律をつくる資格があるのだろうか。
21.「大観小観」【伊勢新聞】 ▼おっ、防衛相に、と思ったら、一字違いの防災相だった。一カ月前の改造内閣で、文科相をわずか四カ月で退任したばかりの中川正春氏の異例の再入閣▼一緒に交代した閣僚が参院の問責決議や秘書の有罪判決など、問題が指摘された中でただ一人、失点がなかった。この際、連日よたよた答弁で野党の集中砲火を浴びる田中直紀防衛相との交代ならおもしろかったし、復権にもなった気がするが、野田佳彦首相にそれほどのしゃれっ気も、配慮もなかったようだ▼中川氏は一昨年、民主党の外交・安全保障調査会の会長を務め、「武器輸出3原則」緩和方針を党に報告している。憲法九条の解釈を「知らない」と答えた田中防衛相よりはるかに外交・防衛通だろうし、政権の方針を明確にする人事ともいえ、藤村修官房長官の「何でもできる人。適材」の選任理由の説明も額面通り受け止められたに違いない▼防災相は復興庁発足で増員となったポスト。新設の「復興相」は平野達男復興対策担当相の横すべりで、兼務だった防災担当相を受け持つというのでは「温情人事」の見方を吹き飛ばせるかどうか。岡田克也副総理が兼ねる少子化対策、男女共同参画も担当する。先の交代は岡田副総理入閣の影響といううわさも引きずる気がして、気の毒▼そんな勘繰りは中川氏の意に介するところではあるまい。文科相として、東日本大震災後の学校の防災教育や震災対応を手掛けている。防災相としても考え方に変わりはなし。東南海大震災などの備えにも期待したい。不穏な政局。再び在任数カ月とならぬことを祈りつつ。
22.「大自在」【静岡新聞】 ビスマルクといえば「鉄血宰相」と世界史で覚えたのはもう40年以上も前になる。受験戦争の残滓(ざんし)だろう。そのビスマルクの肉声を録音した蓄音機が米国で見つかったそうだ▼威厳に満ちたひげの顔は、既に歴史上の人物の感覚しかなく、声が聞けるとは驚きだった。ずいぶん昔の歴史がぐっと近くなった気分だ。関東大震災のとき、内務相兼帝都復興院総裁を務めた後藤新平(1857〜1929年)に、こんな言葉がある▼「ビスマルクはかく言えり、『一に金、二に金、三に金』と。我は言う、『一に人、二に人、三に人』と」。鉄血宰相の人となりは寡聞にして知らないが、後藤が土木や都市計画などの専門家を積極的に登用して復興に尽力したことは知られる▼震災で破壊された横浜港のふ頭部分に、町に山積みされたがれきを埋め立て、公園のスペースを造った。今や横浜のシンボルになっている山下公園だ。隅田川の橋も、木製で焼け落ち多くの人命が失われたことから鉄の橋を造り、今も使われている(後藤新平の「仕事」藤原書店)▼東日本大震災からの復興を担当する政府の復興庁がきょう発足する。自治体が申請した復興交付金や特区を認定し、高台などへの集団移転やまちづくり再生、農林水産など地場産業の復活を目指す▼震災後、政府の対応はがれき処理一つ取っても遅れている。被災者が二重ローン問題などで役所をたらい回しされた現実がある。まずは現場に判断できる権限を持たせ、そしてやはり後藤の言うように「一に人、二に人、三に人」だろう。
23.「分水嶺」【岐阜新聞】 ルーマニアのマンホールチルドレンが、寝床に敷いていた段ボールを自慢げに見せた。そこには「SONY」の文字。少年いわく「どうだい、僕のベッドはソニー製さ。凄(すご)いだろう」。▼ノンフィクション作家の早坂隆さんが、かつてルーマニアに住んでいたときの話。テレビやオーディオ、冷蔵庫など日本の家電製品は、かの地では先端技術が詰まったあこがれの高級品。▼その代表格のソニーをはじめ、パナソニック、シャープが大幅な赤字を予想するなど国内電機大手の3月期決算は軒並み減益の見込み。日本経済を引っ張ってきた電機メーカーが土俵際に追い込まれたようだ。▼円高、タイ洪水などが影響しているが、業績不振の主因とされているのがテレビ事業。日本のモノづくりの技術を凝縮し、稼ぎ頭だったテレビ生産が今や「お荷物」となってしまったのだ。▼韓国メーカーの攻勢にさらされ、防戦一方。おまけに価格の下落は止まらない。手詰まりの中、日立はテレビの自社生産から撤退。岐阜工場(美濃加茂市)での組み立てを打ち切る。幸い工場は存続させるというが、残念との声も。▼真空管が並び、厚いブラウン管だったころ、映りが悪くなるとたたけば直った国産テレビ。「メード・イン・ジャパン」の輝きが消えるのは何とも寂しい。
