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原子力委員会の初会合に臨む(左から)藤岡由夫、湯川秀樹、正力松太郎、石川一郎、有沢広巳の各委員=1956年1月、首相官邸

 「唯一の原爆被害国である日本が平和利用に積極的な活動を開始したことは世界的に大きな意義を持つ」。1956年1月4日の首相官邸。原子力発電に道を開いた「原子力委員会」の初会合で、初代委員長の国務大臣、正力松太郎はこう力説した。「原子力」を旗印に権力の階段を駆け上がろうとした正力は欧米からの原発輸入を急ぐ。一方、委員会の顔として三顧の礼で迎えられた日本初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹は自主開発が必要と考えていた。対立はすぐ表面化する。

監視役

 「5年目までに採算の取れる原発を建設する。原子力関係の動力設備、技術など一切を(海外から)受け入れたい」。初会合で、全面輸入方針を盛り込んだ委員会声明を出したいと提起した正力は地元・富山に帰る列車の中で、その文案を同行記者団に説明し、既成事実化を狙った。

 湯川は「声明案は基礎研究なんてしなくていいと言っている。もう辞める」と憤った。ほかの委員も反発し「5年間で原子力発電の実現に成功したい」との表現に押し戻した。夫人らの説得で辞任を思いとどまった湯川だが、正力ペースで進む原子力委は気の重い仕事だった。「性に合わない」と愚痴をこぼし、しばしば胃痛を訴えた。

 そもそも湯川の立場は微妙だった。45年の広島、長崎への原爆投下、54年3月のビキニ環礁での第五福竜丸事件を踏まえ、学界には原子力利用を否定する意見が強く、世論も同様だった。
 だが、湯川ら物理学者は研究意欲を静かに燃やしていた。米大統領アイゼンハワーは53年12月、国連演説「アトムズ・フォー・ピース」で原子力の平和利用を宣言し、世界的に開発の機運が高まっていた。

 日本学術会議は54年4月、「情報の完全な公開」「民主的な研究体制」「外国に依存しない自主性」を条件に、原子力研究推進にかじを切る。湯川は政府の監視役を期待された。放射性物質の危険性を知る湯川には「災害防止に万全を期さなければ」との思いもあった。

政権戦略

 湯川起用に一番こだわったのは他ならぬ正力だった。「湯川さんは学界で一番偉い人だ。どうしても引っ張ってこい」と部下を〓咤(しった)し、若手議員だった元首相中曽根康弘も説得に一役買った。湯川は国民的英雄であり核兵器廃絶論者。平和利用のイメージ作りにこれほど適した人物はいないという計算だった。

 戦前に警視庁、大政翼賛会の幹部や貴族院議員を歴任し、読売新聞社のオーナーでもあった正力は「当時の鳩山一郎首相や三木武吉、大野伴睦ら自民党幹部に位負けする気持ちはなかった」と、秘書を務めた元衆院議員の萩山教厳は証言する。

 69歳で初挑戦した55年2月の衆院選で掲げた公約は「原子力の平和利用による産業革命」。電力の安定供給と経済成長をもたらす夢のエネルギーという位置付けだった。ノンフィクションライターの佐野真一は「今ではこっけいに見えるかもしれないが、原発導入は正力にとって政権獲得戦略だった」と解説する。

つまずき

 正力は56年5月、米国に先んじて商業発電を始めた英国の黒鉛炉輸入に動きだした。慎重論には耳を貸さず、付いた異名は「原子力独走居士」。湯川は随筆で「イネを育てる下地をつくっている時に大きな切り花を買ってくるという話では困る。『急がばまわれ』だ」といさめたが、独走は止まらなかった。57年3月に導入が確定的になると、湯川は体調を理由に委員を辞任した。

 その正力もつまずいた。原発の運営主体をめぐり自民党の実力者河野一郎と対立。「民間主導」という正力の意見は通ったが、河野との反目で政治力を失い、58年6月の内閣改造で閣外へ去った。「それから原子力の話はほとんどしなくなった」と萩山は振り返る。

 湯川は核兵器廃絶運動に力を注ぐ一方、原子力の平和利用そのものに疑いを挟むことはなく、60年には原子力委の核融合専門部会長を務めた。長く湯川のそばにいた慶大名誉教授小沼通二も「核兵器廃絶の決意は固かったが、原子力政策の批判を聞いたことはない」と証言する。

 正力の執念で建設された東海原発は、不十分な耐震設計や事故補償の法整備の必要性が判明し、日本初の営業運転開始は66年7月にずれ込んだ。英国黒鉛炉の輸入はこの1基だけで、米国軽水炉が主流になっていく。(西野秀、敬称略)=2011年10月18日

原子力をめぐる主な出来事
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日本を創る 連載企画原発編 原発と国家

①原発と国家

第1部「安全幻影」
第2部「『立地』の迷路」
第3部「電力改革の攻防」
第4部「『電力』の覇権」
第5部「原子力の戦後史」
第6部「原子力マネー」
番外編・原子力の戦後史を聞く
第7部「原子力人脈」
第8部「漂流する原子力」
番外編・アトムの涙 手塚治虫が込めた思い

②復興への道

第1部「漂う人びと」
番外編・専門家に聞く
第2部「再建のハードル」
第3部「地方のスクラム」
第4部「海外の被災地」

③インタビュー

震災と文明
震災後論
海外の原発政策
震災後論②
震災後論③
震災後論④