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 首相官邸で開かれた東電の経営実態を調べる第三者委員会「経営・財務調査委員会」=2011年6月

 「東京電力の価格交渉は甘すぎる。調達部門にメスを入れなければコスト削減はできない」。東電福島第1原発事故を受けて政府が東電のリストラのために設置した第三者委員会のメンバーの一人は2011年夏、経済産業省幹部に向かって声を荒らげた。

 同委員会は10月、東電の電力事業の原価見込みは実績に比べ、この10年間で約6千億円過大だったと認定した。原価にはオール電化住宅の広告費や業界団体への拠出金も紛れ込んでいたことを洗い出した。

 しかし東電の最大の経費は年間1兆~2兆円に上る石油、液化天然ガス(LNG)などの燃料費だ。「枝野(幸男経産相)は委員会の指摘に満足していない。原料や資材の購入を通じ、東電が商社などともたれ合ってきたとみている」(民主党幹部)。原発から火力発電への切り替えによって、東電の燃料費は年間1兆円規模で膨らむ。

 政府が公的資金を投入しても、使途は原発事故の賠償費用に限定される。リストラだけでは耐え抜けない東電は、電気料金値上げの機会をうかがっている。

原発優先

 1990年代にスタートした電力自由化は、電力会社への卸売りや、大口需要家に限った小売り事業を解禁。しかしそれ以降は停滞する。

 経産省の改革派は総合資源エネルギー調査会を舞台に、電力会社の発電事業と送電事業の分離に挑んだ時期もあった。しかし電力会社の壁は厚かった。調査会のメンバーだった企業経営者が「電力会社にはお世話になっている」と会議で語り、顔を出さなくなったこともある。2002年12月には「発送電一貫体制」の維持が固まり、07年には家庭への小売り自由化も立ち消えになった。

 その裏で進んでいたのは、地球温暖化対策として原発を再評価する「原子力ルネサンス」だ。06年に資源エネルギー庁がまとめた報告書は「自由化が原発投資に影響を与える可能性がある」と指摘し、浮かんでは消える自由化論議に終止符を打とうとした。

 「利用者が割安な電力会社を選べる自由化は実現できなかった。電力会社だけがエネ庁の料金査定から解き放たれ、自由になった」。電力会社とつばぜり合いを演じてきた元エネ庁幹部は後悔の念をにじませる。

ノウハウ失う

 エネ庁は00年、電気料金改定の審査を簡素化した。それまでは改定のたびに審査していたのを、値上げの場合に限ることにした。審査を受ける電力会社の負担を減らし、自由化への協力を求めるためだった。

 家庭向けなどの電気料金は、人件費、燃料費、修繕費、設備投資費に一定の利益を上乗せする「総括原価方式」によって決まる。どこまでが電力供給に本当に必要な費用なのか。東電が制度改正後に5回行った料金の本格改定は、いずれも値下げや据え置きだった。値上げの審査をする機会はなく、「料金チェックのプロがそろっていた」(元通産事務次官)とされるエネ庁から査定ノウハウは失われた。

 電力自由化に詳しい大阪大招聘教授の八田達夫は「資材を納める業者にとって、電力会社は高い価格で買ってくれるありがたい存在。総括原価方式なので値切る動機がない」と説明する。

 あるエネ庁長官経験者が大手商社への天下りが決まりかけたことがある。最終的には別の企業に入ったが、商社側には「電力会社と太いパイプを持つ官僚OBはありがたい」(幹部)との思惑があった。電力会社は燃料調達などで厳しい値引きをするより、長期的に安定した取引を求めてきた。コストを料金に転嫁できる総括原価方式に支えられた電力との取引の「うま味」に群がってきた企業は少なくない。

 料金制度の見直しは、経産相の有識者会議が検討している。11月22日の会合で枝野は料金抑制への意欲をこう語った。「(電気料金は)上がる方への圧力がある。来年4月ごろには(議論の成果を)料金に反映させていきたい」 (亀井淳志、敬称略)=2011年12月01日

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日本を創る 連載企画原発編 原発と国家

①原発と国家

第1部「安全幻影」
第2部「『立地』の迷路」
第3部「電力改革の攻防」
第4部「『電力』の覇権」
第5部「原子力の戦後史」
第6部「原子力マネー」
番外編・原子力の戦後史を聞く
第7部「原子力人脈」
第8部「漂流する原子力」
番外編・アトムの涙 手塚治虫が込めた思い

②復興への道

第1部「漂う人びと」
番外編・専門家に聞く
第2部「再建のハードル」
第3部「地方のスクラム」
第4部「海外の被災地」

③インタビュー

震災と文明
震災後論
海外の原発政策
震災後論②
震災後論③
震災後論④