インドネシアに文字を提供

文化拡張主義ではなく  世宗大王の21代目子孫

 朝鮮民族には15世紀まで文字がなかった。話し言葉としての朝鮮語はあったが、書くのは中国の漢字だった。李朝4代目の王、世宗(セジョン)大王(1397〜1450年)は、朝鮮語を正しく表し、民衆が使用できる文字の作成に取り組み、 1446年、今日のハングルの基礎となる「訓民正音」を制定した。
 インドネシア中部のブトゥン島に暮らす文字を持たない少数民族、チアチア族が2009年にハングルを公式文字に採用することを決めた。この「ハングルの国際化」を推進したのが世宗大王の21代目の子孫で「訓民正音学会」理事長の李基南(イ・ギナム)(76)だった。
 「訓民正音制定563年目に、他の民族がハングルを公式文字に採用したことは世宗大王の子孫としてこれほどうれしいことはありません」
 李基南は大学教授の父、李揆東(イ・ギュドン)の次女として大邱に生まれた。慶北大師範学部を卒業し、中学教師をし、61年に大学教授と結婚しソウルへ。

父の一言

 結婚した時の父の一言が李基南の人生に大きな影響を与えた。父は「都市は川に沿って発達するから、ソウルの川の南側に関心を持ちなさい」とアドバイス。李は結婚時の持参金で、まだ開発されていない漢江の南に広い土地を買った。
 70年代中盤に大手建設会社が漢江の南側に大型アパート団地建設を決め、李の土地を購入。李はその売却資金でまた漢江南側の土地を買い、それがまた高騰した。90年代には韓国の所得番付100位内に入るほど成功した。
 事業に成功した李にはやはり世宗大王の血が流れていた。80年代後半にコンピューター上で使うハングルのフォントがないことを知った。「韓国人もコンピューターなしではやっていけないというのにハングルのフォントがない。それではフォントを開発しようと思った」
 会社を設立し、韓国で初めてハングルのSMフォントを開発した。「あまり早く開発し、ソフトウエア保護法もなく、みんなに使われてビジネスにならなかった。でも、電子出版文化に寄与したと思う」
 李は経営の一線を退き、2003年に「円庵文化財団」を設立した。「円庵」は父の号だ。07年に「訓民正音学会」をつくった。「文字で人類に貢献できないか」と考え、言葉を持つが文字のない民族に文字を提供することを考えた。

 訓民正音とハングルは正確には異なる。「ハングルは周時経(チュ・ジギョン)先生(1876〜1914年)が現代韓国人が使わない音を排除し、必要なものだけを組み合わせてつくったもの。訓民正音は人類のすべての音を表記できる文字。他民族は使うが韓国人は使わない音も、訓民正音だと表記できる」
 インドネシアのバウバウ市に文字を持たない民族がたくさんいると知った。李は08年夏に現地を訪問し「私はみなさんを尊敬する。なぜなら祖先がつくった言葉をそのまま使っているからだ。私はみなさんの文字をつくるためにやってきた。この地域が人類の文化遺産地域になるようにしたい」と訴えた。
 チアチア族から2人を韓国に招き、韓国語を学ばせた。1人はソウルの寒さとホームシックで帰国したが、もう一人のアビディンは期待に応えて韓国語を学び、チアチア語のハングル表記教科書もつくった。
 10年元日にバウバウ市を訪問した。李は地元の人がハングルで書かれた原稿を見ながら新年のあいさつをする姿を見て感動した。チアチア語をまったく理解しない韓国人が彼らの説話をハングルで書いた本を読むと、チアチア族の人たちが笑うべきところで笑うという光景もあった。
 李は、チアチア族の人たちのために「世宗学堂」という学校をつくり、農業に関する本をチアチア語に翻訳し、ハングルの本を出し、地域振興に役立てたいという。
 さらに、世界の中にある文字を持たない民族のためにハングルを広めたいという。
 李は「私たちは韓国語を輸出しようとしているのでない。これは文化的な拡張主義でない。滅亡しようとしている言語、人類の文化遺産を保存するために訓民正音を使ってほしいということだ」と強調した。

植民地下、韓国語教え免職

ハングルはグローバル

 李基南(イ・ギナム)は、世宗(セジョン)大王の5男、広平(クァンピョン)大君(1425〜44年)の血筋を引く子孫だ。
 祖父は日本の植民地時代に独立運動をした儒学者だった。漢学者を招き、 忠清北道永同郡に書堂をつくった。父、李揆東(イ・ギュドン)は小学校に行く前に書堂で漢学を学んだ。
 李揆東は1926年に広島高等師範学校(現広島大)英文学科に留学し音声学を専攻した。「父が、英文学の中でも音声学を専攻したのは、表音文字である訓民正音をつくった世宗大王の血を引いていたからでしょう」
 李揆東は帰国し、30年に大邱公立高等普通学校( 現慶北高)の英語教師に。当時の給与は公務員の局長クラスという高給だったという。田舎の優秀な学生に奨学金を渡し、自分の家に学生を引き取った。「私は少し嫌だったけど、家の中には田舎から出てきた学生たちがたくさんいた」
 李揆東は日本の植民地支配の下で、隠れて学生たちにハングルや韓国の歴史を教え、これが発覚して免職になった。「父は日本の支配が長く続かないと信じ、国の将来のためには教育がちゃんとしていないといけないと考えたのです」
 李基南は「祖父は漢学を、父は英語を学んだからこそ私がある。ハングルを国粋的でなく、遠くを見通してグローバルな視点から考えるという姿勢は、世宗大王、祖父や父から教わったものです」と強調した。(文 平井久志、文中敬称略)=2011年01月26日 

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09年の年末、ソウルの光化門広場にある世宗大王の銅像を訪れたインドネシア・チアチア族の若者たち。文字を持たなかったチアチア族は同年、ハングルを公式文字に採用した(聯合=共同)

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