25.「時鐘」【北國新聞】 殺人事件(さつじんじけん)の真相(しんそう)を追求(ついきゅう)する法廷(ほうてい)が、ドラマのようだと言われることがある。が、それを目(ま)の当(あ)たりにするのはつらい証言(しょうげん)が意外性(いがいせい)に満(み)ちれば満ちるほど、奪(うば)われた命の尊厳(そんげん)が失(うしな)われていく。金沢の女性殺害事件初公判(はつこうはん)で被告(ひこく)は犯行を全面否定(ひてい)したうえ、弁護側(べんごがわ)は「X」や「Y」なる第三者にはめられたとした。「まるで推理小説(すいりしょうせつ)だ」の声が聞こえた犯人に仕立(した)てられたり、だれかをかばうために自分が犯人になる筋(すじ)はよくあるパターンだ。超ベストセラー「容疑者(ようぎしゃ)Xの献身(けんしん)」がそうだし、本紙こども新聞の「心霊探偵(しんれいたんてい)・八雲(やくも)」もそれに近い。だが、現実の事件はロマンでなく悲惨(ひさん)だ決定的な証拠(しょうこ)がなく本人が否認(ひにん)している事件は、さいたま地裁でも進行中である。男性連続死(れんぞくし)の状況証拠(じょうきょうしょうこ)は黒に近い。かつての和歌山毒(どく)カレー事件は裁判員(さいばんいん)裁判の導入以前(どうにゅういぜん)だったが、本人否認のまま死刑判決が確定(かくてい)した真相はひとつしかない。その一方で「疑わしきは罰(ばっ)せず」との法の限界が市民裁判員らの頭をよぎる。被告と遺族(いぞく)と裁判員の長くつらい日々が続くのである。人が人を裁(さば)く難(むずか)しさを思う。
26.「越山若水」【福井新聞】 一冊の本が届いた。「短歌で読む昭和感情史」(平凡社新書)というタイトル。送り主は著者の菅野匡夫さんで「昭和萬葉集」(講談社)を編さんした人でもある▼副題に「日本人は戦争をどう生きたのか」とあるように、太平洋戦争という激動の時代に、人々が短歌に託した心の叫びや悲しみ、家族愛などを読み解いている▼心に触れた数首を書中に拾う。「悲しくも火に囲まれし人人や駈け来(く)駈け行く駈け駈け回る都筑省吾」。空襲の猛火に逃げ場を失い右往左往するばかりの人たち▼「かぎりなき瓦礫(がれき)ひろがる焼原のその片空をはける紅磯江朝子」。廃虚の街と夕日の対比。「村人の富士が痩(や)せしと言ふ言葉身にしみて足柄峠を下る海老沢欽三」。国敗れて山河まで痩せて見える▼戦災という状況下で詠まれた歌ではあるが、津波に街をのみ込まれ、放射能汚染で避難を強いられた東日本大震災の惨劇と重なる。あの日からほぼ11カ月、一周年も間近い▼震災からの復興施策を担う復興庁がきょう発足した。ようやくの感も強いが、来月には交付金の配分も始まる。被災地の未来を切り開く第一歩である▼「立ちかへる御国(みくに)の春を疑はず七夜(ななや)を泣きて心定(さだま)る四賀光子」。作者は気丈に構えるが、被災者も故郷の一刻も早い再興を願っている。そうあってほしいと強く念じている。その思いは復興庁に託されている。
27.「凡語」【京都新聞】 江戸の大相撲で活躍した谷風(1750—95年)は古今無双の大横綱だ。5年間で63連勝し、ライバル小野川に敗れると江戸中が大騒ぎになったという▼身長188センチ、体重160キロの巨漢。「土俵上でわしを倒すのは無理。わしが横になっているところを見たければ風邪をひいた時に来い」と豪語した。当時の庶民らは、はやり風邪を「たにかぜ」と呼んで恐れたそうだ▼その谷風、今度は35連勝中に病に伏せ、現役のまま亡くなってしまう。土俵の外で巨体を倒したのは、谷風が言っていた普通の風邪ではなかった。「御猪狩風(おいかりかぜ)」と呼ばれ、江戸で大流行していたインフルエンザだったとみられている(高橋義孝監修「大相撲の事典」)▼風邪と軽いインフルエンザは見分けがつけにくい。風邪症状の鼻水やくしゃみ、せきだけでなく、インフルエンザは高熱、痛み、だるさなど全身に症状が出て、肺炎などを起こせば谷風も倒す。幼児の急性脳症も心配だ▼いま全国でインフルエンザが猛威を振るっており、京都や滋賀でも警報が出ている。5年ぶり流行のA香港型で、前にできた免疫は弱まっているだろうから要注意。具合が悪いと感じたら、さっさと医師に診てもらおう▼谷風は知・仁・勇の徳を備え、土俵では「待った」をしなかったそうだ。そんな横綱だから、高熱を押して土俵に上がったかもしれない。今の世なら風邪とインフルエンザは違うよと教えてあげるのに。
