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21世紀は「水の世紀」 

世界の川“総点検”を  作家・椎名誠

特別版エッセー

 古来、私たち人間は「川」と密接にかかわり合ってきた。そんな川の姿をさまざまな角度から描く「世界川物語」を2013年1月から連載する。それに先立って世界の川を歩いた作家、椎名誠さんに川の魅力や思いをつづってもらった。
 
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 21世紀は「水の世紀」と言われている。世界の多くの国が水不足で苦しむだろう、と予測されているからだ。すでにその兆候は表れている。国同士の水の奪いあいである。
 その国の位置、地形、産業、環境などによって水に対するストレスの度合いも激しく変化してきている。
 水をめぐる深刻な問題に一番大きくかかわってくるのが川である。「水の世紀」は、世界の川を総点検、再整備する時代なのでもある。日本にはおよそ3万5千本の川があるという。文句なく水に恵まれている国だ。そういう国は日本のほかにノルウェー、カナダ、ブラジルぐらいで、あとの国は供給不安定な水問題を抱えている。
 メコン川を上流から河口まで下ったことがある。チベットを水源にして中国雲南省、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムを経由する4200キロの大河だ。流域の人々はその運命のすべてをメコン川に託していることがよくわかった。メコンが干上がったらインドシナ半島は滅びる。
 現地を旅してぼくは初めて沢山の国を経由する「国際河川」というものの実態を認識した。日本にある沢山の川はそれに対してすべて「国有河川」だ。川を巡って国際紛争が顕在化してきたいま、ひとつの国がすべての川を独占している、ということは稀であり、恵まれているが、川下の住民に対して無頓着な分、無規制による工場排水などによって、かつて富山のイタイイタイ病や新潟水俣病などの悲劇がおきた。そういう意味で日本の川行政は恵まれすぎていたぶん、人命軽視の歴史をつくった。
 メコン川はいま、上流に中国がダムを沢山作ったことによって、紛争のきざしがある。メコン川の自然の水量調節の役割を果たしているカンボジアの伸縮する大湖トンレサップにも行ったが、慢性的な水質汚染は限界にきている。
 中国の揚子江はまだ水量があるが、黄河は慢性的な水不足で、ときおり海まで水が流れなくなっている。上流の灌漑用の取水量が大きくなりすぎているのだ。そのため揚子江から黄河まで3本の運河(1700キロ前後)を作り、揚子江の水を送っているが、揚子江の水も世界最大の三峡ダムの失敗によってはなはだしい水質汚染に見舞われている。そのため急速に進められているのが西部大開発という名のチベットの水源開発と、収奪に近いそこからの大量取水である。チベットはアジアの多くの大河の水源地帯であるから、これからこの高山地帯が徹底的に狙われていくだろう。
 ブラジルが水大国であるのはアマゾン川をはじめとして大河が沢山流れているからである。アマゾンは大ざっぱに7千キロ前後と言われているが、実際に行ってみると上流域はヨーロッパ全土ぐらいの面積があり、その年によって沢山の源流が複雑に流れを変える。さらに雨期には通常の水面から10メートルも水位があがり、日本をすっぽり覆うぐらいのエリアがつまりは「定期的洪水」になる。ぼくはちょうどその雨期にアマゾン上流部を旅したのだが、水大国の源であるエリアも大規模な森林伐採が行われ、ダム建設計画などももちあがっていて、今後下流への影響がどうなっていくのか懸念されている。
 ただし、こういう大河を眺めると、日本の川のように上流から河口までコンクリートでチマチマと護岸工事などしてもどうしようもない、という「川を制御することの意味、無意味」というような現実を知ってしまうのである。
 バイカル湖そばの山脈を源流にしてシベリアを引き裂くように北極海に流れる4千キロのレナ川も、また人間が現代のいかなる先端技術をもってしてもたちうちできない一種の暴れ川である。冬季にはマイナス40度以下になる。川は全面凍結し、その現場に行ってもただ荒涼とした雪原がひろがっているだけだ。サハでこの川を見たのだが、そこから北極海まで、この大河には橋はひとつもない、と聞いた。理由は簡単でシベリアにも夏がくる。すると2~3メートルの厚さにはりつめた氷が巨大な氷塊となって流れていく。橋を作ったとしてもそれらは確実に橋桁を粉砕していくから、巨大プロジェクトによる本四架橋クラスの吊り橋でも作らないかぎり両岸をつなぐことは無理なのだ。しかし半年は続く厳寒期にはその厚い氷に水を撒いてさらに強化し、氷の橋を作って10トン級のトラックが轟音をあげて行き来していた。それはそれで環境にあった川の利用がうまくなされているのである。
 賢い川はスコットランドのハイランド地方を流れるスペイ川であった。この川はピート層(簡単にいえば草の化石)を流れる質のいい水で、スコッチウイスキーのマザーウオーターになる。行政は川の水質を保つために岸から500メートル離さないと畑は作らせないし、上流部分に人は入れない。源流に産廃物を自由に捨てている日本の川とは雲泥の差があることを知る。水をめぐる人類の未来を決めるのは国家のインテリジェンスである。
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 しいな・まこと 1944年東京都生まれ。79年より小説、エッセー、ルポなどの作家活動に入る。主な作品は『犬の系譜』、『岳物語』、『アド・バード』、『中国の鳥人』、『黄金時代』など。最新刊は『ガス燈酒場によろしく』。モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものなど旅の本も多い。趣味は焚(た)き火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。

奥アマゾンの入り口といわれるブラジル・テフェ。アマゾン最深部の最後の町だ。体に当たると痛いぐらいのものすごいスコールがやってきて喜ぶ地元の子どもたち=2002年7月(撮影・椎名誠

椎名誠氏(椎名誠事務所提供)

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