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福島県浪江町の住民が避難生活を送る体育館を訪れ、謝罪する東京電力の清水正孝社長(当時、右から3人目)ら=2011年5月4日、福島県二本松市

 「『政府案でお願いします』と会長から言ってほしい」。原発事故の賠償支払いの枠組みづくりが佳境に入っていた2011年5月3日、メガバンク幹部は東京電力企画部長の村松衛に冷たく告げた。会長の勝俣恒久が強気の姿勢で、財務省や金融機関が中心になってまとめた政府案に難色を示していたからだ。

 政官界に影響力を持ち、金融機関にも「金を借りてやる」態度だった東電。官庁や取引銀行との窓口を務める村松は、立場が一変したことが痛いほど分かった。「強硬論はあるが(国費投入は)諦めている」とその場を引き取るしかなかった。

異論

 日本にまだ商業炉がなかった1961年に成立した原子力損害賠償法(原賠法)は、原子力事業の健全な発展を目的とし、一方で「過失の有無にかかわらず事業者は無限責任を負う」と規定した。

 福島第1原発事故の賠償金は風評被害から慰謝料まで兆円単位に上るのが確実だ。国策を担ってきた東電は皮肉にも存亡のふちに立った。

 財務省は国が一時的に資金援助をし、最終的には東電が返済する「絵」を描く。東電は存続し、株主や債権者の権利も守れる異論がないはずのアイデアだったが、勝俣や社長だった清水正孝は4月下旬の記者会見や投資家への説明会で、原賠法に盛り込まれた免責規定「異常に巨大な天災地変」にあたるとの見方を示したり、国の応分の負担を求めたりした。

 財務省幹部は「本当にばかだ。このままでは破綻だ」と憤った。経済産業省の「改革派官僚」古賀茂明が作成した東電を破綻処理する試案「古賀ペーパー」が流布したのもこのころだ。国有化の可能性もささやかれた。

 関西電力出身の民主党参院議員、 藤原正司 は4月26日の国会審議で「悪いことをしたから銭を払うという東電罪悪論になっている」と疑問を投げ掛けた。電力労組が支援してきた民社党出身の元経産相、 直嶋正行 は5月9日、官邸を訪ね菅直人首相に「将来も電力供給の責任を果たすべきだ」と東電存続を強調。

 同じころ、最高実力者の勝俣も動く。「政府のキーパーソン」(銀行筋)である官房副長官、 仙谷由人にも接触。賠償での国費投入を求めていた。仙谷は電力の地域独占をはじめとした制度見直しをほのめかして一蹴。逆に「自助努力が足りない」として追加リストラを要求した。東電は「生かさず、殺さず」(財務省幹部)の政府案をのむしかなかった。

解体の芽

 6月14日。「賠償支援機構」を通じて国が資金援助し、東電が長期分割して返済する枠組みが閣議決定。しかし、他の電力会社に負担金を求めることに自民党が反発し、法案は7月8日まで棚上げされる。

 破綻のシナリオを復活させないため、東電は野党である自民党議員への接触も始めた。ある中堅議員は「知人から東電の若い社員の相談に乗ってくれ、というので行ってみると副社長も待ちかまえていて協力を要請された」と話す。

 経産省や財務省幹部の説得もあって自民党は法案を了承したが、菅政権への対抗から、東電を事実上、破綻させないとした閣議決定を見直させた。株主や取引銀行の負担の在り方も今後検討するとした「付帯決議」も盛り込ませる。延命が一転し、将来に向けて残された解体の芽。東電は今や、蜜月の関係にあった自民党さえ抑え込むことができなかった。

 東電の元副社長は「政治が流動化し、派閥の領袖(りょうしゅう)クラスを抑えれば済んだ時代は終わった」と指摘。「東電はこのままだと賠償債務を返済するだけの会社になる。若い人たちにとって、本当にこれで良いのか」と話す。

 40代のある社員は「正直お先真っ暗だ。同僚と飲むと転職の話ばかりになる」と顔を曇らせる。国策の行方は首相の交代で見えず、事態を打開する力を失った東電の漂流が始まった。(片山寿郎)(敬称略)

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日本を創る 連載企画原発編 原発と国家

①原発と国家

第1部「安全幻影」
第2部「『立地』の迷路」
第3部「電力改革の攻防」
第4部「『電力』の覇権」
第5部「原子力の戦後史」
第6部「原子力マネー」
番外編・原子力の戦後史を聞く
第7部「原子力人脈」
第8部「漂流する原子力」
番外編・アトムの涙 手塚治虫が込めた思い

②復興への道

第1部「漂う人びと」
番外編・専門家に聞く
第2部「再建のハードル」
第3部「地方のスクラム」
第4部「海外の被災地」

③インタビュー

震災と文明
震災後論
海外の原発政策
震災後論②
震災後論③
震災後論④