28.「正平調」【神戸新聞】 「雪よ岩よわれらが宿り…」。雪山讃歌の歌詞は誰もが口ずさむ。作詞は京大教授を務めた化学者の西堀栄三郎さんである。登山家としても知られ、雪で足止めを食った際に書き上げたという◆西堀さんが南極の地を踏んだのは、55年前の今ごろだ。南極地域観測隊の第1次越冬隊長として1年間滞在した。日本隊が初めて臨んだ極地の冬は、全てが未知の世界だった。その体験を「南極越冬記」(岩波新書)に書き残している◆「とにかく生きて帰れるかどうか」。冬山の経験があり「困窮欠乏に耐え得る」11人が選ばれたが、機材の故障が続く。雪嵐で遭難の危機にも直面した。助けを求めようにも、当時は電信か無線以外に情報発信の手段がなかった◆その南極から、豊岡市職員の宮下泰尚さん(43)が写真やメールをネットで日本に送ってくる。第53次観測隊に参加しており、地元の植村直己冒険館がブログや小中学生向け新聞の形で紹介している◆自治体職員の観測隊入りは県内で初めてだ。ごみ関係の業務経験を買われ、環境保全を担当する。「夢がかなった」という宮下さんから最近、南極の夕焼けの風景が届いた◆南極はこれから冬場を迎える。かつてほどの危険はなくても、今年は南極でも雪が多いそうだ。準備不足の冒険は自然の報いを受けると、西堀さんは書いている。南極便りは楽しみだが、どうか気を付けて。春を待つ兵庫から越冬の無事を祈る。
29.「国原譜」【奈良新聞】 東京—大阪間の新しい大動脈となるリニア中央新幹線。名古屋以東の建設が動き出したことで、名古屋以西の中間駅についても注目度が高まった。ただ、当初から「奈良市付近」とされてきた中間駅の場所について、あちらこちらから急に具体的な話が聞こえてきたことには、やはり違和感を抱く。荒井正吾知事が言うように「急にあっちだ、こっちだとバタバタと」決められるはずがないのだ。とりわけ、京都側の唐突とも見える動きには、大人げなささえ感じる。余計な綱引きをしていると「開業がまた遅れるんじゃないかと心配」(荒井知事)になるのは、わが県民も同じ思いだろう。こんな時こそ「関西は一つ一つ」と言われないよう結束すべきだ。かつて京都の財界人を取材した時に感じたのは「京都人は損得・利害に敏感」ということ。独特の突き放したような感性があり、冷たいとも思った。ここで奈良の方が優れていると言いたいのだが、前議長の起訴まで至った奈良市議会の現状では気持ちも萎える。さらに真相解明を進め、誇りのもてる奈良市の構築をまず求めたい。(北)
30.「水鉄砲」【紀伊民報】 太平洋戦争中、衛生兵として中国東北部などを転戦した父は生前「兵隊さんに守ってもらおうと思うのは間違いだ」という意味のことを話していた。▼「国民を守るのが軍隊ではないのか」と思いながら聞いていたが、最近「ニッチ」(批評社)に掲載された副田護氏の「ある参謀将校の独白」という文章を読んで、やっぱりそうだったのか、と衝撃を受けた。▼そこには1995年、元大本営陸軍部参謀将校から聞いたとして「軍隊は国家防衛を第一とします。有事の際、守るべきは国家であって国民ではないのです。国家と国民の二者択一となれば、軍隊は必ず国家を選ぶ」という言葉が紹介されていた。▼陸大52期トップ入学のエリートである彼がいうには、ソ連の突然の参戦で日本軍が一部の守備兵を残して撤退、満州の居留民が見捨てられて多くの残留孤児が生まれたことも、沖縄戦で民間人が戦闘に巻き込まれ、多くの戦死者を出したのも、軍隊という組織から見れば、当然のことだった。▼そして、これはどの国の軍隊にも共通する認識であり、それを理解した上で「有事の際、軍隊が国民を守ってくれるというのは幻想です。幻想と理解した上で再軍備が必要か否かを考えてください」と述べたという。▼考え込んでしまった。北朝鮮や中国軍の最近の動きを見れば、日本にもそれなりの防衛策は必要だろう。だが、彼の語る軍隊の本質を考えると、ことはあまりにも悩ましい。(翠)
