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戦後70年

歴史のきしみの背景は

 戦後日本の復興は、敗戦国にもかかわらず、他のアジア諸国の追随を許さない驚異的なものだった。冷戦を受けて米国が意図したアジア秩序を補完する形だったが、結果として日本はアジアを忘れ、内戦状態が続いたアジアと対照的な平和を享受した。それが今の東アジアの歴史認識と領土問題をめぐる、きしみをもたらす背景なのではないか。政治学者の姜尚中さんに聞いた。(記事は2014年9月20日に配信。肩書などは当時)

変質する平和と豊かさ アジア忘れ、原点見えず  姜尚中さんに聞く

 ―日本と東アジアを覆う歴史・領土問題のきしみは何に起因するのでしょう。

 「今に続くアジアの相克は、実は終戦の時点にすでにはらまれていたと思う。戦後まもなく中国は内戦状態、朝鮮戦争も始まり、日本の植民地から解放された朝鮮は、アジアの戦後秩序をつくる当事者から除外されてしまう。米国は日本を経済的なアジアの橋頭 堡 (ほ) としてよみがえらせていく。朝鮮半島に対する日本の植民地支配が何をもたらしたか、コンセンサスは形成されなかった。アジアの忘却は、日本の終戦のあり方に関わっていた」

 ▽平和の対照

 ―日本にとっては、戦後は平和国家の始まりです。しかし、アジアにとっては違ったのか。

 「戦後世界は、冷戦に突入したといわれる。しかしアジアは違う。アジアは熱戦だったんです。終戦からベトナム戦争までをアジア三十年戦争という人もいる。しかしベトナム戦争への前線基地だった沖縄は別に、日本本土は天と地のように違う平和と民主主義を享受し、その対照、コントラストは激しかった。韓国が開発独裁でいびつな近代化がなされる傍らで、日本は成熟した社会に変貌し、民主主義の違いも歴然としていた」

 ―戦後民主主義には今、日本の針路を誤らせたという批判もあります。

 「日本の戦後は何より戦争体験から始まったんです。戦争への嫌悪感が戦前との断絶を意識させ、その痛切な思いが戦後民主主義とか平和主義と呼ばれた。政治学者の丸山真男さんをはじめ戦後民主主義の旗手とされた人は、それが米国から与えられたのだとしても、戦争体験を裏打ちして足元に引きつけ、血肉とすることができると考えた。民主主義を、敗戦を通じて実現させようという思いが、階層や思想を超え多くの人をとらえた。それは確かなことで、虚妄ではなかったと思う」

 ―終戦で日本がまったく新しい国に生まれ変わったと受け止められたのか。

 「ただ、実は戦後日本の豊かさが戦中すでに準備されていたという議論もあります。戦中と同じ官僚統制が戦後も続き、米国が意図した戦後アジア秩序の中で、豊かさを達成していった。一方で昭和天皇の人間宣言などでも、明治に戻してやり直す復古が意図された側面もある。そこで、戦前の旧体制的なものが連続したともいえる。昭和天皇死去の日、私は新宿にいたが、街の明かりが暗くなり、戦前と地続きの日本の原像が薄明かりに立ち上がってきたように思った。同じ年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦崩壊へとつながる。そのあたりが、戦後日本の転換点となったと思う」

 ▽国家の地肌

 ―その後、日本が手にした平和と豊かさは、どう変質するのでしょう。

 「冷戦後に韓国の民主化、中国の近代化が進むと、日本の豊かさを支えたアジアの条件が違ってくる。日本は中産階級が脱落し格差が広がり、貧困が課題になる。するとざらざらとした国家の地肌が、急激に目につくようになったと思うんですね。世界を覆うグローバル化で、規制緩和や自由化が徹底して福祉は後退し、国家の役割は縮小するが、逆に一方では強い国家が要請される。地域社会や家族など中間共同体が力を失い、国家が最後のよりどころとして立ち上がるんです」

 ―それが最近のヘイトスピーチなど排外的、国家主義的な風潮に結びつくのでしょうか。

 「私は今の若い人たちが、右傾化しているとは思わない。だけど例えば、在日って何?っていう意識はあるだろう。分からないんだと思う。日本は戦争の終結と脱植民地化がセットだったため、日本に植民地があったことが自覚されず、在日韓国・朝鮮人という旧植民地の証人がなぜ存在するかという経緯が、国民レベルで忘れられてしまった。私は明治の征韓論以来、朝鮮半島にどう向き合うかが、日本のナショナリズムに決定的に重要であり続けたと思う。しかし戦後は、米国がアジアにくさびを打ち込むことで、アジアが相互に向き合うことがなくなってしまった」

 ▽幸福の方程式

 ―「東北アジア共同の家」という構想で、多国間枠組みの必要性を強調してますね。

 「日本は戦後、アジアの中に自らが回帰する場を見つけ出すことができず、太平洋の向こうにある米国との関係を基軸にするしかなかった。東アジアにおける多国間の共同の枠組みが、難しくなってしまった。しかしね、結局は今のアジアにおける歴史認識、領土問題のきしみを見ても、それを解決するのは米国を含み込む東アジア共同体、多国間枠組みでしかあり得ないのではないか」

