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【伝える 訴える】第40回(ルワンダ) 「いのちを撮る」(下)

ゴリラの姿、地元のために 「著作権の壁」を越えて 

ルワンダ北西部・火山国立公園で最大数を誇るゴリラの群れの若い雄を撮影する森啓子。5年をかけて観察し生態を知り尽くした森は、これまで誰も撮影したことがない雄同士の格闘を撮りたいと願っている(撮影・中野智明、共同)

ルワンダ北西部・火山国立公園で最大数を誇るゴリラの群れの若い雄を撮影する森啓子。5年をかけて観察し生態を知り尽くした森は、これまで誰も撮影したことがない雄同士の格闘を撮りたいと願っている(撮影・中野智明、共同)

 標高は3千メートル近い。薄くなり始めた空気の中、段々畑沿いの急な山道を登ること2時間弱。国立公園に入った途端、風景が緑の森林に一変する。

 石だらけの山道やとげのある下草が足に絡まる獣道。険しいルートを、森啓子(もり・けいこ)は還暦を7年過ぎたとは思えない、軽い足取りでたどる。

 突然木々が揺れ、黒い巨大な動物がゆっくりと視界に飛び込んできた。「ウーッ、ウーッ」とのどの奥から絞り出すような声で“あいさつ”しながら、森が静かにビデオカメラを向ける。

 巨体の持ち主は一瞬、こちらに鋭い目を向けたが、何事もなかったかのように周囲の枝に手を伸ばし食事を始めた。大きな背中を覆う灰色の毛が熱帯の日光にきらめく。シルバーバックと呼ばれるゴリラの成獣の体重は、200キロになることもある。


 ▽残された楽園

 赤道直下のアフリカの小国ルワンダ北西部。火山国立公園の森林は、生息数が900頭以下に減り、絶滅の恐れが極めて高いマウンテンゴリラの数少ない楽園だ。

 「彼の名前はギチュラシ。ナンバー2なんだけど、最近トップの雄、キャンツビーの座を脅かしつつある」

 「私のことをゴリラだと思っていて、私が友人と仲良く話をしていると焼きもちを焼くゴリラもいるのよ」

 森がゴリラの映像と写真を撮り始めて5年余り。ほぼすべてのゴリラの顔を見分け、家族関係や群れの中での力関係なども知り尽くす。

 竹やぶの中に潜り込んで遊ぶ子供ゴリラを追い、滑りやすい斜面に足を踏ん張ってリーダーのシルバーバックの姿を写真やビデオに収める。「もうすぐ群れが移動するから上の方に行きましょう」。ゴリラの行動と火山国立公園を熟知した森に疲れは見えない。

        火山国立公園のゴリラの群れで最大数を誇るパブロ・グループには5頭のシルバーバックがおり、森が最も気になるグループ。写真はグループでナンバー2のギチュラシ。最近、トップの雄の座を脅かしつつある=ルワンダ北西部(撮影・中野智明、共同)

火山国立公園のゴリラの群れで最大数を誇るパブロ・グループには5頭のシルバーバックがおり、森が最も気になるグループ。写真はグループでナンバー2のギチュラシ。最近、トップの雄の座を脅かしつつある=ルワンダ北西部(撮影・中野智明、共同)

 ▽無償で提供

 ルワンダは1994年、多数派のフツ人による少数派ツチ人の虐殺が起き、推定80万人が犠牲となった。

 激しい内戦で一時消息の絶えたこともあったゴリラを見ようと、世界中から観光客がやってくる。ゴリラ観光は最も重要な収入源の一つだ。

 だが、これまで現地の人々がゴリラの姿を映像で見る機会は限られていた。海外テレビ局の映像を国民のために使いたいと思っても「著作権の壁」に阻まれたからだ。

 「どんな大金を積んでもテレビ局が貴重なビデオを譲り渡すことはない。自由な加工など認めるはずもない」

 日本のテレビ番組制作会社で、野生動物を題材にした番組に長く携わった森は、著作権問題の複雑さと理不尽さをよく知っていた。

 「ゴリラの取材を自由にさせてくれるなら、ルワンダ政府が使える映像を提供できる」。森が実現性も不明なアイデアを持って、単身ルワンダに渡ったのは2011年。国立公園の麓の町ムサンゼの借家に居を定めた。森の申し出にルワンダ政府は1回750ドル(約7万5千円)の高額な入山料を無料にし、付き添いのレンジャーを都合することで応えた。

 週4日は機材を担いでゴリラを追う暮らしが始まった。政府からは「観光客へのインタビューが入った2分間のビデオがほしい」などと注文が届く。「22頭の子供の映像を1分ずつ入れたビデオを」という注文も。編集作業は徹夜になることもあるが、常に無報酬。生活費は過去の蓄えでやりくりしている。

        ゴリラの赤ちゃんのネーミング式典では、森が撮影した写真が数多く使用された。式典用パンフレットの表紙写真を見たレンジャーたちがその美しさを大いにたたえた=ルワンダ北西部キニギ(撮影・中野智明、共同)

ゴリラの赤ちゃんのネーミング式典では、森が撮影した写真が数多く使用された。式典用パンフレットの表紙写真を見たレンジャーたちがその美しさを大いにたたえた=ルワンダ北西部キニギ(撮影・中野智明、共同)

 ▽環境教育に

 「国立公園からバファローが外に出て農地を荒らし、時には人にも危害を加える。貧しい農民に、なぜこの公園が必要なのかを理解してもらうことは本当に難しい」

 森と同行した44歳の国立公園長プロスパー・ウィンゲリが、静かに語り始めた。

 「都市の住民と違って、テレビや本さえ手に入らない貧しい人々はゴリラのことをほとんど知らない。住民の集会や学校での環境教育にゴリラの映像は欠かせない。ケイコのビデオ映像を売れば公園の収入になるかもしれないし」。大学卒業後、半生をゴリラ保護にささげてきたウィンゲリが森にほほえんだ。

 16年9月2日、国立公園の麓で、過去1年間に生まれたゴリラのネーミング(名前付け)式典が、カガメ大統領も出席して開かれた。

 空港、首都の大通りなど至る所に、子供に頬ずりをする母親ゴリラを撮った巨大なポスターや垂れ幕が並んだ。名付け対象である22頭の赤ん坊ゴリラの写真も含め、すべてが森の作品だ。

 撮影者や著作権者の名前はないが、森は気に留めない。「毎日のようにゴリラを目の前で見られればそれでいい」

 翌日、森は夜明け前に起きて、山奥にいるゴリラの群れの撮影に向かった。「生まれたばかりの子供がいるの。来年の式典のために写真を撮っておかなきゃいけない」。暗い山道をしっかりとした足取りで登り始めた。

 ◎取り残された人々

 1994年の大虐殺から20年余り。復興を遂げたルワンダの首都キガリには高級ホテルや国際会議場が並び立つ。だが、首都から車で2時間余りの、ゴリラがすむ火山国立公園の周辺には、繁栄から取り残された多くの人々の姿があった。

 国立公園までの急斜面には電気も水もない粗末な家が並ぶ。現在、住民が食べ物を得るために公園内にわなを仕掛けることが大問題になっている。違法なわなはゴリラを捕るためではないが、手足を挟まれて指を失うゴリラもいる。

 ゴリラ観光からの多額の収入が地元住民に還元されなければ、「ゴリラの楽園」の将来は危うい。周辺住民の理解を進めるために森啓子が撮影する画像や映像は確かに有効だが、貧しい人々に不足しているものは情報だけではない。

 (文 共同通信編集委員 井田徹治、写真 中野智明、敬称略)=2016年10月12日