32.「天風録」【中国新聞】 高校の部活動としては西日本で最も早かったという。府中市の府中高で1960年、交響楽団が産声を上げた。ブラスバンドが一般的な当時、演奏が難しいバイオリンやチェロを加える発想はさぞ斬新だったに違いない▲タクトを振るったのは広島大を卒業して赴任したばかりの音楽教諭、早志幸是さんだ。情熱あふれ、なおかつ繊細な指導で、最初はちぐはぐだったハーモニーを次第に調えていく▲中学で親しんだ管楽器から、弦を弾く弓へと持ち替えた部員もいたらしい。夏休みの特訓を休むと電報で呼び出された。初心者ばかりでも、地方では調達が難しかったビオラ抜きでも聴き劣りしないようにと、早志さんは編曲にも腐心した▲スクールオーケストラの初舞台は早くもその年の夏だった。背筋を伸ばした制服姿がステージに映えた。当初は大学生や市民に応援演奏を頼んだが、程なく独り歩きを始める。納涼のコンサートとして定着した。多くのプロ奏者が巣立っていった▲早志さんが昨年2月、74歳で他界したことを知った教え子たち。一周忌となる12日、お別れ演奏会を市内で開く。空高く届けと、情熱と哀悼の和音が響き渡ることだろう。
35.「海潮音」【日本海新聞】 兵庫県但馬地方にゆかりのある人で組織する「鳥取但馬会」はことし85年目を迎えた。先日開かれた総会で、第10代会長に鳥取信用金庫理事長の藤本英興氏(兵庫県新温泉町浜坂)が就任し、新たな歴史を刻むことになった◆鳥取市や岩美町と但馬の新温泉町、香美町などは通勤通学、買い物、レジャーなどで常に行き来があり、県は違えど生活圏、経済圏を共にしている。婚姻関係も深く、鳥取但馬会の会員は但馬出身者の二世が増えつつあるという◆近年、因幡と但馬の連携は飛躍的に進んでいる。山陰海岸ジオパークの世界認定をはじめ、自動車専用道路の整備や新余部橋りょうによる鉄道網の整備など因幡と但馬の関係はレベルの高い段階に入ったといえよう◆鳥取但馬会の会長を10年務めた今井陸雄氏(大山日ノ丸証券会長)は会報の新年あいさつで「もはや従来の『交流』を通り越して『一体化』の必要な時期。中海圏のような『因幡但馬圏』を目指し、経済の活性化、観光客の誘致を一層促進すべき時」と提言した◆鳥取、兵庫県境にそびえる氷ノ山や扇ノ山はブナ原生林など貴重な自然が残る因幡と但馬共有の財産である。両地域が一体となって全国にアピールすれば、新たな魅力が生まれるはずだ。
36.「明窓」【山陰中央新報】 県や市町村など地方自治体は住民生活と深く結びついた仕事を担うが、その分域外のことには無関心で敵対心さえ抱くこともある。山陰両県もつい最近まで県境の高い壁があった▼例えば、観光パンフレットに隣県の紹介はない。鳥取県西部の経済関係者の会合で、県の観光資料に皆生温泉(米子市)の旅館経営者が「宿泊者は出雲大社や古代出雲歴史博物館を訪れる。観光に県境はない」と指摘した▼山陰の知名度が東北や四国、九州と比べて劣るのは、それでなくても少ない予算なのに、各自治体がばらばらにPRしていたことが大いに影響していると思う。米子、境港、松江、安来の4市でつくる中海市長会が、先ごろ米子市で観光シンポジウムを開いた。県境や各市の枠を超えた観光振興を連携して進めようと、課題や連携策などを話し合った▼出雲大社の遷宮や漫画家・水木しげるさんの「ゲゲゲ」ブームなどで山陰は注目を集めている。今年は島根県が古事記1300年「神話博しまね」、鳥取県が「国際まんが博」と話題性のある企画を組む。山陰をアピールする好機だ▼山陰は知名度が低く、残念ながら周回遅れのランナー。知名度がないことが逆に新鮮に映っているかもしれないが、そんなことに甘えていられない▼中海市長会のシンポジウムでは神話や食、観光拠点を連携して魅力発信する方針で一致した。市長会には4月から出雲市が加わる。山陰ど真ん中の自治体連合として、より積極的な行動で、山陰全体を引っ張ってほしい。(土)
33.「四季風」【山口新聞】 わが家の金魚が冬眠中だ。5年前に夜店ですくったのがみるみる大きくなり、いまや体長15センチ以上。昨年暮れ以降、1時間に1、2回、姿勢を変えるのに動くだけ。水槽内で仰向(あおむ)けに寝たり、小石に身を預けたりのまま。金魚飼育のプロの話では明確な冬眠行動だそうだ▼真夜中の暗闇で水槽をのぞいたら4匹の金魚が体をぴたっと寄せ合い、こちらを向いていた。じーっとしたまま。何気なく飼っている金魚が急にいとおしくなる。静かに眠っていなさいと声をかけながら、ふっと、室生犀星の『蜜のあはれ』を思い出した▼自分のことを「あたい」と言う若い女性と老作家の会話だけで構成される短編だ。小生意気だけどみずみずしい魅力を振りまく女性が、実は金魚。庭の池で金魚として話す一方で、気が向けば美しい女性に変身して外出したりする▼非現実的ながらも、そこに「命」を見いだしていく夢想の世界が、そういえばドジョウもこの時季は「冬眠」ではないかと語りかける。なるほど、「ドジョウ内閣」にも妙な方向にばかり舵(かじ)を切り続けるくらいなら、いっそじっとしててもらったほうが日本のためになるのに…。いや、これは幻想の中の妄言である。お許しを。(佐)2012年2月10日(金)掲載戻る山口新聞ホームへ
