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戦後70年

言葉の力、信じて

 冷戦終結後、複雑さを増した世界に必要な新たな哲学は。第2次世界大戦やチェルノブイリ原発事故など、惨禍に翻弄された人々の心の底にはどんな言葉があったのか―。民衆の言葉をすくい上げる作品で、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの女性作家スベトラーナ・アレクシエービッチさん。「勝ち負けにこだわる男性的な価値観」ではなく、他者への思いやりや共生を重視する女性的な価値観。「言葉の力を信じ、語り続けること」。それが新しい世界を構築する鍵になり得ると語る。(記事は2015年9月19日に配信。肩書などは当時)

女性の価値、新たな哲学に 「語ることやめないで」  作家スベトラーナ・アレクシエービッチさん

 ―第2次大戦中の日本では、女性は銃後の守りを求められましたが、看護師などとして戦地に行き、シベリアに戦後、抑留された女性もいました。その苦難の多くは語られないままです。


 「約100万人の女性が兵士や医療従事者として戦場に行ったソ連でも、彼女たちの声が公になることはほとんどありませんでした。戦争は常に『大義』や『英雄』など、男たちの言葉で語られてきたのです。私は子供のときから、女たちが語る戦争が本に書かれた戦争と違うことに気付いていました。暮らしたベラルーシの村は、ナチスドイツとの戦いで男の大半が死に、女と子供、老人しかおらず、私は女たちの『死と痛みの話』を聞きながら育ったからです」


 ―従軍したソ連女性の証言集「戦争は女の顔をしていない」は出版から30年近く経た今、欧州で新たに翻訳されていますね。


 「激戦の様子を語る男性と違い、女性たちの話には色やにおい、感情があり、動物や鳥など人間以外の生命も戦争で苦しんだことの記憶があります。爆撃に巻き込まれ、苦しむ馬やチョウザメを見て泣いたこと、配給された男性用下着のままで死にたくなかったこと、死にゆく敵兵に同情し、戦場で人間性が急速に失われることを恥だと思うこと。彼女らの細部の記憶は戦争の悲惨さ、残酷さをより感じさせるのです」
 「数百人の女性たちをインタビューし、本を書きましたが、出版社やソ連の検閲官は『変な話ばかりだ』『動物がかわいそうだという話か』などと怒りさえし、3年近く放置されました。欧州でも以前の反応は大きいものではありませんでした。世界が複雑化し、転換期にある今、他者への思いやりや、あらゆる生命に共感する女性の感性、価値観が重視されるようになったのではないでしょうか」


 ―1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の被災者らの証言を集めた「チェルノブイリの祈り」は未来への警告でもありました。


 「2003年、講演のために日本を訪れた時、(北海道電力)泊原発を見学しました。担当者は『日本の原発は大地震が来ても絶対に安全です』と胸を張りました。チェルノブイリ事故は怠惰なソ連体制下で起きたもので日本ではあり得ないと。『安全』はどこの国の担当者からも聞きます。チェルノブイリ原発を設計した原子炉工学者も安全性を断言しました。しかし、人の予測をはるかに超える自然の力がフクシマ(東京電力福島第1原発)を襲いました」

 「チェルノブイリ事故で地上から生命が消えてしまう可能性を見て、私は動植物の命をより身近に感じるようになりました。『動物にどう説明したらいいのか』。住民避難を協議していたソ連科学アカデミーでこんな疑問が呈されたそうです。避難区域に残され放射能に汚染された犬や猫、馬などは軍人らに射殺、処分され、村や森は埋められ、街は今も無人です。文明とは(放射能に汚染された)ゴミの山をつくるものでしょうか」

 ―戦争や原発事故の恐怖は、急速に忘れられていきます。


 「目撃した者、経験した者はその恐怖を語り続けなければなりません。それは私の仕事でもあります。誰も聞いていないと思っても、落胆したり感情的になったりせずに語り続ける。語るのをやめることこそ恐ろしい。真に興味深い言葉は力を持ち、メディアが多様化しても人々の意識に残るはずです」


 ―著作の発禁など政府による弾圧も経験していますね。


 「政権への抵抗は私たちの文化では特別なことではありません。国民はそのレベルにふさわしい政府を持つ、といいます。ロシアのプーチン大統領は全体主義のソ連に回帰し大国主義路線に走っていると欧米に批判されますが、国民を映す鏡なのです。ソ連崩壊後の20年余、国が混乱し大国の威信を失ったと感じる国民は『われわれは素晴らしい歴史を持つ偉大な民族』という言葉を聞きたいのです。どこかに憎悪を向けて日常の不満を解消したがってもいます」
 「テロなど新たな恐怖の出現、世界の急速な変化で、未来の行方は分からなくなりました。ロシアがウクライナと戦争し全世界と敵対する事態を3年前、誰が想像したでしょうか。進歩や消費を求め突き進んだ時代の男性の価値観や物の見方とは異なる哲学が必要です。女性のそれは構造的に男性と異なり、新しい世界を開くのに役立つはずです」


