ギターに息づく職人魂

手作りがあこがれ生む  経験、知識が裏打ち

 「難しい道具はないよ。こうして作り始めてかれこれ40年以上さ」
 窓から差し込むやわらかな陽光と、天井の白熱灯と蛍光灯の光が、半地下の細長い工房で混ざり合う。
 ジョン・グレーベン、64歳。米国内ではもちろん、日本のギタリストたちも「手にしたい。弾いてみたい」とあこがれを抱くアコースティックギターの製作者(ルシアー)だ。

時流にあらがう

 米西海岸オレゴン州ポートランドの静かな住宅街にある自宅。
 「私は木の材の仕入れから完成まで一人でやるんだ」
 縦長の作業場に並ぶのは年代ものの電動ノコギリやサンドペーパー。使い込まれた工具は、複雑なリズムを刻むように壁にぶら下げられている。
 「昔のギターは、それはいい音がしたものだ。ところが今はね…」
 グレーベンは、少し言いにくそうに続ける。
 大手メーカーは、製造本数が多いから流れ作業、それも分業になる。一つの工程に熟知していても、材の面、構造の点から、いい音のからくりのすべてを一人で知る専門家が少ない。料理で言えば、万事に通じた総料理長が見当たらなくなっているということだ。
 消費者保護のための品質保証の観点から、壊れないよう堅固に作りすぎる傾向があり、ギター本体が重くなって音が共鳴しにくくなる。軽く、それでいてしっかりしたギターは、材選びとその組み合わせ、構造の工夫が生み出す。
 「のんびりできる時代じゃないから、大手メーカーは昔のような素晴らしい音はつくるのが難しくなったね」
 大量生産だとコンピューターで木を瞬時に正確に切り出すが、グレーベンは木の特徴を探りながら手作業で行う。大量生産、大量消費が代名詞の米国にあって、その流れにあらがうかのようだ。製作ペースは1カ月半ほどで5~6本。木を軽くたたいただけで、どんな音のギターができるか、手に取るように分かるという。

 「高額のギターを注文してくるのは裕福な人たち。価格の高い材、珍しい材を指定し、装飾にも凝ろうとしたがるんだ。音の良さと材にかかる費用は必ずしも同じではないんだけどね」
 語り口は、豊富な経験と知識、自信に裏打ちされ、音を紡ぐ職人の魂が息づく。

挑戦

 1946年、米アラバマ州生まれ、空軍勤務だった父に連れられ、カリフォルニア州、ニュージャージー州のほか、カナダや英国でも暮らした。
 63年に初めてバンジョーを製作、大学卒業後の60年代後半、ギター修理からこの世界に入った。持ち込まれる一流ミュージシャンのギターやバンジョーの修復に精を出した。
 「なぜ、いい音がするのだろう」
 当時のギターに使われた木材の質、構造を徹底的に知り、自分で再現していくことで、この疑問を解いていった。
 75年に独立。元ビートルズのジョージ・ハリスン、米カントリー歌手のジョニー・キャッシュなど多数にギターを提供してきた。
 左手中指の爪から先が欠損している。25年ほど前のある日、日曜大工で扉を作っていてケガをして失った。
 右手の薬指と小指は半世紀ほど前、森林伐採作業の途中で、手のひらを切った後、うまく動かない。
 それでもグレーベンは、驚くほどに器用に、小さなノミを使い、装飾を刻み込んでいく。
 「ギター作りには困らないよ。ギターを弾くときは両手とも工夫しなきゃならないけどね」
 昨年9月、前立腺がんの手術を受けた。入院は4日間だけ、自宅療養の2週間は「つらかった」。視力も昔ほどの自信はない。
 「あと10年は製作を続けたい。20年は無理だな。もう、細かい作業が見えづらくてね」
 そう言う口元は笑っている。同居するのはひとつ年下の女性シーリアさんとネコ3匹だ。
 ギター製作がどんな意味を持つのか聞くとしばらく考えて言った。
 「挑戦、かな」。

「オヤジの夢」は米国製 

演奏者を包み隠さない

 1960年代から70年代にかけて、日本のフォークソングを聴きながら育ったのは、団塊とその少し後の世代の「オヤジ」たちが中心だ。退職前後で、再びギターを手にし始めた人も多い。
 日本製のアコースティックギターも評価が高く、グレーベンのように一人で作る日本人のルシアーも増えてきた。
 しかし、マーチン、ギブソンなど、昔ながらの高級なイメージが漂う米国製アコースティックギターは、「オヤジの夢」だ。「昔は手が届かなかったけど、今なら少し無理をすれば買える」と売れ行きは好調だという。
 週に1本程度の徹底的な少数生産のグレーベンがこれまでに製作したのは、ギターを中心にバンジョーも含め約2100本。このうち約600本が日本に渡った。
 貝を使った絵柄の装飾や、部分的な彫刻などが特徴で、中古ギターでも、30万~40万円は下らない。
 グレーベン製作のギターは、日本では岡崎倫典(おかざき・りんてん)、押尾(おしお)コータローら、プロのソロギタリストたちが使っている。
 岡崎は、その魅力について「力強さを秘め、バランスが絶妙。高音の伸びと艶はグレーベンならでは」とした上でこう語る。
 「人は時に背伸びしたり、卑下したりするが、楽器は演奏者を包み隠さない。私のグレーベンは、自己表現する上で最高の〝伴侶〟。酷使に耐え30年以上も私を奏で続けてくれている」(文 中屋祐司、写真 鍋島明子、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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自宅地下の工房でギターをかき鳴らすグレーベン。手にするのは初めて自分のためにつくった飾り気のないギター。音は極上だ=米オレゴン州ポートランド

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