34.「一日一言」【四国新聞】 〈色は匂へど散りぬるを〉で始まる、ご存じ、いろは歌。音の異なる四十七文字を一字の重複もなく詠み込んでいる。先月、平仮名のいろは歌が書かれた最古の土器片が三重県で見つかり話題になった。平安後期の女官が手習いに使ったらしい。子どもの頃、「いろは歌は弘法大師の作」と祖母から教わり、学校でもそう習った覚えがある。三つ子の魂よろしく、最近まで空海作と信じていたのだが、研究者の間では疑問視されていると、小松英雄筑波大名誉教授の著書「いろはうた」で知った。空海以降の成立で、作者は不詳という。空海説が流布してきた理由について小松氏が挙げるのは〈仏教的な悟りの境地を暗示〉〈極端な用字上の制約のもとに、これほどすぐれた内容を巧みによみこめる天才は空海以外に考えにくい〉など。数ある大師伝説の一つとの見方だ。いろは歌には歴史好きをくすぐる挿話が多い。たとえば7字ずつ並べ、各行末尾の字をたどると〈とが(咎)なくてし(死)す〉。罪科なく清らかに死ぬという仏教の理想的境地を表現しているという。後に、竹田出雲が浄瑠璃の外題を「仮名手本忠臣蔵」としたのは、いろは四十七字と四十七士を掛け、咎なくして罪を受けた浪士たちへの共感を込めたとの説も。小松氏はこうした字の配列も偶然の所産と論断しているが、単なる暗合にしては、できすぎの感がぬぐえない。偏狭な郷党意識と叱られようと、いろは歌は讃岐が生んだ知の巨人の傑作と思いたい。(L)
37.「地軸」【愛媛新聞】 コンクリート舗装日ごろ自転車で車道通行していると、アスファルト路面の荒れにストレスを感じることが多い。特に道路端は凹凸が激しく、大小の亀裂が走るなど、傷みが目につく▲傷んだ路面からの突き上げでハンドルを取られ、ヒヤリとした経験も数知れず。そんなとき、避難する先はコンクリート製の側溝上。傾斜の危険もありお勧めできないが、滑らかな表面の心地よさを実感する機会ともなる▲国内でアスファルト舗装の道路が9割以上を占める中、セメント業界がコンクリート活用の働き掛けを強めているという。アスファルトの原料の原油が高騰しており、「今こそ国産材のセメントを使うコンクリート舗装を」と鼻息は荒い▲最大の長所は長持ちなこと。建設、維持管理のコストを長い目で見ればコンクリートに軍配が上がる。国土交通省が道路の維持補修費削減のため積極活用方針を示したのも、業界には心強い「お墨付き」となったようだ▲むろん、難点はある。工期が長く交通に支障が出やすい上、掘り返しにくいため地中工事が難しい。業界が力を入れる背景には公共事業削減の影響があり、きれい事だけで済む話でもなさそうだ▲それでも自転車道を整備する上で気に止めておきたい話題だ。互いの利点を生かし、アスファルトと使い分けできないものか。素人考えだが、どちらかに固めてしまう話でもないだろう。
38.「鳴潮」【徳島新聞】  フクロウは古代ギリシャの時代から「森の賢者」と呼ばれ、英知の象徴とされてきた。夜でも見えるといわれる鋭い目で周囲を睥睨(へいげい)する様子は、なるほど孤独な哲学者を思わせる 三好市井川町出身の画家・山下菊二(1919〜86年)は、そのフクロウを家の中でたくさん放し飼いにしていた。昌子夫人によると「キャンバスの上に止まって制作中の夫を眺めたり、描いたばかりの絵にふんをしたりしていた」というから、よほどの鳥好きだったのだろう 昨年、夫人から寄贈されていた山下の作品のうち約200点を並べた特集展が、県立近代美術館で開かれている(4月8日まで)。反戦・反差別の画家として生きた山下の世界が、ぐるりと一望できる構成だ 青年期に中国戦線に送られ、日本軍の残虐行為を目の当たりにした山下。自らも上官の命令で手を下さざるを得なかったことへの自責の念が、徹底した反戦・反差別へと向かわせた 亡霊になっても前進する兵士をシュールレアリスム(超現実主義)の手法で描いた「骨肉病んで」、徴兵を拒否した元プロボクサー、ムハマド・アリへの共感がにじむ作品…。昌子夫人によると山下は優しさと強さを併せ持つ人だった 写真に見る山下の目は、フクロウのように深く澄んで鋭い。それは戦後、一貫して戦争と差別の闇を見据え、告発し続けてきた人ならではの曇りのない目だ。