 ―今、ご専門の政治学を離れ、夏目漱石などに触れ若者に語り掛ける言葉を紡ぐのはなぜでしょう。

 「私たちは戦後成長期の記憶に、今もとらわれすぎているのでは。もうかつての成長は望めずマイナスを誰が背負うかということで、若者には困難な時代です。だがそこで犯人捜しをすると強いナショナリズムになり、西欧ならば移民や特定の人々がスケープゴートになる。そう考えるのではなく、未来の可能性を考えてほしい。今までと違う生きがい、お金や地位に還元できない新しい幸福の方程式を見いだすことが、震災後の私たちの可能性なのではないか。
 先日、吉野作造に題材を取った井上ひさしさんの『兄おとうと』という演劇を見た。『三度のごはん きちんとたべて 火の用心 元気で生きよう きっとね』というせりふがある。食と安全、明日も元気に生きる社会。それが戦後日本の原点だったはずだ。日本はそれをいつの間にか見失ってきた。それをいかに取り戻すかが、私たちの未来の希望と思うんですよ」(聞き手は共同通信編集局 金子直史)

姜尚中さん略歴

 かん・さんじゅん 50年熊本市生まれ。東大大学院情報学環教授を経て、聖学院大教授、14年から同大学長。著書に「ナショナリズム」「東北アジア共同の家をめざして」「在日」など多数。夏目漱石などを題材にした人生論「悩む力」がベストセラーに。

【キーワードメモ】東アジア共同体

 東アジア共同体 日中韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)など東アジアが、政治、経済、安全保障などで連携し、共存と繁栄を目指す構想。1990年代初めにマレーシアの当時のマハティール首相が東アジア経済会議として提唱し、2003年の日本とASEANの特別首脳会議で採択された「東京宣言」で、その構築が明記された。民主党は外交の柱として打ち出し、米国からアジア重視への転換とも受け取られた。姜尚中さんはこれに米国をも含み込む多国間地域主義「東北アジア共同の家」として提唱している。

【インタビュー後記】戦後を見つめた思い

 歴史のifの話をした。なぜ日本の終戦は8月15日だったか。沖縄戦から広島・長崎の原爆投下でどれだけの日本人が犠牲となったか。そしてソ連参戦―。「それがなければ朝鮮半島の分断もなかったかもしれない」。熊本市の在日韓国・朝鮮人集落に生まれ、葛藤の末に通称の日本名から韓国名を選んだ。「私は戦後の申し子のような存在なんです」。そして今、アジアの未来を夢見る。「東アジアに私たちの可能性が、広がるはずだ」という言葉に、戦後を見つめ続けた姜尚中さんの思いが込められる。(共同通信編集局 金子直史)

潑剌としたジャガイモ顔 一人一人が主人公の時代 吉岡忍

 戦後70年である。共同通信社と全国の新聞社が所蔵する報道写真を基に、戦後日本の歩みを再構成したシリーズ「ザ・クロニクル」が刊行中だ。1945年から5年ごとを1巻にまとめているので、全部で14巻。その第5巻、高度成長と若者の反乱がつづいていた69年までが手元にある。

 第1巻「廃墟からの出発」の表紙は、広島の原爆ドームを背に走る幼児の写真。第2巻「平和への試練」では、サンフランシスコ講和条約調印でにぎわう東京・銀座で女子高生らが花を配っている。第3巻「豊かさを求めて」になると、電線だらけの街の向こうに建設中の東京タワーの脚部が見えてくる。第4巻「熱気の中で」とは、東京五輪開催の熱狂だ。第5巻「反抗と模索と」では、早くも戦後の世の中に疑義を唱える学生たちが、東大安田講堂に立てこもろうとしている…。

 時を経た写真は面白い。撮った瞬間は、誰もが目にしていたありふれた光景が、何十年もたってみると、当時の景色やモノばかりか、人々の気分までも表す証言になる。そこに私は写っていなくても、ここに私はいた、こうやって私たちは生きてきたのだな、という生々しさがこみ上げてくる。

 敗戦から四半世紀の写真を眺めて、私が気づいたことは二つ。第一は、昔の日本人はジャガイモ顔だったということ。男も女も下ぶくれっぽい丸顔で、ごつごつしている。食糧難がつづいたはずなのに、特に子どもや若者がそうだ。一生懸命育てた親たちの苦労が、その背後に透けて見える。

 第二に、みんながそのジャガイモ顔で、世の中の主人公として振る舞っていること。廃墟から豊かさに向かう熱気のなかで、一人一人が潑剌と動いている。まさに民主主義が新鮮だった当時の時代相である。悲惨な事件や事故や災害も少なくなかったのだが、そのときでも人々は目の前の現実にひたむきに立ち向かっている。

 多くの写真を見て、単に感慨や回想にふけるのではなく、歴史として認識し、そこから現在と未来を動かす潑剌さを取りもどせるかどうか。読者の力量も試されるシリーズである。(ノンフィクション作家)

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