 ―愛について執筆中だそうですね。


 「(愛によって)自分が幸せになることはできないというテーマです。男女の愛は時には戦争より恐ろしいものかもしれません」
 「愛は複雑で難しく、幸せは永遠ではありません。それでも小さなことに満足し、容易に愛せる女性たちがいる。『死の恐怖から逃れるため』に幸せを感じたいと、ある女性は説明しました。愛は毎日の営みなのですが、その営み方を誰も教えてはくれないのです」(聞き手は共同通信記者・舟越美夏、タチアナ・ゼンコビッチ撮影)

アレクシエービッチ氏略歴

 スベトラーナ・アレクシエービッチ 48年、旧ソ連ウクライナ共和国生まれ。父はベラルーシ人、母はウクライナ人。ジャーナリスト、作家として活動。邦訳されている著書に「戦争は女の顔をしていない」「チェルノブイリの祈り」「アフガン帰還兵の証言」など。スウェーデン・アカデミーはノーベル文学賞の授賞理由を「苦しみと勇気の記念碑」「文学の新たなジャンルを生み出した」などとしている。

並外れた意志

 柔らかな雰囲気を持つ、チャーミングな女性だった。気負いもない。


 しかし、歴史的大事件の意味を問う証言集の数々は時の政権を恐れさせ、国際的な評価は高い。「真実」を追い求める並外れた意志と練られた思考は、言葉の端々に表れた。「愛は時に戦争より恐ろしい」。自分の価値観で相手を支配しようとし、時に憎しみを生む点で愛と戦争は似ているということだろうか。


 「選ぶテーマは全て、私が理解したかったこと」だという。1冊を書くのに数百人に会う。人々の心の底に閉じ込められていた悲しみや痛み、人間の本質を突く言葉を引き出す。あぶり出された歴史の真実に反発したのは当局だけでなかった。時には一部の市民からの攻撃にも耐えなければならなかった。


 「あんな恐ろしい本を書いた人にしては小柄ですね」。3年ほど前に会ったソ連最後の大統領、ゴルバチョフ氏が言った。「あなたこそ、ソ連を崩壊させた人にしては小柄ですね」。アレクシエービッチさんはそう返し、笑い合ったという。


 「怖いのは『もう疲れた』と思う日が来ること」。執筆中の2冊について語った後、そう言った。

潑剌としたジャガイモ顔 一人一人が主人公の時代 吉岡忍

 戦後70年である。共同通信社と全国の新聞社が所蔵する報道写真を基に、戦後日本の歩みを再構成したシリーズ「ザ・クロニクル」が刊行中だ。1945年から5年ごとを1巻にまとめているので、全部で14巻。その第5巻、高度成長と若者の反乱がつづいていた69年までが手元にある。

 第1巻「廃墟からの出発」の表紙は、広島の原爆ドームを背に走る幼児の写真。第2巻「平和への試練」では、サンフランシスコ講和条約調印でにぎわう東京・銀座で女子高生らが花を配っている。第3巻「豊かさを求めて」になると、電線だらけの街の向こうに建設中の東京タワーの脚部が見えてくる。第4巻「熱気の中で」とは、東京五輪開催の熱狂だ。第5巻「反抗と模索と」では、早くも戦後の世の中に疑義を唱える学生たちが、東大安田講堂に立てこもろうとしている…。

 時を経た写真は面白い。撮った瞬間は、誰もが目にしていたありふれた光景が、何十年もたってみると、当時の景色やモノばかりか、人々の気分までも表す証言になる。そこに私は写っていなくても、ここに私はいた、こうやって私たちは生きてきたのだな、という生々しさがこみ上げてくる。

 敗戦から四半世紀の写真を眺めて、私が気づいたことは二つ。第一は、昔の日本人はジャガイモ顔だったということ。男も女も下ぶくれっぽい丸顔で、ごつごつしている。食糧難がつづいたはずなのに、特に子どもや若者がそうだ。一生懸命育てた親たちの苦労が、その背後に透けて見える。

 第二に、みんながそのジャガイモ顔で、世の中の主人公として振る舞っていること。廃墟から豊かさに向かう熱気のなかで、一人一人が潑剌と動いている。まさに民主主義が新鮮だった当時の時代相である。悲惨な事件や事故や災害も少なくなかったのだが、そのときでも人々は目の前の現実にひたむきに立ち向かっている。

 多くの写真を見て、単に感慨や回想にふけるのではなく、歴史として認識し、そこから現在と未来を動かす潑剌さを取りもどせるかどうか。読者の力量も試されるシリーズである。(ノンフィクション作家)