39.「小社会」【高知新聞】 明治の初め、土佐郡や吾川郡、高岡郡で「膏取(あぶらとり)一揆」と呼ばれる農民一揆が起きた。維新政府が徴兵準備のために進めた青年男子の調査と、「西洋人に売って膏をとる」といううわさが結び付いたのが原因とされる。徴兵令が制定されると、今度は反対する「血税一揆」が岡山や香川など各地に広がった。政府の告諭が徴兵を「血税」と呼び、「生き血で国に報じる」などとしたことが誤解を生んだようだ。これらの一揆の根っこには、政府の強引な政策への強い反発があったのだろう。広辞苑の血税の項には、まず「徴兵」、次に「血の出るような思いで納める苛酷な税」とある。税金はできるだけ少ない方がいい、と誰しも思うが、生き血を搾り取るような重さかどうかは受け止め方に左右される。スウェーデンのように税金や健康保険・年金の保険料の負担割合が高くても、それに見合う充実した社会保障制度があれば大きな文句は出ない。日本で「税金をとられる」感覚が根強いのは、無駄遣いの多さなど行政不信も関係していよう。政府、民主党がきょうにも新年金制度の「財政試算」を公表する。消費増税論議のさなかに40年以上先の増税話を出せば誤解を招くと、いったんはお蔵入りを決めていた。批判を浴びて渋々といったところだ。近代国家の仕組みについて、知識や理解が乏しかった明治の初めとは時代が異なる。国民をもっと信じないと。
40.「春秋」【西日本新聞】 中学2年の國井日南子さん(東京の学習院女子中等科)は、毎月5千円の小遣いで衣服など身の回りのものも賄っていた▼金銭感覚を養いなさいと両親が提案した。健全な収支明細と引き換えに翌月分をもらう。節約と夏休みなどに備えた貯金が必要と分かった。ほしいものができても財布は持たずに出かけ、本当にほしいかどうかを帰り道に考える▼金融広報中央委員会が中学生から募った第44回「お金の作文」コンクールに応募し、金融担当大臣賞に選ばれた。〈貯金も順調に増えつつあった1年後、私に事件がおきた〉と続く。ペット店で見た犬が好きになってしまったのだ▼英検2級に合格したら犬を飼うと両親と約束していたが、待てない。小遣い額を3千円にし、2千円を犬の世話に充てることなどを約束した。〈英検に合格してからならお小遣いを減らさずに犬は飼える。でもあの子犬を飼うことはできない〉。考えて決めた。飼ってよかったと思っている▼振り返って思う。〈物を買う前に、本当にこれは必要なものなのか考えるようになった。実はあまり必要でなかったりするとせっかくのお金も無駄になってしまう〉〈犬を飼うという選択をすることで、後悔しないお金の遣い方を初めて実感した〉▼金融広報中央委員会は政府や日銀とも協力しながら運営されている。事務局は日銀にある。國井さんの作文を永田町と霞が関で回覧板で回してはどうか。=2012/02/10付西日本新聞朝刊=
41.「くろしお」【宮崎日日新聞】 若者の間でよく使われるローマ字略語。KY(空気読めない)以外はなじみが薄いが、多くは自然に消滅するためだろう。社会的に問題になるほど氾濫しているとは思えない。だから知らなくても構わない。もともと親しい仲間内で通じる符丁だ。メールの早打ちには便利だろう。だが時と場合を考えず乱用すれば、排他的な感じを人に与える。政府が3月の自殺対策月間の標語として掲げた「あなたもGKB47宣言!」は物議を醸した。自殺対策に当たる医師らの取り組みを「ゲート・キーパー(GK)」と呼ぶ。B「ベーシック」は浸透を図る願いらしい。47は都道府県の数。人気アイドルグループAKB48をもじったが、「深刻な問題で不真面目だ」と多くの批判を浴びた。政府は別の標語に変えることを決め、作成していたポスターも廃棄するという。さすがに政府の担当者も気づかなかっただろうが、若者の間ではGKBは汚いものを指す別の略語でもあるらしい。悪気はなくても略語に別の意味があって誤解を招く可能性がある。略語の本場は米国だ。最近政府でささやかれているのが「普天間はFIF」。「フテンマ・イズ・フォーエバー」(普天間は永遠なり)らしい。沖縄県の米軍普天間飛行場は固定化する、という本音か。重要視している、という意味で誤解か。在日米軍再編計画の見直しでは、普天間は切り離して進めるという。沖縄では負担軽減になるという評価がある一方、普天間が取り残される警戒感が強い。日米両政府とも、沖縄に関してはKYを乱発するので、地元の声が伝わるか心配だ。
42.「水や空」【長崎新聞】 西九州自動車道の佐々−相浦中里間が開通して、一般道を利用するより9分短縮され、平戸市から佐世保市への重症患者の救急搬送に貢献しているという▲長崎河川国道事務所によると、開通5カ月の搬送件数は30件で、3・6日に1度使われたことになる。開通前は4・3日に1度。平戸市消防本部は「地域住民の命を救う道路として貢献している」と評価する▲「命の道」という考え方は従来あったが、公共事業を減らされたくない地方自治体や建設業界の論理として見られていた感がある。だが東日本大震災でそれは一変した▲「災害時の道路の役割は極めて重要」とは村井嘉浩宮城県知事の言葉だが、筆者も同県を訪ねた際、海沿いの高台を走る三陸自動車道が震災後、住民の徒歩避難路として機能したという地元の話を聞いた▲三陸道ではその後、沿線の病院に緊急時だけ接続する直行路を造ったり、人が道路に上がれるよう路肩の斜面に階段を設けるといった活用策が検討されているという。非常時の救急や避難、物資輸送を、道路の大切な機能と位置付ける考え方は市民権を得た▲本県では、九電玄海原発に近い松浦市の友広郁洋市長が「災害時の避難経路」としても西九州道の延伸実現を求める。一方、県と西九州高速道路会社は先月、防災面も盛り込んだ相互協力協定を結んだ。道路をどう働かせるか、が問われる時代になったようだ。(玲)
43.「有明抄」【佐賀新聞】 肥満者率は全国並み、野菜をあまり食べず、歩かない−。厚生労働省がまとめた国民健康・栄養調査が県民のそんな傾向を映し出した。生活習慣と健康の因果は深い。あなたのライフスタイルは?◆調査は毎年実施している。先の発表は過去5年間のデータを基に都道府県をランク付けしているのがミソだ。それによると、本県の成人男性の肥満者率は31・3%。全国平均とほぼ同率で20位。長寿県の沖縄(45・2%)がワースト1というのは意外だが◆少ないのは県民の野菜摂取量だ。男は1日当たり270グラムで44位、女は253グラムで43位。県が「健康アクション21」で掲げる350グラムの目標とは大きな開きがある。もう一つ再考を要するのが、毎日の歩数。男6249歩、女5897歩。平均を約千歩も下回っているのは、ドアからドアへの車利用のせいか◆逆に胸を張れそうなのは食塩摂取量。男10・9グラム、女9・3グラムは46位と44位。これは県の指標「男10グラム未満、女8グラム未満」に近い。俗に「関東の濃味、関西の薄味」というが、食塩摂取については“東高西低”が調査でも色濃く出ている◆バランスのとれた食生活と適度の運動は健康の基本。「分かっちゃいるけど…」が大方のご同輩の思いかもしれない。ただ自戒を込めて言えば、理解だけでは何も変わらないのが生活習慣である。(善)
44.「新生面」【熊本日日新聞】 「天草四郎陣中旗」が2年ぶりに公開されると聞いて、天草市の天草キリシタン館に足を運んだ。1637年から翌年の天草・島原の乱で一揆勢が持っていた旗である▼370年余の時を超えてきたものには、やはりそれなりの迫力があるものだ。刀や槍[やり]によるとされる表面の傷や穴、染みになって残った血痕。鈍い光沢を放つ絹地の旗は123日間の血塗られた攻防の証人でもある▼天草四郎を総大将に3万余の農民らが蜂起した背景には、キリスト教弾圧があった。だが、何よりの理由は過酷な税にあったとされる。幕府は九州の諸大名を動員し、ようやく一揆勢を鎮圧する▼四郎は今も天草の観光ポスターや「ゆるキャラ」となり、地元の人々に親しまれている。天草市の浜路一三[はまじいちぞう]さんが昨年出版した小説『天草独立戦記』(熊日出版)にも四郎という名の天才科学者が登場する。独自の科学技術、人材を育てた天草が日本から独立する。痛快なエンターテインメントだ▼実のところ、天草にはかつて「独立論」があった。昭和天皇の天草巡行を陳情した島民に対し、県の幹部が「天草辺までどうして」と発言。「天草辺とは何事か」「できないなら独立して天草国ばつくる」。陳情団の反発が事の起こりだったという▼さて民主党政権である。掲げていた「地域主権」の旗はめったに見かけなくなった。今はためくのは「消費税増税」といったところ。天草独立戦記は壮大な夢想だとしても、四郎への共感は地方の人たちの中に共通してありそうだ。
45.「南風録」【南日本新聞】 栗毛(くりげ)色の巨体がじだんだを踏むように跳ねる。男衆の「ソイ、ソイ」「サーッ」という威勢のいいかけ声に、鈴かけ馬踊りの歌や太鼓、鉦(かね)の音もかき消されがちだった。先週末、姶良市加治木町木田地区で連日続く馬の調教を見に出掛けた。霧島市の鹿児島神宮で12日にある初午(はつうま)祭で、奉納馬の先陣を切る御神馬(しんめ)「太郎」号のけいこは夕刻に始まり、人馬の白い息が寒さで宵闇に浮かぶまで続いた。飼い主の岩崎好さん宅は35年ほど前から初午祭に参加している。田畑が広がる木田でも農耕馬は姿を消したが、今も2軒が祭りのために馬を飼う。「御神馬は木田から出す」という不文律が、400年以上も続く伝統を守っているのだろう。祭りを支える熱気は集会所であったくら作りにも満ちていた。40人ほどが鈴を磨き、米俵や造花でくらを飾り、色鮮やかなひもを編んだ。誰もが「この時期は血が騒ぐ」「仕事はそっちのけ」と照れながら、手は休めない。作業には80代の長老格も顔を見せた。最年少は本番で鉦をたたく加治木小5年の松葉瀬大地君で、「晴れたらいいな」と待ち遠しそう。世代を超えて受け継がれてきた地域の絆は、今も息づいている。「太郎」は本番を前にあす、木田の人たちと加治木の町を練り歩く。祭りに行けない入院患者や施設の入所者に披露するためだ。軽快なステップで一足早い春を呼び込めればいい。
46.「金口木舌」【琉球新報】 沖縄こどもの国の人気者、ゾウの琉花が十三祝いを迎え、来園者から祝福を受けた。ゾウの平均寿命は50〜60年といわれる。数え13歳は青年の仲間入りといったところか▼沖縄では生まれた年と同じ干支(えと)の年を「トゥシビー」(生年)として祝う。数え13歳は生まれて初めての生年祝い。今は小学5年の学年行事で行うことが多いようだが、かつては家庭で子の成長を祝うのが主流だった▼慣れない和服を着せられ、友人を招いてごちそうを食べた光景を思い出す。母は「女の子は(次の生年祝いとなる)数え25歳にはもう家にいないはずだから」と張り切った。親の心も知らず、お姫様気取りではしゃいだ▼「生年祝には子供でも好きなだけの友達を招待し、膳部を調へて、献酬の儀式から始まって饗応をする。こまじゃくれた可笑な話でもある」。那覇出身の歴史家、東恩納寛惇は「童景集」でこう描写した。大人をまねて宴会をする子どもたち、ほほ笑ましい姿に目を細める親の姿が目に浮かぶようだ▼現実の世界はだいぶ変わってしまった。子の成長を見守るはずの大人が、大人になり切れずがくぜんとすることがある。大震災で命の尊さを再確認したはずなのに、児童虐待事件が後を絶たない▼遅まきながら新しい沖縄振興計画で子育て支援が拡充する。「子は社会の宝」。子どもが安心できる社会を築き直さねばならない。
47.「大弦小弦」【沖縄タイムス】 ピンと伸びた長い耳。正面を見据えてりんと座した姿は、そこはかとなく気品を漂わせている▼美術家・玉那覇正吉(たまなはせいきち)の作品「目しいた野良猫」は不思議な魅力がある。50センチほどのブロンズ製で、1968年の作品。初めて目にした4年ほど前から、「目しいた」というタイトルとともに心ひかれてきた▼目の見えない野良猫でありながら、品よく前足をそろえて気骨のある風情。老い、胸はあばら骨がせり出し、突き出た左右の肩の骨はやせ細っていることを物語っている。が、媚(こ)びはみえない▼初見からなぜか、苛烈な沖縄戦体験を深い皺(しわ)に刻みながらも慈愛に満ちていた沖縄の老婆たちと重なった。昼下がりに木陰で涼んでいたオバー、寒い夜に抱いて温めてくれた私の祖母、玉那覇が54年に画いた「老母像」の玉那覇の母▼東京美術学校に学んだ玉那覇は敗戦翌年の46年、戦禍で変わり果てた沖縄に戻り、老いた母と再会。ニシムイ美術村の活動を経て琉球大学で学生を教える。終生、戦争で破壊し尽くされた古里の姿を忘れなかったという▼県立博物館・美術館で開催中の「玉那覇正吉」展では、一中健児之塔やひめゆりの塔などの慰霊碑を手がけたことも紹介している。作品からは、戦争の悲哀やむなしさとともに、沖縄の戦後美術界を牽引(けんいん)した歩みがわかる。(福島輝一)
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